2010年03月17日

緊急!!圓生争奪杯

浅草東洋館にて。

「三遊亭圓生」という大名籍を誰がどう継ぐか、という問題に端を発した落語イベント。要は、

1.圓生の一番弟子であった故三遊亭圓楽が、圓生の死後、遺族(圓生夫人の山崎はな)や京須偕充(落語評論家、落語録音プロデューサー)、稲葉修(当時法務大臣)、山本進(落語研究家)の署名を得て、「圓生」の名を止め名(永久欠番)にした。

2.にも関わらず、圓楽の一存で圓楽一番弟子(つまり圓生の孫弟子)の鳳楽に圓生名を継がせることを発表(鳳楽の公式サイトでは、今でも左記の旨明記されている)。マスコミもこれを鵜呑みにして報道

3.しかし、そもそも圓生が止め名になっていることすら、圓生の直弟子である円窓や円丈には知らされていなかった

4.で、主に円丈が、鳳楽の襲名云々に待ったをかけた、

と、その経緯をまとめられると思う。

参考)
円丈の公式サイト
・Podcastの「つか金フライデー」(1/8、15、22)

つまり、話を単純化すれば圓楽の言動に矛盾や約束違反があるわけで、死者に鞭打つわけではなかろうが、そこをはっきり問い質した上で真に「三遊亭圓生」を継ぐべきは誰かを考え直す、というイベントと、やや好意的にだが、私は捉えた。

円丈が少し感情的な言葉や態度を示したり、フジの塚越孝が本来中道的な立場に立つべきにも関わらず円丈側の立場から最初の問題提起をしたきらいがあったりなど、対立を煽るような要素もあるし、それをやはり安易に興味本位にマスコミが報じたりもしているから、たとえば和泉元彌騒動のような趣と捉えられている感もあるが、単に筋をきちんと捉え直そうとしているだけの動きでないかと思う。

小さんや正蔵や文楽や三平が、ほとんどブラックボックスの中で襲名されてきた(ように落語愛好者からは見える)ことを考えると、話題作りとしては健全ではあるまいか。あくまで話題作りの一面は、否めないけれども。

そんな筆者個人の見立てはともかく、当日の様子を簡単にレポート。

まず、当日TVで採り上げられたこともあろうが、念のため3時過ぎに会場に立ち寄ってみたら、すでに当日券を求める列が。筆者で7番め。そのまま二時間弱並んだところで、当日券列が30人を超え、急遽当日券(整理番号付き)の販売が開始される。ここまで観察したところでは、鳳楽ファンの当日動員が多いように見受けられた(鳳楽の法被を着たスタッフと親し気に話す人が多かったので)。

一旦解散。「6時15分に元の場所に」という指示だったので、その通りに東洋館に戻ると、先に並んでいた階段は、前売り整理番号を持った客でごった返し、そこにエレベーターから降りる客が混ざり合い、大混乱。右往左往する運営側と東洋館スタッフに、放っておくと事故が起こるぞと怒鳴る客。落語会の開場前とは思えない緊張感と殺気。「論争」感を煽る運営側/東洋館の演出ではと、邪推を楽しんだりしてみる。

が、開場すると、入場は(時間はかかったが)、整理番号順にスムーズに行われた。高田文夫や川柳川柳などの関係者も、入場者の列の流れに従って粛々と入場されていた。そんな中を縫って行き来する、10人前後の取材陣が鬱陶しい。取材するなとは言わないが、もう少し少人数で動けぬものか。もうずいぶん前から、様々な業界で様々なコストダウン手法が講じられているが、一番遅れているのが大手マスコミや報道の世界ではないかと、改めて思ったりもしてみる。

で、当日券入場者が着席できると、間もなく開演。まずは三遊亭きつつき(鳳楽の弟子)と三遊亭丈二(円丈の弟子)が前説、それから主役である鳳楽と円丈が登場。いざとなったら暴力で決める、とか、TVで泥沼の争いと言われた、とか、丈二が「私が勝ったら私が圓生になれるんですかねえ」とか、そんな雑談が交わされたのち、鳳楽と円丈がじゃんけんの仕方を弟子に教わってからじゃんけんして、円丈が勝って、本日のトリとなる。緊張感があるんだかないんだか、よくわからない。

高座には、まずはきつつきが登場し、「からぬけ」的な与太郎噺。なんか早口で、間が悪い。続いて丈二が「極道のバイト達」。こちらは声が上ずっていて、やはり意識が噺の合間合間に噺から抜けている様子が見て取れる。こういう性格の会で、客数も多く殺気立っているから緊張するのはわかるが、だからこそ、できるだけ抜けた感じの軽い話芸で和ませてほしかったように思う。でなければ徹底的に煽るか。雰囲気に飲まれてはいけない役どころではなかったかと思った。

続いて、塚越孝、大友浩、高信太郎、鳳楽、円丈による討論会。ここでは塚越孝は中立。鳳楽は「止め名のことはずいぶん前から知っていた」と衝撃的?事実を述べ、圓楽からはずっと「圓生の芸を継ぐのはお前だ」と諭されていて、そのつもりで努力を重ねてきたと発言。円丈は客席からの「お前と円窓は裏切り者だ!」というヤジに真っ向から反論し、「止め名も襲名も、圓生の遺志ではない」という極めて真っ当な筋論と、「圓生の心を継いでいるのは自分」という以前から展開している持論を展開。大友浩は京須偕充の「一般論として名前は継がれるべき。止め名については未亡人を助けるつもりで署名に応じた。圓楽が約束を反故にするなら、大っぴらに正式な手続きを踏むべき」というコメントを披露(円窓にも取材したらしいが、そのコメントは披露されず)。高信太郎はいつものグダグダ独演会(どうでもいいが、いい歳して髪を茶色に染めるのはやめなさい)という感じで(この土俵に鳳楽が上がったのはよいことだ、という発言のみは頷けたが)、話がどうにもまとまらないところに、すごくいい間で川柳川柳が登場。もう、出方だけで笑いを取る。

で、川柳が「このイベントは、バカじゃないかと思うね」「俺は圓生なんか継ぎたくないよ」と言ってさっさと舞台袖へ引っ込んで、この討論会はほぼお仕舞い。あとは圓生のご子息が楽屋にいらしてて、そっくりだから継がしちゃえとか、そんな雑談で、第一部は幕。

仲入り後は、プログラムにはなかった川柳つくしが登場。「このイベントのテーマ曲を作ってきました」と、ウクレレ弾き語りで「振り向けば圓生」を歌う。

圓生、圓生、昭和の名人/誰が継いでも、違和感がある〜/〜振り向けばそこに、圓生/そのうちみんな、圓生

バカな歌だが、毒があって面白い。TVの取材入っているが、それ的にはまずいのではとも思えるのがまた可笑しい(歌詞全部書き取らなかったのを後悔)。

ちなみにつくしの登場は、仲入り直後に鳳楽が高座に上がるのは、客席がざわついたままで気の毒だから、「食い付きとして」との由。

さて本命のひとり鳳楽は、前もって発表されていた「妾馬」(八五郎出世)。これは私には、噺のどこにどう反応していいのか、さっぱりわからなかった。さすがに落ち着き払ってはいたものの、噛む場面も多く、それはまああれとしても、各登場人物ごとの特徴の触れ幅が小さく感じられ、どの人物も鳳楽その人にしか見えず、その所為か話の展開にうねりが感じられず、聴いている時間が非常に長く感じた。侍(重役の田中三太夫)が「まちげー」「まっつぐ」などの町人言葉を使うのが気になったのは、私が無知なだけかもしれないが、「そのほうはささを好むか?」「いや、パンダや馬じゃないんだし」というせっかくの笑いどころ(圓生、パンダ、圓楽という一種の観念連合)を巧みに捉えられなかった箇所とか、惜しいところが少なくなかったのだった。

あとでTwitterの投稿を見ると、「客席は鳳楽筋の客が組織票的に多かった」という報告があったし、実際筆者もそうした様子を感じもしたのだが(先述した当日券待ちの際とか、座談会の際の円丈へのヤジや鳳楽発言時の拍手などから)、そこから考えると客席の笑いや反応の量は少ないようにも思えた。この辺、推測に憶測と印象を重ねたような話なので、しごく不正確とは思いますが。さらにいえば、単に筆者が苦手なタイプの噺家だということも上記の感想から差し引いていただきたいと思いますが、それにしても。鳳楽のような噺家の噺で気持ちよくなるポイントはどこにあるのか、それは今後機会を見つけて勉強したい。機会があれば。

それから乱入の川柳が、もう一杯ひっかけた態でグダグダな感じで話し始めたのが「圓楽物語(涙の圓楽腺)」。あの涙に田舎の客は引っかかったのだが、涙の出所はハイミナール、というくだりは、TV的にはアウトだろうし、あの会でもかなり危な気だが、その辺はみなさんおわかりなのだろう、怒り出す客もなく、結構受けていた。「涙の連絡船」の替え歌も楽しめた。いろいろ複雑な思いがある上で、こういう形で洒落のめす川柳はカッコいいなあと思う。

で、トリの円丈は、やはり前もって発表した「居残り佐平次」。マクラでは眼鏡をかけていたが、古典に入るために「メガネ・カウントダウン」を行って眼鏡を外す小ネタを照れずに実践するなど、笑いに関してはいつも通り貪欲。本編は、他の登場人物はさておき主人公である佐平次のキャラクターを思いっきり際立たせることでメリハリやテンションや笑いの量を保ち続けたという印象か。といっても、他の登場人物がおざなりというわけではなく、佐平次を際立たせるために敢えて個性を押さえたという感じに感じた。まあ、円丈の古典については筆者は慣れている世界だけに、イベント云々は別にして、いつも通り楽しめた、ということだろう(40分を超える尺の噺でもほとんどだれることはなかった)。ただし客席が、上述したように鳳楽筋が多かったという推測・憶測の上で考えれば、そういう状況で客席に一定のテンションと笑いの量を保ち続けたのは大した力量であると言ってよいと思った。

円丈のサゲが終わると、鳳楽も再び登場し、しかし結局客の投票みたいなことは行わず、夏頃また同じ趣旨のイベントを行おうと検討している、とアナウンスして幕が閉じた。

ということで、結局「圓生」という名前を誰がどうするのかは有耶無耶のまま終わったイベントではあったが、「圓生」という名前をダシにして落語界を盛り上げるという趣旨であれば、冒頭で述べたように健全なやり方だと思うし、この話題でしばらく引っ張って関連する落語会を開くのはよいと思う。今回は円窓は参加しなかったし、京須偕充ら当事者も顔を見せて意見をいう場を設けてほしいと思うし。

だが、愛好家が飽きずにこの話題に付いて行くには、仕掛けた側にそれなりの長期的視点は必要だと思うが、果たして半年後、一年後を見据えたシナリオを書く役どころがいるのかどうか。

円丈の問題提起だけであとは流動的、場当たり的では、マスコミにいいように玩具にされて落語ファンもどうでもよくなって、従来の大名籍継承のように「圓生」が継がれておしまい、となる可能性もあると思う。そんな心配も感じた、イベントであった。
posted by aokiosamublog at 23:00| 落語/演芸