2021年05月31日

5月まとめ(21〜31日)

5月21日(金) 朝8時起床、白湯→豚しゃぶサラダ、シャケ塩焼き、切り干し大根、ちくわ、ほうれんおしたし(胡麻だれ)、三つ葉とわかめのおつけ、ご飯、お香子(大根、きゅうり、柴漬け)→ご飯二杯お代わりしてお腹くちくなり、食後横臥→昼前、そう雨もひどくなさそうなので、平塚〈花水ラオシャン〉まで歩いてみることにする。まず海沿いの134号線に出たが、風が強いので鉄砲道まで北上。湘南大橋まではのんびりした散歩の趣だったが、湘南大橋を渡り始めたらものすごい強風で、恐怖を感じるくらいだった。全長698mの半分くらいは中腰で歩いた。相模川を越えて少し海沿いを逸れたらまたのんびりした散歩。都合一時間半かかって〈花水ラオシャン〉着。列ができてたのでちょいと並んで、並んでいる間におばちゃんが注文取りに来て、そんなに並ばないうちに呼ばれた。まずはビール。さすがにちょいとした恐怖と緊張感の中歩いただけあってしょんべんちびるほどうまい。餃子も皮はパリパリ、程よい塩っぱさでこれまたうれしい。そしてタンメンは月見ワカメにしたが、澄んだスープがすっきり上品でこれは好み。教えてもらった通り酢とラー油を入れてさらに食べ進めると、スープと麺に具の絡まる塩梅によっていろんな味が楽しめた。満足→平塚駅まで歩き、電車で茅ヶ崎駅、タクシーで帰館→午睡→ 萩尾望都『一度きりの大泉の話』読了。萩尾望都の過去の体験や思いへの距離の取り方に感心した。部外者から見れば、若くて自分たちそれぞれの理想に燃えていた人たちの、ほんの些細なしかし取り返しのつかないすれ違い、であるわけだが(最も不幸だったのは、増山法恵という人物の当時の立場や役割に明確な名前がなかったことではないかと思うし、実際、本文にもそのような見解があったと思う)、そうした視点も置きつつ自分の中に残るわだかまりもきちんと表現している。読み返すかはわからないが、一度で十分なものを受け取ったようにも感じている→風呂→部屋でビール→飲んでるうちに雨が止んだようで、朝目をつけていた宿のそばの〈ピザヤ ショーチャン〉に電話したらやってるというので行ってみる。サンペルグリーノ飲みながら野生のルーコラとパルミジャーノのサラダ、桜海老とチェリートマトのピザ。よいところを見つけた。ピザはけっこうでかいサイズで〈直径30cm)、半分持ち帰りにしてもらった→部屋に帰り、持ち帰ったピザでビール→与那原恵『旅とカメラと音楽と。 矢幡英文との27年』読了。矢幡さんがお亡くなりになったのは残念だし、生前もっと話をしておきたかったが、その空白を埋めてくれるような本だった。感謝したい→夜10時就寝。
5月22日(土) 朝7時半起床、白湯→クッキーと珈琲→〈リキリキデリ〉の脇から海岸に出てそのまましばらく、30分ほど散歩→宿に戻ってまた珈琲→10時にお暇し、まず大磯に向かって〈井上蒲鉾〉と隣接の八百屋で買い物。とって返して茅ヶ崎〈リキリキデリ〉で早めの昼(ケイジャンポークジャンバラヤ)→〈茅ヶ崎館〉四代目に薦められたので、〈茅ヶ崎ゆかりの人物館〉(高田畊安、小津安二郎、山宮藤吉、藤間柳庵、大岡越前、九代目市川團十郎、ルドルフ・ラチエンに関する展示の「人物でみるCHIGASAKI 1964」「北マケドニア共和国特別展」)見物。ついでに〈開高健記念館〉も見物。いろいろ見聞が広がった。開高健はほぼまったく読んでないので、これを機会に読んでみたい→12時半頃茅ヶ崎を発ち、往路と同じく圏央道から東名。スイスイと一時間ほどで帰宅→井上のはんぺんとさつま揚げで一杯(ビール中瓶×1.5)。続いて大磯で買ったとうもろこし(長崎産)を焼いたのと菊水堂ポテトチップスで金宮酎ハイ×2。〆に即席熊本ラーメン(新玉葱)→午睡→風呂→金宮酎ハイ×2→午前1時半就寝。
5月23日(日) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー→たぬきうどん(胡麻汁)→アメ横大津屋にスパイス類と豆類発注。大量になったので宅配にした→昼は〈しらかめ〉にて。蒟蒻指輪、九条ネギと刻みきつねのそば(冷)、龍馬レモン(ノンアルコールビール)→〈三省堂〉にて開高健の本を購入。『パニック・裸の王様』『開口閉口』『輝ける闇』『夏の闇』(以上新潮文庫)、小玉武『評伝開高健』(ちくま文庫)→帰宅後ビール中瓶×2→午睡→晩の支度。新玉葱のすり流し(ニンジン)、春キャベツとトマトのサラダ、枝豆、鮭缶とニンニクのスパゲティ(カスリメティ)、金宮酎ハイ×1。新玉葱のすり流しは玉葱が倍は必要だったのと、半分に切ってからすり下ろしたのできれいにできなかったのが反省点→大津屋に代金送金手続き→風呂→『紙の月』(原作:角田光代、監督:吉田大八。平祐奈、宮沢りえ、田辺誠一、石橋蓮司、池松壮亮、伊勢志摩、近藤芳正、小林聡美、大島優子、中原ひとみ、藤本泉。2014、松竹)。前半、話の構成の仕方に不器用さを感じたが、客の金をちょっと拝借する場面が早かったり、そこの葛藤がよくわからなかったからだろうか(もちろんわざとだと思うが)。宮沢りえのパッとしない主婦パートから大金をつかんでからへの艶かしさも伴った変貌ぶりが鮮やかなのと、夫の田辺誠一の悪い人ではない故のタチの悪さと茫洋とした人のよさとの対比が印象に残った。観ている最中何かもの足りない感じも覚えたが、観終えてみたらそうでもなかったような。でもドラマ版と映画版を足して2で割ったものがあればよかったようにも思った→深夜飲酒(井上のはんぺん、ミックスナッツ、御酒×4)。午前4時就寝。
5月24日(月) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー→新玉葱のすり流し(ニンジン)、粥、玉木屋トムヤムクンふりかけ、錦松梅、生卵→高柳演説第二稿提出→午睡→第三稿提出→ジンギスカンについて調査。北野麦酒『北海道ジンギスカン四方山話』なる本を注文してみる→即席長崎ラーメン(おろしにんにく、胡麻、海苔)→午睡再び→晩はさつまあげ(おろし生姜)、キャベツとトマトと鮭缶のサラダ、枝豆、はんぺんの吸い物、粥、佃煮(かつお小町、築定たらこ)、梅干し、ビール中瓶×1.5→B電子Webショップ改訂の続き(Appleアクセサリー9製品)。明日あと4製品書けば一段落→風呂サボって午前1時頃就寝。
5月25日(火) 朝6時半起床。白湯、マヌカハニー→はんぺんの吸い物、卵かけご飯、海苔→B電子Webショップ改訂の続き4製品と、今回提出分の見直し完了。提出。これで初稿≠ノ該当する分は完了(のはず)→風呂→菊水堂ポテトチップス、ミックスナッツ、カップ焼きそば、ビール中瓶×1→夕方〈CON TON TON VIVO〉へ。小田急線を南新宿で降りて、代々木から千駄ヶ谷を通って四谷三丁目へ。意外に近かった。店のそばでイッシーさんに遭遇→〈CON TON TON VIVO〉では、蜂谷真紀(Voice,他)、若林美保(踊り)、高岡大祐(Tuba)の即興を堪能。

猥雑さを含む表現は大好物なので、主に若林美保がその辺りを引っ張っていったのだろう展開(と思うが違ってたら失敬)を、大いに楽しんだ。もっとずぶずぶと、日本のエロ的に艶っぽくなってもいいかなとも思ったが、ちょうどよかったような気もする。

初めての組み合わせとのことで、手探りからいろいろ絡まりあい何かが生成されて、そこに公演中に鳴った店の電話のベルとか、高岡大祐の履いていたスカートとか、ある種突発的な要素も即興表現に取り入れられていく様子など、なんだかひさしぶりに即興の楽しさを味わわせてもらったように思う。

なんてことを考えていて思い出したが、以前、浅草の熱血親切女将のところで飲んでいたときに女将から若林美保の名前を聞いた記憶があるので、終演後に間違っていたらすみませんとご本人に尋ねてみたところ、果たして昔何度か訪れたことがあるとのことだった。勇気を振り絞って聞いてみてよかった。

最前列に座っていたおじさん(私もまあおじさんだが)が若林美保のファンらしく、公演中ずっと若林美保の写真ばかり撮っていた。まあロック座などではそうはできまいから(あそこは踊ったあとのポラロイドのサービスもなかったように思う)、至福の時間だったのだろう。

他の出演者が画角に入ると必ずスマートフォンの画面を指で広げて若林美保だけが写るようにズームするのだが、ときどき操作を間違えてインカメラに切り替えてしまい、ご自分の顔が大写しになって驚くのを二、三度見かけて笑った。思いがけず自分の顔が液晶画面に出てきてあわてたりびくっとしたりする様子が可笑しかったなあ。そんなところもライブ見物の楽しさか。

ピクルスを初めてもらってみたが、これがちょうどよい酸っぱさと辛さで絶妙。ラムのロックにもよく合う。

余韻を引きずりたくてすぐには帰宅せず新宿三丁目に移動し、〈Second Line〉で一杯。そこはそこで楽しかったという記憶だけが残っている。帰宅時間、就寝時間不明。
5月26日(水) あっと気付いたら家には帰っていたが玄関で寝ていた。あと十歩くらいで寝床だったのに、惜しかった。宿酔いのため、本日予約していた血圧の定期診療はキャンセル→終日横臥。食事だけはした。朝は野菜ポタージュ、目玉焼き、ベーコンほうれん草エピ、ごぼうパン。昼は野菜ポタージュ、カップヌードルカレー。夜は寄せ豆腐(胡麻)、めかぶ酢、ミディトマト、鶏ハム、ぶなしめじと油揚のおつけ、ご飯、納豆、海苔→夜風呂→昨夜〈CON TON TON VIVO〉にて在庭坂デュオに高岡さん入った演奏を聴きたいと思ったのを思い出し、マダムにメールしてみる。果たして→午前1時就寝。
5月27日(木) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、クロバー→ぶなしめじと油揚のおつけ、卵かけご飯、佃煮(かつお小町、生あみ)、海苔→昼ごろ浅草に出て、今月30日で店仕舞いする〈花家〉で最後の焼きそば。おばちゃん曰く、「三十日までよ、勘弁してよ」とのこと。その後おばちゃんは、ご常連と「シムシティ」や「A列車」など懐かしいゲームの話に興じていた。おじちゃんにも「寂しくなりますね」とご挨拶しておいとま。浅草を訪れる際は田原町で降りてここんちの前を通って六区を目指すのが慣いだったが、これからはどうしようか→新仲見世の高久にてT後夫人へのお祝いに扇子を購入し、〈ローヤル〉で珈琲飲んでから浅草神社に参拝。伝法院通りも仲見世も、ほとんどの店が営業していなかった→神田経由で高円寺。〈ちんとんしゃん〉女将と落ち合い『かりら』第七号を受け取り。ついでに珈琲飲みながらしばし歓談→それから新宿へ。紀伊國屋地下の食堂街が7月に閉店するとのことで様子見。それから〈DUG〉にてラム入りミルクティ(ラムはごくごく薄め)→そして本日のメインエベントである〈松尾ジンギスカン〉にて取材がてら食事。ラム、マトン、野菜(もやし、カボチャ、ニンジン、ピーマン、玉葱)、枝豆、〆にうどん。O形だいたい様子を把握したようでよかった。しかしビールが飲めないのはやはりつらいな→〈Second Line〉に移動し一杯。顔馴染みが揃って楽しかった。しかしお腹いっぱいであまり飲めず、早々においとま→平和に電車で帰宅。途中少し貧血気味になったが大事なし→帰宅後マダム関連連絡業務。実現の運びとなりそうでよかった→風呂→夜0時就寝。
5月28日(金) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→午前中B電子に提出済み原稿の実装をチェック。追加の修正は、今のところほぼHHKB関連の表記統一の徹底のみだった(あとは軽微な修正三箇所)→菊水堂ポテトチップスでビール中瓶×1。ついでに即席熊本ラーメン(胡麻、おろしにんにく、万能葱)→O形の仕事の手助けになるかと思い、本日届いた北野麦酒『北海道ジンギスカン四方山話』読み始めたら、あまりに杜撰な文章に眠くなり、午後いっぱい午睡。商品にして売るのであれば、思いついたままを綴るにもほどがあるな(というか、編集者はいなかったのだろうか)。しかし役に立ちそうな部分がないでもないのは面白い→北野麦酒『北海道ジンギスカン四方山話』、なんとか読了→風呂→晩は蒸し野菜(カリフラワー、ニンジン)、ピーマンとミディトマトとチーズのサラダ、枝豆、鶏胸肉ハム、ぶなしめじと油揚のおつけぶっかけご飯、納豆、ビール中瓶×1 、金宮酎ハイ×3→『めまい』(原作:ボワロー=ナルスジャック『死者の中から』(D'entre les morts)、監督:アルフレッド・ヒッチコック。ジェイムズ・スチュアート、バーバラ・ベル・ゲデス、トム・ヘルモア、キム・ノヴァク、エレン・コルビー、ポール・ブライヤー。1958、米パラマウント)。今回観ての新たな発見としては、マデリン/ジュディ(キム・ノヴァク)の眉毛デザイン(左右の間がやけに開いている)と、ミッジ(バーバラ・ベル・ゲデス)の重要性。前者は眉毛の配置が同じことによって実は同一人物だったことが最初からよくわかる仕掛けになっているし(でもやはり、という疑義も数%は残しつつ)、後者は最終的にはなおざりな扱いをされるが、その扱いも含めて主人公二人だけの物語だけでないなにか深い哀愁を映画の中に残す効果があったように思った→夜0時頃就寝。
5月29日(土) 朝8時起床。白湯、メイプルシロップ→キャベツと油揚のおつけ、卵かけご飯(胡麻)、梅干し→午前中中江クリニック。血液検査の結果でγ-GTPと中性脂肪を指摘された以外は特になし。やはり休肝日とやらを週一二度儲けねばなるまい→〈あずまや〉でたこ焼き買い、本代支払い、預金おろして帰宅→たこ焼きでビール。中瓶半分にしておく→B電子Webショップ改訂で懸案になっていた、図や写真があるほうがわかりやすいという諸製品について、本文と図、写真を整理。だいたいできたので、明日再確認して提出→夕方川口へ。ひさびさに〈Shock On〉にてサイタミーゴスのライブ。入場時の検温と手の消毒、酒類の提供なしはもちろん、客定員70人のところ30人に制限、知らない同士が密接しないようにテーブルはすべてふたりがけでさらにすべてステージ側に向けられた教室仕様の客席配置などなど、店側は様々な感染予防策を講じていた。

それに加えバンドも、サルサのライブの楽しさのひとつである客のコロ(コール&レスポンスなどに対応したコーラス)を遠慮してもらう代わりに小物パーカッションでの参加を楽しめるように工夫したり(バンドも楽器を用意してくれているし、持ち込みもOK)、普段より気軽に立っては躍りにくい「教室仕様」の会場でもペアは避けながら楽しく踊るよう促す工夫を凝らしたりなど、踊りと共に楽しさ≠提供するバンドとしては、曲間のおしゃべりも含めて、最大限の配慮をしていたと思う。

なんというか、文にしてみると陳腐な感想になるが、会議場の高みから実用性や実効性や必要性や持続性に乏しい机上の対策をずるずると考え垂れ流しているのではない、地べたで人と人との間に生きている人間は、ちゃんと自分たちに必要なことを考え見抜いているんだなあと改めて思った。

そうは言っても自粛自衛することが必要な日々ではあるが、萎縮し続けることもないんじゃないか、という思いを新たにした次第だが、そう思わせてくれたバンドと店には感謝したい→T後に挨拶してMちゃんへのお祝い渡し、ピアノの山田尚代の初CDを購入しておいとま。店では釜揚げしらすとトマトのペペロンチーノ、ナポレターナ、ボローニャタリアテッレ、トマトジュース。トマトジュースを4杯も飲んだので、酒飲んだときと勘定はあまり変わらなかった→平和に電車で帰宅。経堂のオオゼキでフンドーダイの煎り酒、ベルのジンギスカンのタレ、帰宅後の酒肴などを購入→風呂→枝豆、ミディトマト、鳥唐揚げでビール中瓶×1.5、金宮酎ハイ×2→『怪談残酷物語』(原作:柴田錬三郎『怪談累ケ淵』、監督:長谷和夫。花柳幻舟、金子信雄、戸浦六宏、田村正和、春川ますみ、北村英三、賀川雪絵、明石潮、田村奈巳、川津祐介、桜井浩子、川口小枝。1968、松竹)。金子信雄、戸浦六宏、春川ますみの芝居を楽しみはしたが、柴田錬三郎の原作を読んでないのでなんとも言えないけれども、『真景累ヶ淵』の凄みは小説化、映画化という過程で薄れてしまったような気がするが、果たして→午前1時頃就寝。
5月30日(日) 朝9時起床→キャベツと油揚のおつけ、卵かけご飯、佃煮(かつお小町、筑定たらこ)、海苔。卵かけご飯はフンドーダイの煎り酒でやってみたが、確かに風味は違うな。でも大きな差は卵かけご飯では生じないように思った→魚柄仁之助『刺し身とジンギスカン 捏造と熱望の日本食』のジンギスカンの章を読了。こちらは各種文献から集めた話の整理の仕方がとても明快で、とても参考になった。ジンギスカンがなぜ北海道の郷土料理になったかも、史料は少ないけれど明確だった。最初にこっちを読めばよかった→B電子の追加修正作業完了し提出→〈行辺〉におつまみセット予約し引き取りに。ついでに〈大橋とうふ〉の隣のおむすび屋〈結〉で鶏唐揚げ購入→唐揚げとサラダ(キャベツ、セロリ、玉葱、ミディトマト、胡麻)で本日の口開け。お供に『ハリーの災難』(原作:ジャック・トレヴァー・ストーリー、原題『The Trouble with Harry』、監督:アルフレッド・ヒッチコック。ジェリー・マシューズ、フィリップ・トゥルー、エドモンド・グウェン、ミルドレッド・ナットウィック、シャーリー・マクレーン、ドゥワイト・マーフィールド、バリー・マッカラム、ミルドレッド・ダンノック、ジョン・フォーサイス、ロイヤル・ダノ、パーカー・フェネリー。1955、米Paramount Pictures)。人がひとり死んで、当事者かもしれない人がそれぞれ慌ててはいるが、しかしなんだか妙に長閑で間抜けでのんびりした雰囲気がずっと漂っているところが、謎解き的な側面やサスペンス的な側面よりもこの映画の値打ちかな、と改めて思った(その雰囲気があってこそ、繰り返し観たくなるのだと思う)→〈行辺〉のおつまみセットは、刺身(タコ、イサキ)、ポテトサラダ、だし巻き卵、ローストポーク、新生姜の佃煮。酒はビール中瓶×1、御酒×4。今日もうまかった→たいそう酔っ払って早々に就寝。多分夜7時頃。
5月31日(月) 朝8時半起床。白湯、メイプルシロップ→ぶっかけ飯(玉葱と油揚のおつけ、生卵)→老夫と昼食および買い物付き添い(すし三崎丸、生協)。昼は前回と同じく浜町(インド鮪赤身、あかいか、サーモン、いくら軍艦、ねぎとろ軍艦、活〆はまち、甘海老、煮穴子、玉子、わかめのおつけ)。今日は月末なのに、道は空いていた→昼過ぎ帰宅。高岡さんから日程連絡あり。日程に余裕ありそうなので(たいへん助かる)、マダムに確認する前に店に軽く打診することにしたところ、7月は一杯、8月も残り少なくて焦る。先に店に尋ねてよかった。さっそくマダムに確認→O形サイト更新(絵日記)→小腹が空いたので昨日の鳥唐揚げでビール中瓶×1、あとカップ焼きそば(これは『タモリ倶楽部』で湯切りの特集をやっていたため)→風呂→晩はとんかつ、ソーセージ、じゃがいもソテー、蒸し野菜(カリフラワー、レンコン、ニンジン、じゃがいも)、キャベツ塩もみ、玉葱と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、ビール中瓶×1→『引き裂かれたカーテン』→夜0時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記