2008年01月23日

壽 初春大歌舞伎

昼の部の途中からと、夜の部を見物。正月の歌舞伎は、楽日近くに行くのがいいかもとふと思った。なぜなら、いつまでもお正月気分が味わえるので(バカ?)。

▼昼の部
-けいせい浜真砂

女五右衛門=石川屋真砂路に雀右衛門。二年前に観た「黒手組曲輪達引」(これはちなみに夜の部の「助六」のパロディ)のときの揚巻もすごかったが、これもなかなか。すごいなあ、大正9年生まれ(さっき昭和2年生まれと間違えてしまった。昭和2年は、雀右衛門の初舞台でした)。

話は、実は武智光秀(もちろん明智光秀)の娘である石川屋の遊女真砂路が、南禅寺の山門の上にあがって景色を愛でていると、そこに父の仇である真柴久吉(もちろん秀吉。吉右衛門)が通りかかるというだけなのだが、無駄にドラマチックでめでたい。

-魚屋宗五郎

河竹黙阿弥作。

魚屋の宗五郎の妹が、奉公に行った先のお屋敷で不義の罪を着せられて手討ちになる。酒乱故に酒を断っていた宗五郎は、その真相を知って腹を立てて酒を呑んでしまい、お屋敷に殴りこむという話。

幸四郎の宗五郎のだんだん酔っていく様が大変鮮やかで、楽しい。見事。あと魚屋の小奴三吉が染五郎なのだが、宗五郎が三吉に小言をいうところで幸四郎がぼそっと「ちょっとくらいいい男だと思っていい気なりやがって」というのも妙におかしい。

で、宗五郎はお屋敷に乗り込むものの、家老と殿様になんなく丸め込まれ(いや、本当は殿様の誠実な態度に感動するべきなのだろうが)、なんだか呑気でめでたい。

殿様の主計之助は錦之助だったが、ちょっと役が重たかったかな?

-お祭り
ほろ酔い加減の鳶頭(團十郎)がいろんな踊りを踊るという、なんだかよくわからないがめでたい。

▼夜の部
-鶴寿千歳
松、竹、梅が踊ったあとに、齢を重ねた姥と尉がせり上がってきて、しみじみほのぼのと舞うという、もうめでたい以外のなにものでもないご祝儀舞踊。

松が歌昇、竹が錦之助、梅が孝太郎。で、姥と尉は姥が芝翫で尉が富十郎の人間国宝コンビ。琴の山勢松韻も人間国宝で、いやこりゃますますめでたい。

-連獅子
幸四郎染五郎親子の連獅子。ちょっとした笑いの入ったような感じが、個人的にはツボ。染五郎は若いだけあって、大変美しい左近/仔獅子だった。

あと染五郎、毛振りがダイナミックでカッコよかった。

間狂言の「宗論」は浄土僧が高麗蔵、法華僧が松江で、お互いの自分の宗派を自慢して相手の宗派をけなすうちに、念仏とお題目を取り違えてしまうというコントがバカバカしくてめでたい。最後とつぜん仲良くなるし。初演時(「連獅子」は明治3年だが、「宗論」は明治34年の増補。今日の形がいつからかは、不勉強で不明)の頃は多分、こういう仏教の宗派争いのバカバカしさを笑うというのがコモンセンスだったのかな、と思うと(実際は知らないが)感慨深い。

-助六由縁江戸桜
口上が段四郎。で、冒頭、ひとくさり口上を述べたあと、すすっと後ろずさってすこし間を溜めてから、「では河東節ご連中の皆様方、お始めください」とご連中を立てるところが大好きである。

かの花川戸助六が実は曾我五郎という展開が楽しい曾我もので、助六/曾我五郎が團十郎、兄の白酒売新兵衛/曾我十郎が梅玉。三浦屋揚巻が待ってました福助(成駒屋、とここでこっそり声をかけておく。髭の意休に悪態つくところの、福助節の台詞回しがもう最高)。髭の意休が左團次。曾我兄弟の母曾我満江が芝翫。白玉は孝太郎だったが、これは贅沢をいえば、菊之助で観たかった。

ものすごくくだらないギャグも交えつつ(助六と兄に股潜りをさせられる、東蔵扮する通人里暁が、去年パリ・オペラ座で公演した團十郎に「おやあなたは去年パリのオペラ座にいらっしゃいませんでしたか?」といちいち尋ねたり、そのあと花道で「オッパッピー」の真似をしたり)、全体にものすごく胸のすく芝居であった。

團十郎の喉の調子が悪かったみたいで、途中お役者様とは思えない声になったりもしたが、まあそれはそれで特別気になったわけでもなかったところも、すごいと思った。

という具合にたいへんめでたい一夜でございました。この日の連れに、「海老蔵(新橋演舞場)とお父さんとどっちがいい?」と尋ねていたのだが、こちらを選んでもらえてよかった。
posted by aokiosamublog at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎/演劇
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