2013年07月31日

落語教育委員会 in 鈴本

上野鈴本演芸場7月余一会柳家喜多八、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎による三人会。第一回が2004年2月15日(なかの芸能小劇場)とのことだから、今年が10年めに当たることになる。都合何回催されたかは確認していないが、今回は初めての鈴本での興行という。

元々切符の取りにくい会だが、今回の鈴本での会は、6月30日の前売り発売当日、20分で完売したという。たまたま、前日に各寄席の余一会の番組を確認していたら、立ち見の当日券が2000円で出るとのことで、見物しに来てみた次第。

まず開口一番は、毎回恒例となっている、携帯電話の電源を切りましょう、という前説的なコント。この日は、喜多八扮する刑事が歌武蔵扮する犯人に撃たれて倒れているところに、部下の喬太郎が介抱しにくるが、喜多八の最期が言葉を口にしようとした途端に喬太郎の電話が鳴り、長話を二度している間に、最期の言葉を聴き取れないまま喜多八は殉職、という『刑事殉職編』。

正味5分ほどの、ごくごく小さく軽いコントだが、そもそも(『太陽にほえろ』のテーマと共に)幕が開くと上手に前座が正座している、というがなんだか可笑しいし(発砲の場面でツケをやるためにいたんだ、というのがコントの進行と共にわかるわけだが)、歌武蔵が登場するなり差し入れのお礼を言うというのも間抜けで可笑しいし、喬太郎が衝立ての裏でずっと待機していて飛び出してくるというのも可笑しい。前説的な役割も濃い短いコントながら、充分楽しめるものになっている点に感心した。

さて、ひとまず、この日の演目。

柳家ろべえ・・・・・千ハヤフル
柳家喬太郎・・・・・すみれ荘二〇一号
(仲入り)
三遊亭歌武蔵・・・・宗論
柳家喜多八・・・・・かんしゃく

ろべえは、マクラでいかにも「お、『そば精』かなんかかな?」と思わせるくらいに、大師匠の柳家小三治にわんこ蕎麦を食べさせられた話を長々と振ってから(約10分)、「持ってない(のでやらない)」とはぐらかして笑いを取り、その後まだ自分の出自(東京農工大学工学部電子情報工学科応用物理卒)などをマクラに振り(さらに3分ほど)、小三治に「大学で学んだ物理を落語に活かせ」と言われて困った、などと話しながら、『千早ふる』を元に物理ネタをちりばめた改作『千ハヤフル』に。「アルキメデス先生」と「ハミルトン君」(すぐに八つぁんになる)による、「千早振る」の歌を物理用語で解釈するという噺。

残念ながら、「神代もきかず竜田川」を「カミオ(カンデ)も効かず」と解釈したところで、目眩がひどくなりいったん退場。階下に水を買いに行き、飲みながら戻ったところでろべえの噺はサゲ。残念ながら本編はほとんど聴けなかった。

喬太郎もマクラは長く、喜多八の気合いの入った様子や学生時代の仲間が催してくれた北海道での落語会の話、自分の若い頃(80年代)は若い人が落語や落研なんて見向きもしないし自分たち落語好きは差別されていたという話、落研のバカバカしさなどを(やはり10分以上)振っていた。

が、ここでまた目眩がひどくなり、ロビーに出る。そこでご老人がひとり休んでいて、なんとなく話していたら、喬太郎はもう少しうまいと思ったけどそうでもなかったので出て来たという。さらに聞くと、現代風?のマクラがお気に召さなかったようだが、評判を聞いてちゃんと期待を持って聴きに来て、でも自分の感じた印象を大事にして判断する、という姿勢は、頑迷さと裏表ではあるけれども、好ましいな、と思った。

そのまま10分ほど休憩したのち(休憩中に「味覚糖の純露」というのが聞こえたが、これが「スペースアド」の話題を拾ったのかどうかは不明)、場内に戻る。せっかくの『すみれ荘二〇一号』の前半を聴き損ねたが、ちょうど『東京ホテトル音頭』を歌うところ(女主人公が田舎で見合いをする場面)で入れたのは幸運。続いて『大江戸ホテトル小唄』『東京イメクラ音頭』を歌う。振り付きで歌われるこれらは、とても可笑しい。その後の、同棲するふたりがふたりとも落研出身であることが明らかになっていくところの、要所で爆笑を誘いながらずっと持続的な緊張感に満ちている辺りも見事(寝言で『黄金餅』の言い立てをやっていた、などたいそう可笑しかった)。途中からでも聴いてよかった。

仲入り後は体調持ち直し、立ち見のままではあったがたっぷり聴いた。

まずは歌武蔵の『宗論』。息子が妙に外国人口調ながら、それには一切触れられなかったが、それが却って可笑しい(「西洋に於ける握手の例」は拾っていたが)。あと簡単な言葉が出てこなかったり言い間違えるというネタも多く(これも外国人口調と関連しているのか?)、言葉が出てこないのを思い出す際の、たとえば「玄関……? 台所……? 食堂…… おお今か今かと」とか、父親に頬をぶたれて返す「お父様は今僕を、橋本……? 海部……? 竹下……?」というくだりなどはかなり可笑しかった。

キリストの奇跡の話が少しずつおかしな方向にずれて行くところの微妙な感じも秀逸。それと賛美歌を「お父さんもご一緒に歌いましょう」というくだりは、客席に輪唱を強要するというネタかな、と思ったが、そうではなかった。ここは客を巻き込む形のほうが面白かったかな。

ちなみにマクラは落語教育委員会の来年7月の九州中国巡業の話や落研の名跡の話、弟子を取る際の親子面談の話、日本の宗教人口の話と、やはり10分超であった。

あ、そういえば、二三ヶ月前にとつぜん話題になった某有名人の姿があって、会が始まったときには最前列に座っていた。で、歌武蔵の噺の中で、その某有名人の身体的特徴の揶揄に当たるかもしれない(そう考える人がいるかもしれない)くだりがあったが、そのときにその某有名人はいたかな。一応最前列の辺りを眺めてみたが、確認できなかった。

で、トリは喜多八で『かんしゃく』(マクラは鈴本だから張り切って早めに楽屋入りして却って疲れてしまった話、落語教育委員会の話、キタナヅカで燃え尽きた話などやはり10分超)。他のふたりに比べれば正調の古典という感じだったが、旦那の人柄の描き方が、周囲に厳しい中にもそこはかとない可笑し味が見え隠れしていて、その感じが面白かった。

恥ずかしながら、落語教育委員会は初めて見物したが、ひとりだいたい30分という持ち時間でマクラもたっぷりという構成は、こういう会ならではだろうが、逆に、冒頭のコント以外はこの会だからこその特徴、というものが、今ひとつつかめなかった。

たいへん楽しめたし、不満はないのだが。ただ、立ち見はつらいが2000円なら充分満足、ではあるけれど、正規の値段は全席指定で3600円。野暮なことを言うつもりはないが、寄席定席に慣れた感覚からすると、ちょっと高いかなとは思った。次も聴きに行きたいとは思うが、少なからず躊躇も覚える。次は体調を万全に整えて、また立ち見、かな(そういえばこの日は寝不足だったが、まずまつやで一杯やって30分ほど散歩ののち30分並んでさらに場内で30分立って待った。お銚子の一本と散歩の30分が余計だったか)。

ちなみに、次の鈴本での落語教育委員会は、来年1月の余一会に決定したとの由(鈴本のツイート http://twitter.com/suzumoto1857/status/362781954543853570 を参照)。
posted by aokiosamublog at 23:00| 落語/演芸