2021年09月10日

9月まとめ(1〜10日)

9月1日(水) 日付変わる前に起床し、B電子のちょいとした原稿仕事→『十九歳の地図』(原作:中上健次、監督:柳町光男。本間優二、うすみ竜、山谷初男、蟹江敬三、西塚肇、原知佐子、豊川潤、沖山秀子、清川虹子、柳家小三治、楠侑子、中島葵、中丸忠雄。1979)。物語についての責任は原作に背負ってもらうとして、映画化した意味はといえば主人公や幾人かの登場人物(主に紺野、マリア)の実体化に加え、『最暗黒の東京』の再来のような人々や東京の北のはずれのスラム街の描写だろうか。高度経済成長期が終わり浮かれた80年代に入る直前に、あのような生活や、北のはずれとはいえ東京都区内にあのようなスラム街があることを明確に描写したのは、大変なことだと思う。主人公に共感を覚えたり感情移入したりできるできないは脇に置いておいてその点だけでも、好悪は別にして、見つめなければならない映画だと思った→朝方就寝→朝10時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→冬瓜入りケララチキン、四種のダール、ラッサム(セロリ)、バスマティ米ご飯、ポーチドエッグ→『ラストタンゴ・イン・パリ』(原題『Ultimo tango a Parigi』(Last Tango in Paris)、監督:ベルナルド・ベルトルッチ。マーロン・ブランド、マリア・シュナイダー、ジャン・ピエール・レオ、マリア・ミキ、マッシモ・ジロッティ、ジット・マグリーニ、ヴェロニカ・ラザール、ジョヴァンナ・ガレッティ。1972、伊仏米United Artists Europa)。強姦場面(アナルセックス)に関する顛末を知った今となっては素直に感動できない映画になってしまったが、闇の使い方、鏡とガラスの使い方、名前を問われて喉を鳴らすところ、めちゃくちゃなタンゴ、全体を通したエロスとタナトスなど、魅力的な映画であることは否定できない。それだけに強姦場面(アナルセックス)に関する顛末は、あんな撮り方(マリア・シュナイダーに何をするか知らせなかったこと)をしなくても全体的には魅力的な映画になったはずなので、残念である→サラダ(キャベツ、赤ピーマン、セロリ、新生姜、胡麻ドレッシング)、鴨燻製、たらこスパゲティ(ニンニク、バター、紫蘇、唐辛子)、ビール中瓶×1、ホッピー×6→夜8時頃就寝。
9月2日(木) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→冬瓜入りケララチキン、四種のダール、ラッサム(セロリ)、バスマティ米ご飯、目玉焼き→ぼーっとしているうちに午後。表参道まで出て、〈GENT+HONEY〉にて一ヶ月ぶりの散髪。いつも通り御酒をいただく→平和に電車で帰宅。いろいろ寄り道を考えたがどこにも寄らず、経堂で降りて〈オオゼキ〉で買い物して帰る。煎り酒の扱いをやめてしまったようなのが残念→シャワー。そろそろ風呂入れる季節か→高柳『Dangerous』の予約(ディスクユニオン)が始まったので、私からもFacebookにて告知してみる→『リラの門』(原題『Porte des Lilas』、原作:ルネ・ファレ『La Grande Ceinture』、監督:ルネ・クレール。ピエール・ブラッスール、レイモン・ビュシェール、ジョルジュ・ブラッサンス、ガブリエル・フォンタン、ダニー・カレル、アンリ・ヴィダル。1957、仏Cinédis)。なんかもう、人間のバカさ加減と愛らしさをよくわかって撮ったのだなという感想。幾星霜を経ても生き残り楽しませてくれる傑作だと思う。終幕をどう解釈するのかは、観る度に変わりそうだ→冬瓜と豚ひき肉の煮物、茄子煮浸し、トマトと赤ピーマンとセロリのサラダ、枝豆、もずくと葱のおつけ、ご飯、納豆、ビール中瓶×1、酎ハイ×3→夜10時過ぎ就寝。
9月3日(金) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→夜はカレーにすることにしたので、ふと思いついて玉葱のアチャール仕込んで冷蔵庫で熟成開始→もずくのおつけ、卵かけご飯、海苔、錦松梅→B電子原稿提出(BRG-BM改稿)→カップ焼きそば→B電子原稿一発OK→賄い当番。四種のダール、キャベツ入りキーマカリー、じゃがいもとニンジンのクミンバター炒め(バルサミコ酢)を製作。あとご飯(ジャポニカ米バスマティ米ブレンド)の準備→シャワー→『象を喰った連中』(監督:吉村公三郎。安部徹、神田隆、笠智衆、文谷千代子、原保美、日守新一、横尾泥海男、植田曜子、高松栄子、空あけみ、朝霧鏡子、村田知英子、若水絹子、岡村文子、奈良真養、中川健三、遠山文雄、西村青兒。1947、松竹)。男五人がうっかり象の肉を食べて死ぬかもしれない、という緊張感がそれぞれの家族にも伝播したという状況で、それをユーモアを湛えて描くという手法にしびれた。台詞のひとつひとつが可笑しいのは時代もあろうが、とみ江(空あけみ)が和田(日守新一)の話を聞きながら側転するとか、終幕の手の描写とか、とにかく可笑しい絵や芝居が多く、それが本筋と付かず離れずの塩梅がまた面白かった→菊水堂ポテトチップス、パルメザンチーズ(バルサミコ酢、ブラックペッパー)、バゲット、玉葱のアチャール、赤ピーマンのライタ、じゃがいもとニンジンのクミンバター炒め(バルサミコ酢)、四種のダール、キャベツ入りキーマカリー、ジャポニカ米バスマティ米ブレンド、F式らっきょう、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→食後眠くなり、夜7時過ぎいったん就寝→夜10時頃起床→『七人の弔』(監督:ダンカン。温水洋一、有薗芳記、石原圭人、渡辺いっけい、ダンカン、山田能龍、高橋ひとみ、山崎一、戸島俊季、保積ぺぺ、水木薫、柳生みゆ、川原真琴、いしのようこ、松川真之介、中村友也、波田野秀斗、マキタスポーツ。2004、オフィス北野=東京テアトル)。子供たちの芝居が学芸会並みだったり、脚本にも穴がいくつかあるなあと思ったが、観ている最中の感情としてはそんなところは意識の外だった。いい塩梅にまとまった完成度の高い映画であると思う。その分、あっと驚くような、そんなバカなというような意外性には乏しかったのかもしれない→朝方5時頃就寝。
9月4日(土) 昼頃起床。朝食として玉葱のアチャール、じゃがいもとニンジンのクミンバター炒め(バルサミコ酢)、四種のダール、キャベツ入りキーマカリー、ジャポニカ米バスマティ米ブレンド、生卵、納豆を食べてすぐに昼寝→午後4時前起床→『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(原題『Dancer in the Dark』、監督:ラース・フォン・トリアー。ビョーク、カトリーヌ・ドヌーヴ、ヴィンセント・ペイターソン、T・J・リッツォ、ヴラディカ・コスティク、デイヴィッド・モース、ピーター・ストーメア、カーラ・シーモア、ウド・キアー、ジェリコ・イヴァネク、ジョエル・グレイ、シオバン・ファロン、ルーク・ライリー。2000、丁Angel Films)。音楽と踊りが人を救うか、という問いかけが鋭く行われている一面があると思った。主人公を取り巻く環境や、一番優しくしてくれた人がつまらないことで裏切るというような救いのない状況を背景としたのは、ミュージカルシーンの圧倒的な出来栄えを考えると、そういう見立てが自分にはしっくりくる。気軽に何度も繰り返し観るには重苦しさが過ぎるが、優れた表現物件として折に触れて観続けたいとは思う→枝豆、鶏唐揚げ、行辺おつまみセット(お刺身2点盛り(カツオ、鰯)、だし巻き玉子、ポテトサラダ、しっとりお揚げの含め煮、蒸しエビと春雨のサラダ)、握り(こち、鯵)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→食後就寝→夜10時過ぎ起床→『忍法破り 必殺』(原作:犬塚稔、監督:梅津明治郎。長門勇、竹脇無我、名和宏、路加奈子、丹波哲郎、片岩正明、佐治田恵子、堀雄二、曽我廼家明蝶、山東昭子、大瀬康一。1964、松竹)。長門勇のすっとぼけた味わいがよいが、印象に残ったのはそれくらいか。しかしそれだけでも観ていて楽しい→『マイ・インターン』(原題『The Intern』、監督:ナンシー・マイヤーズ。ロバート・デ・ニーロ、リンダ・ラヴィン、アン・ハサウェイ、クリスティーナ・シェラー、アンドリュー・ランネルズ、アダム・デヴァイン、ジェイソン・オーリー、ザック・パールマン、レネ・ルッソ、アンドリュー・フォルム、ジョジョ・カッシュナー、セリア・ウェストン、スティーヴ・ヴィノヴィッチ。2015、米Warner Bros.)。デ・ニーロの芝居が嫌になるくらいに達者なのだが、その達者さに陰のない役をやらせるのは、ちょっとやり過ぎというかやらなさ過ぎというか、安易な作り方だなと思った。いい映画だし感動はするのだが、映画としての深みが感じられなかった。ただ初老男性としては、デ・ニーロの役の年の取り方は勉強になるとは思う→朝方就寝。
9月5日(日) 昼頃起床。朝食として月見にゅうめん(もみ海苔、葱、紫蘇、生姜せん切り)→シャワー→『映画監督:クエンティン・タランティーノ』(原題『THE DIRECTORS: QUENTIN TARANTINO』、監督:リンディ・サヴィル。スティーヴン・アームストロング、ニール・ノーマン、ウェンディ・ミッチェル、イアン・ネイサン。2021、英)。タランティーノの経歴のあらましを知るという点では参考になったが、専門家と称される人たちのコメント抜粋は主観の強調が多くてあまり役に立つものではなかった。何度か確認する箇所もありそうなので、一応保存→菊水堂ポテトチップス、枝豆、鶏唐揚げ、キャベツとトマトと赤ピーマンのサラダ、カリフラワーとじゃがいものクミンバターソテー(ニンニク)、玉葱のアチャール、じゃがいもとニンジンのクミンバター炒め(バルサミコ酢)、四種のダール、キャベツ入りキーマカリー、ジャポニカ米バスマティ米ブレンド、ビール中瓶×1→明日からの中華街二泊の支度→『戦争を知らない子供たち』(原作:北山修、監督:松本正志。杉田俊也、沢井正延、加藤小夜子、酒井和歌子、島村美輝、斉藤宜丈、河村引二、原保美、森幹太、若松和子、大槻純子、寄山弘、三重街恒二、チューリップ、ア・リトル・モア・ヘック。1973、東宝)。佐藤忠男が「今の映画と勘違いするかもしれない」みたいな評を述べていたが、どこをどう観たらそうなるのか、いかにもこの時代らしい失笑箇所の多い映画だった。特に音楽の使い方は、当時は真面目にそうしたのだろうけれども、やはりそこでそれか、と笑ってしまう。今の時代に観る意味が最後までわからなかったが、若者の闘争の稚拙さ、虚しさを描いたと思えば意味は出てくるかもしれない。しかしそんな意味はやはり無意味だから、結局わからず仕舞いだった。もう一度くらいは観てみよう→本日は深夜飲酒に及ばず、酒はビール一本で終えた。午前2時半就寝。
9月6日(月) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→玉葱のアチャール、四種のダール、キャベツ入りキーマカリー、ジャポニカ米バスマティ米ブレンド→食後眠くなり、昼(〈吉兆〉であさりそばのつもりだった)を抜きにしてしばし仮眠→昼頃起床→12:30出立。道中大雨→14:00中華街〈ローズホテル〉到着。すぐにチェックイン、部屋にも早めに入れてもらえた。ルームサービスで、夜の分も含めてビール六本取る→カレーパン×1/2、ビール中瓶×1→16:00、南粤美食にて料理受け取り。空芯菜と牛肉の蝦醤炒め、ホタテとアスパラの炒め、香港やきそば、貝柱炒飯。ビール中瓶×1.5。炒飯だけあとに少し残してあおはペロリ→午睡→〈スリーマティーニ〉にて、ジン・トニックとマティーニ。開いてるだけでも有り難いのに、気持ちよく飲ませてもらった→宿に戻りシャワー→炒飯の残りを肴にビール中瓶×1/2→午前3時就寝。
9月7日(火) 朝7時起床。シャワー→午前中読書。小出斉『ブルース』、北里義之『サウンド・アナトミア』→焼賣、生碼麺、炒飯(清風楼)→元町をぶらぶら、O形買い物に付き合い。〈ミハマ〉で買った靴は当たりだったようだ→宿に戻って午睡→〈Stormy Monday〉にてマダムギター長見順・清水一登・石川俊介SESSION見物。今回は清水一登の存在がとても印象に残った。チーチ&チョンの映画で知ったという『Framed』というブルースがとりわけ。しかし酒が欲しくなる演奏だった→店内と持ち帰りでアンチョビ&クラッカー、フライドポテト、野菜のロースト&ベーコンのステーキ。宿ではビールロング缶×1.5→夜11時就寝。
9月8日(水) 午前2時起床→寝床でゲームやって時間潰してから、午前5時にチェックアウトし出立→6時前着。即就寝→朝9時起床→アンパン1/2、クロワッサン1/2、珈琲→老父と昼食および買い物付き添い。〈深水庵〉にて山かけそば、〈サミット〉、〈クリエイト〉→午後1時過ぎ戻り午睡→夕方、四谷三丁目〈CON TON TON VIVO〉へ。長見マダムギター順(Vo,G)、石渡明廣(G)のデュオ。本日は酒が飲めて、だからということもないがいやあるか、マダムの音楽の深いところまで味わえた気がした。ギター二本(最初と最後はピアノとギター)の対話の緊張感もいい塩梅で、とても気持ちよく酔えた。昨夜行けるかなと思った次第だが(体力的な事情で)、聴きに行ってよかった。演奏の前後合間のレゲエも心地よく、店の人(いつものPAの青年)に尋ねたらハワイのレゲエとのこと。ジャマイカのレゲエがどんどん攻撃的になっているのは知っていたが、ポリネシア一帯はラヴァーズロック風のレゲエが広まっているそうだ。いいことを教えてもらった。飲食はキューバサンド、タコス×2、ビール×1、赤葡萄酒×5→平和に電車で帰宅。帰宅後即就寝。
9月9日(木) 朝10時起床→茄子炒め、豚汁、新生姜炊き込みご飯、生卵、錦松梅→『腰抜け巌流島』(原作:荻原賢次『異本宮本武藏』、監督:森一生。森繁久彌、三條美紀、横山エンタツ、西岡タツオ、原聖四郎、山茶花究、清川虹子、益田キートン、坊屋三郎、大泉滉、南部彰三、葛木香一、丹下キヨ子。1952、大映)。漫画を原作に適当に早撮りした、という印象。森繁久彌扮する武蔵がぐるぐる巻きにした包帯をバッと破ったらそれが散って武蔵評判記の瓦版が宙に舞っている風になったり、セットの書き割りが実にいい加減だったり、丹下キヨ子がとつぜんマンボ(ルンバ)を歌い踊り出したり(他の映画でもあったか)、武蔵が巌流島で海の上を歩いたりなどなど、面白い場面はいくつかあったが、全体的にはまあどうでもいい喜劇だった。それがいい味わいではあるが、また観るかなというのも疑問なので消去(でもまた録画しようかとちょいと迷ってはいる)→菊水堂ポテトチップス、盛香珍蒜香青豆、冷やし狸蕎麦、ビール中瓶×1→午睡→トマトとキャベツと赤ピーマンのサラダ、枝豆、こんにゃくと椎茸とレンコンのピリ辛、塩漬け家鴨の腿肉、鶏胸肉のハム、豚汁、栗ご飯、ビール中瓶×1→やけに満腹になって午睡二回め→日付変わる前に起きてシャワー→『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』(原題『The Wrecking Crew』、監督:デニー・テデスコ。ブライアン・ウィルソン、ディック・クラーク(司会者)、シェール、ハーブ・アルパート、グレン・キャンベル(g)、ミッキー・ドレンツ(モンキーズ)、ジミー・ウェッブ(pd)、キャロル・ケイ(g, b)、ボーンズ・ハウ(p)、アル・ケイシー(g)、アール・パーマー(dr)、プラス・ジョンソン(sax)、ハル・ブレイン(dr)、トミー・テデスコ(g)、ラリー・レヴィン(eng)、スタン・ロス(eng)、デイヴ・ゴールド(eng)、ドン・ランディ(p)、ルー・アドラー(pd)、ビル・ピットマン(g)、ジョー・オズボーン(b)、レオン・ラッセル(p)、スナッフ・ギレット(pd)、H・B・バーナム(pd)、ルー・マクリアリー(tb)、ジュリアス・ウェクター(per)、ビーチ・ボーイズ、アル・ジャーディン(ビーチ・ボーイズ)、カーミー・テデスコ、フィル・スペクター、ハワード・ロバーツ(g)、ロネッツ(ジョー・サラシーノ(pd)、ソニー&シェール、チャック・パーゴファー(b)、ロジャー・マッギン(g)、アソシエイツ、ゲイリー・ルイス、ピーター・トーク、フランク・ザッパ。2008、米Magnolia Pictures)。ヒット曲を支えた無名のセッション・ミュージシャンに光を当てた、という点では『Standing In The Shadows Of Motown』と同じで、音楽家とプロデューサーの数が膨大な分(それはヒット曲の数にも関連する)、話のネタはより幅広く奥深い。そしてその幅広さ、奥深さをよく追いかけている。そういう点でドキュメンタリー映画としては面白かったし、監督の父親であるトミー・テデスコの人間的な魅力も伝わってきて、何度か繰り返し観たいとは思った。映画の中で中心的な会話を担当するのはトミー・テデスコ、ハル・ブレイン、キャロル・ケイ、プラス・ジョンソン、ドン・ランディらだったと思うが、彼らのこの映画のための演奏を、一曲でも聴かせてもらえたらさらによかったのだが→『安城家の舞踏会』(原作・監督:吉村公三郎。原節子、逢初夢子、瀧澤修、森雅之、空あけみ、神田隆、日守新一、殿山泰司、高松栄子、岡村文子、清水将夫、津島恵子、村田知英子。1947、松竹)。没落華族が最後のささやかな花火として舞踏会を開く、それに関連する顛末を描いた映画、と一言で片付けることもできようが、枝葉の少ない物語の隙間から漏れ出てくる悲哀を含む多種多様な感情の表現に圧倒されて、これが映画の映画ならではの表現だ、ということを考えた。また冒頭の議論の場面のテンポがとてもスリリングで、観始めて一気に引き込まれる。円熟期を知っている役者が皆若々しい中で、原節子のその年齢だからこその美しさは群を抜いているが、小間使菊役の空あけみの業の深そうな様子や安城家当主(瀧澤修)の愛人千代(村田知英子)の、静かだがやはり深い女の表し方も印象に残った→朝方就寝。
9月10日(金) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→豚汁、栗ご飯→体重がまた急激に増加しお腹もすっきりしないので、本日JazzKeirin訪問と思っていたがやめにする→昨日観た映画のメモ整理→『偽れる盛装』(監督:吉村公三郎。京マチ子、殿山泰司、菅井一郎、藤田泰子、柳恵美子、河津清三郎、瀧花久子、小林桂樹、村田知英子、進藤英太郎、石原須磨男、池真理子、藤代鮎子、北河内妙子、南部章三。1951、大映)。花街に生まれ生きる女三世代それぞれの生き方の、それなりにややこしい状況を丁寧に描きながら、個々人の抱える人生のあれこれがたとえば昨日観た『安城家の舞踏会』のように迫ってこないのは、京都という都市への批評的な眼差しのほうが強いからか、と観ていて思ったが、果たして。妹妙子(藤田泰子)の友人(北河内妙子)がそんなようなことを話しているし、終幕で主人公(京マチ子)も自分もこんな世界とは縁切りだ≠ニいうようなことをつぶやくので、そういう見方もあながち外れてはいないと思うが、しかし京に生きる女と男それぞれのややこしい部分や虚実(見栄と実態)を丁寧に描いているだけに、京都という都市への批評的な眼差しの切れ味がそれほど鋭くないような印象もあり、作品全体としてはやや中途半端で鮮やかさに欠けるような気もした。菅井一郎、進藤英太郎、殿山泰司と君蝶(京マチ子)の手玉に取られる男たちの芝居は印象に残ったが、村山新治によるリメイク『肉体の盛装』(1964)ではそれらの役を西村晃、南都雄二、山茶花究が演じているというので、そちらも観てみたい→菊水堂ポテトチップス、盛香珍蒜香青豆、こんにゃくと椎茸とレンコンのピリ辛、塩漬け家鴨の腿肉、冷やし月見そば(揚げ玉、納豆)、ビール中瓶×1→『暖流』(原作:岸田國士、監督:吉村公三郎。日守新一、高峰三枝子、水戸光子、徳大寺伸、槇芙佐子、葛城文子、雲井つる子、佐分利信、藤野秀夫、森川まさみ、奈良真養、河原侃二、山内光、高倉彰、伊東光一、武田秀郎、久保田勝己、斎藤達雄、水島亮太郎、岡村文子、藤原か祢子、小櫻昌子。1939、松竹/帝国館)。以前観た際と同様、終盤の佐分利信から水戸光子への「自分の女房と〜」の場面に至るまでがのんびりし過ぎていると感じたが、二回めともなるとペースに慣れたのか、著しい違和感は覚えなかった。それよりも、水戸光子が最後に覗かせる静かな女の闘志や、終幕での高峰三枝子の感情の迸らせ方など、細部の出来栄えが印象に残った。一方で、笹山医師の浮気癖や志摩泰彦の浪費癖についての描写が通り一遍で現実味が薄かったのが、今回得た残念な印象。そこを描きこんでの二時間なら十分納得できるのだが、とは思った(あと病院外・屋敷の庇護の外での生活の大変さも、堤看護婦についても志摩泰彦についても描かれていない)。しかしまた観てみたら、印象は変わるかもしれない→シャワー→一杯だけ飲んで寝ようと思ったが、結局塩漬け家鴨の腿肉を肴に金宮レモン割×5。でもそんなに酔っ払いはしなかった→午前2時頃就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記