高円寺ちんとんしゃんにて。
入船亭辰のこ・・・・手紙無筆
入船亭扇辰・・・・・心眼
(仲入り)
入船亭扇辰・・・・・徂徠豆腐***
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前回の10月6日から、約二ヶ月ぶりの入船亭扇辰独演会。今年最後の「ちとしゃん亭」。
開口一番は、前回と同じく弟子の辰のこで、『手紙無筆』を13〜4分ほど。ちょっと短かったのか、次に扇辰が上がる際にまだ煙草を吸ってたようで、高座に上がってから楽屋(台所)に向かって「短いんだよ」と文句を言われていた。
辰のこは、前回『子ほめ』を聴いて「しっかりとした『子ほめ』だった。うっかり笑ってしまうようなところはなかったと思うが、今後どのように個性が出てくるのかは楽しみに思った」と書いているが、今回もだいたい同じ感想。まだこの人なりの強烈な個性というのを感じるのはなかなか難しく、無難に演ってる風に感じた。そう感じはしたが、嫌いではない。あとマクラで「自分は槇原敬之に似ている」と言っていたが、確かに似ている。打ち上げでは眼鏡をかけておられたが、眼鏡をかけるとかなり似ていて可笑しい。
続いて扇辰、雪国への愚痴から、東北の仕事に向かう途中に大空遊平・かほり夫妻にばったり遭った話、夫婦仲の話、自分の妻への愚痴などのマクラから『心眼』。40分弱の熱演で、梅喜の、なんとか目が明いてほしいという願掛けから立ち上る一念のもの凄さ、しかし願が叶って目が明いたら明いたでいい女にすぐに夢中になり欲目がだらしなくもぬるっといった感じで顔を覗かせるという変化の鮮やかさに、人というものの業が実に鮮やかに描かれていて、それだけにサゲの意味もストンと腑に落ちる出来映えだった。静かな感動が身体の奥からじわじわと生じて来た。
仲入りはさんで再び高座に出て来た扇辰は、着物を変え袴を着けて『徂徠豆腐』(こちらも40分ほど)。荻生徂徠も上総屋七兵衛も、とても気持ちのよい人物に描かれていて、心が洗われるような気がした。飢えた徂徠への「一番安い食べ物はなにか」という助言として早速今話題の「ペヤングソース焼きそば」を採り上げたり、学問のことに七兵衛が触れるくだりで「四十にして窓枠」という駄洒落をぽんと入れてみたりなど、笑いの入れ具合もちょうど心地よい感じだった。
扇辰の話芸とは関係ないが、打ち上げ用の料理が会の始まる前からカウンターの上に用意されていて(ここでは通例)、私はその目の前に座っていたので、豆腐とおむすびの山を眺めながら『徂徠豆腐』を聴くはめになった。そのため、徂徠の貧窮ぶりや冷や奴の喰いっぷり、あるいは豆腐屋の上総屋七兵衛が徂徠にしきりにおむすびを薦める描写の巧みさ鮮やかさと相俟って、ものすごい臨場感を感じる仕儀となった。ちとしゃん亭ならではの妙味だなと思う。
なおこの日は、いつもの東京ガールズのおふたりにほかの仕事があったらしく、下座をちんとんしゃん当主の柳家紫文と女将の徳子さんが務めるという、いつもとは違うちょっとした贅沢も味わえた。