2013年03月20日

3月まとめ(11〜20日)

11日(月) 朝7時起床→風呂、洗濯→ビール→契約について返答もらったのでさらに返信。まあ、落ち着くところに落ち着くだろう→晩飯作る。適当に作ったカレー味の野菜炒めが意外にうまくできた。手順をまとめてみたが、まとめてみると書くまでもなかったな→旅支度をしていたら、なくしたと思っていた(そしてそのまま忘れていた)Logicのインストールディスクが忽然と現れて嬉しい→0時過ぎ就寝。
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適当に作ったカレー味の野菜炒め

キャベツ、ニンジン、ピーマン、ニンニク、ツナ缶
塩、胡椒、インディアン印カレー粉、クミン、韓国唐辛子、ごま油、酒

01 中華鍋にごま油敷き、火を着けたらすぐにニンニク投入
02 油が温まってきたらニンジン投入
03 一渡り火が通ったところでキャベツ投入
04 しばらくしたらツナ投入
05 酒を振り、その他調味料で適当に味付け。カレー粉は少なめ、風味付け程度か
06 最後にピーマン投入

※キャベツはすぐに火が通るので、03以降は手早くしたほうがいいかもしらん
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12日(火) 朝7時半起床→風呂→9時半過ぎ出発→新幹線にてカレーパン、ミックスナッツ、ビール。新幹線の中でベーシスト大川俊司氏の訃報を知る。先週とてもよいライブを拝聴しただけに、やりきれない。とりあえず、3本めのビールを追加し献杯→午後2時過ぎ京都着。新福菜館にすんなり入れて、中華そば(小)とヤキメシ→午後3時半奈良着。スタンド千ぐさ跡を見物。これも哀しい→奈良町の裏通り通って宿(サンルート)着。チェックイン謎の待たされ→部屋に入りビール、風呂、しばし仮眠→20時過ぎに行ったら、おんどりにすんなり入れて、鶏を堪能→咒師作法からお水取りを見学。半夜の走り、後夜のお水取りと見て(いや感じて*)、土産にいなりと巻き寿司(半額セールで500円)買って帰る。うどんも二年振りに喰った。あと、おんどりですれ違ったご一行に二月堂で遭遇→ちなみに宿から二月堂まで徒歩10分。思ってたより近かった(のちに徒歩30分と判明。10分は勘違いであった)→風呂→のり巻きといないつまみながらビール→午前4時前後就寝。
*二月堂西側の局の外で、おばちゃんたちが「見えへんわ」と会話していたら、近くにいたおっちゃんが「見るもんじゃなくて、感じるもんや」とぼそっと言った。その通りである。我々見物は、外陣にいようが局にいようが二月堂の外にいようが、その全体像を見ることは適わないわけだし、内陣から発せられる何かから、修二会の何かを感じ取るほかないのである。
13日(水) 朝9時起床→朝食後、10時前出発→秋篠寺訪問。静かでいいお寺。伎芸天だけでなく、ご本尊の薬師如来や薬師十二神将も素晴らしい。全体に、キャラクターが立っている像が多いと思った。ちなみに秋篠寺は、大和西大寺駅から徒歩15〜20分ほどで、歩いてみるとそんなに大変ではなかった→奈良に戻り、おんどりの奥のお好み焼きの団で昼食。焼きそばが特にうまかったが、お好みもなかなか。おばちゃん喋る喋る。東京の飲食店で嫌な思いをしたとのこと、申し訳なく思う→宿に戻り昼寝→慌てて二月堂。絵馬堂茶屋でざるうどん啜り松明上堂を待つ。お松明が始まると横殴りの雨。上堂後しばしお茶どころでぜんざいやうどんで暖を取り、導師作法(神名帳)の中程から南の局で見学。咒師作法の途中で抜けてお茶どころで西桐画伯と合流、須弥壇の餅(前半七日までのもの)を尾形母堂にいただく。感謝→南東の局に入り走りから達陀まで見学。達陀はやはり興奮する→いったん外に出て下堂を見てから、画伯にクルマで送ってもらい宿に戻る。興奮覚めやらず、カップ酒を二杯。午前3時頃就寝。
14日(木) 朝8時過ぎ起床→宿にて朝食。栄養を摂取した気がする→朝寝→12時過ぎ出発。まずは萬々堂で糊こぼし発送→奈良ホテルで昼食→興福寺国宝館。ひさびさに阿修羅。薬師十二神将の板彫りは初めて見た気がするが、果たして→奈良公園は、鹿に襲われる人や、鹿に闘いを挑む(多分)一歳児などがいて、面白かった→東大寺ミュージアム見物。三月堂からは六体。木造不動明王二童子像と木造地蔵菩薩坐像は三月堂に帰るが、日光・月光菩薩立像と、吉祥天、弁才天立像はここに移設らしい。不空羂索観音は、1/14まで東大寺ミュージアムに安置されていたが、現在は三月堂に戻ったそうだ(三月堂は閉まっているので、今回は拝めなかった)→二月堂に上ったら、松明のもえかす拾えたので、今日のお松明見物は割愛。古いお札を返し、新しいのをいただき、いったん宿に戻る→キッチン・ペピタの息子が三年前に始めたイタリア料理屋、Pepita D'oroで晩。いい店だった。居心地がよくて料理も絶妙に好みでワインもよい。勘定は安くはないが、奈良に来たら一度は寄りたいと思った。今日は6時半から8時半まで二時間堪能→また宿に戻り、着替えてから二月堂。半夜の辺りから礼堂南側で見学。途中一度抜けたが達陀の松明放り投げるところを真横から見ることができて満足→今年最後の信者うどん→それから外で二時間ほど待ち、午前3時過ぎに咒師神所が始まった。飯道神社がふたり?で13分、興成社が全員で5分、再び飯道神社が全員で4分、それから北側の手水が全員で4分。で、いったん堂内に入り、4時12分に満行下堂。清々しかった→腰痛くて歩くの遅かったか、コンビニ回って帰ったら40分かかった。ほんとか? かかりすぎ(のちに徒歩30分と判明。10分は勘違いであった。よって寄り道して40分は特におかしくはない)→宿に戻り風呂、昨日に引き続き黒松を一杯。6時過ぎ就寝。
15日(金) 朝8時起床→荷造りして9時頃出発→二月堂に最後のひと参り→絵馬堂まだ開いてなかったので、ひとつ下の茶屋で朝飯→森で奈良漬け買って、11時の特急で京都へ→空也上人→幽霊子育飴→たつみで一杯→村上開新堂で買い物。クッキーの缶も予約→三月書房→出町柳までぶらぶら歩いて、叡山線で一乗寺。恵文社で上村一夫展を見るつもりが、会期前だった。調べてから行かなかったのが間抜けだが、やってると思い込んでたのでびっくりした→タクシーで京都駅。二時間しか寝てないこともあり、とつぜん疲れた。新幹線で帰る。車中は志津屋のビフカツサンドとビール。あとは泥のように眠ったが、眠気も疲れも全然取れなかった→夜10時前帰宅。ロシアケーキ食べてから、すぐに就寝。
16日(土) 朝6時半起床。疲れは取れた→風呂→ビールと焼き海苔で朝食→洗濯と昼の仕度→尾形ホームページと西桐日誌更新→昼飯。食料は旅行前にほぼ食べ尽くしてしまっていたが、工夫したらなんか妙にうまくできた→糊こぼし届いたのでお茶→dressにて、橋本一子/橋本眞由己/加藤道明。今回はリヴァーブのトラブルもなく、無事終了。最後爆発的な笑いが起きた中からちょっとしんみりした気分が漂った。いいライブだった→ぎりぎりで終電逃しタクシー。帰宅後すぐ就寝。午前1時半くらいか。
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16日昼食

鶏笹身の炊き込みご飯(研いだ米に生姜みじん切りとかつぶし出汁殻くだいたのを混ぜ、鶏笹身を一本乗せて、出汁と塩を少し加えて炊く。炊きあがったら鶏笹身を崩しながら混ぜる。食べるときにもみ海苔をかける)
ザワークラウトとツナの和え物(胡麻、生姜、ごま油を適当に加えて混ぜただけ)
こんぶともずくと干し椎茸のお吸い物(こんぶと干し椎茸とかつぶし出汁殻で出汁を取り、もずくを少し煮込んでから醤油とみりんで調味。こんぶと干し椎茸は取り出さずそのまま食べる。ただし干し椎茸は、水に浸けて柔らかくなったところで一度取り出し、石突きを切り落とし薄切りにしてからまた鍋に戻す)
らっきょう、梅干し
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17日(日) 午前11時起床。さすがにくたびれた→朝食後、西桐日誌更新→明日父親に土産渡すことにし、午後1時に吉祥寺丸井前待ち合わせとする。お目当ては蕎麦の上杉→買物がてら昼に出たが、移転後のガラム・マサラにはまた満員で入れずふられる。まあ日曜だからな。口の中インドカレーなので、ナマステ東京。ここはここで悪くない→今日は八百屋も魚屋も休みなので、スーパーで西や南のほうの野菜を買って帰る→ようやっとLogic起動(旅支度の際にインストールディスク発見したので)→風呂、ビール→『泣くな、はらちゃん』、さりげないが結構きつい展開。あと忽那汐里は顔の表情の演技がうまい故の可愛さと思ったが、演出の妙か? どうでしょう→夜11時過ぎ就寝。
18日(月) 朝7時半起床→風呂→吉祥寺に出て、老父と尾形と蕎麦屋の上杉。老父に奈良土産のすいかの奈良漬けを渡す。一ヶ月会わないうちにとても痩せたような気がして心配したが、珍しく帽子をかぶっていた所為であった→尾形の手芸用の生地など見ていたら、編集さんから連絡。なにか話が食い違うなあと思っていたら、先週向こうが出したメールが届いていなかった。電話で話をしているうちに届き、なるほどと納得。混乱した→雨降りそうなので豪徳寺で途中下車しての鶏屋はやめにして、経堂で晩の買物とビールの注文して帰る→評判のイナバのタイカレー缶詰試してみる(レッドカレー)→普通のタイカレー。ビールのアテにはよい→そのまま晩に突入し、TV見ながら与太話して、夜11時頃就寝。
19日(火) 朝8時起床。夜中に目が覚め1〜2時間起きていた所為か、眠気を伴った起床となった→風呂、洗濯→東京電力の会見見る。すぐにどうこうではないと思うのだが…… 事故から二年経った今の段階でのこうした広報対応の遅さや見るからに心ない印象については、やる気がないか頭が悪いか、どちらかとしか思えない。が、その程度の姿勢で世の中のほとんどは動いているのだろうと思う。世の中が悪くなる可能性に、この世は満ちているのだなあと改めて思うばかりだ→昼から晩酌まで、お吸い物中心にしたが、全然断食にはならなかった→福島第一原発の停電騒ぎは、一部復旧し、他も復旧の目処が立ったとTVのニュース番組では報じていた。ほんとかどうかは知らない→当番として作ったポークピカタのようなものやニラ玉のようなものの晩を食べながら、録画してあった清水宏の『有りがたうさん』(1936年。上原謙主演)を見たが、面白かった。『或る夜の出来事』(フランク・キャプラ。1934年)といい『昇天峠』(ルイス・ブニュエル。1951年)といい『8時間の恐怖』(鈴木清順。1957年)といいつい最近の『ロンドン・ゾンビ紀行』(マティアス・ハーネー)といい、ほかもろもろ(『マジカル・ミステリー・ツアー』は微妙か)、バス映画は面白い→なんの番組かはわからなかったが、清水ミチコと椿鬼奴がふたりとも桃井かおりのモノマネをしながら寿司屋で若い俳優の悩みを聞く、というの、意味のなさ加減が私にとっては妙にテレビ的で、たいへん可笑しかった→夜11時頃就寝。
20日(水) 朝9時起床→風呂→本日から高血圧対策として、「昆布を一晩水に浸けておいて朝出汁を取り、昆布ごと食べる(具はそのときどき)」を始めた→16:30からdressにて今日のサウンドチェック。湯川潮音さんには初めてお会いしたが、なんだか妖精めいていた→富士屋にふられ、ニュー信州も貸し切り→桜井芳樹、ゲストに湯川潮音、大変よかった。第一部は桜井芳樹ソロ、第二部は湯川潮音参加→そんなに呑んだつもりはなかったが、翌朝起きたら帰り道の記憶がなく、些か宿酔いだった。そんなに呑んだかな?
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記