2010年03月25日

“Night at the Circus” the sixth night

入谷なってるハウスにて。

酒井俊(vo)、田中信正(p)、ゲスト:水谷浩章(b)。01 Jamaica Fairwell
02 黒の舟歌
03 エドガーの日常
04 街
05 かくれんぼの空
06 酒とバラの日々
07 アラバマソング
08 Those Were the Days
(休憩)
09 Just Like a Woman
10 Yes! We Have No Bananas Today
11 ヨイトマケの唄
12 買い物ブギ
13 風の道
14 Takes Two to Tango
15 I AM YOU
16 Crazy Love
enc
17 満月の夕

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3ヶ月振りに酒井俊の歌を聴いた(前回はやはりなってるハウスでのNATCで、昨年12月か)。某所でのライブ出演もお願いしているのに、さぼってて恐縮の至り。

で、楽器のインプロヴィゼーションと歌がぶつかり合ったり会話したりするような緊張感漂うアプローチも、耳に馴染んだ音楽的フォーマットに近いリラックスしたアプローチも、今までになく安心し落ち着いて聴いていられる感じがした。

それは、こちらの慣れもあるだろうし、今回はなんとなくだが強い破壊や破綻よりも安定や心地よい感じの演奏・歌唱が多く印象に残った所為もあるだろうと思う。

が、途中、前半の中盤辺り(04〜06くらいだったか)で「予備知識もなく字幕もないのに心震わされる映画のような」という感興を得たのは、酒井俊の聴き手としての新しい発見だった(今まで気付かなかっただけかもしれない)。この感興は、今後もまた聴き手として掘り下げてみたいと思う。

以下、断片的な感想やスケッチ。

03、04、13は、斉藤徹の曲に酒井俊が詞をつけたもので、いずれも田中とのデュオで演奏。

03、歌はオフマイク。歌詞の一音一音ごとの完璧な歌唱コントロールによるぴんと張り詰めたような緊張感の中から、深い感動を呼ぶ何かが現出した。

04、最初ブレヒト/ワイル的世界やサティのキャバレー音楽を想起させられたが、次第に(場所柄もあるか)浅草オペレッタを思い出した。いつでもない/どこでもない街の、鮮やかな描写。聴き手ひとりひとりに自分なりの「街」の映像が浮かぶような歌唱。

13は、いわゆる歌メロはなく、詞を朗読。

11は、田中、水谷とも、ノイズのみを演奏。この手法は他の演奏者との共演でも度々聴いているし、今回は音のバリエーションが決して多いものではなかったが、なぜだかすごく、歌の世界のイメージが膨らんだ。何故だろう?

12は、演奏開始時のモードジャズのようなピアノリフが印象的。そこからすぐにかなり破壊的フリー的に展開し、その上で揺るぎない「買い物ブギ」の歌が歌われるのが、とても心を打つ。

14は、大きく強い破壊はなかったが、ブギウギを変形していったようなピアノが気持ちよかった。

15もオフマイクで歌われ、コード進行はコード4つくらいの循環と思うが(もう少し複雑かな)、後半の声のインプロ?で、なにか奥深い世界に引きずり込まれた。

で、アンコールの17では、間奏のピアノが美し過ぎて、酒井がアカペラ部分の歌の入りを忘れる一幕も。そんなところや、今回珍しく前半の途中でMCが入ったところ(斉藤徹に関するおしゃべり)などで、いつもよりリラックスした雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
posted by aokiosamublog at 23:00| 音楽(ライブ)