2022年02月28日

2月まとめ(21〜28日)

2月21日(月) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→ピザ二種(フンギ、チチニエリ。計POCOサイズ×1/2)、すり流し玉葱とトマトのスープ→日記の校正とブログの更新→月見蕎麦(葱、揚げ玉)→味噌仕込みの準備。まずは仕上がり4kg分の大豆(1kg)を洗って4倍の水(4リットル)に漬け、それから重石に買ったペイパーウエイトを洗浄→台所仕事のついでに、晩用の野菜切ったりなど→風呂掃除と風呂→『抱きしめたい』(原題『I Wanna Hold Your Hand』、監督:ロバート・ゼメキス。ウィル・ジョーダン、ウェンディ・ジョー・スパーバー、ナンシー・アレン、スーザン・ケンダル、テレサ・サルダナ、マーク・マクルーア、ボビー・ディ・チッコ、マレー・ザ・K、エディ・ディーゼン、クリスチャン・ジャットナー、リード・モーガン、マイケル・ヒューイットソン、クロード・アール・ジョーンズ。1978、米Universal Pictures)。この映画の中では実際に登場しないビートルズ≠中心に置いた青春群像、という点だけで、まず面白い。その上で、「青春」を担当する役者たちの素晴らしいこと。若さというものを過不足なく表現しているのは、演出と役者の理解・力量が揃ってこそのことと思う。そういう点だけで感動させられる映画だが、細かいところでの笑いもよく効いている。ゼメキスの監督デビュー作とあとで知り、納得しつつ驚愕→キャベツとニンジンのサラダ、細切りじゃがいもと細切りニンジンの素揚げ、ラムセセリ肉と野菜のソテー(もやし、玉葱)、舞茸と油揚のおつけ、ベルのタレ卵とじご飯、納豆、海苔、ビール中瓶×1、ホッピー×2→夜0時就寝。
2月22日(火) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→味噌の仕込み開始。まずは大豆を煮る(3〜4時間)→舞茸と油揚のおつけ、卵かけご飯、海苔、酢昆布→エリック・ロメール作品の録画の画面の乱れを確認しながら味噌仕込み(今のところ『パリのナジャ』『獅子座』『春のソナタ』に画面の乱れがあったが、『春のソナタ』は今回の特集での放送終了してしまった。無念)。8時から大豆を煮始め11時前に上げ、30分冷ましたあと潰しと麹混ぜと仕上げで2時間ほど。洗い物も含めて午後2時に作業完了→即席ラーメン(具なし)→中江クリニックにて定期受診。血圧関係は特に問題なし。次の血液検査はまだ先のようだが、肝臓はなんとかしておかないとな。あとワクチン三回目、中江クリニックは三月一杯予約が埋まってしまったとのこと→クスリもらって〈あずまや〉でたこ焼き等買って帰宅し、追加で何品か製作→『最高の花婿 アンコール』(原題『Qu'est-ce qu'on a encore fait au Bon Dieu ?』、監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン。シャンタル・ロビー、クリスチャン・クラヴィエ、フレデリック・チョー、ヌーム・ディアワラ、メディ・サドゥン、アリ・アビタン、フレデリック・ベル、ジュリア・ピアトン、エロディ・フォンタン、エミリー・カン、クラウディア・タグボ、タチアナ・ロホ、パスカル・ンゾンジ、サリマタ・カマテ、フィリップ・ベグリア、ロイク・ルジャンドル、ヘディ・ブシェナファ。2019、仏UGC Distribution)。ひとつの家族の中に多人種・多民族・多文化の人間がいるという状況を屈託なくしかし的確に描いているように思わせるところは前作『最高の花婿』と同じ。そして(主に父親の)他人種・他民族・他文化に対する屈託のない偏見の可笑しさも、現実をよく捉えているように思う。その上で他人種・他民族・他文化の人たちがフランス、パリに感じる息苦しさを描き、さらに同性愛に関するある種の年代や立場の人間が持つ偏見も真っ直ぐに描きつつ、全体として嫌な感じを観客に与えないのは、よほど考えての制作と思う(もちろん観る人によっては不快感を感じるかもしれないが)。そういう背景の上で、父親が多人種・多民族・多文化の婿たちの移住への決意を金の力でねじ伏せるのはある意味痛快だし、婿たちもそうと知りながらそれを父親の熱意として受け入れるという展開も面白い。前作に引き続き傑作→たこ焼き五ケ(ぼうず)、寄せ豆腐(胡麻、葱と生姜みじん切り炒め、煎り酒と胡麻油)、ピーマン焼き、豚玉、ニンジンの煮物(大豆茹で汁、出汁醤油)、冷やしトマト、もやしと油揚のおつけ、ニンニク醤油やきそば(ひと口のみ)、ビール中瓶×1、ホッピー×2→本日はなんだか草臥れたので早々に就寝。
2月23日(水) 日付変わる前に起床→覚醒時に思いついたので、『Rise Up』のリズム練習用の譜面を制作(上段に6/8の2拍5拍のガイド、下段に実際に演奏する基本パターン4種を配置)→午前4時就寝→朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→もやしと油揚のおつけ、ニンニク醤油やきそば、目玉焼き→カホン練習。昨夜作った「『Rise Up』のリズム練習用の譜面」を試してみる。メトロノームに合わせて叩きながら6/8から4/4の感じ(実際は6/8の中で16分音符6つを1拍3連2拍分と解釈する)に移行するとリズムがわからなくなったが、最終的にはメトロノームをどう聞くのかがわかってきた→『冬物語』(原題『Conte d'hiver』、監督:エリック・ロメール。フレデリック・ヴァン・デン・ドリーシュ、シャルロット・ヴェリー、エルヴェ・フュリク、ミシェル・ヴォレッティ、クリスチャンヌ・デボワ、アヴァ・ロラスキ、ロゼット、ジャン・リュック・ルヴォル、マリー・リヴィエール。1992、仏Les Films du Losange)。信仰について考察した映画、であることはわかった。が、主人公が得た信仰と主人公のもともとの迂闊さや自分勝手さがどう関係するかとか、主人公が信仰を得ることを通じて何を受け取ればいいのかは、よくわからなかった(あるいは信仰とは自分勝手なものだ、という見解の表明か)。私のとっては難解さのほうを先に受け取る映画だったが、「エリック・ロメール監督『冬物語』における信仰と再生」という論文を見つけたので、あとで読んでみよう→『昆虫大戦争』(監督:二本松嘉瑞。キャシー・ホーラン、川津祐介、チコ・ローランド、マイク・ダーニン、ゲルマン・ライナー、新藤恵美、市村俊幸、ロルフ・ジェッサー、瞳麗子、上田忠好、青山宏、園井啓介、園江梨子。1968、松竹)。「昆虫の群れが、「核兵器をもてあそぶ人類は破滅する。しかしその巻き添えで破滅するのはごめんだ!」と人間を襲」うという発想は面白いし、とても教訓的な発想とも思う。が、それを表現する映画自体は、やはりスケールの小ささが否めない(アメリカ人と思われる外国人がみな吹き替えの日本語を喋るというのも、やはりリアリティを削いでいる)。ただし、「川津祐介が蜂に全身を噛まれるシーンがあるが、これは本物のミツバチに噛ませて撮影した」という点には触れておきたい(「」内引用はいずれもWikipedie「昆虫大戦争」より)→『最高の花婿』(原題『Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu ?』、監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン。クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビー、フレデリック・ベル、メディ・サドゥン、ジュリア・ピアトン、アリ・アビタン、エミリー・カン、フレデリック・チョー、エロディ・フォンタン、ロワク・ルジェンドル、エリ・スムーン、ヌーム・ディアワラ、パスカル・ンゾンジ、サリマタ・カマテ、タチアナ・ロホ。2014、仏UGC Distribution)。「ひとつの家族の中に多人種・多民族・多文化の人間がいるという状況を屈託なくしかし的確に描いている」「(主に父親の)他人種・他民族・他文化に対する屈託のない偏見の可笑しさも、現実をよく捉えている」と思わせられる点は、続編『〜アンコール』よりもより先鋭的と思う。むろんそう思うのは監督がこのテーマを採り上げた最初の作品だからで(といっても本作より前の作品は日本で紹介されていないので知らないわけだが)、続編でこのテーマの力や重さ、またこのテーマを取り扱う手腕が保たれているのは注目すべきと思うが、このテーマで続編の制作を可能にするまで人々を楽しませたというのはとてもすごいことだなと、改めて本作を観て思った。日本では本作と続編しか公開されていない模様だが、他の作品も観てみたいものだ→
菊水堂ポテトチップス、盛香珍蒜香青豆、チーズクラッカー、鯖缶、チーズ、鴨燻製、鯖缶、もやしと油揚のおつけ、鮭缶とピーマンとトマトのニンニク醤油スパゲティ、ビール中瓶×1、ホッピー×1.5、金宮酎ハイ×2→夜9時半就寝。
2月24日(木) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→風呂→老父と昼食および買い物付き添い(〈なかじょう〉にてほたて天うどん、わかめ、おろし生姜。サミット、クリエイト)→B電子仕事(メールの対応のみ)→夕方まず高円寺に出て、〈kyoya〉にてハンバーグステーキ200g(マッシュポテト、コーン、インゲン)、チーズハラペーニョ、赤葡萄酒×2。ひさしぶりだったがおふたりともお元気そうでなにより。リブアイロールステーキは、3月初旬に復活とのこと→阿佐ヶ谷まで歩いて、時間潰しに通りすがりの〈By The Way〉なる立ち飲みバーでギネスを一杯。個人店ではないが小さい会社が何店舗か運営する中のひとつで、ひとりカウンターに立つ青年がなかなか好青年だった。だるま座(最近O形がチラシのイラストを描いた)の関係者だったとのことで、びっくり→〈Yellow Vision〉にてTriptychs(内藤幸也 (g)、西村雄介 (b)、藤掛正隆 (ds))のライブ見物。今となっては懐かしいロックの(隠れた?)名曲の数々に現在の生命を吹き込むような、古のロックの荒削りな感じにそこから現在までに至る様々な音楽の繊細さをいい塩梅で混ぜ込んだような演奏。最高だった。ハイボール×2。あとMんちんさんの奢りで麦焼酎お湯割×1→一杯奢ってもらったが、眠くなり寒くて身体もがちがちに固まっていたため、二次会は失敬しておいとま。平和に電車で帰宅→翌朝の食事としてうどんなど買い帰宅。カップヌードルカレー啜って就寝。夜1時頃。
2月25日(金) 朝9時起床。白湯→煮込みうどん(きつね、生卵、春菊、ぶなしめじ、納豆、刻み海苔)→味噌仕込み第二弾。本日はO形中心→『ムーラン・ルージュ』(原題『Moulin Rouge!』、監督:バズ・ラーマン。ユアン・マクレガー、ジム・ブロードベント、ジャセック・コーマン、ジョン・レグイザモ、マシュー・ウィテット、デイヴィッド・ウェンハム、ギャリー・マクドナルド、カイリー・ミノーグ、キャロライン・オコナー、ニコール・キッドマン、デオビア・オパレイ、ケリー・ウォーカー、リチャード・ロクスバーグ。2001、豪米Twentieth Century Fox)。ムーラン・ルージュのイメージを壊すだけ壊し、かといって架空の魅力的なムーラン・ルージュを再構築したわけでもなかった。音楽の選曲に一貫性やデザイン性や(同じことか)他の様々なセンスが感じられず、一見凝ったような映像も、テリー・ギリアムやティム・バートンなどほんとうにこういう映像を作るのが好きな人の作品と比較すると、まったく好きで作っているようには見えなかった。ということで途中で飽きてしまったので、一応最後まで観はしたが、左記の感想はいい加減に観てのものだし、そもそもこの映画を「観た」とも言えないかもしれない→即席ラーメン(おろしにんにく、白髪葱、うずらの卵)→『バロン』(原題『The Adventures of Baron Munchausen』、監督:テリー・ギリアム。サラ・ポーリー、ビル・パターソン、エリック・アイドル、ウィンストン・デニス、チャールズ・マッキーワン、ジャック・パーヴィス、ジョナサン・プライス、スティング、ジョン・ネヴィル、ピーター・ジェフリー、ロビン・ウィリアムズ、ヴァレンティナ・コルテーゼ、ユマ・サーマン。1988、英Columbia Pictures)。人をさんざん幻想の世界に連れ回しながら、とつぜんまだ回想を語っている最中、という展開に笑う。たまたま『ムーラン・ルージュ』を観て、これはほんとうに監督がこの世界を好きで描きたくて撮ったのか? という疑問からテリー・ギリアムを思い出してこれを観た次第だが、好きというのはこういうことなのだなあと改めて得心した→きゅうりとクラゲの中華風サラダ、餃子、えのきベーコン巻き、鶏もも肉とぶなしめじとえのきの煮物、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2、ラムコーク×1、金宮酎ハイ×1→夜11時就寝。
2月26日(土) 朝目は覚めたが二度寝し昼頃起床→わかめと油揚のおつけ、卵かけご飯、海苔、酢昆布→『夏物語』(原題『Conte d'été』、監督エリック・ロメール。メルヴィル・プポー、アマンダ・ラングレ、グウェナエル・シモン、アラン・ゲラフ、イヴリン・ラハナ、イヴ・ゲラン、オーレリア・ノラン、フランク・カボ。1996、仏Les Films du Losange)。大した色男でもない普通の青年が、自分勝手な女性たちに振り回された挙句はからずも二股(三股?)をかけるような塩梅になり、(大した色男でもないのだからそんなに悩まなくてもよいと思えるのだが)逃げようと思ったところに渡りに船のような話が舞い込んでそれを口実に逃げるという、なんとも盛り上がらない恋愛模様を描いた映画だが、そのなんとも盛り上がらない感じがなんともよい。よいというか、すっと心に入ってくる。結局何を描こうとしたのかよくわからないが、印象には残る。アマンダ役のアマンダ・ラングレは、『海辺のポーリーヌ』のポーリーヌだったか→菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×1→野菜屑や鶏魚の骨で出汁を取り、冷蔵庫の余り物でカレー製作→風呂→『未来世紀ブラジル』(原題『Brazil』、監督:テリー・ギリアム。ピーター・ヴォーン、ブライアン・ミラー、シーラ・リード、プルーデンス・オリバー、サイモン・ナッシュ、キム・グライスト、イアン・ホルム、ジョナサン・プライス、マイケル・ペイリン、キャサリン・ヘルモンド、バーバラ・ヒックス、キャスリン・ポグソン、ロバート・デ・ニーロ、ボブ・ホスキンス、デリック・オコナー、ダイアナ・マーティン、ジャック・パーヴィス、エリザベス・スペンダー、ゴーデン・ケイ、イアン・リチャードソン、チャールズ・マッケオン。1985、米Universal Pictures/英20th Century Fox)。O形に見せるために再見。私としては新たな発見は特になし→菜の花胡麻汚し(ベーコン、ニンニク)、餃子、End Roll全粒粉パン、鶏もも肉鶏ささみ春菊ニンジンのカレーライス、わかめと油揚のおつけ、ビール中瓶×1、金宮お湯割(梅干し)×3→『クイズ!脳ベルSHOW特別編 脳ベルプロレスリング』を楽しく見てから就寝。プロレスはまったくわからないが、プロレスラーの面白さはわかる→夜0時頃就寝。
2月27日(日) 朝6時起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→風呂→鶏もも肉鶏ささみ春菊ニンジンのカレーライス(煮卵)、F式らっきょう→10時半頃出立し門前仲町へ。まずは富岡八幡の参道傍にある〈深川宿 富岡八幡店〉で昼。深川めし(ぶっかけ)と浜松風(炊き込み)の両方を供する「辰巳好み」をいただき、悪いものではなかったが深川めしで二千円強を取る、その意義はよくわからなかった。店の人の対応も人情味がなく、観光客相手の商売だなという印象。深川方面に出るということでちょいと調べて、ほんとうはお隣木場の〈深川一穂〉など土地に根差した人の深川めしを食べてみたかったが、有名店も一度訪ねてそういうことか、と理解するのは、一度でいいなとわかるとうことも含めて、無駄ではなかろう→〈江東区古石場文化センター〉にて、マツダ映画社主催の第763回無声映画鑑賞会「映画史上の傑作選」を見物。旧友坂本真理が音楽を担当し、坂本頼光が『戦艦ポチョムキン』を解説するというので観に行った次第だが、坂本頼光体調不良のため弁士が片岡一郎に交代。残念ではあったが、片岡一郎の解説も心に迫る名演だった。演目と感想は以下の通り→『噫々牧野省三先生』(監督等詳細不明。1929年、マキノ・プロダクション)。牧野省三の葬儀の様子を撮った映像。樗澤賢一弁士による説明は牧野省三の生涯の紹介が中心で、映像に寄り添った、例えばこの葬列に連なっているのが右から片岡千恵蔵に阪東妻三郎ご存知バンツマ=i喩えなので実際の映像に沿って書いたわけではない)、といった感じがほぼなかったのが、無声映画に生命を与え灯すのが弁士の役割と考える私としては、少し不満を感じた。とはいえ、貴重な映像と牧野省三の人となりを知る機会を得たことには感謝したい→『戦艦ポチョムキン』(原題『Броненосец ≪Потёмкин≫』(Battleship Potemkin)監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン。アレクサンドル・アントノーフ、グリゴーリ・アレクサンドロフ、ウラジミール・バルスキー、ミハイル・ゴモロフ、セルゲイ・M・エイゼンシュテイン、プロコーレンコ、ベアトリス・ヴィトルディ。1925、蘇Goskino)。子供の頃から何度か観ていて物語は頭に入っているし、作品から受け取る感情や作品に対する理解も自分なりに固まっている作品ではあるが、片岡一郎弁士の説明はその「作品から受け取る感情」のもっと奥深い部分を揺らしてくれるものだった。これが「無声映画に生命を与え灯す」ことではないかと思う。本作については、私は記憶ではショスタコーヴィチの交響曲第五番と第十番がついたものしか観たことがないのだが、坂本真理の様々なクラシック音楽やロシア民謡をモチーフにした演奏も、映画の金字塔的作品である本作に、観る者の感情に作用するこれまでにない滋味を与えていたと思う。テーマモチーフとして用いられたリヒャルト・シュトラウス『ツァラトストラかく語りき』については、本作とどう呼応するのか、(鑑賞しながらそういうことかと思ったものはあるにせよ)私にはニーチェの思想を今一度確認しないと正しく理解・評価できないが、そういう点も含めて無声映画に新たな解釈の伴奏をつけることの可能性を感じた。大きな満足を得た観賞だった→『カリガリ博士』(原題『Das Kabinett des Dr. Caligari』、原作脚本:カール・マイヤー/ハンス・ヤノヴィッツ、監督:ロベルト・ヴィーネ。フリードリヒ・フェーヘル、リル・ダゴファー、ハンス・ハインツ・フォン・トワルドウスキー、ヴェルナー・クラウス、コンラート・ファイト、ルドルフ・レッティンゲル。1919、独Decla-Bioscop AG)。カール・マイヤーとハンス・ヤノヴィッツの書いた脚本では、結末はカリガリ博士とチェザーレの犯行が明らかになり断罪されるというものだったそうだが、完成した作品はプロデューサーの圧力によって「精神を病んだ一青年の妄想という物語」(プログラムの澤登翠弁士の文より引用)に改変されてしまった。その本作の結末を、澤登翠弁士が原作脚本の通りに再改変し演じたというのが、本上映の白眉。澤登翠がプログラムで書いていた「(略)脚本は、強権的な人物、存在への反抗を根本的な主題としていましたが(略)しかし、この改変自体が、マイヤー、ヤノヴィッツの描きたかったテーマを皮肉にも表しており、現代の私たちは二重の意味で『カリガリ博士』の持つ普遍性を知ることになったのです」という述懐を、まさに実感できた上演だった。坂本真理の演奏は、テーマとして選んだバルトーク『ミクロコスモス153番』がよく効いていて、そしてシンセサイザーの音色が、日本の1980年代を通過したドイツ表現主義という趣で、本作の雰囲気によく合っていると感じた→坂本真理にご挨拶しておいとま。それにしてもよい鑑賞会だった→どこにも寄らずまっすぐ帰宅。帰途、千歳船橋で〈End Roll〉にてスパイスパン、〈イオンリカー〉で赤葡萄酒とチーズ、〈結〉で鶏の唐揚げを購入→『花形歌手 七つの歌』(監督:枝川弘。江利チエミ、神楽坂はん子、津村謙、近江敏郎、美空ひばり、田端義夫、越路吹雪。1953、大映)。芸能プロダクション?の社長が、花形歌手の歌唱を収めたテープを盗まれてしまい、ラジオ局?への納品に間に合わない(納品できないと借金が返せない)。そこで各人気歌手が歌っている現場に忍び込み、こっそり録音した歌で間に合わせよう…… という物語の中で七人の歌手のヒット曲を紹介していくという映画だが、正直なところ、背景となる物語や小芝居は必要だったのか、という疑問は残る。それでも江利チエミと越路吹雪は登場して歌い始めるだけで画面に目が釘付けになるが、他の歌手についてはそういうこともなかった。まあ珍しい映画だしこういうものがあったことを知ることができただけでも幸運ではあるが、せめて歌手をもっと魅力的に見せる工夫はなかったのかなとは思う→菊水堂ポテトチップス、トマトと新玉葱とピーマンのサラダ、鶏唐揚げ、チーズ、スパイスパン、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2、金宮酎ハイ×1→夜10時過ぎ就寝。
2月28日(月) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、梅もどき→鶏もも肉鶏ささみ春菊ニンジンのカレーライス、目玉焼き、F式らっきょう→午前中かけて昨日の映画鑑賞と日記をまとめ→『白い波』の6弦ウクレレでの演奏を検討。単に4度上がるだけなのだが、コード・ポジションを把握するのに時間がかかってしまった→菊水堂ポテトチップス、納豆そば(うずらの卵、葱、もみ海苔)、ビール中瓶×1→風呂→『恋の秋』(原題『Conte d'automne』、監督:エリック・ロメール。マチュー・ダヴェット、オーレリア・アルカイス、イヴ・アルケ 、マリー・リヴィエール、ベアトリス・ロマン、アレクシア・ポルタル、ディディエ・サンドル、ステファーヌ・ダルモン、アラン・リボール。1998、仏Les Films du Losange)。中年独身女性のお相手を、別に相談されたわけでもないのにその友人と息子の恋人が探すという、なんともおせっかいな話だが、そのおせっかいがなんだか可愛らしい。そしてそのおせっかいを当事者は知らないから、不可解な状況になりことは成就しないかに見えて、いつの間にか気持ちが解れているというのもまた可愛らしい。ロメール作品らしい人間の可愛らしさ、可笑しさを、また新しい角度から描いてみた、という趣か→じゃがいもとニンジンの細切り揚げ、うずらの卵ベーコン巻き、ピーマンソテー、チーズ、End Roll全粒粉パン、ひと口ご飯、佃煮(たらこ、葉唐辛子、上あみ)、金宮お湯割(梅干し)×3→酔が回ったところで6弦ウクレレの弦を交換したくなり、途中でで面倒臭くなったがなんとか完了。午前3時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記