2015年03月31日

3月まとめ(21〜31日)

3月21日(土) 二時間くらい寝たところでO形の電話の声で起こされ激怒。つい怒鳴ってしまった→起きたついでに『タモリ倶楽部』録画見て再び就寝。思ったよりはすっと入眠できたが、眠りは浅かった→朝7時半頃起床→今日も小断食の予定なので、それ用のスープを作成。昆布の出汁と野菜くずの出汁を丁寧に取り、鯖節も加えて午前中に完成。その間『日本の話芸』『落語研究会』の録画など→あと『怪傑黒頭巾』(原作:高垣眸、監督:太田昭和、制作:勝プロ。若山富三郎、西村晃、金田龍之介、岸田森、二宮さよ子、加藤嘉、石橋蓮司、草野大悟。1981、フジテレビ)見る。録画ディスクを整理しながらの斜め見だったが、若山冨三郎の殺陣や他の所作がぴたっと決まっていて、見ていて気持ちよかった。原作通りと思うが、覆面ヒーローもので舞台が幕末〜明治維新というのも面白い気がする→続いて『タイピスト』(原題:POPULAIRE、監督:レジス・ロワンサル。デボラ・フランソワ、デボラ・フランソワ。2012、仏Mars Distribution)見る。なんとも可愛らしい映画。お菓子のようでいて、どことなくこの映画なりの毒や棘や苦みや艶っぽさがあって、その塩梅がなんともよかった。監督のレジス・ロワンサルについてはぱっと検索しただけだと情報が全然ないので、どんな人かはよくわからず。他の作品があれば見てみたい→午睡→起きてから朝作った出汁で新玉葱のスープ(玉葱はほとんど煮込まず、味付けも塩と胡椒だけ)を作ったらなんだか妙にうまかった→その後録画ディスク整理を続けながら(連続ドラマも完了。落語はファイルに収納すれば完了。あとはドキュメンタリーその他を入力すれば、一段落)、『紅白が生まれた日』(作:尾崎将也、脚本:尾崎将也、演出:堀切園健太郎。松山ケンイチ、本田翼、六角精児、大空祐飛、星野源、miwa、高橋克実。2015、NHK)見る。楽しく見たが、もう少しいろいろやり様があるかもしれないなという余韻も味わった。原作はドラマ制作のための書き下ろしなのかな。当時の人たちへの取材メモなど資料があるなら、ノンフィクションとして文章化してほしい気もする→続いて『遊侠列伝』(小沢茂弘。高倉健、藤純子、浜木綿子、天津敏、嵐寛寿郎、武原英子、香川秀人、遠藤辰雄、藤山寛美、玉川良一、由利徹)見る。ヤクザ映画の範疇に入るのだろうが、高倉健はテキ屋だしそれほど任侠ものっぽくはなく、むしろ人情噺の趣き。号泣するようなところはないが、じんとさせられる箇所は多かった→さらに『「痴人の愛」より ナオミ』(原作:谷崎潤一郎『痴人の愛』、監督:高林陽一。水原ゆう紀、斉藤真、平野克己、平泉征。1980、東映)を見る。『痴人の愛』の舞台を1980年(多分)にしただけで文学的有り難みのような虚飾がすべて剥げ落ちるという画期的な企画か。終盤の「脇の下ー!」と叫んだあとに譲治がたまらず湯船のナオミに抱きつくところとか、爆笑ポイントもいくつかあった。高林陽一は『蔵の中』の監督か。しばらく気付かなかった→『漫才大行進ゲロゲーロ!』と『落語特選会』(三遊亭圓生『蝦蟇の油』)見てから、朝方5時頃就寝。
3月22日(日) 朝11時半起床→風呂→午後新宿に出て、世界堂で額選び。第一候補の在庫がなくて、ちょっと手間取った。額の名前控えとけばよかった→夕方中途半端な時間なのに埼京線はものすごく混んでいた。なんとか潜り込んで赤羽へ→赤羽駅前でO形作の、T後とMキちゃんの同居祝いの絵を額に入れて、待ち合わせのピッツェリアへ→その後肉屋が経営するビストロへと流れたが、久々に会うふたりと6時間近く、幅の拾い話ができてたいそう楽しかった。幸せになるといいなあ→電車で平和に帰宅。車中うとうと→帰宅後なんだか小腹が空き、マルタイ棒ラーメンを半分づつ。トマトを入れてみたらたいへんにうまかった→その後風呂入り、結局朝まで呑んだりしつつ、『アルバート氏の人生』(脚本:グレン・クローズ、監督:ロドリゴ・ガルシア。グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、ジャネット・マクティア、ブレンダン・グリーソン。2011、英Entertainment One)を見る。アルバート・ノッブスの本来の名前が最後まで明かされないところ、タバコ屋兼カフェの開業を夢見るときのアルバートの表情、そしてホロラン医師の「なんて惨めな人生を選んだのか」という台詞に、胸が張り裂けそうになる。ペイジとヘレンが幸せをつかむのかな、とちょっと思わせるところに救いがあるかな→朝方6時頃就寝。
3月23日(月) 午後3時頃起床。ちゃんと風呂に浸かったわりには、なんだか疲れが取れなかった→負け田負け代双六を印刷。40部刷ったところで、紙を変えてなかったことに気付く。直前にちゃんと紙を数えて揃えたのだが、なぜか入れ替えるのを忘れてしまった→印刷完了したのでビニールファイルに封入。50部完了→作業しながら『婚期』(吉村公三郎。若尾文子、野添ひとみ、京マチ子、船越英二、高峰三枝子、六本木真、中条静夫、北林谷栄。1961、大映)見る。人格者が誰ひとりおらず、みんな好き放題なことを言いやり放題のことをして、その割には自分だけが苦労していると思っていて、そのくせ嫌な感じはしない。口の悪さも家の中ではあれが自然だろうし、その辺りの現実味をうまく映画に写した作品と思った→『デート〜恋とはどんなものかしら〜』の最終回、これはちゃんと最終回まで話を吟味して臨んだものと感じた。そういうのは見ればわかるし、逆に言えば見てそう思われなければ物語作りは失敗だろう。当り前の話だとは思うが、TVの連続ドラマの中では珍しくその点を褒められる作品だった。最後まで失速せず、楽しめた→風呂→眠くなるまで『暗黒街最後の日』(井上梅次。鶴田浩二、安部徹、丹波哲郎、三國連太郎、佐久間良子、高倉健、梅宮辰夫。1962、東映)見てから就寝。『暗黒街最後の日』が1962年で、その後60年代、70年代の高倉健、菅原文太、ヤクザ映画の時代が来たわけだが、その辺りの作品の関係性などを掘り下げていくと、なにか面白い話になるような気がした。誰かもうやってるかな。
3月24日(火) 昼頃起床→明日の老父の用事がなくなったので、今日は日暮里はやめにして、経堂付近で買物→ビーバートザンでポスター用の梱包筒等、ピーコックで納豆等、梅田青果で野菜とリンゴ、一力で油揚→帰宅後ポスター梱包→おやつから晩に突入しつつ、『インターミッション』(樋口尚文。秋吉久美子、染谷将太、佐伯日菜子、奥野瑛太、竹中直人、香川京子、小山明子、夏樹陽子、佐野史郎、中川安奈、ひし美ゆり子、畑中葉子、大瀬康一、利重剛、水原ゆう紀。2013、オブスキュラ/東北新社)見る。映画と映画館に対する愛情をたっぷりと語る、という点も意図のひとつとする作品だと思うが、登場人物が休憩時間中に声高にお喋りするというのがひとつの眼目だったり、おまけに上映中にわざわざ前方の席に移動し他の客(幽霊という設定ではあるが)に話しかけさらに携帯電話を鳴らしてメール着信を確認する場面があったり、上映中かどうかはわからないが映写技師が映写室で缶ビール片手に仕事をしていたり、といった描き方になにも意図や考えがないように見える点に、なんだ映画や映画館に愛情なんて持ってないんじゃないか、持ってるつもりだけなんじゃないか、と思わせられ、B級どころかZ級の映画と感じた。竹中直人と大島葉子の映画を巡る(多分即興の)会話にはとても楽しく笑ったが、映画に関する対話も底が浅いと受け取ったものが半分くらいはあった。反原発というモチーフや、すべてが爆発してしまえという破局への希求も、“耐震性の問題で閉館する老舗映画館”という主役とは実はなんの関係もなく(東日本大震災と無関係ではないにせよ)、最終的に何が言いたかったんだかよくわからない。監督なりの思いはあったのだろうしそれをすさまじい熱量で現実化した作品だと思うが(そして作っている最中はさぞ楽しかっただろうと推察されたが)、その手応えは見ている私にはまったく伝わってこなかった。あと監督のいう「昭和の逆襲」という点も、あとで公式サイトで読んだが、見ている最中はまったくそういう発想は湧いてこなかった。閉じられる寸前のシネパトスとカレーの三原の店内、そしてあの半地下通路の記録映像として、保存しておこうとは思う→続いて『喬太郎のようこそ芸賓館』の録画見てたが寝てしまった→風呂→『喬太郎のようこそ芸賓館』で寝てしまった箇所(柳家燕弥『つる』)を見てから、『北海の暴れ竜』(深作欣二。梅宮辰夫、山城新伍、谷隼人、由利徹、高城丈二、安部徹、室田日出男、清川虹子。1966、東映)。漁師はもっと早くやる気になれよと思ったが、梅宮辰夫は一番カッコいい時期ではないかな(私が見ている中では『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』から6年、『暗黒街最後の日』から4年、『昭和残侠伝』から1年、この2年後には不良番長シリーズが、4年後に帝王シリーズが始まる)。そして山城新伍、さらに由利徹までカッコいい。敵から味方になる高城丈二にオードリー春日のような気持ち悪さがあるのもよかった。ちなみにMovieWalkerPlusには「元(室田日出男)は用心棒の熊井(高城丈二)に次郎(梅宮辰夫)を殺すよう命じたが、次郎の心意気に惚れ、しかも、常日頃から元の冷酷さを嫌っていた熊井は次郎の味方になってしまった」と書いてあるが、実際には愛犬の五郎が元に殺されたのが直接のきっかけとなって次郎に心が傾いた、と見た→夜3時頃就寝。
3月25日(水) 朝10時起床→寝癖がひどかったのでシャワー浴びてから出かける→駅に向かう途中、指輪がないことに気付く。朝慌ててはめるのを忘れたのだろうと思ったが、あとで思えばこれが判断間違いだった→まずは山手線経由で日暮里に出て、ニューマルヤで昼→繊維街をぶらぶらし、下履き用の記事や制作予定のシャツのボタンを物色。O形もよい布地を見つけて興奮気味→ひと渡り店を覗いたので、日暮里駅前のルノアールで休憩→南千住までぶらぶらと。途中三ノ輪商店街を散策→まだ時間があったので円通寺の彰義隊士墓や澤太郎左衛門君記念之松などを見学→常磐線線路際の道に戻り、夕方4時の開店と同時に尾花に到着。焼き鳥、う巻き、鰻重を堪能。すっかり満腹に。気持ちのよい時間を過ごした(隣のひとり客のおっさんが少し五月蝿かったが)→腹ごなしに土手通りを通って浅草まで歩く。浅草神社に参拝し、町をすこしぶらぶらし、梅園で白玉かって帰ろうと思ったら今日は休みで、あとは友人の誕生祝いを買って帰る。日暮里〜三ノ輪〜南千住〜浅草で、11405歩/8.782km。大体二時間弱くらいの散歩になったか→帰りの銀座線の中ではさすがにうとうと→まあ平和に電車乗り継いで帰る→帰宅後、所定の場所その他を確認したが、やはり指輪はなかった。再度外に出て夜道を地面を凝視しながら探したが、暗い所為もあるだろうがまったく見当たらない。指にないと気付いた時点で道を後戻りすべきだったと後悔→佐川の荷物(尾形の電子書籍宣伝チラシ)の再配達手続きしてから風呂→『暗くなるまで待って』(原作戯曲:フレデリック・ノット、監督:テレンス・ヤング。オードリー・ヘップバーン、エフレム・ジンバリスト・ジュニア、リチャード・クレンナ、アラン・アーキン、ジャック・ウェストン、ジュリー・ヘロッド、サマンサ・ジョーンズ。1967、米Warner Brothers/Seven Arts)見る。面白いけど、やはり映画化したならではの広がりが欲しいかな。舞台がオリジナルだと思わなければ、演劇のような作りの映画ということで新鮮味を感じるべきか→『笑点特大号』など見て就寝。夜3時頃。
3月26日(木) 朝11時起床→シャワー→午後弁護士無料相談二回目。仕事のほうの休業損害補償の可能性を尋ねてみたが、やはり具体的な損害額と事故による治療との因果関係が照明されないと無理だという。そして恐らくそれは、事故に遇ったときにそういう事情を知っていないと対応できないだろうと思う。もしまた万が一事故に遇ったときにはそのつもりでいるとして、今回は諦めるほかなさそうだ→時間潰しに末廣亭へ。お目当ては東生亭世楽。実に丁寧で聴いてて心地よい緩急と間の『道灌』を堪能。あと昼トリの笑福亭鶴光『ラーメン屋』(柳家金語楼作)もよかった。春雨や風子という人は初めて聴いたが、声がよくて、中性的だが少し色気も感じされる芸風もよかった。少し追いかけてみたい→仲入り前の三遊亭遊三『子ほめ』まで聴いて神保町へ。N美さんM子さんとO形と、東京アチコーコーにて会食。珈琲泡盛を呑み過ぎたので、会話の内容はあまり覚えていないが、楽しかった→平和に電車で帰宅。即就寝。
3月27日(金) 宿酔いにつき終日横臥→明日の準備と告知をしたくらいかな。あとTV録画の整理。
3月28日(土) 朝起きて代官山へ。galaboxのフリーマーケットにO形が出店するので、その手伝い→ずっと飲酒。酔った勢いか、小林武文さんが出品してたタブラを買ってしまう。4,900円は安い→フリーマーケット終了後、ひとりで渋谷までぶらぶら歩き、ドレスで一杯やってから平和に電車で帰宅→帰宅したらタブラ届いていたので(小林さんがクルマで届けてくれた)、早速箱から出して叩いてみる。どうしてもドラムセットで8ビートを叩くようなリズムになってしまうが、雰囲気はタブラだ→午睡→風呂→ビール呑みながら『必殺からくり人・富嶽百景殺し旅』見て就寝。夜2時くらいか。
3月29日(日) 昼頃起床→起き抜けそのままで、『てなもんや幽霊道中』(松林宗惠。藤田まこと、白木みのる、野川由美子、恵とも子、久保菜穂子、田村亮、財津一郎、南利明、玉川良一、ハナ肇、谷啓、桜井センリ、ザ・ドリフターズ。1967、東宝)見る。東宝のシリーズは、とびきりというわけではないが、安定して面白いな。この作品は、白木みのるのアドリブのような台詞が光っていた→夕方新宿に出て、DUGで一杯やってからゴールデン街の裏窓へ。I下のご招待にて、渋谷毅ソロを聴きにいく→定刻の夜7時に裏窓に入り、とりあえず一杯。渋谷毅は「ぎりぎりになる」と連絡があったそうだが、どこを基準にしたぎりぎりかわからないので、他のお客や店の人と「終電ぎりぎりか?」などと笑い合う。客がだいたい集まった7時半頃、渋谷毅登場。この辺の呼吸はさすが。それからさらに30分ほど呑み、岩手の鉛温泉の話なども出たので話に加わりつつ、演奏開始を待つ。渋谷毅がスカパラ沖の父君のことを自然に話題に出していたのが、なんだかうれしかった→8時ちょっと前から演奏開始。第一部は30分ほど。曲目のことなど考えずに、うっとりと堪能。半分くらいはブルースっぽい曲だったかな。渋谷毅もまだそんなに酔いは回ってなかったのか、渋谷毅らしい少しきらきらした響きを含む和音がよい間で発せられ、くらくらさせられた。→その後第二部まで、また渋谷毅囲んで飲酒。9時を過ぎた辺りから「もう一杯呑んだら」「(店内に流れる浅川マキの歌声を聴いて)やっぱりマキさんはいいな。この曲もいいから、これ終わったら演ろう」と数回言ったのち、しまいには「あれ、もう二回目弾いたっけ」と言い始めるが、これは洒落か照れか。結局9時近くなってから第二部を30分ほど。いい具合に指先の呂律が回らなくなった柔らかい演奏だった。その分きらきらした響きを弾こうとしただろうところが少しぐしゃっとしたりしたが、その味わいもなかなか→第二部が終わると、渋谷毅は「えーと、僕はどの席で呑んでたっけ」と尋ねるが、狭い店内故、ピアノ椅子を反対側に座るともう自分のグラスが置いてあるカウンターなのに、渋谷毅はどこか違う店で弾いているつもりになっていたようだ→そして呑まないお客は帰り、店内は酒のみの場として次第に落ち着いて行った。そんな中で、かなり酩酊を究めた渋谷毅はとつぜんなんの断りもなくくるっとピアノのほうに向き直って『それはぼくぢゃないよ』を弾き始めた。このときはこちらも相当酒が深くなっていたので、蕩けるような感じを味わった→さらに第四部?も演奏し、さらに渋谷毅は自分の世界に没入して行ったようだが、私も相当なことになっていたので、店の人や他のお客に挨拶して先に失敬した。いい夜だった→音楽を聴きながら酒に酔うことでより音楽と自分とが溶け合う、という言い回しもあとで思い付いたが、まあ単に音楽にかこつけて酒を過ごしているだけとも言える。あるいは本日の渋谷毅の演奏と飲酒の様子を眺めていて、ある意味古今亭志ん生の再来を見た気もするが、まあそれも安易な感慨ではあろう→平和に電車で帰宅→帰途まことやに寄ったら、私のあとから来た男2女1のうちの女が先に来ていた知り合いと私の頭越しに話始め、連れの男に叱られていたが、特に気にならなかったので別にいいよ、と言った。まあそんなこともあった→帰宅後即就寝。
3月30日(月) 昼頃起床→夕方高円寺。レアでレコードを物色したのち(買わなかった)ちんとんしゃんにて入船亭扇辰独演会→腰を痛めたと聞いていたが、仲入り前の『天狗裁き』では膝立ちになり腰を中心に身体をぐるぐる回す熱演。少し心配になったが、打ち上げで尋ねたところ、もうほぼよくなっているので大丈夫との由→仲入り後は『ざこ八』という珍しい噺を聴かせてもらった。こちらは思ったより長講ではなく(30分ほどか)、終盤にもうひと展開などはなくとんとんと目出たく終わったので、もしかしたら身体が少しつらくなったのかな、などと邪推。それはともかく、とてもよい会であった→終演後、たまたま座った席が通の方々だったので、楽しく落語談義。打ち上げもはねて通常営業になってからも意地汚く呑んでしまった→せっかくなのでと鳥渡に寄って、噂の冷やし中華を頼んだが、酔いが回り過ぎて半分残してしまった。おいしかったのに、申し訳ないことをした→残したまでは覚えているが、勘定したかどうかは記憶になく(財布の中身から察するとちゃんとしたと思う)→高円寺から経堂まで歩こうとして、途中のどこかの割と高い段差で転び、右脇腹をしたたか打つ。その後も歩いたが、もう道がわからなくなったので、途中からタクシー。タクシーに乗る前にいい感じの坂道を通り、写真に収めたが、今となってはこれもどこかよくわからず→帰宅した際にタクシー代が足らず、家に入ってお金もらって支払ったのは覚えているが、いつどうやって寝床に潜り込んだかは不明。
3月31日(火) 終日横臥→夜、『鬼教師 ミセス・ティングル』(ケヴィン・ウィリアムソン。ヘレン・ミレン、ケイティ・ホームズ。1999、米Miramax Films)見る。A級とB級の間の中途半端な感じは残念だが、面白く見た。ヘレン・ミレンはよかったな。できれば高校生三人がそれぞれちゃんと社会に出て活躍しているところに、ミセス・ティングルが復讐に来る、という続編が見たい→適当な時間に就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記