2021年10月31日

10月まとめ(21〜31日)

10月21日(木) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→朝食抜きで老父と昼食および買い物付き添い(〈深水庵〉にてなめこそば、サミット)→帰途、灯油購入しついでにガソリンも満タンに。あとセブン・イレブンで支払い済ませようと思ったが、家の近くはなぜかどこも駐車場が満車で憮然→『甘い秘密』(原作:徳田秋声『仮装人物』、監督:吉村公三郎。佐藤友美、入江洋佑、小沢栄太郎、丹阿弥谷津子、伊丹十三、細川俊之、小松方正、新藤恵美、宮下捷、初井言栄、東山千栄子、岩崎加根子。1971、松竹)。原作の『仮装人物』は徳田秋声の「順子もの」の集大成であるそうだが、小林秀雄によれば「この奇妙なる恋愛小説の急所といふ様な部分を、批評家根性を出して見附けようとしてもなかなか見附からない。あらゆる処で、ひようたん鯰である」だそうだ。あと夏目漱石によれば「徳田氏の作物を読むと、いつも現実味はこれかと思はせられる」が「現実其儘を書いて居るが、其裏にフィロソフィがない」とのことだが、若い女性(弱い立場のもの)が男たち(強い立場のもの)を手玉にとるが…… という物語の映画化としてはガツンと来るものを感じないのは、そんな原作者の持ち味もあるのだろうか。一度観た感想としては、そのガツンと来ない感じがちょうどいい塩梅で、佐藤友美のひとり合点のように自分のペースで話を進めていく様子とか、手玉に取られているようで最後の砦は瓦解させない男たちのあり様などなどには現実味を感じた。佐藤友美が小沢栄太郎に放つ「この老いぼれ!」という一言は強烈だったが、全体的にはインパクトがあればよいものではない、と教えてくれる映画のように思った(個々の役者の芝居も、たとえば伊丹十三の小さい男っぷりなど、見所は多かった)。といいつつ、小沢栄太郎の息子役(宮下捷)にまで魔の手が伸びないのは、映画としてはやや物足りない感じも覚えはしたが、1971年作にして白黒、スタイリッシュな絵造りだけを目指しただけでなく当時の日本の普通の風景をも違和感なく取り込んで、お洒落ボサノバみたいな音楽を同じく違和感なく当てた構成の感覚と力はきちんと見ておくべきだと思う→菊水堂ポテトチップス、マサラポテトサラダ、ニンジンのクミンバターココナッツ炒め、茄子のアチャール、マトンマサラ(セロリ)、五種のダール、ジャポニカバスマティご飯、パパド、ビール中瓶×2→夕方四谷三丁目に出て、まずは噂の〈定食酒場食堂〉の場所を確認。店に入ると本日のライブに行けなくなりそうなので本日は失敬し、一路〈CON TON TON VIVO〉へ→ようやくのマダムギター長見順(Vo, G, P)×高岡大祐(Tuba)×岡地曙裕(Dr)。リハ後〈定食〜〉に行ってきたそうだが、戻ってきてステージに上がったらもうバンド≠フ空気になっていたので驚いた。そして「ハレルヤ」から演奏開始、今まで聴いてきたお三方の演奏とはまたひと味違った演奏を聴かせてもらえた(岡地さんの表情の変化を含めた演奏が最高だった)。これも(自画自賛めくが)組み合わせの妙によるよい化学反応ということか。とにかくうれしくて、笑いながら踊り続けた。思い切ってわがままを言ってみてよかった→水戸からすごい時間をかけて磯崎、忙しいのに岩下、直前に声をかけたのに桜井真里嬢が来てくれて、〈Second Line〉のお馴染みからはJさんが、バンド「Love Handles」からはYさんが来てくれたのもうれしい。〈Jazz Keirin〉で声をかけたマリオ曼陀羅氏はお子さん含め三人余計に連れてきてくれて、家内がお世話になっているしゅりんぷ小林さんもお友達を。私のほうだけでつ離れしたので(全体で二十人弱)、まあ顔向けできる結果であっただろう→終演後は出演者お客入り乱れての酒宴となった。ちょいと浮かれてはしゃいでしまったが、夜10時には店の意向(感染拡大防止期間中のため)でお開き。これ以上飲んでたら帰れなかったかもしれない。タコス、チリビーンズ、ビール×1、赤葡萄酒×1本→電車で平和に帰宅。しかし経堂に着いてすぐに吐く→帰宅後カップラーメン啜って即就寝。
10月22日(金) 午前11時過ぎ起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→起床後カレー一式食べたが、ほぼ終日宿酔いで横臥→午後なんとなく即席ラーメン(葱、生卵、海苔、青海苔)→夕方風呂→晩は復活し、キャベツと春菊とセロリのサラダ、鶏笹身とレンコンとニンジンの醤油炒め、うずらの卵、セロリの葉とじゃがいものおつけ(揚げ玉)、カレー一式、ビール中瓶×1→午前2時頃就寝。
10月23日(土) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→セロリの葉とじゃがいものおつけ(揚げ玉)、五種のダール、ご飯、ベーコンエッグ→昼下高井戸へ。まずは〈JazzKeirin〉にて昼(歩いたら暑くなったのでかしわ天ぶっかけにわかめ。あとビール小×2)。それから八百屋と魚屋で買い物。(恐らく)構音障害の方に話しかけられ、買い物の手助けができないかとしばし耳をそばだてたが、お力になれなかった。メモと筆記具を常備していれば筆談ができたかもしれないと、少し後悔→最後に、店主がおとついの〈CON TON TON VIVO〉に来てくださった〈fischiff KÜCHE〉をお礼も兼ねて初訪問。たまたま隣の家が取り壊されたからだそうだが、狭いながら明るくて居心地のよい店だった。ジョン・チカイ『Solo』をお供に食後兼散歩休憩の珈琲をいただく→ちょいと休憩してから、革ジャン(エディ・バウアー製のほう)のカビ落とし。まずはアルコールシートで全体を拭いてみる→風呂→セロリとピーマンとトマトのサラダ、枝豆、秋刀魚刺身、子持ち落ち鮎塩焼き、セロリの葉とじゃがいものおつけ(揚げ玉)、栗ご飯、ビール中瓶×1、御酒×1→早々に就寝。夜10時頃。
10月24日(日) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→境界確認書の確認をすっかり忘れていて、不動産屋来たが待ってもらう。一応内容確認したら疑義が生じたが、まだ家の前をうろうろしていたのですぐに確認したところ、問題なかった→セロリの葉とじゃがいものおつけ(揚げ玉)、栗ご飯、梅干し→午前中特に何もせず。『浅草お茶の間寄席』、桂小すみが「Wave」を演ったので、そこだけ保存。鈴〃舎馬るこや柳家わさびは、若手大喜利だと面白いのに落語はなんだかダメだなあ。どこが引っかかるんだろう、間や抑揚か→ベーコンとちりめんじゃことピーマンのトマトソーススパゲティ、ビール中瓶×1→うっかり忘れていたドメイン使用料(ogata-miki.com)を支払い→『森の石松』(監督:吉村公三郎。藤田進、玉島愛造、殿山泰司、朝霧鏡子、志村喬、飯田蝶子、沢村貞子、笠智衆、轟夕起子、安部徹、南光明、三井弘次、河村黎吉、村田宏寿、永田光男、山路義人。1949、松竹)。石松が一介の貧乏百姓から侠客になっていく様を描いている点がなかなか面白かった。笠智衆も轟夕起子も、物語の上での重要さはさほどでもないと思ったが、映画の中では味わいとか画面をピリッと引き締めるのに重要な存在で、そういう意味で役者というものの存在の意味合いを、改めて思い知ったようにも思う。大作とか大傑作とかそういう作品ではないと思うが、タイトルバックの音楽なども含め、いつまでも愛すべき作品と思う→ちりめんじゃこ、秋刀魚塩焼き、鍋(鮭、白菜、舞茸、葱)、セロリの葉と玉葱のおつけ、栗ご飯、ビール中瓶×1、ホッピー×3、御酒×1→夜9時前就寝。
10月25日(月) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→セロリの葉と玉葱のおつけ(揚げ玉)、卵かけご飯、煮干しかつぶし出汁殻佃煮、海苔→ストーブ初着火。その前にガードを取り外して掃除をしたら、ガードの取り付け方がわからなくなり難儀する(割とすぐ解決)→『チャーリーズ・エンジェル』(原題『Charlie's Angels』、監督:エリザベス・バンクス。クリステン・スチュワート、クリス・パン、エラ・バリンスカ、パトリック・スチュワート、ナオミ・スコット、ハンナ・フークストラ、ナット・ファクソン、ノア・センティネオ、サム・クラフリン、ロバート・クロットウォーシー、ジモン・ハウンソウ、ジョナサン・タッカー、エリザベス・バンクス、デイヴィッド・シュッター、アンナ・ドレクスラー、ルイ・ジェラルド・メンデス、フランツ・ザヴィエ・ザッハ、マリー・ルー・セレム、Emre Kentmenoğlu、ジャクリーン・スミス。2019、米Columbia Pictures)。映画版はマックGの二作が傑作だったので、あまり期待しないでみたが、これがなかなか。どんでん返しなどベタなものの、そのベタさ加減が安心して楽しめるちょうどいい塩梅だし、エンジェルたち(クリステン・スチュワート、エラ・バリンスカ、そして新たに仲間に加わることになるナオミ・スコット)が、これまたいい塩梅の安さ(もちろん美貌の芝居も一流どころではあるのだが)を感じさせてよい。エンジェルならではの手際が鮮やかに描かれない部分が多い印象があり、その分テンポがもたついて感じられる点は残念だったが、女性をカッコよく描いた娯楽アクションとしては文句なく及第点と思う→菊水堂ポテトチップス、納豆そば、ホッピー少し、ビール中瓶×1→風呂→『チャーリーズ・エンジェル』二回め。二回でいいかな。続編は作られたら観たい→肉まん半分、ビール中瓶×1、ホッピー×2→だらだら起きてて午前2時就寝。
10月26日(火) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→朝食抜きで中江クリニックへ。いつもの診療と、あと心電図撮影と採血。心電図は特に問題なし。10月に入って起床時血圧が上がってきたが、クスリはそのまま。下の血圧を下げるには、運動、塩分、腹囲に注意、とのこと。あと新コロ第六波については、統計上必ずやってくるが、今のような下がり方をしたのは日本だけなので、規模はわからない。ただし、若年層へのワクチン摂取が進んでいないので、子供が感染し親に影響が及ぶ、という動きは予想できる。今までよりも少し気楽に構えつつ、今まで通りの感染予防策を取りながら様子を見るのが吉、との由→薬局でクスリ受け取ったのち〈八兆〉にてかき揚げごぼう天玉そばを啜っていたら、須田さんにばったりでびっくり。今度〈あずま〉と〈八兆〉とで共同で新しいそばを作るそうだ(多分たこ焼き乗っけたのだと思うが)→〈肉の大丸〉と〈大橋とうふ店〉で買い物して帰宅→『最高の人生のはじめ方』(原題『The Magic of Belle Isle』、監督;ロブ・ライナー。ケナン・トンプソン、モーガン・フリーマン、フレッド・ウィラード、ヴァージニア・マドセン、マデリン・キャロル、エマ・ファーマン、ニコレット・ピエリーニ、C・J・ウィルソン、アッシュ・クリステン、ジェシカ・ヘクト、クリストファー・マッキャン、ルーカス・キャレブ・ローニー、ケヴィン・ポラック、ボイド・ホルブルック。2012、米Magnolia Pictures)。物語の運び方がとても地味な印象だし(実際は細かい仕掛けがいくつかあるのだが)、特に前半は心踊る展開もなければくすりとした笑いもないのだが、いつの間にか物語に引きずり込まれて感動を覚え、最後には涙している。ベタな話ではあるが、組み立て方が非常にうまいのだろうなと思う。モーガン・フリーマンや(存じなかったがモーガン・フリーマンに匹敵すると思われる)ヴァージニア・マドセンという名優の起用と、子役三人(マデリン・キャロル、エマ・ファーマン、ニコレット・ピエリーニ)のうまさ(もちろんいい表情や芝居を切り取ってつなげた監督や編集の力量もある)はずるいといえばずるいが、そうした点も含めて完成度の高さには目を見張るものがあった。とはいえ、一度観ればいいかな(つかめてしまうかな)とも思う。邦題は『最高の人生の見つけ方』(The Bucket List)のヒットにあやかり、またロブ・ライナー監督、モーガン・フリーマン主演で人生を諦めた男の再起という共通点から付けられたものだろうが、映画の寿命を考えると内容にぴったりとも思えずやや疑問→菊水堂ポテトチップス、即席ラーメン(生卵、海苔)、ビール中瓶×1→午睡→『トラベラー』(原題『مسافر(Mosāfer)』(The Traveller)、監督:アッバス・キアロスタミ。ハサン・ダラビ、マスウード・ザンベグレー、パレ・ゴル・アタッシュジャメ、ムスターファ・タリ。1974、斯Kanun parvaresh fekri)。この映画の教訓を一言で言えば「悪銭身につかず」か。その教訓をいささか残酷に描きつつ、しかし目先の楽しみに夢中になりすぎてすべてを失おうとしている少年に対する作家の眼差しは、とても優しいとも思う。笑わせようというのではなく、人間を見つめた先のユーモアがある。そして子供たちの表情を捉えうまく組み立てていく手腕は、(たまたま同日に観たからといって比べるのもなんだが)本日観た『最高の人生のはじめ方』以上の工夫、腐心、手腕を感じた→里芋と豚挽肉のそぼろ、ひじき煮付け(ニンジン、油揚)、寄せ豆腐(胡麻、うずらの卵)、ビール中瓶×1→風呂→『春雪』(監督:吉村公三郎。藤田泰子、沢村晶子、志村喬、沢村晶子、英百合子、山本清子、高橋貞二、佐野周二、龍崎一郎、東山千栄子、青山杉作、殿山泰司。1950、松竹)。表面的な感想から言えば、まず藤田泰子の美貌(顔の造作のみならず)が印象的で、名優がさらりとそれぞれの藝を披露する中志村喬の表現力が際立っている一本、ということになる。戦後の貧富の差を、そうした材料でもって描いた佳作、というのが一度観ての感想だが、全体を覆う人間の優しさの表現は、絵空事に見えないこともないが、手段はなんでも物語を綴る上で大切なことだとは思った。その優しさがあってもなお人間とはバカな存在である、というメッセージが、私には苦い味わいとして残ったが、どう見る向きが多いのだろうか→先日のCON : VIVOでI崎がくれたウイスキーをジガー一杯ロックで飲んでから就寝。午前3時頃。
10月27日(水) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→昼、 青梅に向けて出発。青梅街道に出るのに、甲州街道から環八の側道に右折し、本線と合流する手前の道を富士見ヶ丘に抜け、五日市街道から吉祥寺経由、というのを試してみた。なかなかよい選択だが、吉祥寺を抜けるのに少し混むので、五日市街道に出たら西荻窪を抜けて青梅街道(つまり五日市街道の西荻南第二を右折)、のほうがよいかもしれない→青梅街道に出てからはスイスイだったが、途中で尿意逼迫したので、立川からのモノレールの上北台駅のところ(上立野東)を右折し、東大和七小を左折して旧青梅街道に入って、〈満月うどん〉を目指す→〈満月うどん〉にて放尿と肉・きのこつけ汁うどん→あとは一路青梅へ。食事・手洗い休憩除いて二時間ほどで河辺の本日の宿に到着。三十分ほど早く入れてもらい、しばし休憩→四時半には宿を出て青梅駅へ。青梅線の南側に出てから奥多摩街道、立川青梅線、旧青梅街道と辿って青梅の町へ。徒歩三十分ほど。早めに着いたので酒場を探してうろうろし、ラーメン屋の〈トシマヤ〉、焼き鳥の〈銀嶺〉などの店構えに心惹かれるが、ゆっくり飲むほどの時間もなく、今回は諦める。あと道中にあったカレーうどんが有名な〈根岸屋〉(東青梅)、老舗蕎麦屋の〈玉川屋〉〈大正庵〉、焼き鳥の〈関忠〉など気になる店も多かったので、青梅はまたゆっくり訪れたいと思う→本日の会場の〈おうめシネマ〉は、〈cafeころん〉の店内を通り抜けて中庭の向こうにあるツリーハウス様の多目的レンタルスペースだった。到着すると本日の上映作『なれのはて』の粂田剛監督、音楽を担当した高岡大祐、青梅で上映のきっかけを作った〈ちゃんちき堂〉の久保田哲の三氏がおられて、まずはビール、となる(フィリピンビールを、結局全部で小瓶五本いただいた)。少し遅れて上映開始→『なれのはて』(監督:粂田剛。嶋村正、安岡一生、谷口俊比古、平山敏春。2021、ブライトホース・フィルム)。フィリピンに居残った困窮邦人を訪ねた作品としては先行作である書籍、水谷竹秀『日本を捨てた男たち』と比較しないわけにはいかないが、言葉は極力少なくナレーションでの説明もなく(説明は最低限の字幕のみ)、フィリピンの音と人々、それから全体的な空気感をなるべくそのまま伝えようとしたところに、書籍ではなく映画で取材対象を捉えた意味があるのだと思った。もちろん先に『日本を捨てた男たち』を読んでいたからというのもあるが、(多少は受け手の感情を制御しようとしたと思われる編集はあるように思ったが)過剰な物語の構築をせず取材対象の証言だけを組み立てながら、彼らの置かれた状況と、そこから日本とフィリピンの違い、フィリピンがなぜ帰りたくなる土地か、日本とはなにか/なぜ居心地が悪いのか、自分が同じような立場(それは日本人、フィリピン人のどちらも)になったらどうするか等々の問題をじわじわと突きつけてくる。派手さを捨てた分どれだけ話題になるかはわからないが、一見映画としてなにもしていない≠謔、でいながら、深い問いかけのあるドキュメンタリーと思った。取材対象の日本人たちの話す言葉にやや聞き取りにくい箇所があったが、公開に向けて整音中とのことなので期待→終演後は高岡大祐の生演奏(映画のエンドテーマをモチーフにした即興。葬送曲の趣を感じた)と、監督を交えた質疑応答→夜10時近くにお開きとなり、監督、高岡さん、高岡さんのお友達と私の四人でもう一杯。青梅駅前の〈ニューミスターラーメン〉という店に入ったが、餃子がまずうまく、それから店のおばちゃんが自分で育てたウリを浅漬けにした漬物がめっぽううまくて一堂バカになる。酒が進む進む。また地元の酒の澤乃井の熱燗がうまい。加えて五目揚げそば、チャーハン、その他一品を堪能→終電があるみなさんは一足先に帰り、私はお銚子もう一本もらって地元の人と少し会話しながら飲む。何を話したかは忘れた。歩いて帰るの億劫になり、駅前からタクシーで宿に帰還、即就寝。夜0時頃。深夜目覚め、水を飲んでは吐く。
10月28日(木) 朝9時半起床。10時半チェックアウト→お腹の調子が心配だったが、予定通り〈はらだ製麺〉に寄ってかてうどんの小とごぼう天。それから持ち帰りでうどん十玉、ごぼう天とニンジン天とかき揚げを二ケずつ、それと揚げ玉をお願いする→食後お腹の具合は大したことなさそうなので、これまた予定通りまっすぐ義父の墓所へ向かう。墓所の隣のスーパーマーケット〈綿半〉で花を買いついでにお手洗いを借り、墓参も恙無く済ませ、あとは帰途に着く。往復とも青梅街道一直線は飽きたので、新小金井街道から甲州街道、それから都道118号という道程を取る(甲州街道から都道118号に曲がるところをようやく把握)→午後1時半頃無事帰宅。荷解きしてビール小×2、揚げ枝豆、ペヤングソース焼きそば(生卵、ニンニク葱炒め)→午睡→起きてすぐごぼう天、ニンジン天、かき揚げ、目玉焼き、うどん、ビール中瓶×1.5→夜11時頃就寝。
10月29日(金) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→白菜と油揚のおつけ(生卵、ちりめんじゃこ)→老父の期日前投票送迎で三鷹市役所まで。マイナンバーカードの更新もあったので駐車場代が無料になるそうだが、それを知らずに駐車券をクルマの中に置きっぱなしにしてしまって四百円損した→老父を送り届けてから湧水で昼。ほたるいか沖漬け、穴子天ぷら、野菜天ぷら(山菜、茄子)、湧水もりそば→ガソリン入れてから帰宅し、我々の期日前投票へ。投票所近くのスーパーマーケットできのこ類だけ買って帰宅→『友だちのうちはどこ?』(原題『خانه دوست کجاست ؟(Where Is the Friend's Home?)』、監督:アッバス・キアロスタミ。ホダバフシュ・デファイ、ババク・アハマッドプール、アハマッド・アハマッドプール、イラン・オリタ、ビマン・ムアフィ、ラフィア・ディファイ、アリ・ジャマリ、モハメッド・ホシン・ルヒ、ハムダラー・アスカール・プール。1987、斯Kanun parvaresh fekri)。子供のことになどかまっていられないが、しかし躾にはうるさい大人たちと、そんな大人が理解しようとしない事情で大人の言いつけに背く子供を描いた映画、ではあるが、そこから観る者が何を得ればいいのかと考えると、わかるようでわからない。『トラベラー』と同じく、大人や社会に背いた結果どんな仕打ちを受けるのか(受けたのか)が具体的・直接的には描かれないが、『トラベラー』と比べると、子供は子供なりに考えて問題を解決したのだ、という安心感はある(結末のその先をいろいろ考えると完全には安心できないが)。そこに、『トラベラー』でもほの見えた監督の優しい視線を感じはするのだが、果たして。主人公の少年のおじいさんが語る教育論(というか躾についての考え方)は、素人を起用するキアロスタミだから、その人ご本人の考え方や経験に基づくものを喋らせたのかなとも思ったが、どうもそんなに単純ではないようだ。高値がついているが『そして映画はつづく』を入手して読んでみないとなんとも言えない→菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×1→晩のうどん用の汁を製作(はらだ製麺の汁をいつもの麺汁と水と酒で増量して、しいたけ、ぶなしめじ、舞茸、大根、葱、豚肉を煮込んだ)→風呂→『ホームワーク』(原題『مشق شب(Homework)』、監督:アッバス・キアロスタミ。アッバス・キアロスタミ。1995、斯Kanun parvaresh fekri)。学校の宿題について子供たちに同じような質問をして、その回答を順繰りに並べただけのようでいて、しかしその繰り返しの中からイランという国の教育の問題が浮かび上がってくる。映像的な操作をほとんどしていないようでいて、カメラマンの表情を何度も挿し挟みその表情の変化で何かを語らせたり、ミニマルミュージックのような進行の果てにイランの教育問題について一家言ある大人の証言をどーんと持ってきたりなど、実は巧みな映像的操作を駆使していることは理解できた。イランについてはほとんどなにも知らないので、監督が語ろうとしていたことについて論評することはできないが、ドキュメンタリー映画の手法という点については、大いに感服するところがあった→春菊おしたし、蒸しニンジン(胡麻油塩)、枝豆、トマト、鴨燻製、かき揚げ、肉・きのこつけ汁うどん(葱、大根、ぶなしめじ、舞茸、椎茸)、ビール中瓶×1.5、御酒×1→夜11時就寝。
10月30日(土) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→肉・きのこ煮込みうどん(葱、大根、ぶなしめじ、舞茸、椎茸、生卵)→11時頃、野毛に向けて出立→前回野毛を訪れたとき(今年の3月13日)と同じく、世田谷通りから駒沢通りまでの用賀中町通りが混んでたが、まあ1時間半ほどで野毛着→宿にクルマ置いて〈第一亭〉昼。チートのしょうが炒め、豚耳軟骨、パタン、ビール中瓶×2。今の私には、パタンのニンニクはちょいときついかな。ヤキソバのほうが好きだな→宿に戻って午睡→桜木町駅のほうまで歩いて銀行ATMでお金を引き出してから〈ダウンビート〉で一杯→それからひさびさに〈Sam's Bar〉。Yokohama Golden Weeksの結成11周年ライブ(半年遅れ)に遊びに。今回はオリジナルメンバー勢揃いとのこと。第一部はYGWのライブで、第二部はセッション。保土ヶ谷スリムというブルースシンガー兼ハーピストと5曲ほどご一緒させていただく。ブルースに乗せて『わたしの彼は左きき』『オバケのQ太郎』などを歌うのが面白い(ご本人はブルース原理主義者につけ狙われていていつか刺される、とおっしゃっていた)→〈Sam's Bar〉ではコロナ ×6。それから本日誘ってくださった酒井さんの案内で日本酒の店で三杯。さらに〈旧バラ荘〉で一杯。バラでは何飲んだかの記憶もなく、宿に戻ったとき、寝たときの記憶もなし。しかし酒井さんの会社の若者と飲み、爽やかに別れたのはなんとなく覚えている。
10月31日(日) 朝9時起床。宿酔いの腹痛→11時前にチェックアウトしたが、土産買いに行く元気なく、そのまま帰る。帰途はスイスイで一時間かからなかった。東京に着いたら雨→白菜と油揚のおつけ(生卵、ちりめんじゃこ)→午睡→シャワー→夕方からの〈ガーデンオブジョイキッチン〉での女将母子との会食の準備を始めようと思ったら発熱(37度5分)。このご時世発熱しての外出や会食はご法度なので、本日のお出かけは諦めて失敬することにする(O形のみ参加)→煮込みきつねうどん(油揚、椎茸、舞茸、葱、生姜)に納豆、もみ海苔、うずらの卵→寝ようかなとしたところにO形帰宅。スパゲティ・ミートソースとジャーク・チキンを土産に持ち帰ってくれたので、それぞれ半分ずつ食べる→選挙速報をだらだらと見てから、夜0時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記