2022年01月31日

1月まとめ(21〜31日)

1月21日(金) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→餅(海苔)→老父の銀行口座解約手続き付き添い。三鷹駅北口の銀行で、そこをクルマで訪ねるのは初めてで勝手がわからなかったが、予習通りで問題なし→帰途は〈ドラゴン〉に乗り付け、青梗菜と豚肉のオイスターソース炒め、イカ辛味焼そば(伊府麺)。三鷹市の老人に配られた金券にてご馳走になる→ガソリン入れて帰宅→小一時間ほど午睡→夕方4時から〈行辺〉で早めの晩。刺身(メヌケ、コハダ、ヤリイカ)、海鮮爆弾(なっとう、オクラ、温玉、たくあん、海苔)、総州三元豚白王バラ肉とキャベツのあっさり煮込み、ビール×1、宗元温燗×2。メヌケという魚は初めてだったが、淡白だけど脂が乗ってて歯応えもコリコリ一歩手前で、たいへんけっこうだった。宗元の温燗も好みであった→〈ダンケ〉でパン買って帰宅→しばし仮眠→B電子から本日もご用命いただいたので、パームレスト新製品の原稿の準備。ほぼできた→深夜おみやの海苔巻き(かんぴょう、かっぱ、明太きゅうり)つまんで飲みながら、まずは『エンタツ・アチャコ・虎造の初笑ひ國定忠治』(原作:小国英雄/菊田一夫、監督:斎藤寅次郎。廣澤虎造、川田義雄、ミルク・ブラザース、山田長正、神田伯竜、横山運平、曽我廼家満壽、森野鍛冶哉、神田千鶴子、高勢実乘、若宮金太郎。1939、東宝)。子分たちの行く末を案じて忠治が自らお縄を受けるとか、廣澤虎造が親分忠治の命令で自分の叔父の首を取るとか、そういう本来は心に作用しそうな話がまったく活きていないのが可笑しい。印象に残るのはエンタツ・アチャコのギャグの数々(炊事中に設備を壊す、投げた石が自分に当たる、凧に乗る、牢屋を出たり入ったり、ペンキ塗りたての扉に寄りかかって着物の柄が変わる、エンタツの屋台崩し、酒と肴をくすねる、木に登って喋ってたらその木がゆっくり引き倒されるもまだ喋っている、エンタツの鶏のマネ等々)と廣澤虎造の浪花節だけが強烈に印象に残る。しかしまたそれがよい→続いて『名人長次彫』(監督:萩原遼。横山エンタツ、花菱アチャコ、三谷幸子、横山運平、鬼頭善一郎、清川荘司、松尾文人、長谷川一夫、山田五十鈴、永井柳筰、志村喬、汐見洋、丸山定夫、花井蘭子。1943、紅系)。戦中国策映画だからだろう、エンタツ・アチャコのギャグはそんなに炸裂しないし、自分の腕に奢った名職人が勤皇の志士によって改心して護国鎮守の大日如来の製作に没頭するといった説教くさい内容。そのためか長谷川一夫にあまり輝きを感じなかったが、山田五十鈴はかろうじてまたこの映画を観たいと思わせる何かを放っていたかな。長谷川一夫扮する長次の鼻っ柱をへし折ったり、しかし弁天様としてまた現れるところなどは、映画体験として心地よい→映画観ながら酢昆布と朝食用のおつけ製作→朝方5時就寝。
1月22日(土) 昼過ぎ起床→白菜と油揚のおつけ、餅(葱)→午後までだらだら過ごす→B電子の原稿、ブライドルレザーについて一段落割いた原稿と短く済ませた原稿のふた通りを用意して送付→カホン練習(フットワーク中心)→風呂→納豆蕎麦(生卵、もみ海苔、葱)、白菜と油揚のおつけ→『「暗闇の丑松」より 初姿丑松格子』(原作:長谷川伸『暗闇の丑松』、監督:滝沢英輔。河野秋武、滝沢修、小沢慶太郎、清水彰、清水一郎、御橋公、石山健二郎、宮城千賀子、辰巳柳太郎、島田正吾、島崎雪子、外崎恵美子、久松喜世子、野村清一郎、香川桂子、千秋実、秋月正夫。1954、日活)→主人公の丑松が述べる女性に対する述懐については今はやりにくいだろうが、しかし物語を考えれば私はそう気にはならないし、終幕で(おそらく原作の戯曲とは異なり)恋女房の墓に後ろ髪ひかれつつしょっ引かれていく姿はそういう述懐があったからこそ胸を打つ。それにしても島田正吾、千秋実の芝居には圧倒されるし、芝居の印象は薄いが島崎雪子の美しさも記憶に残る。隅から隅までびしっと作った映画という印象だが、四郎兵衛がお米を手籠にしてから脅して女郎に叩き売る流れが台詞での説明のみという点だか、映画としては残念。終盤を少し整理すればその辺を絵で見せる余裕はあったのではないかと思う→『お熱い夜をあなたに』(原作:サム・テイラー、原題『Avanti!』、監督:ビリー・ワイルダー。ジャック・レモン、ハリー・レイ、ラファエル・モットーラ、ジュリエット・ミルズ、クライヴ・レヴィル、アントニーノ・ファア・ディ・ブルーノ、ジャンフランコ・バッラ、ジゼルダ・カストリーニ、ジャコモ・リッツォ、アルマンド・ジオヴァニョーリ、ヤンティ・ゾメール、ジャネット・エイグレン、フランコ・アカンポラ、フランコ・アングリザーノ、エドワード・アンドリュース。1972、米United Artists)。今回は、イタリア人の国民性を戯画化しているようで、アメリカ人を批評的な眼差しで見つめながら撮ったラブコメ、という趣と思った。浮気によって結ばれた親を持つ子供が同じ道を辿るというのも、冷静に考えればそれだけで苦味がある営みだが、その苦味を人生の妙味にうまくすり替えて撮った映画とも言えようか。いずれにせよ、観終えてたいへん幸せな気持ちになる主題、脚本、演出、芝居である。さすがワイルダー。主題曲はぱっと聴いて『You Belong to Me』かと思ったがぜんぜん違う曲だった→映画観ながらミートボールと大根里芋ニンジンの煮物、トースト(オリーブ油)、アンパン、御酒×3→午前3時就寝。
1月23日(日) 午前11時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→白菜と油揚のおつけ、卵かけご飯(海苔、錦松梅、すき焼きふりかけ)→DU仕事とつぜんの直し依頼あり。今日明日空いててよかった→『First Circle』の終わりが12/8×3かもとのことで、ガイド音源修正し確認依頼→DU改稿も大方片付く→『鎌倉殿の13人』、つまらないわけではないがちょいと面倒な気がして、私はパスすることにする。小池栄子は面白いのだが→『笑点』大喜利に桂宮治初登場。がんばっているなという印象。がんばっていてるのは三平もおなじだったろうが、宮治はさらにそれがきちんと場にハマっていた(なぜ三平はハマれなかったのだろう?)。それにしても大抜擢だな→『お熱い夜をあなたに』再見→菊水堂ポテトチップス、水戸ぎつね、肉団子と大根里芋ニンジンの煮物、鮭缶と新玉葱の和え物、即席ソース焼きそば1/2、ビール中瓶×2、御酒×3→『First Circle』の終わり、さらに12/8×3を三回、に直して送信→夜11時頃就寝。
1月24日(月) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→白菜とニンジンのチキンコソメスープ、目玉焼き乗せトースト、牛乳→午前中からDU改稿作業。財団ご要望の追記事項を元発言にも遡って確認したが、昼過ぎ完了し提出→カホン練習→風呂→『きっと、うまくいく』(原作:チェータン・バガト『Five Point Someone』、原題『3 Idiots』、監督:ラージクマール・ヒラーニ。R・マドハヴァン、シャルマン・ジョーシー、オミ・ヴァイディア、パリークシト・サーハニー、ラフル・クマール、アーミル・カーン、オミ・ヴァイディア、ボーマン・イラーニー、Rajendra Patwardhan、アリ・ファザル、Madhav Vaze、パリークシト・サーハニー、ムクンド・バット、ファリダ・ダディ、アマルディープ・ジャー、オリヴァー・サンジェイ・ラフォント、カリーナ・カプール、ジャヴェード・ジャフリー、アルン・バリ、モナ・シング。2009、印Reliance Big Pictures)。インドの工科大学を舞台にした青春映画。インドの出世主義や若者の自殺といったシリアスな主題を取り上げ、その重さを(実際はわからないが、おそらく)きちんと描きながら、それを細部まで考え抜いたと思われる物語構成と笑いで伝えてくる。傑作といってよいと思う。三時間近い尺はTVで観るには正直長いが(劇場公開の際は途中休憩があったようだ)、三バカトリオはじめ各登場人物の魅力的な描き方も含め、それでもまた観たいと思わせられる映画だった→菊水堂ポテトチップス、サモサ、キャベツと新玉葱の塩昆布和え、鶏胸肉ソテー、ピーマンソテー、たらこスパゲティ(刻み海苔)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1、ホッピー×3→夜8時過ぎ就寝。
1月25日(火) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→薄焼き卵乗せトースト→老父と昼食および買い物付き添い。本日は老父の住まいのすぐ近所にできた讃岐うどん屋〈さいじょう〉を試してみる(とりごぼう天うどん)。出汁はいりこの風味が強く少ししょっぱく感じ(昆布やかつおももちろん使っているとのことだが、まろやかさには欠けていたと思う)、うどんは歯応えやコシが控えめな感じ。讃岐うどんと考えると好き物には合格点に達していないのではなかろうかと思ったが、老父が気軽に通えそうな点を考えると、住まいの近所に店を開いてくれてよかったと思う。買い物はサミットのみ→灯油買って帰宅→B電子より予告のあった仕事(生産中止の最終告知)、以前書いたその予告を眺めていたら頭の中でまとまったので、叩き台としてざっと書いて送付→3/19のSembello(相模原メイプルホール)、詳細発表されたので、早速予約→カホン練習。『Time Functioning Patterns』の23の上段繰り返し(左足は8分の裏)と、『Smile』の基本パターン(左足は2、4)。だいぶできるようにはなったが、まだなにかのきっかけで左右の足の組み合わせが崩れてしまう→『存在のない子供たち』(原題『کفرناحوم』(Capernaum)、監督:存在のない子供たち。ゼイン・アル・ラフィーア、ファーディー・カーメル・ユーセフ、カウサル・アル・ハッダード、ナディーン・ラバキー、ヌール・アル・フセイニ、シドラ・イザーム、Joseph Jimbazian、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ、アラーア・シュシュニーヤ。2018、礼Sony Pictures Classics)。主人公の少年ゼインは出生届が出されていない=法的に社会に存在することを認められていないだけでなく、両親からも周囲の大人たちからもまったく子供として保護されていないし教育も受けさせられていない、とにかく過酷な境遇なのだが、その中で生き抜こうとする姿は、時に救いすら感じさせる。もちろんその「救い」に安心してはいけないのだが、現実と(映画的な)救いとの均衡を考え抜いたと思われる点は記憶しておきたい→菊水堂ポテトチップス、菜の花おしたし、どんこ炙り、煮物(鶏胸肉、レンコン、ニンジン、里芋)、白菜と油揚のおつけ、餅(海苔)、ビール中瓶×1、金宮水割り×3→夜8時過ぎ就寝。
1月26日(水) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→白菜と油揚のおつけ、ご飯、焼きたらこ、錦松梅、海苔→午前中カホン練習。昨日と同じく、『Time Functioning Patterns』の23の上段繰り返し(左足は8分の裏)と、『Smile』の基本パターン(左足は2、4)、それから『Rise Up』で使えるよう6/8の基本パターンで8分音符×3の真ん中でハイハット踏む練習。いずれも繰り返すごとにできるようにはなるが、続けていると右足が混乱してリズムが崩れる傾向にある。要繰り返し練習→カレーやきそば(サッポロ一番ソース焼きそば、キャベツ、ニンニク、うずらの卵、コリアンダー、クミン、パプリカ、ターメリック、ガラムマサラ)、牛乳→確定申告の書類制作をできるところまで。あとはDUから源泉徴収票くれば完了→『悲しみは空の彼方に』(原作:ファニー・ハースト『Imitation of Life』、監督:ダグラス・サーク。ラナ・ターナー、ジョン・ギャヴィン、テリー・バーナム、カリン・ディッカー、ファニタ・ムーア、ロバート・アルダ、ダン・オハーリー、スーザン・コーナー、サンドラ・ディー、トロイ・ドナヒュー、マヘリア・ジャクソン。1959、米Universal Pictures)。ラナ・ターナー扮する女優志望の貧しいシングルマザーがスターに上り詰めるという筋と、ファニタ・ムーア扮するやはり貧しい、しかしこちらは黒人のシングルマザーが娘との衝突に苦しむという筋を一本の縄に綯ったような映画だが、ファニタ・ムーアの人生がもっぱら娘との衝突とラナ・ターナーの家の世話しか描かれない点がバランスを欠いているようで、あるいはラナ・ターナーを巡る男関係だったり、ファニタ・ムーアの娘(カリン・ディッカー/スーザン・コーナー)の自分の人種についての葛藤もなんとなく舌っ足らず(なのに薄くはない)だったり、全体的に設計を誤ったような、捉えどころのないような印象を得るのだが、しかし終幕のファニタ・ムーアの葬儀の場面ではファニタ・ムーアが生涯を通じてどんな人たちとどんな風に付き合ってきたのかが想像させられ、感動して涙してしまう(葬儀でマヘリア・ジャクソンが歌うというのもあるか)。不思議な印象の映画だった→風呂→煮物(鶏胸肉、レンコン、ニンジン、里芋)、白菜と油揚のおつけ、ご飯、納豆→『下女』(原題『하녀』、監督:ギム・ギヨン。キム・ジンギュ、チュ・ズンニョ、イ・ユリ、アン・ソンギ、ナ・オクチュ、オク・キョンヒ、オム・エンナン、コ・ソネ、イ・ウンシム、チェ・ナミョン、チョ・ソックン。1960、韓)。主人公のひとりである男性音楽教師の小さな過ち(最初の段階では仕方がない対応とも言える)が玉突き式に(彼の家族のも含め)間違いの連鎖を引き起こしていき、結果として大して頭がいいわけではない人間(イ・ウンシムという女優の芝居、存在感が見事)のその場しのぎの態度に一家が支配されていく、その流れの組み立て方が素晴らしく恐ろしい。現実的にはそんなバカなと思うが、しかしバカにできない話であることは、人間の弱さが禍いした現実の事件でも示されていると思う。それを1960年の時点で明晰に組み立てているというのはすごいことではなかろうか。そうした筋立てできっちり撮っておきながら、最後に教訓噺として落とすところもにくい。美術や音楽は1960年代の日本映画を彷彿とさせるところがあって、この時期まだ国交正常化していないことを考えるとなかなか興味深い→『愛と死の記録』(監督:蔵原惟繕。渡哲也、中尾彬、吉永小百合、佐野浅夫、浜川智子、垂水悟郎、三崎千恵子、鏑木はるな、滝沢修、漆沢政子、芦川いづみ。1966、日活)。主にひとりの青年被爆者とその恋人の愛と死を通じて、原爆投下・被曝の残酷さが迫ってくる。敢えてひとりの被爆犠牲者に焦点を当てることで、原爆投下・被爆の残酷さやそれ故の悲しさが際立ったように思う。吉永小百合の芝居は、なんていうか、いつにも増して真実があるという印象だった。全力で走っているところを俯瞰で撮るなども効いていたように思う→午前3時就寝。
1月27日(木) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→ベーコンエッグ乗せトースト、牛乳→午前中、1/29のYGWの演奏曲目の復習(繰り返し聴いただけ)→カホン練習。メニューは昨日と同じで、続けていると右足が混乱してリズムが崩れる傾向にあるのも同じ。あと響き線を少し調整したら(ペダル側を締めた)、ペダルの低音がいい感じになった→『ラスト・ムービー』(原題『The Last Movie』原案:デニス・ホッパー、スチュワート・スターン。デニス・ホッパー、トマス・ミリアン、サミュエル・フラー、ステラ・ガルシア、ドン・ゴードン、ジュリー・アダムス、ロイ・エンゲル。1971、米Universal Pictures)。映画が現実に侵食していく様を描いた、当時としては斬新な発想の映画なのだと思うが、公開当時に観たかった。捉え方によっては『イージー・ライダー』と同じような分類に入る映画とも思うが、『イージー・ライダー』と異なるのは、斬新な発想ではない部分(ベタな部分とか、話を転がす部分とか、どうでもいい部分とか)の面白さ/つまらなさではないかと思った。しかし再見したら感想は変わるかもしれない→菊水堂ポテトチップス、即席ラーメン(海苔)、ビール中瓶×1→晩はひさしぶりに〈End Roll〉にて、サザエときのこのエスカルゴバター、コウイカのソテー菜の花トビコのドレッシング、全粒粉のパン、骨付き仔羊のロースト柚子胡椒のソース、イベリコ茄子モッツァレラのトマトソースパスタ、白葡萄種×2、ロゼ×1、赤葡萄酒×1。葡萄酒を料理に合わせておまかせにしたのは正解だった。店のご夫婦ともお元気でなにより。たいへん満足→帰宅したらDUより源泉徴収票届いていたので確定申告の書類作成完了→風呂→『下女』再見してから就寝。午前2時頃。
1月28日(金) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→ニンジンのチキンスープ(つぶしにんにく、生姜みじん切り)、ベーコンエッグ、End Roll全粒粉パン(オリーブ油)→カホン練習。メニューは同じ。少しずつコツのようなものをつかみつつある。同時にひとつの音を出すための身体の動きひとつひとつのすべてに物語というか意味というかそれを生むための何かというか、そういうものがあるのだといまさらながらに理解した→菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×1→『暁の脱走』(監督:谷口千吉。利根はる恵、若山セツ子、立花満枝、安雙三枝、山口淑子、池部良、深見泰三、柳谷寛、清川荘司、伊豆肇、小沢栄、黄飛、張落、黎家、島田友三郎。1950、東宝)。第二次大戦下、華中戦線における日本軍歩兵一個大隊を舞台に、日本の軍隊のバカバカしさを描いた作品ではあるが、そのバカバカしさの大半を小沢栄の芝居に頼っているという印象(池部良はじめ周囲の人間もある程度のバカバカしさを表現しているが、ほとんどは小沢栄扮する副官の存在や行動に引っ張られてのものと思う)。しかし小沢栄の芝居が見事なので、映画全体に物足りなさはない。ひっくり返して言えば物足りなさがないだけで面白みのようなものはなかったように思う。ただ、終幕の音楽だけが流れる部分の意図はわからなかった。脚本に黒澤明が参加→まかない当番。確定申告書はO形に投函してもらった→『ライフ・イズ・ビューティフル』(原題『La vita è bella』、監督:ロベルト・ベニーニ。ロベルト・ベニーニ、セルジオ・バストリク、ニコレッタ・ブラスキ、ジュスティーノ・ドゥラーノ、アメリゴ・フォンターニ、ホルスト・ブッフホルツ、ジョルジオ・カンタリーニ、マリザ・パレデス、ピエトロ・デ・シルヴァ。1997、伊Cecchi Gori Distribuzione)。ロベルト・ベニーニ扮する主人公グイドの頭の回転の速さは生きるための術に等しいと思ったが、その生命力を感じさせるスピード感がまず素晴らしい。そのスピード感があったからこそホロコーストの犠牲になる寸前の息子ジョズエに「これはゲームだ」と信じさせた、その説得力が生まれるのではなかろうか(ジョズエ役のジョルジョ・カンタリーニの純真無垢な表情は忘れられないだろう)。そしてあくまでも希望を失わず、笑いながら死んでいくようなロベルト・ベニーニの姿には、終幕の救いの場面(戦車の登場から母ドーラ=ニコレッタ・ブラスキとの再会)で涙を禁じ得なかった。傑作→タラモサラダ(新玉葱みじん切り、黒胡椒)、キャベツとトマトとオイルサーディンと塩昆布のサラダ、寄せ豆腐(オリーブ油、煎り酒、塩、生姜みじん切り)、酢昆布、ベーコンとどんことピーマンのペペロンチーノ、白葡萄種×1/2→明日の演奏のための音源整理しiPodにコピー→風呂掃除→明日の支度→午前2時就寝。
1月29日(土) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→ニンジンのチキンスープ(つぶしにんにく、生姜みじん切り)、ベーコンエッグ、End Roll全粒粉パン(オリーブ油)、牛乳→10時過ぎ出立。いつもの道で特に何もなく野毛着→〈第一亭〉で昼。チートのしょうが炒め、ホルモン炒め、ビール中瓶×2。すぐに混んできたので感染対策も頭をよぎり、そこそこで切り上げて〈東京庵〉に移動してたぬきそばと御酒×1→〈ちぐさ〉で珈琲→本日の演奏曲目をおさらいしつつ、野毛山公園までぶらぶら散歩→宿にチェックインして休憩→午後4時〈Sam's Bar〉入り。軽くリハして本番。一番手はスカンクちかのという横浜のブルースマンで、自分の身に起こった実話をブルースに乗せて歌うスタイル。曲目は失念したがゴスペルも数曲。ナショナルのリゾネーターギターの音色も相まって、なかなか聞かせられた→私が参加するYokohama Golden Weeksは、

01 Blues With a Feeling
02 Off The Wall
03 Telephone Blues
04 Kind hearted Woman
05 Key to the highway
06 Act like love me
07 Don't Start Me Talkin'
08 Too Late

という曲目。私はなるべく押さえた演奏を目指していたが、いざとなったらやはり少しはしゃぎ過ぎた(しかし主宰の酒井さんにはブルースだった、と言ってもらえて少しほっとしたが)→続けてギター弾きのお客さんやスカンクちかのさんを交えてセッション。ここはもっとはしゃいだが、セッションなのでまあいいか→サムさんにも献杯し(私はビール小×2、黒霧島ロック×2)、9時過ぎおいとま。酒井さんと昼に引き続き〈東京庵〉へ。刺身こんにゃく、田楽、カキフライ、もりそばで御酒×4くらい。なんだかすいすいとお銚子を空けた。楽しかったな→11時過ぎ宿に戻り即就寝。
1月30日(日) 目は覚めたもののなかなか起床できず。結局ぎりぎりの朝10時半起床→宿をおいとまし、〈第一亭〉で土産(チートのしょうが炒め、ホルモン炒め、ビーフン、やきそば)を購入。中華街に寄る元気はなく、まっすぐ帰る。帰途も特に混雑等なし→昼過ぎ帰宅。朝からなにも食べていなかったのでO形に即席ラーメン拵えてもらい(即席豚骨ラーメン(海苔、生卵、葱))、食べ終えてから午睡→風呂→チートのしょうが炒め、ホルモン炒め、ビーフン、やきそば、ビール中瓶×1.5→夜9時頃就寝。夜中に目が覚めたが、起床は一度もせず。
1月31日(月) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→豚バラホワイトシチュー(ニンジン、白菜、椎茸)、目玉焼き、全粒粉パントースト→カホン練習。留守中、DWのLowboyが届いていたので早速使用してみるが、ペダルを踏んだ感じが今までのハイハットスタンドとかなり違い(軽い)、戸惑いつつ小一時間。最終的には馴染み始めた、くらいのところで、本日の練習は終了→午後、新宿に出て〈新宿眼科画廊〉地下スペースにて翠座第19回公演『クロノス』観劇(脚本・演出 知江崎ハルカ。稲輪吉泰、北川まりも、高柳有希、竹田大将、知江崎ハルカ)。実年齢40歳の役者たちが、40歳の同級生同士を演じるという試み。不思議なハーブティによって過去の記憶(後悔)が現実味を持って蘇るという趣向を軸に物語が進むが、その後悔の記憶が過去の事件につながって、という辺り、ひと捻り入れた分いささか衝撃に欠けたような気もした。しかし主役に当たる登場人物を毎回変えてのマルチエンディングも試みているということなので、他の話の流れも観てみないと、そこのところの評価は簡単にはできない(後日、すべての主役・結末を配信するというので観てみようと思う)。過去の公開の記憶が再現される場面では、役者たちが場面に応じて何役もこなし、それはとても楽しそうで、観ているこちらも楽しい気分になった(好みはあろうが、なるべくわかりやすくベタな面白さ・楽しさを提供しようとしていたところは、私は好ましいと思う)。基盤となる話の組み立ても考え抜かれた感じで、過去の事件の記憶の衝撃≠ェ他の主役・結末でどう描かれるのかがわかれば、かなりすんなりと受け入れられる作品になるのではないかな、というのが、今のところの感想→高円寺に移動し、ひさしぶりに〈ちんとんしゃん〉で一杯。どこか吉行淳之介を想起させる先輩と新婚青年とご一緒。夕方5時からちょいと一杯のつもりが9時過ぎまで長っ尻してしまった。ちょっと浮かれて喋り過ぎたかなと反省。つみれときのこの粕汁、卵焼き、ビール中瓶×1、御酒×3→平和に電車で帰宅→カップ天ぷらそば啜ってから、『紹介、またはシャルロットとステーキ』(原題『Présentation ou Charlotte et son steak』、監督:エリック・ロメール。ジャン=リュック・ゴダール、アンヌ・クードレ/ステファーヌ・オードラン(声)、アンドレー・ベルトラン/アンナ・カリーナ(声)。1951/1960、仏Guy de Ray)。エリック・ロメールが『カイエ・デュ・シネマ』を刊行し始めた(1950年)直後の、いわば映画監督しての習作といえるか。撮影当初(1951年)にはサイレント映画として仲間内だけでの公開だったが、後年、ヌーヴェルヴァーグの監督たちが注目を浴びてから主演のジャン=リュック・ゴダールに加えステファーヌ・オードランとアンナ・カリーナによって台詞がアフレコされ、トーキー映画に作り直されたとの由。しかし台詞が入れられても話自体は習作と同じで、男ひとり女ふたりの関係を短くスケッチしたもので、これ一昨だけで特に感想を持つことはないように思った(面白い/つまらないだけでいえば面白いのだが)。その後ロメールとゴダールによりシリーズ作として続編?が撮られているから、そちらをきちんと観直さないとなんともいえない(映画冒頭に表示される説明字幕を一応メモしておく。Cette bande nous est parvenue sans noms d'auteurs ni d'interprètes. Certains détails des costumes permettent d'en situer approximativement le tournage en 1950 ou 1951./Nous remercions Eric Rohmer et Jean-Luc Godard, qui ont bien voulu accueillir ce sketch dans la série "Charlotte et Véronique".)→午前1時過ぎ就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記