2020年06月30日

6月まとめ(21〜30日)

6月21日(日) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→朝食の納豆、魯山人方式にしてみた(まずは納豆だけよくかき混ぜて糸を引かせてから、醤油は少しずつ−今回は小さじ1/5ずつ×4−、次いで辛子、葱、かつぶし)。まあ納豆の香りはこちらのほうが立つかな→高柳『フリーダム』第三稿で一応完了の連絡あり。よかった→DU仕事、データのソースを註で付けながら細部を調整。文字量としては千文字ほど超過しているが、文脈としては通ったと思うし事実関係も確認したので、明日再読したら一度確認してもらおうかな、という段階にはなった→軽く昼を食べてから新宿へ。まずは伊勢丹五階でいつものバブーシュを見たが、品薄で希望の白がなかったので見送り。続いて地下に降り、本日ちんとんしゃんに持参する酒肴と自宅用の錦松梅を購入→丸ノ内線で新高円寺。小腹が空いてたら適当なところでなにか食べようかとも思ったが、軽い昼を取った所為で空腹にならず、仕方がないので公園を探してしばしぼーっとする。O形はお腹空いてたかもしれない→定刻より少し早めにちんとんしゃん到着。一杯やりながら柴草玲 吉祥寺曼荼羅 無観客有料配信ライブ 『 たたみ52・梅雨 』の開演を待つ→ほぼ定刻通りに配信開始。 何人か集まっての鑑賞なので、なら普通のライブのように会場に行って聴いてもいいよね、という冗談も飛び出したが(私が言ったのだったかな?)、しかし、五台のカメラを使ったスイッチングの妙や、時折ピアノを離れて暗闇の客席に移動しその場で作ったループ音源を背景に自作の物語を朗読したり、アコーディオンを抱えてやはり暗闇の中をマイクからマイクへ歩き回りながら歌い喋るなど、映像配信という方法を意識したような演出はよかった。

その演出があってこそ、個々の楽曲が元々持つ美しさや哀しさや笑いや緊張感などの魅力を、都合二時間くらいのネット配信の映像を通じて感じ取ることができたものと思う。

撮影に関する小さいミスは多少あったものの、曼荼羅としては初めてのライブのネット配信と聞き、驚いた。

音楽などのライブのネット配信については、私は未だ消極的に賛成の立場で、ネット配信でいい演奏やいい藝に触れる度、これがその現場での体験ならもっと心震えるのにと考えてしまうし、柴草玲の独特の笑いを含んだ歌と演奏だって生で聴けたらどんなにいいだろうとも思うものの、その一方で、こういうやり方なら“人を集めること以外の方法を模索する時代”(そういう時代になるとして)の新たな可能性はあるかもしれないと考える。

ただし映像配信するものの種類にもよるだろうし、出演・運営側にもお金の問題も含めていろいろ考えている課題はあるのだろうなとも思うが、受け手としては間違いなく、とてもよい時間を過ごすことができた。

なお視聴は有料だが、昨夜集まった全員その場で視聴料を支払った−誰かひとりのアカウントで全員が視聴したわけではない−ことを、一応記しておく→終演後しばし飲みながらお集まりのみなさんと談笑したのち、鳥渡が開いてたらもう一杯やろうということでひと足早めにお暇→結局鳥渡は休みだったので、平和に電車で帰宅。新宿からの小田急線に、滑稽な若者がひとり載っていた→即席の鹿児島ラーメン半人前啜ってから就寝。午前1時頃。
6月22日(月) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→本日は一日胃腸を休めようと思い、粥制作。思いつくままに用意してみたら、薬味の類はやけに充実したものとなった→DU原稿をもう一度見直し、細部を手直しして、文字数はほぼそのままでいったん送付。文字数2500と思ってたら1300字で愕然。これから1/3に圧縮しなければならない→風呂と風呂掃除→今週末の句会用の句を少しだけひねる。まあ気に入ったものは出てきた→晩はO形作のおかずをもらいビール一本。あとはまた粥(と納豆)→『三匹の侍』(監督:五社英雄。丹波哲郎、桑野みゆき、藤原釜足、今橋恒、石黒達也、多々良純、平幹二朗、葵京子、長門勇、井川比佐志、木村俊恵、青木義朗、三原葉子、香山美子、青木義朗。1964、松竹)。優等作プラスαな感じの、何度でも観たくなる魅力のある時代劇秀作。特別ものすごい個性を持った作品ではないと思うが、物語も絵造り・演出も役者の芝居も申し分なし。桑野みゆきの顔がきつくなって来た頃だったり、三原葉子が年増になる直前だったり、ちょうどよい感じなのも本作の魅力→夜0時就寝。
6月23日(火) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→テレビ朝日ドラマスペシャル『スイッチ』(坂元裕二脚本家。阿部サダヲ、松たか子)観る。四十歳の男女の青春っぽい恋愛ドラマと法曹の世界の描き方が面白かった。特に腐れ縁の男(阿部サダヲ)の前と若い恋人(眞島秀和)の前とで微妙に異なる表情を見せる松たか子の芝居は印象に残った。物語のひとつの軸である通り魔事件の顛末とか、弁護士事務所の新米(岸井ゆきの)の今後など未消化に思える要素も多く、1時間40分で描くには少し各要素のバランス(挿話の数よりもそれぞれの重みの)が悪かったかな、という印象もあった。松たか子の殺人衝動ももう少し深く描くかむしろもっと浅い可愛らしいものにしたほうがすっきりしたかもしれない。要は重さと可愛らしさの塩梅が悪いというか、中途半端な印象→昼は下高井戸までぶらぶら歩きひさびさにJazzKeirinにて、茄子天ぶっかけ(納豆にしようかと思ったが納豆切れてたので)といか天で一杯。客足が引いたこともあり、栂野さんとゆっくり政治談議。世代という大きな括りで常識が通じない、という話は、栂野さんの御子息が来年選挙権を得る歳頃だけあって、かなり蒙を拓かれた→カルディといつもの魚屋で買い物して帰宅(今晩は鮎の塩焼きに決定)→しじみの砂抜きしてぼーっとしてから風呂→鮎の塩焼きで一杯。『スイッチ』をもう一度観るが、面白いところは多々あれど残しておく価値が感じられず消去→よる11時頃就寝。
6月24日(水) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→午前中老父買い物代行(サミット)。老父は来週期日前投票には行けることになったそうで、それに合わせて買い物代行(同行か)の予定も変更することにした→買い物一式渡したのち、吉祥寺通りで吉祥寺まで出てから五日市街道に入り、中央線をくぐる手前を左折、本宿小通りに右折して突き当たりをまた右折、中央線の線路をくぐってすぐ南側の道(神明通り)に入って西荻窪。ちょっと早いと思ったがこけし屋に着いたら(多分新コロ騒ぎの影響で)朝から店を開けているようで、クルマも駐車場にすんなり停めて入店。ポークカレーで昼にして、土産のクッキー缶を購入→井の頭通り、環八、八幡山、で帰宅→銀行口座をひょいと確認したら、持続化給付金が入金されており驚く。申請内容の修正依頼も振り込みのお知らせもなく、とつぜんだった。やはりでたらめだな→午睡→夕方中江クリニック。先日の血液検査の結果、γ-GTPと尿酸の値が高かった。特にγ-GTPは、前回(昨年10月)よりだいぶ上がっていた。血圧は下がったまま安定したので、血圧の薬を弱くして、肝臓関連の薬が増えるという結果に。薬代が今までより安くなったのがまあ不幸中の幸い→薬もらって秀で買い物して帰宅→風呂→『レネットとミラベル 四つの冒険 』(原題『4 aventures de Reinette et Mirabelle』、監督:エリック・ロメール。ジェシカ・フォルド、ジョエル・ミケル、ムッシュ・ウソー、マダム・ウソー、フランソワ・マリー・バニエ、ジャン・クロード・ブリソー、フィリップ・ローデンバッハ、ジェラール・クーラン、ベアトリス・ロマン、ヤスミン・ホリー、マリー・リヴィエール、ヘデ・カイヨー、ファブリス・ルチーニ、マリー・ボートルー、フランソワ・ヴァリエ。1986、仏Les Films du Losange)。「喜劇と格言劇」シリーズではなく、冒頭に格言も呈示されないが、主人公が可愛らしくも面倒くさそうな若い女性である点や、四つの挿話それぞれに教訓が読み取れるようなところから、シリーズの延長線上にあると思われる。一方から見れば正しいと思われる行動や考え方が、見方を変えるとそうではない、といったところもそうかな。そこは自信がないが。しかし四つの挿話から読み取れる教訓めいたものが明確ではない点、観終えてもやもやもするが、面白くもある。不思議な感触だった。ダサくて可愛らしい音楽も、そんな印象を与えているのかもしれない→晩は昨日購入したマグロの尾の身をガーリック・ステーキにしてもらったが、これはうまかった。しかも三枚で五百円だったが、一枚でふたり分の夕食に十分。酒は今晩から基本ビール一本+なにかもう一杯とした→夜10時就寝。
6月25日(木) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ。明け方一度起きて、はるやまひろぶみ『百年酒場と呼ばれ』読了→特別定額給付金(十万円)も、なんの前触れもなく入金されていた。入金はありがたいが、つくづく役所の仕事として機能していないなという印象→昨日の診断結果により本日よりクスリが変わり、降圧剤は軽めとなり「脳の異常な興奮を抑えるクスリ」はなくなったが、肝臓関連(尿酸値とγ-GTPの改善)が増えた。朝食後初めて服用した結果としては、特になにか不具合はなし→土曜日の句会の句をもう少しひねってみる。ひねり甲斐はあった→『木と市長と文化会館 または七つの偶然』(原題『L'Arbre, Le Maire et La Mediatheque ou Les Hasards』、監督:エリック・ロメール。ファブリス・ルキーニ、パスカル・グレゴリー、アリエル・ドンバール、フランソワーズ・エチュガレー、ギャラクシー・バルブット、ミッシェル・ジャエン、クレマンティーヌ・アムルー、フランソワ・マリー・バニエ、ジェシカ・シュウィング。1992、仏Les Films du Losange)。題名にある「七つの偶然」の連鎖も面白いが、最終的に計画がダメになったのはまた別の原因だったり、人々の対立がそれほど深い対立とも描かれていないのに大団円に胸がすいたり、不思議な味わいの映画。小学校教師の娘が偶然から市長に直訴する場面は、無理がありそうなのにまったくそう感じさせないように撮られていて素晴しい。『レネットとミラベル』もそうだが、観る側を退屈させることを恐れない映画造りも大変なものだと思う(本作だと、教師娘の登場場面と、女性記者と市長の恋人である女性小説家の議論の場面がアクセントになっていたが、直訴場面まではずっと退屈であった。それでいてこの先どうなるだろうと観させられてしまう)→夕方、ひさしぶりにDOGONを聴きに阿佐ヶ谷へ。小田急線から新宿経由で総武線に乗ったが、ちょうど混んでる時間でいささか不安になる。阿佐ヶ谷へは一時間くらい早く着いたが、昼に家で蕎麦を手繰ったら案外腹が空かなかったので、どこにも寄らずに散歩。二年ばかり住んだ井原荘も見に行ったが、もうすっかり建て替わり、アパート名も変わっていた→DOGONの会場はYellow Visionで、なんと2012年に訪ねて以来。DOGONのライブは、ポップだったりプログレが入ってたりの感じで、以前聴いたときとまた違った感触だったが(たくさん聴いているわけではないので、こういう違いがどんな風に発生しているのかはわからない)、どこにどう進むのかわからない楽しさは相変わらずだった→終演後は赤澤さん辰巳さんと再会を祝してけっこう飲んだ(辰巳さんに『森重対談』の録画BD-Rをお貸ししていたのをすっかり忘れていたが、律儀にもお返しくだすったのがうれしい)。ウイスキーロックをシングルに換算して7杯。最後にコロナで締めておいとま→平和に電車で帰宅。タバコ臭かったのでシャワー浴びて就寝。午前1時頃。結局この日の晩は、飲酒のほかは柿ピーのみ。
6月26日(金) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ。軽い宿酔い→朝食後昼過ぎまで二度寝→本日期日前投票に行こうと思ったが、まちづくりセンターでの期日前投票は今週日曜からということで諦める→『パリのランデブー』(原題『Les rendez-vous de Paris』、監督;エリック・ロメール。フローレンス・レヴュ、クリスチャン・バッスール/クララ・ベラール、アントワーヌ・バズラー、マルコム・コンラス、セシル・パレス、マチアス・ベガール、ジュディット・シャンセル、オリヴィエ・ポジョル/セルジュ・レンコ、オーロール・ロシェ/ミカエル・クラフト、ヴェロニカ・ヨハンソン、ベネディクト・ロワイヤン。1995、仏Les Films du Losange)。エリック・ロメール風“退屈”は、主にオムニバス第二話の「パリのベンチ」に凝縮されていたかな、という印象。恋人ではない男女が延々パリのあちこちの公園でデートするだけの絵は、どこにも辿り着かないような会話に彩られながら、奇妙に面白い退屈さを味わわせてくれた。それに対して第一話「7時の約束」と第三話「母と子1907年」は、物語の速度や曲がりくねり方(主に第一話)の点で、かなり“飛ばしている”印象があった。そんな三話の組合せの妙もたいへん結構であった(三話の共通点としては、その場にいない人の話で物語が転がっていく、という点もあるかな)。それにしても、役者がみな魅力的なのに普通のその辺にいる人々に見える撮り方なのはよいな。あとあまり上手くはないが可愛らしい魅力のある歌が各話を転がしていくのはよかった→シャワー→夕方、これまたひさしぶりにエンド・ロールで晩(往路の、それも誰もが通るような道ではないところで、夢亀ラーメン店主に遭遇してびっくり)。いつも頼むニンジンのムースはなかったが、代わりと奨めてくれた焼きとうもろこしのババロワ 焦がし醤油のジュレがたいへん美味。あとは野菜の前菜5種盛り(キャロットラペ、ラタトゥイユ、レンズ豆、ビーツのサラダ、キッシュ)、白レバーペースト パンデビス、牛トリップのトマト煮込み 檸檬のコンフィチュールと堪能し、〆は鮎のコンフィ 胡瓜 クレソンのスパゲッティーニ。なにか面白い白葡萄酒と尋ねたところ奨めてくれた清澄白河フジマル醸造の「tabletop橙色」という山形置賜産デラウェアを使ったものが、説明書きにある通り「びわ、あんず飴、オレンジのフーセンガムのようなどこかキッシュな香り」で、とても満足した食事を楽しませてもらった。お食後も珈琲ではなくオー・ド・ヴィー・スリーズを一杯→オオゼキで買い物して帰宅→夜11時頃就寝。
6月27日(土) 深夜起床。録画整理→先日伊集院光のラジオで聴いた二村定一『女! 女! 女! 』『百萬円』のことを思い出し、YouTubeで探したら果たしてあった。しかし収録CDは見つからず。もう少し探してみよう→朝5時過ぎ再度就寝→朝9時起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→家で昼まで済ませて、昼過ぎ高円寺へ。ひさびさのオフライン句会(いちいちオフラインというのもなんだが)。提出したのは「とつぜんの日照りにかわきなめくじり」「過ぎたるは及ばざるを知る泥鰌鍋」「気がつけば顔のぬめりや梅雨の夕」の三句で、「気がつけば〜」に一点入ったのみ。しかし投句全体を見て、これ、と選ぶのが以前に比べて難儀になってきたのは、この句会の風に合わないというよりは、自分の理解力が硬直化し始めたということかな。よくわからないが、その辺のことも観察していきたい→句会ののち、夕方5時前まで飲ませてもらってからお暇。O形は新宿で画材を買うというのでそこで別れ、ひとり平和に帰宅→晩の支度と風呂。動物性タンパク質の在庫がないわけではなかったが、タンパク質は枝豆と納豆とおつけの実の油揚だけで、あとは野菜と白滝を主とした精進料理の趣となった。酒は缶ビール350ml一本と中瓶一本。昼も飲んだが、まあ押さえたほうか→夜10時過ぎ就寝。
6月28日(日) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→居間の床を軽く水拭き掃除。しかしこれは何日か続けないと効果がなさそうだ→先日柴草玲さんとお会いした際におられた塚本晃さんからいただいたCD(塚本さん率いるバンドのNowhere名義)『時が終わりを告げている』をようやく拝聴。一聴したところ3ピースのバンド+αのよく耳にする音楽、と思いきや、編曲と演奏は細部まで練り込まれていて、それがけっこう心に響く。初回は歌詞を深追いせず全体の印象をつかむような聴き方をした結果そう感じた次第だが、次聴くときは歌詞にも注目して聴いてみよう→つげ義春大全第五巻を読む。『剣心一路』は講談の『仙台の鬼夫婦』を下敷きにしたというか同じ話から想を得たというか。貸本時代の子供向け作品だが、大団円のあとの「餘談」で「実際の剣豪などは、たいていその晩年は悲劇に終ってる人が多いようです」と皮肉に語っているところに、後年のつげ義春作品に通じる視線があるのかな、と感じた。『暁の銃声』も、戦争(ここでは明治維新)における過剰な武器の存在を苦味のある一段大人の視線で描いている。続く『幕末風雲伝』は、『暁の銃声』の最後に死んだはずの早川一馬とホクロが、主役ではないが重要な役どころで、『暁の銃声』の後年に当たるこの物語に登場している。侍になりたがった掏摸のせがれの丑松が、憧れの新撰組の一員になりそして戦に負けたあと、ポツリと「お父つぁん、まだスリをやってるのかな」と漏らすコマが泣かせる→先日からドン・コヴェイをまとめて聴いているが(半分は勉強のため)、1969年の『THe Blues Don't Knock』というアルバム、音作りがG-Love & Special Sauceにちょっと似ているし、曲も演奏も歌もなかなかカッコいい。調べてみたら、The Jefferson Lemon Blues Bandとの共作、と思ったがそうではなくドン・コベイが自ら組んだバンドのようだ。あとApple Musicでは『THe Blues Don't Knock』というアルバム名になっていたが、本来は『The House of Blue Lights』の模様→つげ義春大全第十七巻読了。1974〜1979年の作品で、収録作はすべて一度は読んでいたのですぐに没入しあっという間に読み終わってしまったが、やはり発表順に追体験できるのはうれしい→つげ義春大全の置き場所確保のため、二階〜三階の階段を拭き掃除→おから煮てから風呂→キャベツも適当になにして、おからとキャベツと鮎の骨煎餅とF式らっきょうえビール一本。で、おつけとご飯(納豆と青海苔)。当面、晩はなるべく毎日これくらいで済ませるようにするか→O形作品(おくら用)の編集作業→DU原稿の改稿作業。第一稿3,589文字を1,294文字に圧縮。冗長な部分を削るのが途中から快感にすらなった。文字数を勘違いして第一稿を書いたときにはどうなることかと思ったが、まあなんとかなるものだ。明後日までにもう何度か読み返して、一日早く送ることにしよう→夜11時過ぎ就寝。
6月29日(月) 朝6時半起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→朝食用のおつけ作り、あと洗濯→DU原稿見直し。少し手直ししたが、もうだいたいオッケーじゃないかな→昨日ハマったドン・コヴェイ『The House of Blue Lights』のリマスター版、芽瑠璃堂で注文受け付けていたので(メーカー取り寄せだからどうなるかわからないが)注文。ついでに『See Saw』と、あとソロモン・バークの『Soul of the Blues』も→ギター練習。なんと二週間ぶり(忙しいわけでもないのになんでだ)。『Someday My Prince Will Come』をさらっただけだが、二週間ぶりの割には忘れてなくて、却って力が抜けたような感じもあった→千歳船橋駅前に出て、まず銀行でお金引き出し、秀で買い物し、八兆で蕎麦手繰って、セブンイレブンで本代とバブーシュ代支払い。すっきりしたし、給付金の類が幻でないことも確認できた→いったん帰宅し、O形と連れ立って船橋まちづくりセンター(場所がやや移転していた)にて都知事選期日前投票。これまたすっきりした→風呂→もやし一袋と野菜各種のスパイス炒めを作り、飯を炊いて晩の支度終了→『暗殺』→食後日記書いたりしようと思ったら連絡あり、某ギタリストがパクられたとの由。びっくり。私は直接はまったく関係ないとは言え、報道を見ると、これはちょっときつい。そういえば一年前にお見舞いの連絡をもらって、それきりだった→夜10時過ぎ就寝。
6月30日(火) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー、くり、メイプルシロップ→なかなか見つからなかった『マカロニほうれん荘』第五巻を、階段でつまづいた拍子に発見→午前中老父の期日前投票送り迎えと買い物代行。9時半過ぎに迎えに行き、市役所前で父を降ろしてから三鷹通り一本手前の道を左折してぐるりと回って三鷹通りの向こう車線に入り、無事サミット(この道が通れるとは今日初めて知った)。買い物済ませてサミットで父と待ち合わせ、クリエイトに寄ってから送り届け、杏林病院のATMで通帳記帳し、通帳と買い物一式渡して本日の使命終了→帰宅して昼食後午睡→晩の支度。マグロ尾の身の煮付けに挑戦。挑戦ってほどのことではない→風呂→晩がてら昔のTBSのTVドラマ『年忘れ爆笑企画 温泉サギ師 湯けむり・グルメ・やっちゃうからぁ!』(監督:鈴木則文。山村美智子、佐藤浩市、萩原健一、CCB、レオナルド熊、塩沢とき、坂上二郎、萬田久子、中島ゆたか。1986、TBS)。制作当時に流行っているものとか、少し前の流行や話題、旬だった人物を適当に並べて作ったとう趣き。今でもくすっとしてしまう場面はいくつかあったし、この時代が最後だろうかおっぱいの露出も多用されていたが、この年代に子供だったから今観てもまあ楽しめた、という程度かな。萩原健一には追悼(しかしこれ放映しなくてもとは思った)、というか萩原健一が出てから録画してみた次第だが、本音を言えば笑っちゃうくらい駄作だった。監督は鈴木則文なんだが。まあしかし、二度は見ないとは思うけど、いろいろな発見はあった→お腹いっぱいになったので『温泉サギ師』は半分にして、夜9時頃就寝。本日もビール中瓶一本で了。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記