2022年01月10日

1月まとめ(1〜10日)

1月1日(土) 午前中起床→おせち(牛肉ごぼう巻き、栗きんとん、かまぼこ、伊達巻、黒豆+ちょろぎ、なます、田作、数の子)、雑煮(鶏肉、ほうれん草、もち)、ビール中瓶×1、御酒×1→午睡→おせち(牛肉ごぼう巻き、栗きんとん、かまぼこ、伊達巻、黒豆+ちょろぎ、なます、田作、数の子)、雑煮(鶏肉、ほうれん草、もち)、ビール中瓶×1、金宮蕎麦湯割り×5→夜10時頃就寝。あとは新年のお笑い番組を見たのみ。
1月2日(日) 朝9時起床→雑煮(鶏肉、ほうれん草、もち)→クルマにて、まずは老父宅訪ね新年のあいさつ及び年末に壊れたというTV関連書類とTVの注文に使用したであろう古いノートPCを受け取り→滝山団地にO形義母を迎えに行き、それから武蔵村山の義兄宅へお年賀。ちびっこたちから四世代が集まり、賑やかなお正月。みなこのコロナ禍中に元気でよかった。クルマなので飲めないのもあり、昼過ぎから二時間ほど滞在して慌ただしくおいとま。村山うどん(煮込み)、お煮しめをいただく→義母を送り届け、途中で灯油買って帰宅。往復とも新青梅街道が少し混んだが、復路は田無の辺りで南下したらあとはまったくスイスイだった→風呂→O形サイト更新(絵日記、トップページ、年度更新)→おせち(牛肉ごぼう巻き、栗きんとん、かまぼこ、伊達巻、黒豆+ちょろぎ、なます、田作、数の子)、マグロ赤身、村山うどん(雑煮出汁)、ビール中瓶二本相当、御酒×2→新年のお笑い番組、今のところは例年に比して低調の感あり→夜0時就寝。
1月3日(月) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→雑煮。卵落とした三杯めももらう。出汁が、さすがに四日めだけあって少し酸っぱくなっていたが、毎回食べる分だけ火を入れていたようだ。気をつけなければな→昼過ぎ出立し、F式氏宅にてお年賀兼新年会。K川さんご夫妻、ロケットマン、Hじゅん氏とひさびさに一献。バカ話に花が咲いてたいへん面白かった→途中から記憶ないが平和に電車で帰宅。帰宅後即就寝。
1月4日(火) 昼頃起床。普通の宿酔い。白湯→雑煮→『新春! お笑い名人寄席』。今年の新春お笑い番組は低調、とまでは行かないが、割と普通に面白い感じだな。残そうと思った藝はほとんどなかった→即席ラーメン(葱、おろしにんにく、生卵、海苔)→パット・メセニー・バンドの譜面をようやく印刷したが、用紙設定など間違えて憮然→風呂→ごぼう牛肉巻き、ほうれん草おしたし、数の子、田作り、煮込みうどん(油揚、大根、ニンジン、じゃがいも、レンコン、揚げ玉)、ビール中瓶×1→老父のTVの保証について、古いノートPCのメール履歴からようやく詳細わかったので保証会社に問い合わせ→夜0時過ぎ就寝。
1月5日(水) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→雑煮(油揚、大根、ニンジン、じゃがいも、レンコン、揚げ玉)→老父と昼食および買い物付き添い(〈すし三崎丸〉にて彩ちらし、あさり汁。コジマ、サミット)。懸案のTV故障は、保証会社からの返信にて結局保証期間外だったことが判明し(メーカー一年+五年ではなく、メーカー一年も含めて五年だった)、新たに購入することになった→帰宅して『瞳の中の訪問者』(原作:手塚治虫『ブラックジャッック』より「春一番」、監督:大林宣彦。山本伸吾、片平なぎさ、志穂美悦子、石上三登志、大林千茱萸、木村桂子(ピノコの声)、宍戸錠、長門裕之、月丘夢路、峰岸徹、藤田敏八、大林宣彦、安西拓人、三東ルシア、玉川伊佐男、山本麟一、ゴダイゴ、和田浩治、檀ふみ、ハニー・レーヌ、千葉真一。1977、東宝)。何度観ても珍品。主演の山本伸吾の芝居の下手さが気にならないくらい(いや気にはなるが)珍品であると思う。でも宍戸錠扮するブラックジャックは何度も観たくなるのが不思議。しかし今年最初の映画鑑賞がこれでいいのか→盛香珍蒜香青豆、菊水堂ポテトチップス、たこ焼き、数の子、田作り、大根と油揚のおつけ、カツ丼、ビール中瓶×2、御酒×2→夜10時就寝。
1月6日(木) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→大根と油揚のおつけ、餅(煎り酒、海苔)→富士自動車工業に車検依頼。ついでにクラッチの件(12年くらい前に壊れたので、そろそろかなと)尋ねてみたが、前兆なく壊れることが多いとのこと。一応クラッチ周りのオイルの漏れは点検時に見ているとのことなので、あとは壊れたときの心の準備をしておくしかないか。それとも壊れる前に替えることができるのか、それは引取時に聞いてみよう→旧小坂緑地で国分寺崖線を上り、無名塾から砧公園といういつものコースを辿ったが、雪模様が濃くなってきたので用賀で昼食にしてバスで帰ることにして、いろいろ物色してから最後に以前一度だけ訪れたことがあるネパール料理の〈カトマンドゥ〉を尋ねてみたら、韓国料理の〈味多楽〉という店に変わっていた(あとで調べたら用賀の線路の反対側に移転した模様)。せっかくなのでこの〈味多楽〉で昼(タッカンマリ定食、ビール小×1)。なんとも普通の感じの味で、おいしくはあったが印象には欠けた。夜行ってみたらどうだろうか→バス停に着いたら次第に雪が強くなってきたので、バスを待つのを諦めてタクシーで帰宅→風呂→『七変化狸御殿』(監督:大曾根辰夫。奈良光枝、宮城千賀子、美空ひばり、堺駿二、高田浩吉、山路義人、淡路恵子、西川ヒノデ、渡辺篤、有島一郎、E・H・エリック、伴淳三郎、小宮山鉄郎、フランキー堺、中村時十郎、西島惇子、川田晴久、広沢虎造、近衛十四郎、田中謙三。1954、松竹)。企画の骨子を思いついてすぐに撮ったという趣もあるが、笑いやとぼけた感じなどいい塩梅に抑制が効いている点は、個々の役者の腕ということもあるのかな、というのが最初に感じた感想。そして有島一郎と伴淳三郎の発する狂気がまた笑いと紙一重のいい塩梅だし、淡路恵子の悪女の快心ぶりもいい。日に気持ちよく素晴らしい正月喜劇→うずらの卵醤油漬け、田作り、ソーセージ、椎茸炙り、菜の花おしたし、即席長崎ラーメン(生卵)、ビール中瓶×1、金宮お湯割(菜の花茹で汁割)×3→夜9時起床。
1月7日(金) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→大根と油揚のおつけ、餅(錦松梅、胡麻油、海苔)→『ジョーズ』(原題『Jaws』、原作:ピーター・ベンチリー、監督:スティーヴン・スピルバーグ。スーザン・バックリニー、ロレイン・ゲイリー、ロイ・シャイダー、クリス・レベロ、ジェイ・メロ、ジェフリー・クレイマー、マーレイ・ハミルトン、ロバート・ショウ、ジェフリー・ヴーレーズ、リチャード・ドレイファス、リー・フィエロ。1975、米Universal Pictures)。恐怖を自由自在に操るかのような表現手法(子供の悪戯だったり、サメを捕まえようとしたバカな男たちがヘタを打ったあとサメが繋がっていると思われる壊れた桟橋の板が徐々に近づいてくるなども含めて)は、改めて見事。クイント(ロバート・ショウ)の語るサメの目の描写から主人公三人の男の友情が芽生えしかしそこにサメが、という展開と、そこからの死闘の描写も素晴らしい。サメをモチーフにした映画としてはそうした点での完成度があまりに高く、そのため却っていくつものバカサメ映画が生まれた(サメをモチーフに正面から撮っても敵わないから)という邪推すらしてしまう。ジョン・ウィリアムズの音楽が、テーマは別にして途中微妙に楽し気なのがいささか興を削ぐ点のみ残念か。まあこれもよく味わってみればまた別の感想を得るかもしれない→即席ラーメン(葱、生卵、海苔)→『ジョーズ2』(原題『Jaws 2』、原作:ピーター・ベンチリー、監督:ヤノット・シュワルツ。ロイ・シャイダー、ロレイン・ゲイリー、マーレイ・ハミルトン、マーク・ギルピン、アン・デュッセンベリー、ジョセフ・マスコロ、デイヴィッド・エリオット、マーク・グルナー、ジジ・ヴォーガン、ゲイリー・スプリンガー、G・トーマス・ダンロップ、ビリー・ヴァン・ザント、ゲイリー・ダバン、ジェフリー・クレーマー、ドナ・ウィルクス、スーザン・フレンチ、ハーブ・ミュラー。1978、米Universal Pictures)。前作と比べ、それほど緩んではいないが何かが抜けてしまったという印象。サメは怖いね、のほかに話の芯が通っている様子がなく、子供たちを中心に置くなら置くで子供たちの中の何かをサメに絡めて描かないと劇映画としての面白みがないように思うのだが、序盤でメガネの冴えない男子ふたりが思わせぶりな登場の仕方をしたりするもののそれは肩透かしで、父(ロイ・シャイダー)と息子(マーク・グルナー)の相克が薄っぺらく描かれているほかは子供たちを物語の中心に置いた意味がよくわからなかった。その結果、サメは怖いね、という恐怖をただ徒らに長引かせたような印象だけ残った。あとやはり、ジョン・ウィリアムズの音楽はテーマ以外は場違いな印象が強いような気がする→賄い当番。本日は飲まずに晩も軽くしようということで、ひじき煮付け(ニンジン)、納豆、セロリの葉と油揚のおつけ、ご飯を製作(あとうずらの卵(生)、あおさのり、錦松梅)。ついでに明日の献立のうちの五種のダールを製作→老父より電話あり、先日購入したTVは本日無事届き、話通り古いものは回収され、アンテナとの接続も問題なく完了との由。よかった→晩を済ませたのち、勢いに乗ってマサラポテトサラダ、茄子のアチャール、鶏キーマを製作。マサラポテトサラダはいつものバルサミコ酢切れてたので白ワインビネガーで代用、また牛乳を加えてみた。鶏キーマはスパイスはおざなりだが(クミンシード、カルダモンホール、パウダースパイスはコリアンダー×3とクミン、パプリカ、ターメリック×各1の基本配合)、マサラポテトサラダでジャガイモを茹でた際の粉末鶏ガラ出汁を加えて水分が飛ぶまで煮て仕上げにメイプルシロップとラム酒を加えてみたらなんだか深みが出た。工夫してみるものだ→風呂→『いいかげん馬鹿』(監督:山田洋次。織賀邦江、山本幸栄、織賀邦江、花沢徳衛、犬塚弘、岩下志麻、水科慶子、ハナ肇、桂米丸、関千恵子、荘司肇、殿山泰司、石黒達也、谷晃、石井均、桑山正一、松村達雄、穂積隆信、土紀洋児、川村禾門、なべ・おさみ。1964、松竹)。プロットをそのまま平板に撮っていったという印象。小説家・舟山和彦(松村達雄)が偽物かと思いきや本物だったという辺りが山なのだろうが、本物とわかったあとのカタルシスがまるでなかったのが痛いのではないか。ブラジル帰りのおじさん(海野茂平=桑山正一)のエピソードもまったく生きていないし。ハナ肇演ずる海野安吉の人のよさや岩下志麻扮するお嬢さん=i水上弓子)のお嬢さんっぷりなどはよいのだが、しかし海野安吉は水上弓子が終幕で述懐するほどバイタリティがあったり抜け目のない男とは思えないし(そういう男なら大阪でセコいタンカバイでくすぶっていないのではないか)、水上弓子は早くに母親を亡くして戦後もずっと田舎暮らしが続いていたのにいかにも岩下志麻的なお嬢さんに成長するというのもちょっと考えると解せないものがある。そもそも喜劇なのだろうが、日本でいう喜劇的な笑いがまったくなかったようにも思う。どこでどう心を動かしたらいいのか、よくわからない映画だった→映画観ながら小腹空いたので夜中に餅→午前2時半就寝。
1月8日(土) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→『愉快な仲間 赤ちゃん特急』(原案:有本靖彦、監督:西河克己。柳谷寛、大坂志郎、南寿美子、東恵美子、高品格、天草四郎、衣笠一夫、高友子、紀原耕、清水一郎、浅丘ルリ子、中山愛子、飯田蝶子、相原巨典、芦田伸介、岡田真澄、佐野浅夫。1956、日活)。長距離トラックの運転手が赤ちゃんを拾い右往左往とする軽い喜劇だが、運転手のひとり大坂志郎が、三人組の強盗(芦田伸介、岡田真澄、佐野浅夫)と対峙すると、さっと緊張感を走らせる、その芝居の塩梅がなんとも言えない。それほどの力作ではないと思うのだが、だから却ってか、こういう芝居を見ると映画は監督のもの≠ニいうが役者の力次第という側面もあると感じる(さきおとついに観た『七変化狸御殿』でもそんなようなことを思ったか)。芦田伸介、岡田真澄、佐野浅夫の三人がひと組の強盗、という配役もなかなかないだろうし、脇役陣の表す人情(人情味のある不人情もある)も普通にその辺にいる人たちみたいだし、プログラムピクチャーとして切り捨てるわけにはいかない佳作と思った→本日の晩(O形誕生祝い)の残りの献立を製作→『馬鹿が戦車でやって来る』(原案:団伊玖磨『日向村物語』、監督:山田洋次。松村達雄、谷啓、東野英治郎、穂積隆信、犬塚弘、飯田蝶子、ハナ肇、花澤徳衛、常田富士男、田武謙三、小桜京子、武智豊子、岩下志麻、小沢昭一、菅井一郎、高橋幸治、渡辺篤。1964、松竹)。山田洋次の「馬鹿」シリーズは、どうも私の手には余る。本作も人里離れた田舎に住む、バカで無責任で人の気持ちがわからない田舎の人の話≠ニしか思えず、それ以上の人間への興味も世間への批評的な視点も笑いや感動やその他人の心を動かそうという意思もほとんどなにも感じられなかった。あるいはハナ肇扮する主人公の境遇や村人からの扱いがそんなに疎外されていたり悲惨だったりようにも受け取れないし、よって戦車を隠し持ってることが村人にわからないわけがないとか(持っていることがわからないわけがない、というバカバカしさもなかった)、岩下志麻の存在が生きていないとか、テンポが悪いので戦車で暴れまくるカタルシスがまったくないとか、粗ばかりが印象に残ってしまった。しかしそれは山田洋次がそういうことを求めなかった、それが私の好みではなかった、ということでしかないのかもしれないが、であれば山田洋次がこの映画を作ることでなにを提供しようと思ったのが、それがわからない。役者も揃っているのに、小沢昭一の芝居以外「映画は監督のもの≠ニいうが役者の力次第という側面もあると感じる」という感じもしなかった。原作も書いた団伊玖磨の音楽のみ、音楽だけで聴いてみたいとは思った→晩の盛り付け準備。さすがにカレー四種、付け合わせ五種(さらにパッチャディ)だと、どういう段取りで温めたり盛り付けたりしたらいいか頭を使う→『ベスト・フレンズ・ウェディング』(原題『My Best Friend's Wedding』、監督:ピー・ジェイ・ホーガン。ジュリア・ロバーツ、ルパート・エヴェレット、ダーモット・マローニー、キャメロン・ディアス、スーザン・サリヴァン、レイチェル・グリフィス、キャリー・プレストン、フィリップ・ボスコ、エムエマ・ウォルシュ、クリス・マスターソン。1997、米TriStar Pictures / Sony Pictures Entertainment)。ジュリア・ロバーツとキャメロン・ディアスの人間くささといい、バカラックの音楽の効果的な使い方といい、ものすごくいい塩梅のラブ・コメディだった。よく考えたら実際にはあり得ないと思うような展開も、観ている最中はまったく気にならないし、風俗的には今となっては古く感じるものもあるが、それも観ている最中はまあどうでもいいやそれよりも話は、という受け止め方になる。何か深いものはないようで、「ベスト・フレンド」という存在とはどういうものか、と考察する機会を与えてくれるところも素晴らしい。本日はどちらかというと食事が主で横目で観ていることも多かったので(ということで、役者の登場順のメモも間違いが多いかもしれない)、またきちんと向き合ってみたい作品だった→五種のダール、マドラスマトン、鶏キーマ、生揚げと大根のラッサム、マサラポテトサラダ、茄子のアチャール、キャベツとセロリとピーマンのパッチャディ、トマトぶつ切り、マサラF式らっきょう、ジャポニカ米バスマティ米ブレンドご飯、パパド、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2→風呂→夜0時就寝。
1月9日(日) 朝10時半起床→五種のダール、マドラスマトン、鶏キーマ、生揚げと大根のラッサム、マサラポテトサラダ、茄子のアチャール、キャベツとセロリとピーマンのパッチャディ、ジャポニカ米バスマティ米ブレンドご飯、ポーチドエッグ→『NO SMOKING』(監督:佐渡岳利。細野晴臣、笠置シヅ子、コシミハル、伊賀航、伊藤大地、高田蓮、野村卓史、岡林信康、大瀧詠一、鈴木茂、松本隆、ヴァン・ダイク・パークス、高橋幸宏、矢野顕子、さまぁ〜ず、福田典子、高妍、新井英治、坂本龍一、田中章弘、羽島幸次、濱口茂外也、林立夫、村岡健、横尾忠則、松武秀樹、渡辺香津美、宮沢りえ、水原希子、水原佑果、小山田圭吾、マック・デマルコ、星野源、斎藤圭土、鈴木惣一郎、高野寛、三上敏視。2019、日活)。撮影も編集も大変だったろうなと思う反面、なんだか楽な仕事のように思えてしまうのは、素材となった細野晴臣という人がもともとわかりやすい、というかわかったような気にさせてくれる飄々とした印象の強い存在だからだろうか。おそらく実際はそんなことはなくて、わからない部分が多いはずだし、知られていない部分も多いのではないかと思うのだが、その辺に肉薄した様子がないのが(つまりすでに知られていることを並べたようなのが)、やはり楽な仕事に見えてしまう所以ではないかと思う。ただし細野晴臣本人を非常に魅力的に捉えているという点で、まだ何度かぼーっと眺めたいなとは思った→TV朝日『新婚さんいらっしゃい!』、桂文枝が今年三月で降板ということで、本日分より録画保存を始めた→『ひばり姫 初夢道中』(監督:大曾根辰夫。美空ひばり、高田浩吉、森川信、西川ヒノデ、小林重四郎、川田晴久、宮城千賀子、神楽坂はん子、永田光男、伴淳三郎、青山宏、鮎川十糸子、ミス・ワカサ、島ひろし、堺駿二、富本民平、林喜美枝。1952、松竹)。もはや感想を見つけるのが難しい類の映画ではあるが、美空ひばりがお姫様なのにどこであんなにたくさんの藝を身に付けたのだろう、という点は疑問と面白さと両方を兼ね備えていると思う。高田浩吉が歌わなかったのが残念だが、その分川田晴久が歌った、という感じか。しかし全体に、いい役者を揃えたのに活かしきれていないという印象はあった→菊水堂ポテトチップス、五種のダール、マドラスマトン、鶏キーマ、生揚げと大根のラッサム、マサラポテトサラダ、茄子のアチャール、キャベツとセロリとピーマンのパッチャディ、ジャポニカ米バスマティ米ブレンドご飯、ビール中瓶×2→『First Circle』、元音源にリズムのガイドを当ててみたり、譜面をシンプルに打ち込んでみたりする。身体に入るまでもう一歩という感じかな→風呂→『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(原題『Twin Peaks: Fire Walk with Me』、監督:デイヴィッド・リンチ。デイヴィッド・リンチ、クリス・アイザック、キーファー・サザーランド、キンバリー・アン・コール、リック・アイエロ、ゲイリー・バロック、パメラ・ギドリー、サンドラ・キンダー、ハリー・ディーン・スタントン、カイル・マクラクラン、デイヴィッド・ボウイ、ミゲル・フェラー、カールトン・リー・ラッセル、マイケル・J・アンダーソン、フランク・シルヴァ、フランシス・ベイ、ジョナサン・J・レッペル、ユルゲン・プロホノフ、デイヴィッド・ブリスビン、カルヴァン・ロックハート、シェリル・リー、モイラ・ケリー、ゲイリー・ハーシュバーガー、ダナ・アシュブルック、ジェームズ・マーシャル、レニー・フォン・ドーレン、メッチェン・アミック、レイ・ワイズ、グレイス・ザブリスキー、ヘザー・グラハム、エリック・ダ・レー、ウォルター・オルケウィック、キャサリン・E・クールソン、ジュリー・クルーズ、ヴィクター・リヴァーズ、フィービー・オーガスティン。1992、米New Line Cinema)。最初のTVシリーズのプロローグまたはエピローグという位置付けになるかと思うが、TVシリーズでよくわからなかったことがまあなんとなくわかりはするものの、それがわかったからといって作品の理解にはあまりつながらない、という代物であると思う。だからといってつまらないわけではないのだが、最初のTVシリーズを何回か通して観た上でこれを数回観ても、やはりなんだかよくわからない。でもよくわからないなりに楽しく、そして最初のTVシリーズをまた観返したくなる。そういえば『ツイン・ピークス The Return』を観ていなかったが、それ観てもやはりよくわからないようではある→金宮お湯割×3→午前3時就寝。
1月10日(月) 朝10時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→五種のダール、マドラスマトン、鶏キーマ、生揚げと大根のラッサム、マサラポテトサラダ、茄子のアチャール、ジャポニカ米バスマティ米ブレンドご飯、目玉焼き→ギター練習→一階の老父のノートPC片付けるついでにカホンで『First CIrcle』の出だしだけやってみる。ペダルの踏み加減が普通と反対なので(かかとで踏む)さじ加減がまだ難しい感じ→ベース練習。いい感じになってきたので「Cinema Paradise」「Smile」はベース行けそうですよと連絡したが、まずはカホンでの曲を完成させるのを優先となる。でもベース面白くなってきたな→『北京的西瓜』(原作:林小利/久我山通、監督:大林宣彦。ベンガル、もたいまさこ、萩原一則、林泰文、大島弘美、浅香光代、呉越、斉藤晴彦、峰岸徹、柄本明、笹野高史、木野花、薩谷和夫、藩慶林、楊暁丹、庄培元、南伸坊、許曄、黎涓、レイ・ハン、入江若葉。1989、松竹)。冒頭からベンガルやもたいまさこがきちんと芝居しているけれども、撮り方はドキュメンタリーというか現実の生活そのものを撮っているような風情があって(音声も含めて)、終盤まで奇抜な演出はないもののなにか混じり合わないものを混じり合わせているような引っ掛かりを感じさせられながら、しかし飽きたり嫌になったりせずに画面を追わせるのは、ひとつの藝というべきかもしれない。異文化で暮らしてきた同士の人情物語にほろりとさせられつつ、最後の最後で大林宣彦式の虚構の突き付け方が出現する辺りは、たまたま撮影期間に天安門事件が起きたことを、この映画にとってプラスの方向にぐっと引き寄せた力技も感じた。そうした点も含めて、感嘆すべき映画であると思う→菊水堂ポテトチップス、おかき、ソーセージピーマン炒め、うずらの卵のフライ、菜の花おしたし、マドラスマトン、大根の葉と油揚のおつけ、ご飯、納豆、海苔、ビール中瓶×2、ホッピー×2→夜11時頃就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記