2021年06月10日

6月まとめ(1〜10日)

6月1日(火) 朝8時半起床。白湯、メイプルシロップ→玉葱と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、海苔→ライブの日程決定。各々の連絡先とともに決定の旨お伝えし、ひとまず私の手は離れた。あとは集客だな→ヨドバシカメラより、昨日注文したカセットコンロ到着(結局イワタニにした)。ジンギスカン鍋は遅れる模様→昼はひさしぶりに〈JazzKeirin〉で私はこの夏初のオレンジぶっかけ。O形が淡雪と軽めだったので、かしわ天の追加を提案してご相伴にあずかる。そういえば家を出てからすずらん通りを渡ったところでS田さんに遭遇。お元気でなにより→〈カルディ〉〈内田青果〉〈三友〉で買い物して帰宅→午睡→ひじき煮付けと鯛のアラと蕪の煮物を製作→風呂→鰯刺身(大葉、おろし生姜)、皮焼き、肝焼き、ひじき煮付け(ニンジン、生姜)、鯛のアラと蕪と蕪の葉の煮付け、玉葱と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、ビール中瓶×1、御酒×2→とつぜん思い出したのでミュートビートをApple Musicで聴いてから就寝。午前1時頃。
6月2日(水) 朝6時起床。白湯、メイプルシロップ→とんかつ三切れ、蕪と蕪の葉のおつけ、卵かけご飯(胡麻、ちりめんじゃこ)、海苔→朝食後眠くなってしまい昼まで横臥→昼過ぎ起床しカップヌードルカレー→昨日届いたカセットコンロを開梱。本体に警告表示のシールが貼ってあるのがいやで剥がしたら、粘着面が残ってしまい憮然。ちょいと調べたらマジックリンで落ちるとのことで、試してみたらちゃんと落ちた。よかった→晩の支度。四種のダール、フィッシュフライ仕込み、アルーニンジンマサラ、白米バスマティ米ブレンドご飯。ここまでやってから風呂→キャベツとセロリとピーマンとトマトのカチュンバル作り、F式らっきょう刻んで晩。ビール中瓶×1.5→『断崖』(原作:フランシス・アイルズ『レディに捧げる殺人物語』、原題『Suspition』、監督:アルフレッド・ヒッチコック。ケーリー・グラント、ジョーン・フォンテイン、オリオール・リー、アザベル・ジーンズ、デイム・メイ・ウィッティ、セドリック・ハードウィック、レジナルド・シェフィールド、ヘザー・エンジェル、ナイジェル・ブルース、レオ・G・キャロル。1941、米RKO Radio Pictures)。実にシンプルながら必要十分の展開。しかしながら、ジョニーが改心したと思わせておいて実は、とか、女中のエセルもグルだったとか、もうひとひねりほしいと思うのは、まあ今の視点だからだろうな。もう少しあとに撮っていたとすれば、リナが疑惑に苛まれながら精神に変調を来す展開もあったかもしれない(忘れているだけで、そんな展開の作品もあったかもしれない)→夜11時頃就寝。
6月3日(木) 朝8時起床。白湯、メイプルシロップ→四種のダール、ポーチドエッグ、白米バスマティ米ブレンドご飯、蕪と蕪の葉のおつけ、F式らっきょう→午前中はO形サイトのリニューアルの研究。絵日記を横スクロール表示にしたいのだが、スマートフォンへの対応を調べているうちにこんぐらがってきた→菊水堂ポテトチップス、ひじき煮付け、蕪と蕪の葉のおつけ、ビール中瓶×1、御酒×1/2→『ジャズ・シンガー』(原案:サムソン・ラファエルソン、原題『The Jazz Singer』、監督:リチャード・フライシャー。フランクリン・アジャイ、ニール・ダイアモンド、ローレンス・オリヴィエ、カトリン・アダムズ、ロッド・ジスト、マイク・ケリン、ルーシー・アーナス、ポール・ニコラス、ジェイムズ・ブース、サリー・ボイヤー、デイル・ロビネット。1980、米Associated Film Distribution)。世界初のトーキー映画と言われる同名映画(1927年)のリメイクとのことだが、主人公のユダヤ人歌手がニール・ダイアモンドで、まったくジャズではない点で、いささか興醒め。当時のアメリカ(ニューヨーク、ロサンジェルス、あるいはユダヤ人と黒人それぞれのコミュニティ)の風俗描写は興味深いが、肝心の物語の組み立てが陳腐な感じで、主人公と父、主人公と糟糠の妻の関係性の描き方がおざなりに思えて、心に残るものが少なかった。残念→鰯の骨とレンコンの薄切りを揚げる→午睡→風呂洗って風呂→鰯骨煎餅、レンコン薄切り素揚げ、アルーニンジンマサラ、トマトとピーマンと大葉のカチュンバル、四種のダール、白米バスマティ米ブレンドご飯、あさりのおつけ、F式らっきょう、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→B-SHOP改定の最後の校正して夜0時就寝。
6月4日(金) 朝7時起床。白湯、メイプルシロップ→アルーニンジンマサラ、トマトとピーマンと大葉のカチュンバル、四種のダール、葱とちりめんじゃこの炒飯、F式らっきょう→たまたま目にしたTVのニュースショーで橋本聖子が「コロナで分断された世界をスポーツの力でひとつにする」といったようなことを言っていて、瞬間湯沸かし器的に腹が立った。

世界が分断しているとするならば、頑なに東京オリンピックをなるべく派手に開催すること以外に思考が及ばないよう無駄に踏ん張っているあんたがたのお粗末な脳味噌にもその一因があるのではないのか、まあその頭蓋の中に多少でも脳味噌なるものが存在するならばではあるが、仮に存在しているとするならば、思考の信号が伝達する回路に断裂や結線ミスがないかどうか一度点検に出したほうがいいんじゃないのか、と思った。

内田百間『間抜けの実在に関する文献』に出てくる言い回しを真似るならば、「頭が悪いというのは単なる観念でも、空想でもない。現在目のあたりに実在するんだね。どうも驚いた」という心持ちだ。

まあ百歩譲って、東京オリンピックを成功に導く方策を構築することで、それを援用して新コロ禍でも国内のあらゆる公演・興行の再生を加速させつつ海外からの音楽や演劇などなどの招聘の加速も促す、といったようなことを考えているのなら話は別だが、しかしそんなことを考えている人はいるのだろうか。それぞれの立場で与えられた職務をなんとかやったことに仕立て上げ∞自分の発言や行動を正当化する≠アとだけを考えている関係者ばかりなのではなかろうか。

だとしたら、と一応断言は避けるが、クソにも劣る連中だと思う。未来になにかが育つための肥やしにもならない。

私は公園の競技場などで行われている市民スポーツをぼーっと眺めるほかはスポーツ観戦に興味がないので、スポーツというものについてはそれを楽しみにしている人の気持ちをあまり考えずに「スポーツって思い上がってるよな」という雑で頭の悪い感想しか抱いていないのだが、ここ数日の間に報じられたテニスのすったもんだとか、なんだか忘れたが他の競技で少し前に生じた権力問題などを思い出しながら、東京オリンピックの運営当事者の発言や態度を眺めていると、その雑で頭の悪い感想もあながち的外れではないのではなかろうかと考えるに至っている。

実際に競技や演技に携わる選手や指導実務者などはその思い上がりの被害者と言えるかもしれないが、しかし自分たちの記録や成績のためにその思い上がりを糾さないという側面もあるだろうし、中には引退後にその思い上がりの仲間入りをすることで選手として使い物にならなくなったあと権力の隅っこで立場固めに勤しもうとしている者もいるかもしれないから、単純に選手vs組織みたいな構図で捉えるわけにもいかないように思う。運営組織も含めて一度粉砕してから組み立て直したほうが、やるほうも見るほうも幸せになるのではないのか。

→といったことをつらつら考え、しかし腹を立ててもつまらないと思い直し、昼から飲酒、あと野田秀樹『体でっかち』を読み返して(午後のうちに読了)、気分は平常に戻った→マトンとラムが大量に届いたので冷凍庫の整理。なんだかわからない品々はすべて獣肉や魚の骨だったので、キャベツの外皮と共に煮込んで出汁を取る。あとO形のお腹の調子が悪いので、粥を製作。白粥のつもりだったが、昆布とどんこの出汁を加えて焼いた空豆を投入し、豆茶飯を応用した粥にしてみた→午後いっぱいかけて、菊水堂ポテトチップス、朝食の残り、鯛のあらと蕪のにつけ、レンコン薄切り素揚げ、鰯骨煎餅にてビール中瓶×1と金宮酎ハイ×4。〆に空豆粥→風呂→『ド根性大将』(原作:相良準三『おれの番だ一等賞』、監督;土居通芳。長門裕之、中村玉緒、杉狂児、河津清三郎、伊藤栄子、平井昌一、倉丘伸太郎、夏目俊二、小林勝彦、御木本伸介、西村晃、遠藤辰雄、山本一郎、長谷川みのる。1966、松竹)。坂田三吉のような一途な将棋指しをもっぱら描いたド根性物語かと思いきや、権力とそれに媚びない意地、いじらしくもすれ違う恋心、意外な人間関係、戦争、将棋から相場や蘭の栽培への物語の意外な飛躍などなど、様々な要素が絡まり合いながらも、人が人を想う気持ちの清々しさを表現したずっしりとした手応えがありつつすっきりとした後味。なかなかの名作と思った。初めて作品を観る監督と思ったが、『地平線がぎらぎらっ』の監督だった。あと『恋愛ズバリ講座』の構成にも参加していた→『レザボア・ドッグス』(原題『Reservoir Dogs』、監督:クエンティン・タランティーノ。マイケル・マドセン、エディ・バンカー、クリス・ペン、スティーヴ・ブシェミ、クエンティン・タランティーノ、ハーヴェイ・カイテル、ローレンス・ティアニー、ティム・ロス、カーク・バルツ。1992、米Mira Max)。誰かが書いたものを読むまで迂闊にも気づかなかったが、冒頭のおかしな会話(マドンナ『Like A Virgin』についてと、チップを払う払わないについての雑談)が、その後の展開にまったく関係ない(なんの伏線でもない)のは、そうと知るとなかなかに驚かされる。物語を通じて何か主題を伝えようというよりも、バラバラに集まった男たちひとりひとりの描写がまずあって、そうして描かれた男たちがそれぞれ関係することによってさてどうなるか、といった実験のようにも思える。そう考えると、冒頭の会話の意味もあるという気になってくるが、ヘタをすると退屈な映画になる(映画のセオリー的に客を面白がらそうという手を用いてない)選択肢ばかりで面白い映画を作ってしまった、と言ったら言い過ぎか。しかしその成立の裏話も含めて、ある種奇跡的な映画だとは思う→映画観ながら金宮酎ハイ×3と金宮ロック×1。午前2時頃就寝。
6月5日(土) 朝10時起床。白湯、メイプルシロップ→ちりめんじゃこと青葱とニンニクと卵のスープ、空豆粥→お腹の調子の悪いO形がNクリニックにて受診。大した問題はなかったそうで、帰りに〈あずまや〉のたこ焼きと〈結〉のおむすび唐揚げ弁当を買ってきたので、昼過ぎから飲酒→『ボヘミアン・ラプソディ』(監督:ブライアン・シンガー。ラミ・マレック、ジャー・バルサラ、ボミ・バルサラ、カシミラ・バルサラ、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、ルーシー・ボイントン、マイク・マイヤーズ、エイダン・ギレン、アレン・リーチ、トム・ホランダー、アーロン・マカスカー、ダーモット・マーフィ。2018、米Twentieth Century Fox)。フレディ・マーキュリーの音楽的バックグラウンドがほとんど描かれていなかったり、フレディ・マーキュリーの伝記映画とはいえブライアン・メイの自作ギターについて少しは(会話の中程度にでも)触れてもよかったんじゃないかと思ったり、などなどの不満のほうを強く感じた。よくできた伝記映画だけに、却ってそういうところまで期待してしまったのかもしれない→続いてナイツの『出動!ラーメン刑事』見て大笑い。先輩浅草芸人を笑う笑い方が、いささかえげつなくなってきている気もしたが、まあそこは素人の邪推だろうか。続けてはほしい番組である→酒はビール中瓶×3、金宮ロック×2。早々に就寝→夜起きてちりめんじゃこと青葱とニンニクと卵のスープ、空豆粥→深夜就寝。
6月6日(日) 朝9時起床。白湯、メイプルシロップ→昨日取った出汁できくらげと卵のスープを製作。ご飯炊いて錦松梅と梅干しと海苔で朝→風呂→午後買い物。〈秀〉で卵、春キャベツ、ピーマン、トマト、ニンジン、ニンニク、昨日に続い〈結〉で、本日は天ぷら(イカ、キス)とおむすび二ケ(鮭、地獄)、それから〈行辺〉でいつものおつまみセット(炙りエボダイと鯵の刺身、出汁巻き卵、ポテトサラダ、匠の大山鶏むね肉のチキン南蛮サラダ風、新生姜醤油煮)→春キャベツと大葉とトマトのサラダ(胡麻ドレッシング)をこさえて空豆を焼き、本日の口開け→『カラミティ・ジェーン』(原題『Calamity Jane』、監督:デイヴィッド・バトラー。ドリス・デイ、ハワード・キール、フィリップ・ケイリー、ディック・ウェッソン、ポール・ハーヴェイ、ゲイル・ロビンス、アリン・アン・マクレリー。1953、米Warner Bros.)。これは傑作。なんといってもドリス・デイが俗にいう男まさり≠フ女性を演じながらニクイところで可愛らしさを見せる間合いや塩梅が素晴らしい(ミュージカル場面での身のこなしも見事)。対するアリン・アン・マクレリーの安っぽさも帯びた美しさはぜひスクリーンで観たいと思わせる華やかさ。そのコントラストもいい。話は二組のカップルができるまでのすったもんだで、割と単純な話ではあるが、枝葉末節との絡み具合もよく練られた印象で、飲み食いしながら、あるいはおしゃべりしながら観ても見逃すということがなかった。実在のカラミティ・ジェーンの発言に誇張傾向がある≠ニいう特性も、うまく物語に取り入れられていたと思う。歌と踊りは、たとえば『雨に唄えば』に比べれば大人しいが、全体的な出来を考えると、いいバランスではないかと思う→午睡→風呂(二回め)→『紅蝙蝠』(原作:長谷川伸、監督:丸根賛太郎。市川男女之助、香川良介、北上弥太朗、松本錦四郎、木暮実千代、澤村國太郎、堺駿二、明石潮、小山明子、市川小太夫。1958、松竹)。主役のふたり(松本錦四郎、小山明子)を差し置いて、木暮実千代、澤村國太郎、堺駿二らの江戸っ子っぷりが心地よい。それを土台にした小山明子の美しさといったらない。松本錦四郎は驚くほど下手だと思ったが、それがなにか魅力を発しているのが面白い。西梧郎という音楽家のことは寡聞にして知らないが、音楽がとてもよかったのも印象に残る→映画観ながらビール中瓶×1、金宮ロック×1。午前3時半就寝。
6月7日(月) 朝9時半起床。白湯、メイプルシロップ→B-SHOP最終チェック。一箇所だけ修正漏れ発見→JINYA関連でいくつか仕事いただいたのでさっそく準備→昼は使い残したトマト缶を使ってしまおうと、鮭缶とピーマンのトマトソースこさえてスパゲティ、あとビール中瓶×1。四種のダールの残りも乗せた→晩の支度。蕪酢を作ろうとして、葉は胡麻汚しにしようと思ったが、結局合体させた。あとはラムチョップを解凍して塩胡椒したところで風呂→風呂から出て、キャベツとニンジンとトマトとピーマンのかけらのサラダ(おろし玉葱ドレッシング)を製作。キャベツ切り過ぎて大量になった。あとはラムチョップを、一本は塩胡椒だけで焼き、もう一本はベルのたれで焼いた。その後ニンジン、ピーマン、もやしを炒めた。飲酒はビール中瓶×1.5、金宮ロック×2→『風が吹くまま』(原題『Bād mā rā khāhad bord』(The Wind Will Carry Us)、監督:アッバス・キアロスタミ。ベーザード・ドーラニー。1999、仏MK2 Diffusion)。最後まで何も起きないわけではないが、ほぼ最後まで何も起きず、というか何も起きないことが起きているというような趣で、何も起きてないのに飽きさせるようなこともない。不思議と言ったら安易だが、どうやったらこんな映画を思いついて撮ってしまうのかがまったくわからず、それがまた面白い。それにしてもなぜイランの村の人たちは、あんなに複雑な街並みを構築するのだろうか→食後寝床に横になったらそのままいつの間にか就寝。
6月8日(火) 朝8時半起床。白湯、メイプルシロップ→とうもろこしご飯を製作。汁物はきくらげと卵のスープ(三日め)→B-SHOP作業は完了の報せあり→JINYA関連少しだけ作業→昼は冷やし納豆月見そば。麺もつゆももっとちゃんと冷たくしたほうがよかったな→風呂→キャベツと大葉とトマトを刻んで昨夜のサラダを投入。スズキヤの塩じんの半分をオリーブ油とクミンシードで、半分はベルのたれとクミンとパプリカと黒胡椒に漬け込んでからもやしニンジンピーマンと炒め。スズキヤの羊はうまいな。同じくらいの水準の羊が町の肉屋で買えるといいのだが→ご飯は三日めのきくらげと卵のスープと朝のとうもろこしご飯。酒はビール中瓶×1と金宮ロック×1→夜9時就寝。
6月9日(水) 朝7時半起床。白湯、メイプルシロップ→きくらげと卵のスープ(四日め、これにて終了)、とうもろこしご飯のバタ炒め、ポーチドエッグ→老父と昼食および買い物付き添い(〈深水庵〉にて天ざる、サミット、クリエイト)。サミットでは当方も買い物(鯖切り身、セロリ、オクラ、大葉、鶏ガラスープの素)。買い物後、クリエイトでちょいと待ち時間が生じ(あとローソンに寄ってビール購入も)、帰宅してみたら鯖から水が出ていて憮然。すぐに水洗いして水を切って塩して冷蔵庫にしまったが、大丈夫だろうか→菊水堂ポテトチップスとビールロング缶×1→ジンギス鍋の入手になぜか苦労していて(カセットコンロの仕様が直径24cmまでで、なるべくそれ以下にしたいということもあり)、今のところ松尾ジンギスカンの銘々鍋(直径20cm)に期待→三井住友銀行のキャッシュカードが使えなくなったということで、再発行手続きをネットから行おうと思ったら、ワンタイムパスワードが必要。で、銀行のiPhoneアプリからワンタイムパスワードを表示させようとすると電話番号認証が必要なのだが、口座に登録した電話番号を変えるのを忘れていたので古いほうの電話番号に連絡を受けなければならず、しかし古いほうの電話番号は破棄して使えず。ということで再びネットから電話番号変更手続きを行おうと思ったら、これまたワンタイムパスワードが必要で、しかしワンタイムパスワードを表示するには古いほうの電話番号での認証が必要、というループに陥る。窓口に行くしかないか→風呂→晩はサラダ(キャベツ、大葉、ピーマン、トマト、パルメザンチーズ。胡麻油、バルサミコ酢、塩、胡椒)、蕪酢、鯖梅煮、鯖ホイル焼き(ニンニク、万能葱、煎り酒、胡椒、オリーブ油)、蕪の葉のおつけ、ご飯、ビールロング缶×1/2、ビール中瓶×2、御酒×2→『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』(原作・監督:山田洋次。渥美清、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中原理恵、渡瀬恒彦、笠智衆、倍賞千恵子、吉岡秀隆、下絛正巳、三崎千恵子、前田吟、美保純、秋野太作、人見明、佐藤B作、関敬六、文野朋子、谷幹一。1984、松竹)。やはり中原理恵と渡瀬恒彦の(このシリーズには)異色な感じが印象に残る。中原理恵は冒頭の寅次郎の夢の場面から出ていて、それがまた魅力的だが、マドンナが夢の場面から出るのは珍しいのではないか。しかしまた全作見直してみないとわからないな(ちなみに渡瀬恒彦も夢の場面から登場)→夜10時頃就寝。
6月10日(木) 朝10時起床。白湯、メイプルシロップ→パトリックのスニーカーの紐を洗ったので(洗ったのはもう数日前だが)装着。改めて眺めるとケベックのほうはだいぶ汚くなったな。先日麻混地のケベックを買ったが、革のほうもまた買わなければ→昨日濡らしてしまった買い物袋を洗濯→開高健は昨日までに『パニック・裸の王様』と小玉武『評伝開高健』を読了し、『開口閉口』を読み始めた。今のところ、「パニック」は非常に面白く読んだが、評伝で作家の生涯を知っても、すごい人とは思うが崇めるまでは行っていない。実務や実生活にも長けていて、この世ならぬ変な人、という雰囲気が希薄に思えるからかもしれない。この歳になって読み始めた所為もあるだろうが、若い頃に読んでてもそんなにハマらなかったような気もする。もう少し読んでみる→B-36の文字要素の整理作業、第一稿完了→晩の支度(セロリの葉入り玉葱すり流し、サラダ用の春キャベツ千切り)→風呂→BARE PIZZA POCOのピザを調達。すべてPサイズで、マーレ、カプリチョーザ、マルゲリータ。フンギは明日に。酒はビール中瓶×1、白葡萄酒×1/2、ホッピー金宮×1→『キューティ・ブロンド』(原作:アマンダ・ブラウン、原題『Legally Blonde』、監督:ロバート・ルケティック。リース・ウィザースプーン、ジェシカ・コーフィール、アランナ・ウバック、マシュー・デイビス、ホランド・テイラー、セルマ・ブレア、ルーク・ウィルソン、ジェニファー・クーリッジ、ブルース・トーマス、ヴィクター・ガーバー、ラクエル・ウェルチ、アリ・ラーター。2001、米MGM)。あり得る/あり得ないのぎりぎりの線の話をぎりぎりあり得ると思わせる風な演出に感心した。主人公はかなり屈辱的な目に遭うのだが、話の流れの中ではそれほど重々しく感じさせない、という塩梅もよい。ほぼ説明はないが、それでも主人公の出自がほの見えてくる演出と芝居も素晴らしいし、ファッションがまた絶妙、褒めるところの多い作品だが、それを主張しないような軽さがまたよかった→『キューティ・ブロンド ハッピーMAX』(原題『Legally Blonde 2: Red, White & Blonde』、監督:チャールズ・ハーマン・ワームフェルド。リース・ウィザースプーン、ジェシカ・コーフィール、アラナ・ユーバック、ジェニファー・クーリッジ、ルーク・ウィルソン、ジャック・マッギー、レジーナ・キング、メアリー・リン・ライスカブ、J・バートン、サリー・フィールド、ルース・ウイリアムソン、ブルース・マッギル、ダナ・アイヴィ、ボブ・ニューハート。2003、米MGM)。前作に比べるとあり得ないほうに傾いているという印象だし、かなりご都合主義的な展開だが、観ていて楽しいのは前作同様。こちらは批判的に観る隙も多かったが、とはいえ嫌いにはなれない。ファッションは主人公の地味な装いにも気が配られていて前作よりも力が入っているように思ったが、果たして→夜11時頃就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記