2007年03月10日

鞍馬寺(3月10日)

朝8時過ぎに宿を発つ。カーナビの操作をマスターするために、「鞍馬寺」と入力してみる。なぜ今さらカーナビの操作を練習しなければいけないかというと、カーナビを操作するのはレンタカーを借りたときだけなので、その度に操作が異なるからである。で、カーナビの指示に従って割とすんなり鞍馬寺の入り口に到着。この前にカーナビを使ったのは、出雲―美保関―境港のときだったろうか。あれはかれこれ4〜5年前である。あのときはカーナビにたくさんウソをつかれて大変な目にあったものだ(例によって、ここ伏線)。

で、鞍馬寺の入り口を見つけ、道だけ確認できればいいやと思って通り過ぎようとしたところ、すぐ脇に駐車場があったのでとりあえず山門だけでも見ておこうと(01)クルマを停める。


01


石段を山門を潜ると、人のよさそうなおばちゃんが「愛山料200円ね」と、200円をふんだくる。人聞きが悪くてすみませんが、考えてもいなかったので。しかし、今考えれば拝観料のようなもので、そう考えれば安い。

ともかく、愛山料払ってしまったので、山門だけ見て帰るわけにはいかなくなった。そして麓からはケーブルカーも出ているが(このケーブルカーは鞍馬寺の運営で、宗教法人としては唯一の鉄道事業者である)、「健康のために歩け」という看板があったので歩いて登ることにする。また登るはめになった。

結果は五勝二敗という感じで、放生の池(02)、鬼一法眼社と魔王の滝(03、04)、由岐神社と樹齢800年の大杉社(05、06)などを発見した(知らなかっただけだけどね)代わりに、ケーブルカーで聞けるアナウンスと鞍馬寺の多宝塔を逃した。しかし鞍馬寺の新興宗教的な部分への先入観を抱かなかったので今日のとことは結果的によかったかもしれないが、ここのアナウンスもやはり体験しておくべき物件だろう。


02


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あと負けを追加すると、叡山鉄道の鞍馬駅から山門までの過程を省いた格好なので、その間に並んでいるはずの土産物屋の天狗グッズ類をことごとく逃している。唯一入手したのが、由岐神社の天狗おみくじ(07)。400円也。キーホルダーになっている。


07


信仰とは別に関係のない“マムシのいる石置き場”(08)などを眺めつつ、さくさくと石段を上って本堂へ(厳密には本殿金堂という)。この一ヶ月運動不足だったのでちょっと息は切れたものの、この辺熊野効果がまだ活きている。


08


が、早過ぎたのかまだ本堂が開いていなかったので、すこしうろうろしてたら「奥の院800m」とあったので行ってみることにする。また石段登りだ(09)。


09


霊宝殿(博物館)を横目で見ながらぐいぐい登っていくと、樹齢1000年という老杉を奉る大杉権現(10)のほか、牛若丸がのどの渇きを癒した息つぎの水(11)、「牛若丸が鞍馬天狗と出会った」とされる昼でも薄暗く霊気漂う僧正ケ谷の不動堂(12)、奥州に下る牛若丸が背丈を比べた背比べの石(13)など義経ゆかりの物件が次々と現れる。そののち、木の根道(14)を経て、奥の院魔王殿(15)に辿り着く。この魔王殿は、見た目は地味だが、「650万年前、金星より地球の霊王として天降り地上の創造と破壊を司る護王魔王尊が奉安される」という、なんだかよくわからないがとんでもない場所である。魔王尊は天狗ではあるが、もはや天狗と関係があるのかないのかよくわからない。とりあえず宿題とさせていただきたい。


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ここまで来たら貴船神社まではあと少しなのだが、なにせ本堂を拝観していないし、霊宝殿にも後ろ髪引かれているので、ここで道を引き返す。

さて霊宝殿、一階は自然科学博物苑展示室で、ここのキノコの展示が面白い。色鮮やかなドクテングダケや今にももそもそと動き出しそうなサルノコシカケなどが楽しい。キノコファンにはぜひともオススメしたい。あと鞍馬の昆虫やら鳥獣やら陸貝やら楽しそうなのだが、とりあえず三階の仏像奉安室へ向かう(ちなみに二階は寺宝展観室だが、今は義経関連の図画の複製の展示だった)。

「展示ではなく拝んでもらえるように配置した」という奉安室は、畳敷きで、三躯の毘沙門天(いずれも鎌倉時代。重文)に兜跋毘沙門天(平安後期。重文)、吉祥天女と善膩師童子を従えた「鞍馬様」とも呼ばれる毘沙門天(平安後期。国宝)、聖観音菩薩(鎌倉時代。重文)を立ったりしゃがんだり寝転んで下から見上げたりと味わい尽くす。いやあとから考えると、もっと味わい尽くせたはずなのだが、しかし中でもとりわけ、柳腰の聖観音菩薩になんだかぐっとくる。すごい細腰のくせに、方から二の腕にかけてがふくよかである。見る角度によって目が合ったりするのもよい。

今回の旅は仏像に関わるなあと思ってたが、予期していないところで予期しなかった出会いがあった。

で、本堂まで降りて中に入るが、祭壇の方への行き方がわからなかったので(久し振りの寺なのでなんか慣れていない)、周囲をぐるぐる歩いたのち、地下の宝殿という場所へと続く階段に気付いて降りる。

真っ暗。そして目が慣れてくると夥しい数の壷が暗闇の中に浮かび上がってくる。納骨堂かと思ってこりゃいけないと取り繕うように賽銭あげて戻ろうとすると階段のところに説明書きがあるのに気付き、これらの壷は骨壺ではなく洗い清めた清浄髪を収めたものであるとの由。そういわれてみれば、骨壺にしては小振だ。

お骨でないのかとほっとするも、しかし髪の毛だって怖い。その怖い髪の毛を収めた壷が、真っ暗闇の中に数え切れないほど並んで迷路を作っている。そしてあまりに怖くなって、つい中まで入り込んで行くと(こういうところが時に損をする性格である)、壷の渦の中心に忽然と三尊尊天(魔王尊、毘沙門天、千手観世音)が現れるのである。

説明書きには宇宙云々みたいなことが書かれていたが、いい加減怖くなったのでよく読まずに退散した。今度行ったらちゃんとメモを取っておきたい。

一応Webは検索してみたがよくわからず、霊宝殿で購入した「鞍馬寺」(中野玄三著。中央公論美術出版)にも書かれていなかったのでこれもまた宿題にさせていただく。その宝殿の写真をばしゃばしゃ撮ったバチ当たりなWebページも見つけたが、やはりこれをお読みの皆さんにはまず自分の目で確かめてもらいたいので(いや無理に確かめなくてもいいけど)、URLは紹介しない。

あとは狛犬ならぬ狛虎(16、17)の写真を撮ったり、本堂や風景の写真(18、19)を撮ったりなど。本堂前の地面の謎の模様など宿題は多いが、とりあえず帰りも歩いて下る。


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元は天台宗の寺で、延暦15年(796年)に藤原伊勢人が白馬に導かれて毘沙門天を奉る小堂を発見してのちの千手観音も作ったとか、いやそれ以前の宝亀3年(772年)に鑑真の高弟鑑禎が草庵を結び毘沙門天を安置したという鞍馬寺だが、戦後間もなく新興宗教の鞍馬弘教(金星云々もその教義と記憶する)として独立していて、そこに天狗と牛若丸〜義経が絡んできて、さらに与謝野晶子の書斎が東京・荻窪から移築されていてキノコの展示が面白い、なんだか一大スペクタクルのような寺であった。一本の映画にまとめでもしたら、きっともっとわけがわからなくなるに違いない。

長くなったので、伏線は持ち越し。
posted by aokiosamublog at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行
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