2008年07月08日

立川生志真打昇進記念 立川談志一門会

よみうりホールにて。真打昇進に伴い、笑志→生志に改名。昇進披露なので、当然仲入り後に口上があって、司会の談生はじめ、文都、立川流顧問の吉川潮、生志本人、談志、野末陳平が舞台に並ぶ。文都が「生志は笑いを捨てて生きることを選んだんです」と言っていたのがおかしい。

口上に物言いを付けるのもあれだが、吉川潮の、「立川流の真打は、落語協会や芸術協会の真打とはレベルが違うんです」と真打昇進のシステムの違いも説明しながらのくだりは、立川流創設時ならともかく、双方の敵対意識?なども含めて今さら言われなくても周知の話だし、作家なんだからもうちょっと気の利いたこと言えねえのかと思った。

あと野末陳平は、口上の席であぐらをかくな。年寄りなら何やっても許されると思ったら大間違いだ。面白かったけど。あと足が悪いのかもしれないけどね。

さて目出たく真打となった生志は「船徳」。上手かったし面白かったが、この人ならでの、という感じはなかったな。穿った見方をすると、吉川潮の口上は褒め殺しというか、敢えてのプレッシャーをかけたものかもしれない。マクラでの腹黒さはなかなかのものなのだが、本編はすーっと行ってしまう。その腹黒さを噺にも活かすとか、噺をもっと上手く演るとか、なんかあとひとつ欲しい。

談笑の「堀の内」が、言葉で説明せず間の取り方によってその場面の何が可笑しいのかを伝える、という方法を適度に織り交ぜたり、古典の中に(談笑という現代人の顔を覗かせるような)現代風の描写や語り口をふと入れることで談笑ならではの「堀の内」に仕立てていたのと比較してみて、そんな風に思った。

談志は声の調子がものすごく悪く(先日の歌舞伎座でもそうだったらしい)、口上の席で「当分休業する」というようなことを言っていた。最近の高座では必ずそう言っているらしいから、ネタなのだろうが、でも本当に休業してしまう可能性も高いな、と思う。いや何を措いても休業すべきだろう。

そんなコンディションの中で、「田能久」をたっぷり演って、でも本人は満足しなかったのだろう、サービスで「落語チャンチャカチャン」でも演ろうか、と火焔太鼓→道具屋→大工調べ→らくだ→長屋の花見→船徳→あくび指南→笠碁・・・とだーっと語ったのには涙が出る。

以下、この日の演目。

立川志の吉・・・・・・牛ほめ
立川談笑・・・・・・・堀の内
立川文都・・・・・・・青菜
(仲入り)
真打昇進披露口上
立川生志・・・・・・・船徳
立川談志・・・・・・・田能久
posted by aokiosamublog at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語/演芸
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