2022年02月10日

2月まとめ(1〜10日)

2月1日(火) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→どんこと木耳とニンジンの中華風チキンスープ、餅(海苔)→カホン練習。Lowboyの扱いには一日でだいぶ慣れた。本日は『Time Functioning Patterns』の23の下段に進んだり、『Rise Up』向け基礎練習の6/8がBPM110でも行けるようになったり、まあ進展はあった。安定感はまだ今ひとつ、ふたつ→即席きつねうどん→『ベレニス』(原題『Bérénice』、原作:エドガー・アラン・ポー、監督:エリック・ロメール。エリック・ロメール、テレーザ・グラチア。1954、仏)。ポーの短編小説を映像化してみた、ロメールの映画作りに於ける習作、ではあろうが、ポーの世界の映像表現として完成度は高いと思った。大林宣彦の初期短編を観たときと同じような感触を得たが、大林宣彦は初期短編で用いた手法(あるいはそこで見られる個性)を後年の作品からも感じ取れるの対し、本作とロメール後年の作品に共通点を見つけることはできず、その点は大林云々という比較は当たらないのかな、と観終えてから思った→『レベッカ』(原題『Rebecca』、原作:ロバート・E・シャーウッド、監督:アルフレッド・ヒッチコック。ローレンス・オリヴィエ、ジョーン・フォンテイン、フローレンス・ベイツ、エドワード・フィールディング、レジナルド・デニー、ジュディス・アンダーソン、グラディス・クーパー、ナイジェル・ブルース、レオナルド・キャリー、ジョージ・サンダース、ラムスデン・ヘイア。1940、米United Artists)。タイトルにもなっているキーパーソンであるレベッカがまったく登場しないとか、ダンヴァース夫人が(ほぼ?)必ず気配なく主人公の横に忽然と現れるとか、浜辺の小屋の主であるベンの存在とか(実は精神を病んでいる)、謎が恐怖を呼ぶ演出にげんなりするほど感心する。主人公の「わたし」に名前がつけられていないのもまた、別の層の恐怖を彩っているようにも思った(考え過ぎか)→菊水堂ポテトチップス、焼き鳥(レバー、ねぎま、つくね、皮、軟骨)、タラモサラダ(新玉葱)、キャベツとトマトとオイルサーディンのサラダ、イカゲソ焼き、イカ肝焼き、イカと菜の花のスパゲティ、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×1、白葡萄酒×1/2→なんだか早くに寝た。夜9時頃だったか。
2月2日(水) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→風呂→どんこと木耳とニンジンの中華風チキンスープ、ベーコンエッグ、カレーパン1/2、ごぼうパン1/2→バスで渋谷に出て、シアターオーブにてアダム・クーパー版の舞台『雨に唄えば』を観劇。映画のオープニングをそのまま(本水で)やってほしかったとか、いろいろな感慨が浮かんだが、最終的にはほとんど叶えてくれていた。しかし主演のアダム・クーパーは決定版と言われるロンドンのウエスト・エンド版から主役を張っている人だったのか。なんだか踊りがパッとしないように思えたのだが、それは三階席からみた所為か、私の鑑賞眼が劣悪な所為か。しかしジーン・ケリーと意識的無意識的に比べてしまうのは仕方がないだろう。リナ役、キャシー役の女優には感心した(特にリナ役は最高)。あとコズモ役の人は、壁蹴りバック宙返りが一回だったのは残念だったが、舞台であれをやっただけでもたいへんなことだと思う。『Make 'em Laugh』の場面はよかった→帰途は千歳船橋に戻り〈End Roll〉で食べるか持ち帰り可能なら家で、と思ったが定休日だったので、往路と同じく経堂行きのバスで帰り、〈オダキューOX〉で葡萄酒とチーズとクラッカー買い、家でピザ取って映画の『雨に唄えば』を観ることにする→『雨に唄えば』(原題『Singin' in the Rain』、監督:ジーン・ケリー/スタンリー・ドーネン。ジーン・ケリー、ドナルド・オコナー、デビー・レイノルズ、マッジ・ブレイク、リタ・モレノ、ジーン・ヘイゲン、ミラード・ミッチェル、ダグラス・フォーリー、シド・チャリシー。1952、米MGM)。というわけで、この日渋谷シアターオーブにてアダム・クーパー版の舞台『雨に唄えば』を観たので、おさらいと思って観た次第だが、おさらいということを忘れて楽しんだ。ドナルド・オコナーの『Make 'Em Laugh』は奇跡だな→チーズ・クラッカー、チーズ、目光唐揚げ、菜の花おしたし、ピザ(ジャーマンポテト、サラーメ、チチニエリ)、ビール中瓶×2、赤葡萄酒×1/2、白葡萄酒×1/2→いつのまにやら就寝。葡萄種ボトル一本が限界になったか。
2月3日(木) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→どんこと木耳とニンジンの中華風チキンスープ、チチニエリ1スライス→老父の買い物代行(住居スタッフに新型コロナウィルス感染者が出たため、基本外出禁止となった)。通帳記帳とサミット。小一時間ほどで用事は完了→帰途、家のまあまあ近くの薬局(老父宅からの帰り道にある)で東京都の無料PCR検査をやっているとのことで寄ってみたが、一日の検査可能人数が5〜10人、たいていは朝のうちに終わってしまうとの由。朝9時開店とのことだから、家を8時くらいに出て並べばいいのかな?→どんこと木耳とニンジンの中華風チキンスープ、チチニエリ2スライス、ビール中瓶×1→『ヴェロニクと怠慢な生徒』(原題『Véronique et son cancre』、監督:エリック・ロメール。アラン・デルリュー、ステラ・ダサス、ニコル・ベルジェ。1958、仏Ajym Films)。映画とは直接関係ないが、「cancre」が邦題では「怠慢な生徒」だが仏和辞典では「劣等生」、しかしPETIT ROBERTを引くと「Ecolier paresseux et nul」と定義されていて、これをそのまま日本語に置き換えると「怠惰(無気力)で無知(無能)な小学生」なので、邦題はまあ妥当ではあるか。確かに勉強に対しては怠慢だが、勉強をサボろうということに対しては積極的なので(積極的に頭を働かせるので)、その辺を皮肉かつ諧謔的に捉えた題名なのかもしれない。そして家庭教師のヴェロニクも実は教えることに大して怠慢であるのが仄見えるのも面白い。エリック・ロメール流のものの見方、描き方が感じられる習作短編と思った→『パリのナジャ』(原題『Nadja à Paris』、原作:ナジャ・テシック、監督:エリック・ロメール。ナジャ・テシック。1964、仏Les Films du Losange)。ベオグラード出身でアメリカに帰化し、プルースト研究のためにパリに留学してきた女子学生ナジャの目を通してパリの姿を映し出すドキュメンタリー。ナジャ・テシックという女性が本人として登場するのでドキュメンタリーと思ったが、まあとにかくドキュメンタリー風に撮った映画ではある。ずっとナジャの一人語りなので、だから何、と思う場面がないでもないが、60年代のパリの風景を、演出的に切り取られた風ではなく眺めることができるのは楽しい。ジャン・ピエール・レオが出ているらしいが、初見では見つけられず(クレジットもなし)→『ある現代の女子学生』。(原題『Une étudiante d'aujourd'hui』、監督:エリック・ロメール。1966、仏Les Films du Losange)。1966年現在のフランスにおける女子学生の学業に関する諸事実を淡々と紹介するドキュメンタリー。事実を淡々と報告する以外にこの映画を制作する目的があったのかどうかやエリック・ロメールらしさが見て取れるのかどうかは、一度観ただけではわからなかった→新しいジンギスカン鍋を馴染ませたり、野菜切ったり肉切ったり、食卓に新聞紙敷いたり、晩の支度→菊水堂ポテトチップス、チーズ・クラッカー、牛ジンギスカン(牛脂、ピーマン、ニンジン、玉葱、もやし、ベルのタレ)、きしめん、舞茸と油揚のおつけ(生卵)、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×1、ホッピー×2→風呂サボって夜10時就寝。
2月4日(金) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→舞茸と油揚のおつけ(生卵)、餅(海苔)→最近の日記まとめ、自動車保険の更新手続き等→サッポロ一番ソースやきそば(ベーコン、もやし、ピーマン、ニンニク、生姜)→『モンフォーコンの農婦』(原題『Fermière à Montfaucon』、監督:エリック・ロメール。モニク・サンドロン。1967、仏Les Films du Losange)。なるほど、制作時期に開きはあるが、『パリのナジャ』や『ある現代の女子学生』と並んで女性の営みや女性を取り巻く環境(の変化)を捉えたドキュメンタリーを撮っていた、ということで、その辺は後年の劇映画の眼差しに通づるものがある、ということか。そう考えると『ある現代の女子学生』を観たときに感じた(本作でもだが)「エリック・ロメールらしさが見て取れるのかどうか」という感想の答えが見つかるのかもしれない。あとエリック・ロメールが教育者でもあることを考えると、1964年の『パリのナジャ』以降60年代を通じて年に2、3本くらいは短編ドキュメンタリーまたはインタビュー映像を撮っていたというのも、なんとなく納得がいく→晩の支度→風呂→『マロナの幻想的な物語り』(原題『L'extraordinaire voyage de Marona』(Marona's Fantastic Tale)、監督:アンカ・ダミアン。2019、仏羅白Cinéma Public Films)。まずは物語の深いところよりも、絵柄のセンスに脱帽。犬の目から見える人間の姿の造形に関する想像力がものすごい。そのセンスは人によっては特異に映るかもしれないが、しかしなるべく多くの人がこのアニメーション表現を見て、これが特異ではなく今までがただ自由を欠いていたということを考えるべきだと思った(ただしこれは日本の事情か)→キャベツとトマトと塩昆布のサラダ、鴨燻製(わさび)、牛肉煮物(葱、ニンジン、えのき、どんこ)、もやしと油揚のおつけ、ご飯、納豆、うずらの卵、海苔、ビール中瓶×1、御酒×4→夜0時頃就寝。
2月5日(土) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→もやしと油揚のおつけ、卵かけご飯(塩昆布、煎り酒)、海苔→カホン練習。いつものメニューに加え、6/8パターンの左右の手と右足を増やしたパターンを追加(ドンタカドカ、タンタカドカ、で、タカでハイハット踏むのは同じ)。混乱したが、最終的には120まで行けた→『獅子座』(原題『Le Signe du Lion』、監督:エリック・ロメール。ジェス・ハーン、ヴァン・ドゥード、ジル・オリヴィエ、ポール・コーシェ、ポール・ビシリア、ソフィ・ペロー、ジルベール・エダール、ミシェル・ジラルドン、ジャン=リュック・ゴダール、ステファーヌ・オードラン、クリスチャン・アレール、マーシャ・メリル、ジャン・ル・プーラン。1959、仏Les Films du Losange)。しくじった人のしくじった姿をそのまま(冷徹とも思えるカメラで)追い描きつつ、その視線は暖かいという、「喜劇と格言劇」シリーズで見られるようなエリック・ロメールの味わいが早くも感じられる長編第一作、と思った。そして本作でも取ってつけたようなハッピーエンドが訪れるのも楽しい。クロード・シャブロルが妻の祖母の遺産で起こした映画制作会社による制作で、その辺りの事情が物語に取り入れられているというのも面白い→チーズクラッカー、盛香珍蒜香青豆、オイルサーディンとニンニクのペンネ、ビール中瓶×1→風呂→『悪い種子』(原題『The Bad Seed』、原作:ウィリアム・マーチ、監督:マーヴィン・ルロイ。ウィリアム・ホッパー、パティ・マコーマック、ナンシー・ケリー、イヴリン・ヴァーデン、ヘンリー・ジョーンズ、ジョーン・クロイドン、ジョージ・クラーク、ジェーシー・ホワイト、アイリーン・ヘッカート、フランク・キャディ、ポール・フィックス。1956、米Warner Bros.)。マーク・レスター主演の『ナイト・チャイルド』(1972年。監督:ジェームズ・ケリー/アンドレア・ビアンキ)を彷彿とさせる物語だが、こちらは因果関係が明確。そして原作では主人公のローダが生き延びるのに対し、ヘイズ・コード(米映画界の自主規制条項)の関係で、本作ではあっと驚く(それはないだろうという)結末と、それに続く出演者紹介で終わる。それはそれで『下女』と同じ感覚で面白いのだが、やはり原作と同じ結末のほうが映画としては正解ではなかろうか。主人公ローダ役のパティ・マコーマックが子役ながら達者なのと、子供を亡くした母親役のアイリーン・ヘッカートの芝居が鬼気迫るのが印象に残る。あとアメリカの裕福で平和な家庭風景の中に悪意が潜んでいるという点は、その後のデイヴィッド・リンチ作品も少し思い起こされた→キャベツとピーマンと新玉葱の塩昆布和え、鴨燻製炙り、肉じゃが(ニンジン、玉葱、生姜)、もやしと油揚のおつけ、ご飯、納豆、ビール中瓶×1、御酒×1→夜11時頃就寝。
2月6日(日) 朝10時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→木耳と葱の中華スープ、卵かけご飯(海苔)→昼からカホン練習小一時間。最初のうちは進んだなと感じたが、6/8のタンタカタカは左右の手がひっくり返っているのではないかという疑問が生じるようになり(実際にはそんなことはないのだが)、いったんBPM90まで落として3分やってBPM2ずつ上げるというのをやってみたら、100くらいで自分に疑問を持たなくなり、最終的には110で気持ちよく叩けるようになった。これが明日になったらどうなっているだろうか→素うどん1/2→風呂→『ほえる犬は噛まない』(原題『플란다스의 개』(フラダースの犬)、監督:ポン・ジュノ。イ・ソンジェ、キム・ジング、ペ・ドゥナ、コ・スヒ、ファン・チェリン、キム・ホジョン、ピョン・ヒボン、クォン・ヒョクプン、キム・レハ。2000、韓シネマサービス)。団地で秘密裏に飼われている犬を巡る話、食えない(妻に食わしてもらっている)大学教員がどうにかして大学教授になろうという話、その妻の妊娠、うらぶれた職業だが夢や正義は捨てていない若い女、犬に仮託している老女、地下でうまいことやっている警備員、地下の住人、それらの話を塩梅よく並べて、観るものの感情を突いたり引き出したり、という手法がとても活き活きとしていたという印象。そのため少し忙し過ぎるが、だからといって不快や不満はない。長編第一作で、よくこんな良作を作ったなあと思う→鴨燻製炙り、えのきベーコン炒め(ニンニク)、水戸ぎつね、うずらの卵、肉じゃが(ニンジン、玉葱、生姜)、木耳と葱の中華スープ、ご飯、梅干し、海苔、ビール中瓶×1、御酒×4→夜10時過ぎ就寝。
2月7日(月) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→木耳と葱の中華スープ、ご飯、納豆、海苔→カホン練習。『Time Functioning Patterns』の24に挑戦。簡単なはずだが、左足を定期的に踏むとまだ混乱する。それと6/8は100から始めたが両足の組み合わせがテンポに着いてゆけず、またゆっくりからやり直し→寒くなったので手っ取り早く暖かいものをと、具なしで即席ラーメン→先日鑑賞した翠座第19回公演『クロノス』の配信を拝見。しかし音声の状態が悪すぎて、各役者での結末の細かいところが聞き取れなかったのが残念。再度ヘッドフォンで聞いて確認してみよう→『殺人の追憶』(原題『살인의 추억』(Memories of Murder)、監督:ポン・ジュノ。ソン・ガンホ、コ・ソヒ、ピョン・ヒボン、リュ・テホ、チョン・ミソン、パク・ノシク、キム・レハ、キム・サンギョン、チェ・ジョンニュル、ソン・ジェホ、Ok-joo Lee、パク・ヘイル。2003、韓CJ Entertainment。 いろいろ思うところはあるが、詰まるところ無駄な道のりを辿った挙句真犯人確保に至らなかったのは警察内部の事情であり、話がそこからあまり膨らんだり逸脱しなかったりという点で、凡百の警察映画の域を出ないのではないかなと思ったが、果たして。主題がわからないのは構わないのだが、なにを描きたかったのかが判然としないというか、田舎警察の粗雑な捜査のほかになにが描かれているのか(何で楽しませたり刺激を与えようとしていたのか)がわからなかったのが、私にとってはよい評価を渋らざるを得ない点であった→『ケロッグ博士』(原題『The Road to Wellville』、原作:T.コラゲッサン・ボイル、監督:アラン・パーカー。アンソニー・ホプキンス、ブリジット・フォンダ、マシュー・ブロデリック、ジョン・キューザック、ロイ・ブロックスミス、ララ・フリン・ボイル、ダナ・カーヴィ、マイケル・グッドウィン、トレイシー・リンド、マイケル・ラーナー、ジェイコブ・レイノルズ、カムリン・マンハイム、ジョン・ネヴィル、モニカ・パーカー、アレクサンドル・スランクスニス、マーシャル・エフロン、コルム・ミーニー、ノーバート・ワイザー、キャロル・シェリー、ジェマイラ・エリクソン。1994、米Columbia Pictures)。何度めかは忘れたが、もう新しい感想はないものの、毎度可笑しく鑑賞し(ライトボディ夫妻の取ってつけたような和解はいつも可笑しい)、ブリジット・フォンダ、トレイシー・リンド、ララ・フリン・ボイルの美しさに見惚れ、そして観終えてすべて忘れるわけだが、今回は特に、ダナ・カーヴィの怪演に改めて感心した。アンソニー・ホプキンス扮するケロッグ博士はコーンフレークの発明者であることに間違いはないが、事業化し会社を起こしたのは弟のほう(ウィル・キース・ケロッグ)であることを、迂闊にも本日初めて知った→チーズクラッカー、肉じゃが(ニンジン、玉葱、生姜)、ポテトフライ、骨付きフライドチキン、ピザ(ドミノ・シーフード・スペシャル、ニューオーリンズBBQチキン)、ビール中瓶×1、御酒×2、赤葡萄酒×1/2→夜10時前就寝。
2月8日(火) 深夜起床し、『ケロッグ博士』を復習(役者登場順を確認)→朝方就寝→朝10時頃起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→目玉焼き乗せピザ(ニューオーリンズBBQチキン)、トマトソテー→カホン練習用に『Smile』の打ち込みを完成させ、Pat Metheny Unity Groupの『Rise Up』とともにiPodに取り込み→で、カホン練習。『Time Functioning Patterns』を25まで進める(一拍めの右足を踏まず一拍めの裏に半拍ずらすだけだが、まだなかなか混乱する)。『Smile』は打ち込み音源に合わせてニュアンスの出し方などを研究。『Rise Up』の6/8は、テンポがだいたい126〜128くらいなので左足が不安、ということでハイハットを6/8の2と5で踏むのをやめ、基本のアクセント位置(6/8の4。スイングでいえば二拍四拍)で踏むことにした。結果、練習すべき基本パターンは

1・2・3・4・5・6・     1・2・3・4・5・6・
・・・・・・H・・・・・     ・・・・・・H・・・・・
R・L・R・R・L・R・ または R・RLRLR・RLRL
B・・・B・・・・・B・     B・・・B・・・・・B・

となった→風呂→『シネマ歌舞伎 喜撰/棒しばり』(『棒しばり』:坂東彌十郎、坂東三津五郎、中村勘三郎。2004年4月/『喜撰』:坂東三津五郎、中村時蔵、坂東秀調。2013年6月)。歌舞伎を収録映像で、しかもいろいろなアングルで、それも家のセコいTVで、となると魅力半減以下なのは必至だが、勘三郎の笑いと三津五郎の踊りでもって、半減以下になった魅力を補って余りあると素直に勘違いさせられる映像作品と思う。まあ単純に、劇場で鑑賞したのと同程度の喜びと満足感とを感じたような気持ちになる次第→『ダウンタウン物語』(原題『Bugsy Malone』、監督:アラン・パーカー。スコット・バイオ、ジョン・カッシージ、ハンプティ・アルビン・ジェンキンス、フローリー・ダガー、ジョディ・フォスター、シェリダン・アール・ラッセル、マーティン・レブ、ポール・マーフィー。1976、英Fox-Rank/米Paramount Pictures)。設定の面白さはもちろんわかるし、設定の面白さの奥にあるこの映画の核心についてもつかめるかなと思うのだが、私にとってはいつも観ているうちにするっと逃げられてしまうような映画。すべて子供だけの世界の中のギャングたちを描く(だから機関銃などはパイ投げだったり漆喰投げだったりするし、自動車も足漕ぎだったりする)という設定だけで引っ張るには少し弱過ぎて、しかし深いところに核心を持ってくると設定の面白さがぶれたように感じる、という感じか。理解できるまで繰り返し観たい作品ではある→菊水堂ポテトチップス、柿ピー、チーズクラッカー、チキンドライ、キーマカレー、ベジミールス(サンバル、ラッサム、クートゥ、ポリヤル、カラコロンブ、アッパラム、ピックル、ヨーグルト、ライス、チャパティ)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3、白葡萄種×1/2→夜11時過ぎ就寝。
2月9日(水) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→老父と昼食および買い物付き添い(〈なかじょう〉にてちくわ天うどん(ごぼう天、おろし生姜)、サミット)→週末の茅ヶ崎行きのためにガソリン満タンにして帰宅→すぐに散髪してもらいに〈GENT + HONEY〉へ。本日は飲酒を遠慮→〈ヨックモック〉で土産買って帰宅→風呂→『君も出世ができる』(監督:須川栄三。フランキー堺、高島忠夫、十朱久雄、藤村有弘、益田喜頓、有島一郎、浜美枝、中尾ミエ、沢村いき雄、雪村いづみ、アーネスト・A・リクター、マージョリー・M・リクター、ジェリー伊藤、植木等。1964、東宝)。端正な美術に黛敏郎の精緻な音楽、そして気の狂ったミュージカルシーンと純情な恋愛模様。昭和の高度成長期のにおいがぷんぷんとしているところも含め、日本のミュージカル映画の歴史にしっかりと名を刻む傑作と思う。時代故の貧乏くささも感じないではないが(その点は何度も繰り返し観る上ではいささか辛い)、左記の部分に加え益田喜頓、有島一郎、十朱久雄、藤村有弘までもが踊るミュージカルシーン、植木等が唐突に現れいつの間にか姿を消すミュージカルシーンは、それを補って余りある。繰り返すが傑作→『日本一の色男』(監督:古沢憲吾。清水元、植木等、田崎潤、人見明、久里千春、団令子、京塚昌子、ハナ肇、草笛光子、白川由美、石橋エータロー、桜井センリ、浜美枝、由利徹、犬塚弘、谷啓、淡路恵子、安田伸、藤山陽子。1963、東宝)。もっぱら植木等だけが活躍しクレージーの他のメンバーは脇を固めるでもなくちょい役という点は、紛れもなく日本一シリーズだが、日本一シリーズとしては第一作、そしてクレージー映画としては『クレージー作戦 くたばれ!無責任』のひとつ前で、シリーズは違うがまだ無責任シリーズのパワーが漲っている感じか。他のメンバーの活躍が見られない点は心残りだが、面白さがきちんとデザインされているという点ではクレージー映画全体での順位は高いのではないかと思うが、果たして。そして個人的には、植木等がモテるシーンを中心に好きなシーンがいくつもある作品→柿ピー、キーマカレー、チキン65、チャパティ、牡蠣とズッキーニと菜の花の炒め、うずらの卵、キャベツと油揚のおつけ、粥、梅干し、ビール350ml缶×1、酎ハイ×2、金宮お湯割×3→午前1時頃就寝。
2月10日(木) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→一昨夜のカレーとご飯、生卵、キャベツと油揚のおつけ→カホン練習。大きな進展はないが、なんとなくリズムに命が宿ってきた感じがしないでもない。でも明日から三日間カホン等に触れないのでまた一退はするだろうな。なるべく時間を見つけて手足の練習だけでもしよう→納豆そば(刻み海苔)→晩のひと品としてひじきの煮付けを製作→風呂→『早射ちジョー 砂丘の決斗』(監督:柳瀬観。土方弘、深江章喜、川地民夫、藤岡重慶、花村彰則、葉山良二、宍戸錠、宮部昭夫、野川由美子、進千賀子、小泉郁之助、柳瀬志郎、榎木兵衛、雪丘恵介、嵯峨善兵、天坊準、スチーブ・マンション、菅井一郎、A・モロス。1964、日活)。エースのジョーものとしては佳作ではあるが、早射ちジョーの正体を観客に明らかにするのが早過ぎるとは思う。まああのタイミングで知らせておいて、あとは敵方にいつバレるかという緊張感はあると思うが、しかしこの手の物語では大抵そういう展開になるのであって、それが薄々わかっているからやはりええもう? と思ってしまった。あるいは葉山良二の役どころを工夫して最後にひと捻り加えるか。しかしながら野川由美子が終幕で敵の拳銃を掏るところなどは少し杜撰で、宍戸錠や野川由美子はじめ登場人物の魅力や当時の実際の街の風景など魅力は感じるものの、やはりのめり込める映画ではなかった→『私は二歳』(原作:松田道雄。山本富士子、船越英二、鈴木博雄、倉田マユミ、潮万太郎、大辻伺郎、岸田今日子、渡辺美佐子、浦辺粂子、京塚昌子、浜村純。1962、大映)。山本富士子に船越英二とくれば、当時の日本の美女美男の代表だろうし、存在感のある役者でもあるわけだが、そのふたりを中心に置いてまるでホームビデオのような映像を作り上げたところに驚かされる。子供の誕生、成長と自分の親の死を通じて若い夫婦が一段成長するという物語が、まったく自然のものとしてすっと心に入り、感動させられる。子供(鈴木博雄)の可愛らしさもあるが、やはりかなりの名作と思う→ひじき煮付け(ニンジン、生姜)、空豆、ベーコンピーマントマト炒め(ニンニク)、鮭バターソテー、キャベツと油揚のおつけ、ご飯、納豆、ビール350ml缶×1、薄い金宮お湯割×4→夜0時頃就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記