2013年06月24日

新宿末廣亭六月下席昼夜



新宿末廣亭下席昼夜先日、末廣亭のスタンプカードを初めて10個貯め(今まではいつも途中でカードをなくしていた)、招待券をもらったので、この日は無料で見物。

昼夜通して全体的には、漫才は別にして落語で爆笑する場面は少なかったけれど、そよそよとしたいい古典落語を気持ちよく楽しんだという印象が残った一日だった。

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最初に小さな文句を連ねておくと−

昼席の林家まめ平『犬の目』は、医者が入れる細かいくすぐり的な笑いが小さな笑いの波紋を重ねて行くものの目玉を乗せる皿に見立てた手拭いがひん曲がっていて皿に見えなかったりとか、金原亭馬生『無精床』は聴いていていい気持ちにはなるが話の運びの山谷や緩急がうまくつかめず些か退屈を覚えたとか、鈴々舎馬桜『粗忽長屋』は噺そのものの持つバカバカしさが伝わってこない気がしたとか、柳家さん八『替わり目』は酔っ払いの旦那が見事で楽しいのだがお内儀さんの描き様があまりお内儀さんに見えないなとか。

あるいは夜席なら古今亭志ん公『真田小僧』の金坊が子供に見えないとか、林家扇『ざるや』は目出たい感じがあまりしないし頭を下げたときに髪の毛で顔が隠れてしまうので髪はまとめたほうがいいのになとか。

といった感想を抱きはしたが、これはまあ、どっちかというと生意気なことを言って申し訳ないなとは思うけれどそう思ったということを記録しておくという意図でやはり書き留めておいたいというくらいで、番組全体の印象に影響する瑕というほどのものではない。一日が終わってみれば、のんびりと落語を楽しんだよろこびのほうが勝る。

夜席の林家三平の代演に柳家三三が上がったことも(演目は『二十四孝』)、この日の番組の好印象の所以。これはこういっては甚だ失礼ながら、下席十日間の他の日ではなく今日のこの日に聴きに行った自分の幸運に感謝した。

マクラでの「三平さんが梅雨で蒸し暑くて寄席に行きたくないというので(代演に来た)」「そのお兄ちゃんは朝ドラの『うめちゃん先生』で活躍したけど、ご本人が落語界一の『あまちゃん』だった」、あるいは噺の冒頭での「八五郎さんおあがんなさい」「あっしは上がるのが大好きで、(楽屋のほうを振り返りながら)ざる屋じゃないけど」(ひとつ前の高座が扇の『ざるや』)というくすぐりをいい間で入れて客席を沸かせてからの、渋くて心地よい『二十四孝』。総体に渋い感じの話の運びながら、八五郎が大家の講釈を真似しようとして鯉と筍と金の釜がこんぐらがってくるところのバカバカしさが見事だった。

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最初に「そよそよとしたいい古典落語を気持ちよく楽しんだという印象が残った」と書いたが、昼席は、鈴々舎馬るこの『日本語学校の桃太郎』の、日本語学校で外国人生徒に畳語の例を求めると「川柳川柳」と答える、などの、新作落語のバカバカしい感じも楽しかった。話はそれるが、昼席は前座の三遊亭わん丈『八九升』も割と達者で、幕開けから結構退屈せずに楽しめた次第。

新作ということに話を戻すと、林家木久蔵『こうもり』は、こないだ(5月9日)聴いたばかりだし、ご本人の可笑しさはあれど上手さのようなものは微塵も感じないし、正直もう当分これは聴かないでいいなと思った(木久蔵自体は割と好きなんだけど)。ただ、マクラに入る前から「しっかり!」と声がかかるところは、やはり可笑しくてよい。

三遊亭圓丈は『聖なる我が家』、知らなかったので調べると2010年の落語協会新作落語台本募集の際の佳作作品(作:杉山聡)とのことで、「家の前にとつぜんお供えものが置かれ、掃除してもらえるようになった。理由を調べると、とある宗教家がここは聖地だ、ノアの箱船が眠っている場所だと言っているという……」という噺。私は初めて聴いたので、圓丈によってどれだけ工夫が加えられているのかは知らないが、マクラで「高座で噺を忘れたとか、メモを取ってTwitterに書く奴がいる」という話を振っておきつつ(メモを取る客−私もそうだ−をいじるマクラは今日に限ったことではないが)、途中で噺を忘れたかのような様子があってから一気に物語が別の方向に展開するといったところは、わざとだったのだろうか。そこからさらに噺に『芝浜』が紛れ込んでくる辺りが、私には大変可笑しかったのだが。

昼のトリの川柳川柳は『パフィーde甲子園』で、これもまあいつも通りお達者ながら特筆するところはなかったと思うが、サゲを言って「まだもうひと芸やるから」と引っ込み、おおと思ってたら案の定『ラ・マラゲーニャ』。去年の10月に上野鈴本で昼席のトリを取ったとき、10日間『ラ・マラゲーニャ』を演ったと思うが、そう考えるとそんなに珍しい気もしないのだけれど、そうは言ってもジョアン・ジルベルトの来日公演と同じように?拝みたい気持ちにはなる。10日間のトリ、『ガーコン』『パフィーde甲子園』のほかになにを演ったのかは知りたいなあ。もう一日くらい聴きに行こうかな。

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話が前後するが、あと昼席で印象に残ったのは、

・三遊亭金時『夏泥』の一文無しになった大工を演じる際の、なにか覚悟を決めてしまったような不適な面構えの静かな迫力に心動いた。(そういえば、マクラの「つんぼう・どろぼう・けちんぼう」は前座のわん丈と被っていたな)

・金原亭伯楽『宮戸川』は、ご本人の髪型(きれいな横分け)の所為か、噺はきちんと古典のままだが、なんだか(そんなのないけど)日活青春映画版『宮戸川』のような趣きを感じた。

・大空遊平・かほりの漫才は、笑いどころへの持って行き方などネタの流れはいつも通りだけど、ワインをネタにしていたのが(聴いたことがなかったので)新鮮。かほりのほうの葡萄の種類などの言い立てが見事だった。

・林家正楽は、いつもの『相合い傘』のほかは、注文で『あまちゃん』を切っていた。「見たことはありませんが……」と言いながら、この日当日の話の展開(マンションの女とか)にも詳しかった。

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夜席は、

・ロケット団の漫才では、「矢口真里」「統一球」と旬のネタをうまく入れ込んでいた。

・林家正雀は心地よい『鴻池の犬』のあと、師匠林家彦六の真似をしながらの『奴さん』が可笑しかった。

・喰い付きの柳家一琴は、奥さんを隣に乗せてのドライブでスピード違反で捕まったとき、奥さんが警官にいらぬことを次々と言うというマクラが大変可笑しく、爆笑を取っていた。

・ホームランの漫才は、ディズニーランドのショー(Drバーカー)に出ていたという話から結婚式の話に展開し、さらにキリスト教式結婚式のコントに展開。「アナタハ、明後日、仕事ハアーリマスカァ?」からサゲも含め、かなり受けていた。

・柳家小里ん『碁泥』に、先代小さんのにおいを少し感じた。碁に夢中になったふたりの、なにかがすとんと抜けてしまった感じの間抜けな様子もよかった。

・一方、当代柳家小さんには、私は今までも先代小さんのにおいを感じることはなかったし、この日も感じなかった。その辺がある種の抵抗として私にはあったのだが、当代には当代のよさがあると、最近ようやくわかってきた。この日の『のめる』も、小里んと小三治に挟まれた出番ということも考え合わせると、ある種見事な塩梅の高座と思った。

などが印象に残ったところ。

で、夜のトリの柳家小三治、この日はマクラもそこそこに(縁というもの〜夫婦の縁〜某噺家(桂三木助)の成田離婚〜出雲の神〜神社以外の各所での神前式結婚式の神主のインチキくささ。10分弱)、とてもゆったりとした『厩火事』(本編30分弱)。一見、過剰な演技はないのに、仲人の旦那の枯れた貫禄や優しさと、お崎の可愛らしさがすーっと立ち上ってくる、心地よい『厩火事』だった。満足。

そしていい『厩火事』を聴くと当然のように呑みたくなり、末廣亭近くの蕎麦屋とバーをはしごして帰った。

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以下、この日の演目まとめ。

-昼の部
三遊亭わん丈・・・・八九升
鈴々舎馬るこ・・・・日本語学校の桃太郎
柳家小菊・・・・・・俗曲
林家まめ平・・・・・犬の目
春風亭一之輔・・・・加賀の千代
笑組・・・・・・・・漫才
三遊亭金時・・・・・夏泥
金原亭馬生・・・・・無精床
伊藤夢葉・・・・・・奇術
鈴々舎馬桜・・・・・粗忽長屋
柳家さん八・・・・・替わり目
ひびきわたる・・・・漫談
金原亭伯楽・・・・・宮戸川
(仲入り)
林家木久蔵・・・・・こうもり
大空遊平・かほり・・漫才
桂南喬・・・・・・・稽古屋
三遊亭圓丈・・・・・聖なる我が家
林家正楽・・・・・・紙切り
川柳川柳・・・・・・パフィーde甲子園、ラ・マラゲーニャ

-夜の部
金原亭駒松・・・・・穴子でからぬけ
古今亭志ん公・・・・真田小僧
ロケット団・・・・・漫才
林家扇・・・・・・・ざるや
柳家三三・・・・・・二十四孝
東京ガールズ・・・・漫謡
初音家左橋・・・・・紙入れ
林家正雀・・・・・・鴻池の犬、踊り(奴さん)
アサダ二世・・・・・奇術
むかし家今松・・・・はなむけ
柳家小満ん・・・・・夢の酒
(仲入り)
柳家一琴・・・・・・勘定板
ホームラン・・・・・漫才
柳家小里ん・・・・・碁泥
柳家小さん・・・・・のめる
鏡味仙三郎・・・・・太神楽
柳家小三治・・・・・厩火事
posted by aokiosamublog at 23:00| 落語/演芸