2014年11月20日

11月まとめ(11〜20日)

11月11日(火) 朝10時過ぎ起床。そうひどい宿酔いではないが、だらだらする→枝川弘監督『サラリーマンどんと節 気楽な稼業と来たもんだ』(1962年)見る。先日見た『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねぇ』同様、珍品としかいい様のない作品。クレージーキャッツの7人がサラリーマンと学生の二役、しかもクレージー映画の端くれのはずなのにどちらもちょい役とか、いわゆる“ツッコミどころ”がたくさんあった。愛すべき駄作→午後整形外科→帰宅後、昨夜の演芸ホールの模様をまとめる。4000字を超える→おやつにココアとマドレーヌ。勢いで先日名鉄菜館で買った肉まん。簡単な昼のようになった→まとめ続き→風呂→晩のお供に五社英雄監督『鬼龍院花子の生涯』(1982年。仲代達矢、夏目雅子、岩下志麻出演)を見る。公開当時はバカにして見なかったが、どうしていい映画だった。“鬼龍院花子の生涯”という割には花子の生涯よりも他の挿話のほうが気になったが。それにしても仲代達矢といい夏目雅子といい、人間の無駄に複雑な感情などを表情だけで見事に表していたなあ。今の役者もどきに爪の垢を煎じて飲ませたらみなその場で蒸発でもしてしまうのではないかとさえ思った。あと仲代達矢扮する鬼龍院政五郎が末長組に乗り込むところの絵造りと背景の音楽がものすごいカッコよいと思った。あそこでの朗々としたトランペットは、誰が吹いてるのだろう?→夜2時過ぎ就寝。
11月12日(水) 朝8時半起床。ステッパー10分→整形外科経由、千葉市立美術館へ→東京駅に着いたところで空腹を覚えたので、どこかで昼にしようと迷う。結局食堂が四軒くらい並んでいるところのスパゲティ屋にしたが、使ってる素材は確かにいいけど蘊蓄がうるさくて量も少なく不自由な感じで閉口する。どうということもない食堂や喫茶店みたいのはもう流行らないのだろうけど→地下の総武線で千葉へ→千葉市美術館にて『赤瀬川原平の芸術原論 1960年代から現在まで』を見物。10代から20代前半に描いた油彩やインクなどの作品にまず圧倒される。バカな感想だが、ああ天才だったんだなあとその後の活動の変遷や深さについていきなり納得した。それと油彩の写生画を見られたのが、私にとってはこの展観を見物した最大の意義であった。過去の活動を記録した写真展示も多く、それもつぶさに見て行ったので結構疲れたが満足。図録には画材などの情報が記載されていたが、展示のキャプションには画材などの情報がなかったのは、どうなのだろう? 不親切と思ったが、まあ作品鑑賞にはそれほど影響はないか→千葉駅周辺で一杯呑もうかなとも思ったが、歩くのも疲れたので、休憩がてら各駅の総武線で新宿まで寝て帰る→そのまま経堂まで戻り、魚ケンで一杯。魚を堪能。途中でさばのゆの須田さんいらして久々にご挨拶。いろいろ話ができて面白かった→すずらん通り経由で帰宅し即就寝→夜中に起きて日記書いてまた就寝。
11月13日(木) 朝10時40分起床→『きょう会社休みます。』『笑点特大号』など見てだらだらする→高柳ディスコグラフィいじり。夕方完了。久々に『解体的交感』聴く。これは高柳の作品では、かなり自分の中の上位に位置する→『喜劇新思想体系』上巻読了→風呂→何十年ぶりかでケン・ラッセル監督『トミー』(1975年)見る。若いときに見たときと同様、最後のほうは退屈した。酔ってたので寝てしまった。が、嫌いな映画ではない→夜0時頃就寝。
11月14日(金) 朝10時45分起床。ステッパー7分→昼前ぎりぎりに整形外科→しらかめで一杯。おばちゃん怪我してたと聞いていたが、今日行ったら復活してた。めでたい→81ベーカリー、ピーコック、河内屋、梅田青果、一力と買物して帰宅→午睡→晩のお供につまらない紀行番組と産業遺産紹介番組の続きと『Nのために』と『タモリ倶楽部』見てから就寝。夜2時頃。
11月15日(土) 朝8時半起床。ステッパー10分→千駄木のすずらん通りの情報を集めた以外はなにもせぬまま午睡→午後3時過ぎ起床。外出の仕度→お目当てはBar IssheeのStone Duo(サム・ベネット、都筑バク)のライブだが、今週種村季弘『江戸東京《奇想》徘徊』を読み直しており、せっかく千駄木に出るので「14 根津権現裏と谷中」の道程をなぞってみることにした→まず根津で降りて、異人坂からお化け階段と根津小学校の周りをぐるっと辿り、今はない上海楼の跡地(現在はマンション)と根津教会を見物してから根津神社参拝しようと思ったら、夕方5時でもう社殿への唐門が閉まっていたので外からお参りし、そこから薮下通りを北上して団子坂上へ。団子坂を下って団子坂下の交差点の手前の路地を左に曲がり、須藤公園に立ち寄って一周。須藤公園は真っ暗で、階段の土が削られているところも多く、まだ足の悪い身には意外な困難さがあった。須藤公園の下の出入り口から不忍通りに出て渡り、よみせ通りに入って北上、本日第二のお目当てであるすずらん通りに到着→まだ6時前だったので店はほとんど開いてなかったが、待っていてくれたかのように「あかしや」が営業していた。がらっと引き戸を開けて中に入ると、先客がひとりだけぽつんとおわして、「(店の人は)今出てるけどすぐ戻ってくるから」と教えてくれた。カウンターに座ってほどなく店のおばちゃんが帰ってきたので、燗酒を所望。と、鍋からなにやら煮物を皿に取ってカウンターの上に置いたので、「それの大根とゲソを」と頼んだら皿ごとくれた。大根とゲソのほかに麩やニンジンも入っていてけっこうな量だが、まずは郷に入れば郷に従えで、それを肴にお銚子三本空ける。空けているうちに自然とさっきのお客とおばちゃんと三人で千駄木界隈の昔話に花が咲き(秋山祐徳太子なんて名前も出て来た)、心地よく小一時間を過ごせた。種村季弘はあかしやについて「一本二百五十円のお銚子を空けるにつれて話は弾み」と書いていて、一方Webには「異様に静かな雰囲気で」「カルト居酒屋のご夫婦に笑撃のノックアウト」などと書いてあったが、まあ人それぞれだろうけど、私にとっては種村季弘が書いたとおりだったな。大盛りの煮物一皿とお銚子三本で1250円という勘定もうれしい。ここはBar Issheeに来る度に寄ろう→〆にすずらん通りのよみせ通り側の入り口にある蛸八で餃子とラーメンとビール。懐かしいというよりはひたすら醤油味の濃いラーメンもなかなかうまかった→あとは適当に谷中の裏路地を徘徊し、鉱泉の初音湯は廃業したと聞いていたので夕焼けだんだんの下でやなか銀座を横断し三崎坂に出て朝日湯で温まり、Bar Issheeへ。起伏に富んだ地形が身体によい刺激になった、楽しい徘徊であった→Stone Duoのライブは、今回はサム・ベネットがベースドラムに腰掛けるスタイル(ペダルはかかとで踏む)のほぼ一般的なドラムキット(タムの代わりにタンバリンのような太鼓をセットしていた)、都筑バクは私は初めて見るフルアコースティックギターをPAに直結。演奏はサム・ベネットお馴染みのストレンジ・ブルースだが、リズムの変化とそれに沿ったり沿わなかったりするギターが絡み合い、これまたよい刺激を与えられた。最後は用を足すついでに客席のうしろに回り、少し踊った→都筑バクからAUXの森嶋映の消息を聞く。元気なようでなにより→お客で来てた女性が下北沢在住とのことで、一緒に帰る。帰りも退屈しなくて助かった→帰宅後即就寝。
11月16日(日) 昼頃起床→久々に80年代日記をブログに入力(1986年11月4日まで完了)→『笑点』見ながらステッパー10分→風呂→適当なTV番組と『ごめんね青春!』をお供に晩。都築バクに昨日もらった京都西利の大根のお香子うまかった。感謝→『ヨルタモリ』は、チャンネル変えたらちょうどボサノヴァのところで一瞬爆笑。改めて録画を頭から見たらそうでもなかったが、こういうネタを準備しているという点にはやはり感心する。ゲストの松たか子はよかった。タモリの少し真面目な話はTVショーの面白みとしては微妙ではあったが、言っていることは概ね首肯する。来週のゲストは黒木瞳だそうだが、そろそろジャズ人脈とかマイナー人脈が出てこないかな→夜1時頃就寝。
11月17日(月) 朝11時起床。ステッパー10分→山上たつひこ『喜劇新思想体系』完全版の下巻読み始める→高柳昌行鑑賞は『La Grima』『April is the Crullest Month』→午後、オダキューOXでスパイスを買ってから整形外科。診察券忘れたが大丈夫であった→帰宅後おやつから飲酒、映画鑑賞の流れ。斎藤武市監督『花ひらく娘たち』(1969年)。吉永小百合と和泉雅子が姉妹、その恋人になるのが浜田光男と杉良太郎、話を転がす重要な脇役に渡哲也、さらに沖雅也に宇野重吉に若い頃の丘みつ子、ピンキーとキラーズも歌と演奏で登場とうれしい面々ながら、内容は今となってはものすごくどうでもよかった。でも愛らしい→飲酒第二部は、ニンジンと玉葱と鶏笹身の煮物と煮こごりをアテに金宮昆布割りで、『花子とアン』のスピンオフ。これはどうでもいい上に愛らしくもなかった。宇田川先生と朝市でなんとか保ったような塩梅。主役の女優さんは、こんな脚本と演出では可哀想だったようにも思う→酒肴と〆の蕎麦(刻み卵とじ)はうまくできた→風呂→夜1時頃就寝。
11月18日(火) 朝8時起床。ステッパー5分→整形外科経由築地→まずは新橋演舞場で夜の切符受け取り→それから築地場外の秋山商店で出汁パック二種と鯖削り節購入→続いて多け乃で昼。魚だけじゃなくて炒飯や焼きそばまでうまくて、ここは当り→続いて伏高、安田電器商会などで蕎麦用のざる買ったり缶詰買ったり土産の寿司マグネット買ったり煮干し買ったりしてから喫茶マコで一服。とても落ち着いてたのにおばちゃんの団体来たのでそそくさと出る→隅田川沿いで休憩→体力戻ったので聖路加病院の辺りで土手に上がり、ふらふら散歩したのち本願寺の本堂でまた休憩、それから市場のほうを回って新橋演舞場に戻り、向かいの喫茶店でさらに休憩。プリンを一口食べてさらに体力回復→で、新派の『鶴八鶴次郎』と『京舞』を見物。十七世および十八世中村勘三郎の、新派による追善公演。細かいことを抜きにして、素晴らしかった。中村七之助と二代目水谷八重子と波乃久里子と柄本明にたっぷり泣かされる。当代中村勘九郎は、『鶴八鶴次郎』の終盤までは屈折した芸人の感じがにおってこなかったのが残念だったが、最終盤の芝居と、あと『京舞』のボンの感じはとてもよかった。ちなみに追善ゲストは江川卓→余韻を味わうのにもう一杯と四季のおでんに寄る。しげちゃんいた。本日の〆にはちょうどよい感じ→平和に電車で帰宅。夜1時頃就寝。
11月19日(水) 朝9時起床→昼過ぎO形を伴って吉祥寺二丁目総菜で弁当買ってから老父宅へ→昼食後、まずは窓掃除。割と短時間で終わる→晩の買物→続いてPCのメンテナンス。失うと困るデータをUSBメモリへバックアップ。その間O形は午睡→あとは調理をO形に任せ、九州場所のTV放送を見ながらビール、御酒と飲酒。老父がもらったという皿うどんを食べてしまうのが主旨だったが、食べ終えたところで一瞬寝る→夜9時過ぎおいとま。老父は喉も肩もよくなっていたようでなにより→千歳烏山までバスで出て京王線で帰るルートを試してみるが、乗り換えの接続が悪かったりして一時間半かかる。吉祥寺に出たほうが気は楽のようだ→八幡山でバスを探すのも面倒だったので歩いて帰宅。途中お煮染め女への悪口を次々思い出し大いに笑う→帰宅後着衣のまま就寝→途中で起きて寝間着に着替えて歯を磨いてまた寝る。
11月20日(木) 朝9時半起床→昼過ぎB電子原稿提出→風呂→早速修正依頼来たので仕様を再確認の上全体を見直し、第二稿を提出→請求書作成→晩用の断食スープ(ニンジンともずく)および昆布煮〆作る。断食スープは冷蔵庫の野菜くずも出汁に使ったが、柿の皮も入れてあった所為で、変わった(というか変な)味になった。昆布煮〆はいつものように最初にごま油で炒めて味を加えながら煮るよりも水でいきなり煮たほうが柔らかくなるのが早いのを学習。味は柔らかくなったあとからでも大丈夫→明日の金継ぎ教室の準備→晩のお供にとんねるずの番組(みなさんのおかげでした)を見るが、グダグダなのはいいとして切れがまったくなく、つまらな過ぎる番組に成り下がっていた。TVには絶望だけしているわけではないが、これは凋落のひとつの現れかなとも思った→山上たつひこ『喜劇新思想大系』完全版の下巻読了。『逆向春助のしょうがい』などひどい話過ぎて犯されるように笑わせられてしまう作品も多かったものの、やはり初出時にちゃんと読みたかったなあ。それはこちらは8歳なので無理としても、中学生か高校生のときにひと通り読んでたらもっと夢中になっていただろうとは思った(以前に拾い読みはしているが、通してまとめて読んだのはこれが初めて)→今日は呑まず。夜1時頃就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記