2021年12月10日

12月まとめ(1〜10日)

12月1日(水) 朝6時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→二度寝して朝8時起床→9時出立。道中二回休憩、12時前水戸IC着。首都高に乗るのはずいぶんひさしぶりだったが、常磐道に出るのに、案内標識は6号向島線ではなく5号池袋線を示していて、それに従ったらなんだか遠回りになった。これなら最初からC2中央環状線に乗ればよかった→首都高に乗るのにやや混んだが、水戸ICまではすんなり。磯崎に教えてもらった〈にのまえ〉がちょうど通り道なのでちょいと寄って、鶏肝生姜煮、椎茸山椒煮、十割もりそば、ノンアルコールビール→宿(水戸京成ホテル)にもすんなり着いて、その辺でビール一杯やってからギャラリー〈ARTS ISOZAKI〉( https://www.facebook.com/profile.php?id=100041676165608 http://artsisozaki.main.jp/sp/ )にて、『伊藤公象ソラリスの海《回帰記憶》のなかで』を拝見。屋上の作品にとりわけ圧倒された。何か言葉にする必要はまったく感じなかったが、それでもギャラリーの人と家内とでなんだか話に花が咲いた→宿に早めに入れてもらい、〈にのまえ〉で買ったピコスで黒ビール→午睡→ 〈ARTS ISOZAKI〉に寄ったが磯崎出かけたあとだったので、そのまま約束した大工町〈山口楼〉まで歩く。鮟鱇のコースを堪能。七つ道具の友酢と肝を擦り流した漁師風仕立ての鍋には驚愕した。酒は冷酒の四合瓶×1とビール中瓶×2だけにしたが、満腹具合からいえばそれで正解。磯崎のお友達のうちということで負けてもらったが、次は手銭で正規の勘定で食べに来たい。この日の献立は、下関産とら福叩きと煮凍り、あんこう友酢(あん肝、柳肉、皮、水袋、えら、ぬの、ひれ)、鮟鱇柳川仕立て、肝仕立て漁師風あんこう鍋、あんこう唐揚げと青唐辛子、鮟鱇おじや、お香子、王冠メロン、黒糖羊羹、和三盆の甘露煮→磯崎遅れて到着したが、打ち合わせの流れで〈にのまえ〉でコース食べてきたとのことで飲酒のみ。我々が食べ終えるのを待ってもらってから、同じ大工町にあるバー〈サルト〉に移動。入り口を書棚の隠し扉にした、面白い酒場だった。お腹くちかったので、ジントニック一杯のみ→磯崎に送ってもらい(運転代行)帰館。即就寝。夜11時頃。
12月2日(木) 夜中地震で目を覚ます。音楽聴きながら読書→寝たり起きたりで、朝9時頃起床→家から持参した五種のダール、マトンキーマ、ジャポニカ米バスマティ米ご飯、うずらの卵、ピコス、ビール350ml缶×1→シャワー→昼は〈ぬりや〉。肝煮、うな重、ビール中瓶×1、御酒×1/2→〈京成百貨店〉の地下で土産の舟納豆買い、伊藤公象展記念チョコレートがあるというので〈ダルメゾン〉を訪ねてみたが、販売は来年との由。そのまま備前町を抜けて千波湖畔を散歩し、旧タクラ店からおかま坂を抜けて宿に戻る。九千歩ほどだったが、昇り降りが激しいのでけっこうな運動になった→午睡→12月の仕事(GI)の資料整理。短時間の作業だが、頭の中がスッキリした→夜は水戸東照宮の裏からおかま坂昇り、〈長兵衛〉にてもつ煮込み、もつ焼き(タン、とり皮、レバー、シロ、ハツ)、目光の天ぷら、ビール大瓶×1/2、御酒×2。店のガールズ(塩辛声のおばちゃんたち)も最高なら、大女将が早めに上がる際、「あたしゃ帰るよ」と言ったあとになかなか帰らずすべての客席を回る、JBのマントショウ的な引き際が素晴らしい。そして店のガールズたちにミックスナッツを配らせるので、もう一杯頼まざるを得なくなる→続いてタクラ店。バーボンのロック×3、締めにナポリタン×1/4。アストン・マーチンとホンダS-500のオーナーだという先輩や、三軒茶屋に住んでたことがあるという人と楽しく会話。タクラ君も元気でよかった→帰途はどう歩いたか記憶がないが、恐らく往きと同じか。日付変わる前には寝たようではある。
12月3日(金) ぎりぎりまで寝て、慌ててシャワー浴びて、朝10時半チェックアウト→袋田の滝などの観光はお預けにしてまっすぐ帰ることにする。水戸ICから常磐道に乗ってすぐ、友部SAで休憩。遅い朝食代わりにかき揚げ蕎麦を食べたが。おとついうまい蕎麦を食べたのでこれは失敗→あとは休憩なしに一直線で帰る。首都高に乗り換えてすぐ、小菅ジャンクションの手前でちょっと混んだが、C2中央環状線に抜けたらあとはほぼすいすい。やはり今はこれが便利か→無事帰宅して荷解きは後回しにして、まずはビール。朝ドラ消化してカップ麺等で昼にしてから午睡→暗くなってから起きて風呂→煮込みにゅうめん(ぶなしめじ、白菜、ニンジン等)食べて就寝。
12月4日(土) 朝9時頃起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→昨夜の汁の残り(生卵)、カレー炒飯→昼はぶなしめじとちりめんじゃこの煮込み花巻蕎麦→終日特に何もせず、夕方高円寺に出て〈ちんとんしゃん〉。柳家紫文師匠のお悔やみを兼ねてだが、飲み始めたらいつも通り。いつも顔を合わせる若者の祝言の日取りが決まったとのことで、そのお祝いも→飲み上げてから、先日TVで見たさぬきうどん屋に行ってみたが、満席とのことだった。カウンターなど片付ければよさそうなのに、なんか嫌な雰囲気を感じた→ならばとひさびさに〈鳥渡〉に顔を出す。金宮お湯割り三杯。一日の最後に楽しく過ごせてよかった。広瀬さんも元気そうでなにより→平和に電車で帰宅。帰宅後即就寝。
12月5日(日) 朝9時頃起床→宿酔いで終日横臥。本日は主に腹痛→昼は即席卵スープ(青海苔)、一昨日の汁の残り(溶き卵)で過ごしつつ、お粥煮る→午後遅くから復活してきたのでギター練習→風呂→甘塩鮭、ひじき煮付け、春菊おしたし、豚汁、粥(うずらの卵、錦松梅、舟納豆みどりこ)、ビール中瓶×1→夜0時頃就寝。
12月6日(月) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→豚汁、卵粥(ちりめんじゃこ)→中江クリニック受診。中性脂肪とγ-GTPが相変わらず高い(というか前回より少し上がった)。本気で酒を抜かないといけないなあ→薬局でクスリ受け取ってからいろいろ悩んだ挙句〈八兆〉で昼にしようと思ったが、寄ってみたらしばらく臨時休業とのこと。まあ多少の摂生にはなったか→帰宅して、その辺にほったらかしにしておいた鞄の整理やRESOLUTEジーパンの洗濯など→『東京流れ者』(原作:川内康範、監督:鈴木清順。渡哲也、川地民夫、郷えい治、江角英明、松原智恵子、日野道夫、浜川智子、北龍二、長弘、吉田毅、木浦佑三、伊豆見雄、二谷英明、玉川伊佐男。1966、日活)。制作年順で言えば、本作、『けんかえれじい』、『殺しの烙印』となるんだなと改めて認識。どちらかというと、『殺しの烙印』前夜というよりは、『俺たちの血が許さない』の路線の継承ということになるのではないかと思ったが、果たして。ずばっと省略したカット割とか、変な美術による変な世界観とか、その割には玉川伊佐男がいきなり爽やかに笑うとか、良い悪いなど関係なく独特の味わいと、やはり改めて思った。二谷英明だけ、今回観た印象ではなんだかあっさりした存在感で、あまりカッコよくもないように思ったが、また観たら印象は変わるかもしれない→菊水堂ポテトチップス、ピコス+生ハム、ひじき煮付け、うずらの卵二ケ、椎茸炙り(煎り酒)、納豆海苔巻き、豚汁×2、ビール中瓶×1、ホッピー×1→風呂。本を読んでたらにわかに眠くなり、ひとまず本を脱衣所に出したが、その後すっと眠ってしまった。顔を湯船に二回浸けたのはなんとなく覚えているが、なぜか誰もいない電車に乗っている夢を見ているところで起きた。危ない危ない→『渡世人 命の捨て場』(監督:松尾昭典。高橋英樹、柳瀬志郎、河野弘、八代万智子、大辻伺郎、安部徹、深江章喜、日野道夫、雪丘恵介、弘松三郎、中丸忠雄、嵐寛寿郎、奈美悦子、高橋明、榎木兵衛、田畑善彦、佐藤京一、芦田伸介。1971、ダイニチ映配)。話としては上州の新興ヤクザが国定忠次由来の利権を横取りしようという、まあよくある手合だが、そこを高橋英樹、大辻伺郎、中丸忠雄、嵐寛寿郎という役者の力でぐっと引き締めた感じの、私にとっては掘り出し物だった。特に大辻伺郎の調子のよさと嵐寛寿郎の立ち回りの、スピード感はないが重々しい感じが印象に残る。奈美悦子の初々しさも眩しい。悪役側の八代万智子が高橋英樹に少しも惚れたそぶりを見せないのと、終盤の殺陣がもっさりしているのがやや残念→映画観ながら金宮お湯割飲んでいるところにO形帰宅、土産のひょっこり焼き(鈴廣のかまぼこ)がおいしくて酒が進んだが、夕方5時でいったん飲み上げて食事も終えてから風呂でも浴びてまた寝しなにお湯割を飲む、という流れはよいかもしれない。午前1時頃就寝。
12月7日(火) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→豚汁、鮭雑炊(うずらの卵、針生姜、蒼葱、椎茸、磯海苔)→『続東京流れ者 海は真赤な恋の色』(原作:川内康範、監督:森永健次郎。渡哲也、吉田輝雄、橘和子、松原智恵子、杉良太郎、平田大三郎、白木マリ、井上昭文、野呂圭介、青木富夫、嵯峨善兵、金子信雄、荒井岩衛、水川国也、大庭喜儀、垂水悟郎。1966、日活)。なぜ鈴木清順が撮らなかったのかなという疑問がまず真っ先に浮かぶが、『けんかえれじい』と併映だったようなので、まあなんとなくそういうことかとは納得。しかし鈴木清順が撮らなかっただけで、独特の演出や美術がないだけでなく、渡哲也は大学生みたいだし、松原智恵子も白木マリも金子信雄も誰が演じてもいいような感じだし、なんだかどこにもおお!と印象に残る要素がなかった(野呂圭介がいつもの感じなのがよかったくらいか)。薄味、残念→『ちゃらんぽらん物語』(監督:堀内真直。中島そのみ、つくば兄弟、若井はんじ・けんじ、冨永ユキ、北あけみ、香山美子、伴淳三郎、三木のり平、山茶花究、城山順子、加東大介、フランキー堺、環三千世、神谷泰子、名和宏、木田三千雄、黒柳徹子。1963、松竹)。物語は私にはまあ割とどうでもよかったのだが(最後の最後で主人公が代議士に恵まれない子供たちへの眼差しを求めるところも、感動的というよりは取ってつけた感じ)、伴淳三郎、三木のり平の藝が楽しめるだけで満足。あと若井はんじ・けんじの漫才は貴重な記録ではないかと思う。中島そのみと北あけみの共演もそそられたが、『ニッポン無責任時代』ほどの印象はなかった。山茶花究や加東大介、フランキー堺、環三千世の印象が薄かった(見せ場はあるが)のも残念ではあったが、なにか捨てられない魅力を感じた→菊水堂ポテトチップス、煮干し出汁殻、鮭雑炊、生卵、わかさぎ唐揚げ、オニオンリング、生野菜(キャベツ、プチトマト)、ピコス生ハム巻き、豚汁、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×4→夜10時就寝。
12月8日(水) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→大根のおつけ、卵かけご飯(ちりめんじゃこ、錦松梅、海苔)→老父と昼食および買い物付き添い(〈湧水〉にてきのこおろしそば、サミット、クリエイト)→帰宅後風呂→『誰に恋せん』(監督:牛原虚彦。龍崎一郎、及川千代、高峰三枝子、相馬千恵子、若原雅夫、立松晃、伊達正、千明みゆき、見明凡太郎、水原洋一。1948、大映)。昨年観た際の「この映画の本質的な部分ではないかもしれないが、登場人物それぞれの品のよさが印象に残る。あとやはり登場人物の造形がバタ臭い感じなのは、日本人が意外に(現在私が昔の日本人に対して思っているほど)脂っこい人種だったのかもしれないし、あるいは欧米の映画をお手本にした結果かもしれない。学生時代の親友同士が戦争で明暗を分けたという物語にあまり深いものを感じなかったが(落ちぶれたほうがもっとうらぶれてないと、今の感覚ではピンと来ない)」という感想は今回も同じ。前回は「繰り返し観たくなる心地よさはあった」と思ったが、今回はそうは思わなかった。劇中、映画『会議は踊る』の挿入歌でもある『唯ひとたびの』(Das Gibt's Nur Einmal)が使われているのには、迂闊にも今回気づいた→菊水堂ポテトチップス、ひょっこり焼き、大根のおつけ、鮭粥(椎茸、青葱、針生姜)、磯海苔、舟納豆(蕎麦の実)、ビール中瓶×1→『逆縁三つ盃』(原案:吉井文太、監督:野村孝。加藤嘉、高橋英樹、鈴木ヤスシ、安部徹、藤竜也、和泉雅子、河野弘、内田朝雄、成田三樹夫、赤座美代子、郷えい治、木島一郎、露口茂、三田村元。1971、ダイニチ映配)。これまた新興やくざ横車もの。成田三樹夫がもうものすごくカッコよかったが、最後の立ち回りの設計がツボを外している感じで残念。全体的に、人間関係とか人死になどの設計が、どこにどういうポイントを置いて考えられているのかが不明確で、入り込んで観ることができなかった→『狐の呉れた赤ん坊』(監督:丸根賛太郎。橘公子、藤川準、阪東妻三郎、光岡龍三郎、羅門光三郎、寺島貢、谷譲二、阿部九洲男、見明凡太郎、松屋容齋、原タケシ、沢村マサヒコ、荒木忍。1945、大映)。特に阪東妻三郎と羅門光三郎の、体を張った動きの表現が印象的。言葉の応酬が心地よく、版妻の「真っ裸にだって幸せはあるんだ」といった台詞や沢村マサヒコの「ちゃんの肩車のほうがいいや」という台詞、そしてそれらに続く画面に感動を覚え涙を落とした。寅八(版妻)を一括する質屋(見明凡太郎)にもしびれる。傑作。質屋といえば、火鉢に彫られた「質々始終苦」という駄洒落が、台詞による説明など特になくときどき映し出されるのが可笑しい→茄子とピーマンの味噌炒め、金宮お湯割×2→夜11時半就寝。
12月9日(木) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→大根のおつけ、鮭粥(椎茸、青葱、針生姜)、磯海苔、納豆+生卵→経堂駅前〈タリーズ〉にてDUの方と打ち合わせ。お話を伺うと、未だいわゆる基本コンセプトが決まったような段階だったが、記事の内容はともかく表現する方向性はだいたい定まったし、また〆切も少し先になったので、大きな問題はなし。野毛に行って帰ってくる間に頭の中でイメージを固めて、週明けからまとめにかかろうと思う→〈スリマンガラム〉にて昼。2カレーセット(ギーダル、マトン、ライス)とビール小×1→〈魚真〉にて年末の注文書もらい、〈遠州屋〉で金宮一升瓶買って帰宅→『馬鹿まるだし』(原作:藤原審爾『庭にひともと白木蓮』、監督:山田洋次。ハナ肇、桑野みゆき、花沢徳衛、高橋とよ、渡辺篤、長門勇、水科慶子、三井弘次、関千恵子、犬塚弘、渥美清、藤山寛美、小堀明男、土紀洋児、穂積隆信、桜井センリ、石黒達也、小沢栄太郎、松本染升、桜むつ子、野々村潔、清水まゆみ、石橋エータロー、安田伸、久里千春、植木等。1964、松竹)。クレージーキャッツの起用の仕方といい、渥美清、藤山寛美らの扱い方といい、物語の運びといい、ほぼすべての登場人物の描き方といい、すべてが中途半端。笑いがひとつもないように感じたのは個人の感覚の問題かもしれないが、桑野みゆき以外の登場人物が(主役のハナ肇でさえ)物語を転がしていくためのコマにしか見えないことが本作のすべてに影響しているのではないかということは指摘しておきたい。桑野みゆきの「本当はみんなが思っているほど強くないのよ」という台詞のみ心に刺さり、印象に残った。しかしこれだったら、ごちゃごちゃとした要素を整理した上でハナ肇できちんとした『無法松の一生』を撮ったほうがどれだけ日本映画史に寄与したことか、などといらぬお節介まで考えてしまう→パパド、即席ラーメン、金宮お湯割×3→夜は〈ムリウイ〉にて田中邦和サックス・ソロを聴く。原点回帰ということで、今回はバス・フルートが一曲、ドゥボヤンカが一曲のほかはテナー・サックス中心。演奏も「There Will Never Be Another You」「ゴッドファーザーのテーマ」「Body and Soul」「家路」などスタンダードや耳に馴染んだ選曲だった。とはいえ演奏はかなりフリージャズ 寄り(テーマ+インプロのあり方が)だと言ってよいと思うが、楽曲に関する引き出しの多さ、深さや各楽曲に対する表現意図の中での演奏技術という点に、改めて感心・感動を覚えた。満足→〈ムリウイ〉ではホットバタードラム×2、ホットウィスキー×1。終演後店主も交えて少しゆっくりおしゃべりできたのもうれしい→往復とも徒歩。帰宅後また一杯やりながら(根野菜の蒸し物、パパド、ビール中瓶×1/2、金宮お湯割×3)、『野獣処刑人 ザ・ブロンソン』(原題『Death Kiss』、監督:レネ・ペレス。ロバート・ブロンジー、ダニエル・ボールドウィン、リーア・ペレス、エヴァ・ハミルトン、リチャード・タイソン。2018、米)。観終えてちょいと情報に当たっていて、本国米国ではオンデマンド配信だが日本ではこの邦題で劇場公開だったらしく、なるほどと納得した。ある意味日本のブロンソン・ファンを舐めた興行とも言えようが、ロバート・ブロンジーは顔こそ確かにそっくりだが芝居もアクションも失笑もので、しかしそれがブロンソン顔との相乗効果(という言い方でいいのか?)でなんともいえない味わいの笑いにじわじわ育っていくのはなんだか面白かった。話の骨子はわかったが、背景は想像に任された部分が多く、その辺の雑さ、緩さもなんだか笑えてくるのもその「相乗効果」の所為かもしれない。とはいえ、要所で物語の進み具合を説明するかのようなラジオDJが、実は引きこもりの放送機材オタクかなんかで、そいつの妄想の中だけでこの映画の物語が進行している、という設定で作り込むなど、もう少し頭を使って制作してもらいたかったとも思う→あまりに笑ったので、一応オリジナルのブロンソンを『狼よさらば』で確認してから就寝。午前1時半。
12月10日(金) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、メイプルシロップ→即席しじみ汁、鮭粥、磯海苔→『朱鞘仁義 鉄火みだれ桜』(原作:藤田五郎『姐御』、監督:斎藤武市。扇ひろ子、岡崎二朗、木浦佑三、安部徹、奈良岡朋子、田中邦衛、梶芽衣子、嵐寛寿郎、雪丘恵介、高野浩幸、吉原直樹、近藤宏、藤竜也、内田良平、西原泰江。1969、日活)。主人公の紺野愛(扇ひろ子)にあとひとつ華がない感じなのは、本人の所為か撮り方の所為か(あるいは私の目が曇っているのかもしれないが)。そのため、物語の中ではあんたがやってこなければこんなこんぐらがったことにはならなかったのではなかろうか、という印象を強く得てしまった。さらにその印象が、田中邦衛、梶芽衣子、内田良平などの輝きを減じてしまったとも思ったが穿ち過ぎか。そんな中で嵐寛寿郎と安部徹だけは他の作品に劣らぬ存在感を発揮していたのがさすが。藤竜也は労咳病み?のやくざという役どころということもあろうが、触ると切れそうなひりひりした迫力は、この時代の出演作の中では随一かもしれない。全作観ているわけではないのでむろん確かなことは言えないが、本作だけでそう言いたくなる芝居だった。主題歌「ひとりぼっちの唄」の「甘ったれちゃいけないよ/この世はひとりだよ」という箇所はなんだか印象に残った→鮭粥、舟納豆黒船→賄い当番としてしじみのおつけとマトンカレー(じゃがいも、ニンジン、玉葱、ココナッツファイン)製作→ということで、今晩はビール抜きで、しじみのおつけ、マトンカレー(じゃがいも、ニンジン、玉葱、ココナッツファイン)、ジャポニカ米バスマティ米ブレンドご飯、キャベツ千切り(黒胡椒、ウスターソース、白ワインビネガー)、岩下の新生姜オイル漬け、玉葱とピーマンのアチャール、F式らっきょう→風呂→白雪姫〜あなたが知らないグリム童話〜』(原題『Blanche comme neige』、原作:グリム兄弟『白雪姫』、監督:アンヌ・フォンテーヌ。ルー・ドゥ・ラージュ、イザベル・ユペール、シャルル・ベルラン、ローラン・コルシア、アガタ・ブゼク、ダミアン・ボナール、ヴァンサン・マケーニュ、ジョナタン・コエン、リシャール・フレシェット、ブノワ・ポールヴールド、オーロール・ブルータン、パブロ・ポーリー。2019、仏Gaumont)。『白雪姫』の骨子を現代を舞台に翻案した物語としては、よくできているなと思った。特に「7人の小人たち」にそれぞれちゃんとした人格がある点でまずそう思ったが、それはディズニー版(1937年)が最初か。でも「7人の小人たち」それぞれがそれぞれの流れで「白雪姫」に魅了されていき、神父以外はみな肉体関係を持つという話の流れは、やはり現代的と思う。それと「王子様」がいない点も。その辺を下敷きにしながら、誘拐され置いてけぼりにされた若い女性が人里離れた村でどうやって生き延び、どうやって自分の居場所を確保していったのか、という物語として眺めるととても面白い。そしてその結果、人里離れた村にどんな変化が訪れたのか、まで描いていたらもっと面白いような気もした(作中では、カフェの女主人に雇われるほかはほとんど「7人の小人たち」との交流しか描かれない)→午前2時半就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記