2010年03月11日

高岡大祐・関島岳郎デュオ

渋谷Bar Issheeにて。テューバのデュオ・インプロヴィゼーション・ライブ。第一部は、それぞれのソロ。

まずは高岡大祐で、すーっという管を通る息音の中から次第にテューバの楽音が立ち上ってくるというスタイル。それがだんだん、ブリブリとグルーヴするに変化して行くと、自然に身体が動く。

続いて関島岳郎。テューバを吹きながら歌うという技法で、一本のテューバから二つの音の流れを奏でる。これがなかなか、心に響く。ここでは、いつも歌との共演で拝聴している、篤実でがっしりと音楽の底を支える音楽を楽しめた。パイプの抜き差しなどでチューバをリズム楽器として使うかのような手法も面白かった(演奏終了の際、パイプをポンと抜くのは、一種のユーモアか)。

第二部はデュオで、4通りのインプロを演奏。

最初の演奏では、関島岳郎がサランラップの芯とガムテープでテューバとアルト・リコーダーをつなげた「俺の笛テューバ」を披露。テューバでパン・フルートのような音を出す高岡大祐に対抗する、というようなことを言っていたが、これが最初演奏自体も楽器も見た目に可笑しく笑いを誘うが、演奏が佳境に入るとリコーダーの音とテューバの音を自在に越境するようになり、それがこちらの心をぐらぐら揺らす。それは多分、物珍しかったりトリッキーだったりという以前に、音楽だからだろうと、聴いていて思った。関島岳郎の(ひとつの楽器の演奏家という以上の)音楽家魂のようなものを感じた。

第二部は完全なインプロだというアナウンスだったが、非楽音的な音を出し合うときでも非常に音楽的だったし、ときにそれが、とてもクラシカルな(個人的にはフランス印象派を思い出した)アンサンブルに変化したりする。

というところも含めて、聴き始めるまでどこにどう連れて行かれるか(あるいは連れて行かれないか)わからないインプロ音楽ながら、最終的にはしっかりと音楽を味わった味わいが記憶に残った。こういう音楽が、フリー、インプロ云々のレッテルだけで敬遠されているとしたら、それは聴き手にとって大きな損失だと思う。

そういう損失は、きっと毎晩繰り返され積み重ねられているわけだが、それなんとかならんかな、ということを強く考えされたライブだった。

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終演後、だらだら呑んでて、出演者間でやり取りされていた音楽情報交換を横で拝聴する。音源がかけられたColin Stetson「New History Warfare: Vol.1」やAxel Dorner/今井和雄/井野信義/田中徳崇「Rostbestadige Zeit」、tamaruという人のベースギターの完璧な演奏制御による音響彫刻作品が素晴らしかった。知らない素晴らしい音楽は、まだまだいくらでもある。
posted by aokiosamublog at 23:00| 音楽(ライブ)