2022年04月20日

4月まとめ(11〜20日)


キャンセル連絡、クルマで玉川病院、福田純『大日本スリ集団』、仕事再開、根岸吉太郎『ウホッホ探検隊』、〈夢亀ラーメン〉にて病院を紹介してもらう。

4月11日(月)朝10時頃起床→水曜日の老父買い物付き添い。金曜日の取材、土曜日のバンドリハーサルそれぞれキャンセルの連絡→寝床でキャベツのおつけ、卵かけご飯、海苔をかっ込みクスリ飲んで就寝→午後目が覚めた際、塩パン、クロワッサン、牛乳でクスリで就寝→夕方起きたら痛みが治ってはいないが軽くなっており、食卓に着いて豚こまキャベツピーマンうずらの卵のとろみ炒め、ひじき煮付け(ニンジン)、春菊と海苔と鮭缶のサラダ、キャベツのおつけ、冷や汁でビール中瓶×1。ようやく30分ほど着席していられるようになった→食後即就寝。時間失念したが夜早い時間。
4月12日(火) 朝8時半起床→キャベツのおつけ、卵かけご飯、納豆、海苔、かつぶし佃煮→午前中は横臥。iPhone用のテキストエディタを入手し使い勝手を確認。寝たきりでも来週の書き物仕事に支障はなさそうだ→冷や汁かけ稲庭うどん→椅子に座ってるのが苦ではなくなってきたので、午後は録画整理(ギターも弾いてみた)。やっと普通に歩けるようにもなってきたが、まだ痛みの予兆は走るし、右脚からフッと力が抜ける瞬間もある→夕方風呂。4日ぶりか。階段も恐々ながら、二本足で昇降できた→塩豆腐ときゅうりのサラダ(茗荷、紫蘇)、茄子味噌炒め、豚生姜焼き、ベーコン焼き、トマト、たぬき煎餅(しょうゆ狸、元気狸、ごま狸)、ビール中瓶×2、ホッピー×2→食事中、映画一本(村川透『野獣死すべし』)見たが、椅子に座っている苦痛はまったくなくなっていた。また酒も、日月とほとんど飲まなかった所為だろう、物足りないくらいだった→その他TV番組見てから、夜11時過ぎ就寝。
4月13日(水) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー、アサガラ。朝のお勤めも復活→玉川病院でもらった鎮痛剤(ロキソプロフェンNa錠)と神経に作用する薬(タリージェ錠)は昨夜で終わり。本日の症状はどうなるか→菜の花と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、温泉卵、海苔→午前中横臥→昼、カップヌードルカレー啜りながら三遊亭白鳥『豊志賀ちゃん』。面白いが保存して繰り返し鑑賞(復習)する類ではなかった。寄席などでたまたま遭遇したら面白いだろうな→いったん三階に上がってみたが、PCで仕事するまでは快復しておらず、午前中に引き続き横臥時読書など『みみずのたはごと』再読→午睡→風呂。徳富健次郎『巡礼紀行』読み始める→茄子炒め(茗荷、酢醤油)、ポテトサラダ(新玉葱、ニンジン)、空豆、うずらの卵ベーコン巻き、水戸ぎつね、チーズ、菜の花と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→『いとこ同志』(原題『Les Cousins』、監督:クロード・シャブロル。ジェラール・ブラン、クロード・セルヴァル、ジャン・クロード・ブリアリ、ジュヌヴィエーヴ・クルニー、ステファンヌ・オードラン、フランソワ・ヴァタル、ミッシェル・メリッツ、ジュリエット・メニエル、ギ・デコンブル、コラド・グアルデュチ。1959、仏Les Films Marceau)。シャルルの純粋無垢さ・人のよさとツキのなさ、ポールたちの傍若無人さにやはり笑うが、この映画で伝えたいことは何だったのかなと、改めて思った。が、特に考えたわけではない→夜10時半就寝。
4月14日(木) 朝6時半起床。白湯、マヌカハニー、アサガラ→ 菜の花と油揚のおつけ、グリーンピースご飯、温泉卵→クルマで玉川病院へ。用賀西通りから行けば環八通らず最短と思いきや、最後に近いところで一方通行があり、少し遠回りとなった。十分強の運転だったが、未だそれ以上はきつそきつそうだ→先日救急外来で診てもらった医師に経過報告。結局クスリで痛みを抑えつつ経過を見るしかないとのことで、先日と同じクスリを三週間分出してもらう。また玉川病院はあまり細かく診ることができないということで、かかりつけの整形外科への転院を奨められる。外を歩くのに不安がなくなったら経堂か千歳船橋かでよさそうなところを探してみよう(以前世話になった経堂整形外科は予約専門になってしまったようだ)→玉川病院内の〈レストランブルーバード〉にて早めの昼(スパゲティナポリタン)→帰途も環八使わないコースで。途中千歳船橋駅前で買い物をするというO形を降ろして帰宅→クスリ服用→老父とDUに経過報告→『大日本スリ集団』(原作:藤本義一、監督:福田純。三木のり平、小林桂樹、寺田農、北村佳子、吉原直樹、高橋紀子、平田昭彦、砂塚秀夫、草野大悟、古今亭志ん朝、田中邦衛、酒井和歌子、菅井きん、五十嵐健司、吉行和子、下条正巳、清水将夫、大滝秀治。1969、東宝)。人間同士の関係が、敵味方といった一面的なものではないということをしみじみ描いた名作。刑事とスリが戦友だったという設定だけでなく、その後の複雑な関係性を綿密に描きつつ、その上で手練の役者たちの藝をそれぞれ過剰になることなくいい塩梅で引き出している(三木のり平ですら、ひとりで目立ってしまうことがない)。役者ひとりひとりの表現の力のバランスに腐心したからこそ、この物語で伝えたかったことが余計な雑味なく伝わってくるのではないか、とも思った(が、果たして)。監督の演出意図がそうだったかはわからないが、三木のり平と小林桂樹が、それぞれの役を通して映画で描かれていない若い頃がどんな人物だったのが透けて見えてくる点も、本作の忘れがたい印象であった→コロッケパン、菊水堂ポテトチップス、カップ焼きそば(うずらの卵×2、ビール中瓶×1、御酒×1→午睡→風呂→『キネマの神様』(原作:原田マハ『キネマの神様』、監督:山田洋次。寺島しのぶ、小林稔侍、宮本信子、沢田研二、北山雅康、前田旺志郎、原田泰造、北川景子、菅田将暉、リリー・フランキー、野田洋次郎、永野芽郁、広岡由里子、松尾貴史。2021、松竹)。ダメだなあと思ったところを挙げたら枚挙に遑がないな。たとえばゴウ(沢田研二)が映画の仕事がダメになってから結婚して老人になるまでどうしていたかとか、歩(寺島しのぶ)がシングルマザーとして歩んできた来し方とか、勇太(前田旺志郎)が引きこもり?でありつつ映画に対しての強くて深い興味を持っていることとか、少しずつでいいから小さいことの積み重ねがあればあの狭い世界の現実味がもっと増したのに、そこを蔑ろにした(ように見える)ところは、意図したからか老いからか。あと沢田研二が、ダメな老人単体として見たらそう見えるかもしれないが、映画の中の現在の人物像から透けて見える今の人物像を作ってきた過程というのが、まったく見えない。たまたまひとつ前に三木のり平を観た所為もあるが、表面的な役を通じてその役の背景がずーっと透けて見えてこないとどうにもならない映画というのものがあると思うし、この映画の沢田研二はそういうものではないのかと思う。回想の映画制作の場面もまったくその時代に見えなかったし、いいとろこを見つけるのが難しい映画だった。「その時代」の北川景子がそれらしく見えたところくらいか。比べてもなんだが、大林宣彦の映画に対する気違いのような愛を味わいたくなった→キャベツとピーマンとセロリのヨーグルトサラダ、ズッキーニソテー、空豆、ポークカレーライス(ニンジン、じゃがいも)、納豆、ビール中瓶×1、御酒×1→夜0時就寝。
4月15日(金) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー→ポークカレーライス(ニンジン、じゃがいも)、温泉卵、F式らっきょう→DU仕事(本日の取材を失敬した)の準備。取材時の質問事項を送っていただいたので、それに添って取材先のホームページ上の記載を抜書き→サッポロ一番塩ラーメン(バター、とうもろこし缶、葱、胡麻、うずらの卵×3)→DU仕事の準備続き。取材音声が届いたのでMP3変換、あと日程の確認など→風呂→『禁じられた唇』(原作:沢野久雄、監督:堀池清。浅丘ルリ子、柳沢新一、初井言栄、長谷川照容、小沢昭一、清水将夫、滝花久子、野添ひとみ、津川雅彦、山岡久乃。1958、日活)。映画の出来よりもなによりも、18歳の奇跡的な浅丘ルリ子の姿が拝める、というだけで永久保存の価値のある一作。しっとりとしたいい映画ではあるが、ではセールスポイントがほかにあるかというと特にない。そんなことはないだろうにそう思わせて、しかしそれだけなのにまた観たくなる魅力を湛えた映画であった。野添ひとみがアルバイトで酒場のジャズコンボでピアノを弾いているのだが、そのときの音楽がブギウギなのに不穏な響きがあってなんだかカッコいいのも、本筋とは関係ないが本作の魅力のひとつと思った→春菊とセロリと海苔のサラダ、コロッケ1/2、メンチカツ1/2、ピーマンベーコン炒め、カツカレー、ビール中瓶×1、ホッピー×2→夜9時頃いったん就寝。
4月16日(土) 朝9時起床→ポークカレーライス(温泉卵)→DU取材音声起こし→ベーコントマトソースのクスクス(ピーマン、ニンニク、生姜、クミンシード、クミン、コリアンダー、ターメリック、パプリカ、チリパウダー、ソフリット)、ビール中瓶×1/2→風呂→『轉落の詩集』(原作:石川達三、監督:加戸敏。三條美紀、森山保、瀧謙太郎、渥美進、上田吉二郎、水島道太郎、若原初子、山田禪二、小柴幹治、宮嶋城之、近衛敏明、ジョー・オハラ、小林三保、荒川さつき、須藤恒子、杉森麟、町田博子、植村謙二郎、羽鳥敏子、村榮一。1950、大映)。主人公の「轉落」の元凶である画家がまったく捌かれない点で憾みが残るが、主人公の境遇の救いのなさが描かれている最中も、なにか平和で優しい雰囲気が漂っているのが妙味。時代が違うからだろうが、主人公のアパートの大家にしろ、八ヶ月家賃を溜めている店子に厳しくしつつ抜けた感じがあって、そういう点だけ見れば昔はよかったのかもしれないという気持ちになる。最後に超法規的な救いがあって、それがまたいい感じに胸を打つ→『ジェクシー! スマホを変えただけなのに』(原題『Jexi』、監督:ジョン・ルーカス/スコット・ムーア。ベイカー・グランダー、アーロン・ウィルソン、ダイアナ・ジャクソン、リチャード・ハーダー、アダム・デヴァイン、マイケル・ペニャ、ロン・ファンシェ、シャーリン・イー、アレクサンドラ・シップ、ワンダ・サイクス、ローズ・バーン(声)、レイ・ラインハルト、ケニー・ロレンゼッティ、キッド・カディ、ジャスティン・ハートリー。2019、米加Lionsgate)。スティーヴン・キング『クリスティーン』(ジョー・カーペンターが映画化)や三遊亭新潟(現・白鳥)『プチフランソワ2号』と同様の(いやほかにもあると思うが思い出せない)、機械が人格を持ったら…… がテーマの作品。もちろんそのために主人公が大変なめに遭うのだが、大変な目は大変な目ながら描き方が軽くて、観ていてとても楽しい。機械が人格を持ったことによるエグ味みたいなものが足りない、という見方もあろうが、これはこれで絶妙な塩梅を考え抜いたのだな、とも思う。コメディとして、わははと笑って何も残らない佇まいがよい。ちなみに『ハングオーバー!』シリーズ一作目(消えた花ムコと史上最悪の二日酔い)で脚本を担当したジョン・ルーカスとスコット・ムーアによる監督作→たぬき煎餅(しょうゆ狸、元気狸、ごま狸)、メンチカツ1/2、コロッケ1/2、焼き鳥(ねぎま、皮×2、正肉×1、つくね×1)、ポークカレーライス、F式らっきょう、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→夜10時就寝。
4月17日(日) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー→あさりのおつけ、卵かけご飯、納豆、海苔、青さ粉、かつぶし佃煮→午前中DU取材音声起こし。一件分完了→菊水堂ポテトチップス、丸パンサンドイッチ(ベーコン、ビアブルスト)、ビール中瓶×1→風呂→『ウホッホ探検隊』(原作:干刈あがた、監督:根岸吉太郎。本山真二、十朱幸代、村上雅俊、田中邦衛、柴田恭兵、時任三郎、藤真利子、加藤治子、斉藤慶子、陣内孝則、速水典子。1986、東宝)。夫(父親)が浮気をした、というのが平和な世界の湖に投げ込まれた小石で、その波紋を描いた映画と言ってよいと思うが、その波紋が静かだがそれなりに重く、その重さを当事者たちや子供たちと親族含む周囲の人間ができるだけ優しく受け止めようとする様が、実に心の琴線に触れる。感動でもなく涙を誘うわけでもなく、あるいは劇中の誰かに感情移入して怒りを覚えるでもなく、とても複雑な(そしてなぜか心地よい)感情の起伏をもたらす点で、表面的にはよくある話だが、実は稀有な味わいを持った映画ではないかと思った。おそらく最初に観たとき(封切りではなかったと思う)もそんなように思った気がするが、今回改めて観てそういう感想が明確になった→鹿ロースとキャベツピーマンの炒め、イカと里芋ニンジンの煮物、菜の花おしたし、トマトとチーズ、あさりのおつけ、ご飯、山庵とろろ、うずらの卵、納豆、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→夜11:30就寝。
4月18日(月) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー→あさりのおつけ、卵かけご飯(昨夜の煮物の出汁、青さ粉、胡麻)、海苔→昼過ぎ、DU原稿初稿一本め完了→菊水堂ポテトチップス、即席ドライカレー、ビール中瓶×1→『「子に詫びる」より母待草』(原作:竹田敏彦、監督:佐々木啓祐。岸恵子、水原真知子、水谷八重子、高橋豊子、江原達怡、水村民子、新田實、五十嵐洋子、小林十九二、奈良真養、村田知英子、水村国民、北龍二、高屋朗。1951、松竹)。岸恵子19歳(18歳?)の姿が印象的。「岸恵子」と聞いて思い浮かべる容貌はまだ完成されていないが、声は往年の岸恵子そのもの。そしてきびきびとした動きが印象的な芝居も鮮やかであった。母を恋い慕う少年少女の様々な心の機微を誠実に描いた映画と思うが、大人の心の醜さもしっかり抉っており、胸に迫るところも少なくない。最後には救いがあって、すーっと感動させられる。映画の終わりに「誠の愛と平和は詫びる心より生まれる」というカーライルの言葉が示されるが、このカーライルはトーマス・カーライルのことか?→『サマーフィルムにのって』(監督:松本壮史。甲田まひる、ゆうたろう、伊藤万理華、河合優実、祷キララ、金子大地、板橋駿谷、池田永吉、小日向星、篠田諒。2021、ハピネットファントム・スタジオ)。勝新太郎が大好きな女子高生が映画を撮る映画、と聞いて見てみたが、誰かが考えた設定を深く考えずに形にしてみた、というレベルだった。学生映画のレベルとも言えるが、学生映画の場合は浅い考えでも自分たちで考えるだけ考えた結果であることが多いのに比べ、本作はそんなに真剣に考えた形跡も感じられない。青春を撮るならではのきらめきも感じられないし、プロの芸能人(まあ役者ではないだろう)を使っての作品ながら、芸能人なら最低限持ってるであろう人前に出たときの輝きを感じさせる役者も皆無と思った。タイムトラベルというモチーフもまったく活きておらず、記憶に残るところのない駄作と思った→『ザ・タイガース 華やかなる招待』(監督:山本邦彦。ザ・タイガース、西村晃、岡村文子、三宅邦子、潮万太郎、上田忠好、立原博、塩沢とき、藤村有弘、野村昭子、春川ますみ、大泉滉、内田裕也、久美かおり、小山ルミ、牟田悌三、小松政夫。1968、東宝)。ザ・タイガースが人気絶頂で忙しい中、さっと早撮りで撮った映画と思うが(違うかもしれない)、ある程度藝達者を揃えたことと、ザ・タイガースが何をやってもキラキラしているという点で、十分に楽しめる。芸能というのはこういうことだなと思う一作。途中、ザ・タイガースが間違えて少年院に入れられる場面で、同房の不良少年(黒人とのハーフ?)のダンスがカッコよかったのだが、あれは誰だろう?→新玉葱とピーマンとトマトのサラダ、フライドチキン、フライドポテト、ピザ二種(瀬戸内海産しらすのマルゲリータ、ドミノ・デラックス)、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1.2(コーラ割り)→夜11時就寝。
4月19日(火) 朝5時起床。白湯、マヌカハニー→DU原稿二本め。まずは文字数考えずに流れをだーっと→ピザ二種(瀬戸内海産しらすのマルゲリータ、ドミノ・デラックスひと切れずつ)、ニンジンと卵のチキンコンソメスープ(ニンニク、生姜、ソフリット)→DU原稿まとめ。昼過ぎ完了し提出→『夕陽に向って走れ』(原題『Tell Them Willie Boy Is Here』、原作:ハリー・ロートン、監督:エイブラハム・ポロンスキー。ロバート・ブレーク、バリー・サリバン、キャサリン・ロス、ロバート・レッドフォード、スーザン・クラーク、ジェリー・ヴェラスコ、ロバート・リプトン、チャールズ・エイドマン、シェリー・ノヴァク、チャールズ・マックグロー、ロイド・ガフ。1969、米Universal Pictures)。撮り方がアメリカン・ニュー・シネマっぽいなとは思ったが、どこを面白いと思えばよいのかまったくわからなかった。実際の事件に取材した物語ということだが、その事件のどこに焦点を当てたのかがわからなかった、というのが正確なところか。事件の主体であるウィリー・ボーイとローラの逃避行はただ逃げ回ってるだけだし、それに迫るロバート・レッドフォードの行動の意味も不明瞭で、しかも途中で大統領保護という話が混ざってきてますます物語の肝の部分がぼやけていくような感じ。いや誰でも気づくが私だけ気付いていない魅力があるのか。ちなみに邦題は、ロバート・レッドフォードとキャサリン・ロスが出ているということで『明日に向って撃て!』に寄せたのだろうけれども、これまた興行的な意味しかないように思うが、果たして→菊水堂ポテトチップス、たぬき煎餅(しょうゆ狸、元気狸、ごま狸)、カレースープペンネ(ビアブルスト、ニンニク、今朝のスープ、バター、牛乳、クミンシード、クミン、コリアンダー、ターメリック、パプリカ、ガラムマサラ)、ビール中瓶×2→午睡→晩はひさしぶりに〈夢亀ラーメン〉。馬刺し、水餃子、夢亀らーめん、ビール中瓶×1/2、請福ロック×3→帰宅後即就寝→深夜起床→DU改稿作業→風呂→ビール中瓶×1で就寝。午前4時頃。
4月20日(水) 朝9時起床。白湯→犬飯(舞茸と油揚のおつけ、うずらの卵)→老父と昼食および買い物付き添い(〈幸楽苑〉にて減塩中華そば、半熟煮卵。サミット)→帰途、希望ヶ丘に新しくできた〈サミット〉に寄ってみるが、特になし。バカのように即席ラーメン関連を買ってみた→本日は往復一時間クルマを運転したが、まあ特に問題なし。膝と脛が少しこわばったりがくがくしたりという感じか→『ドゥ・ザ・ライト・シング』(原題『Do the Right Thing』、監督:スパイク・リー。ロージー・ペレズ、サミュエル・L・ジャクソン、オジー・デイヴィス、ロジャー・グーンヴァー・スミス、スパイク・リー、ジョイ・リー、ダニー・アイエロ、ジョン・タトゥーロ、リチャード・エドソン、ルビー・ディー、クリスタ・リヴァーズ、スティーヴ・ホワイト、ビル・ナン、スティーヴ・パク、ジニー・ヤン、ポール・ベンジャミン。フランキー・フェイソン、ロビン・ハリス、ジャンカルロ・エスポジート、ミゲル・サンドバル、リック・アイエロ、リチャード・ハーバーシャム、グウェン・マギー。1989、米Universal Pictures)。難解とまでは言わないが、アフロ・アメリカンたちのノリのよさをモチーフにしたコメディと思いきや、スカッとしない描写の多い映画。封切り時に観て以来だが、封切り時はその辺のことをわかってなかったと思う。人種間あるいは世代間の罵りが、彼の地のの習慣なのか本心からなのか、とか、サルの店での一部の黒人の態度とサルや息子たちの対応も日常の一部なのかすでに火種となっているのか、とか、ラジオ・ラヒームを殺したのは警官なのになぜムーキーはサルの店にゴミ箱を投げつけたのか、とか、スマイリーが火を放ったのはなぜか、などなど。自分なりの理解はしてみたが、それが正解かはわからない。封切り後30年を経て、何かを突きつけられたような心持ちになった。それだけこの映画に先見性があった(未来にも方の付いていない問題を描いた)のかもしれないとも思ったが、果たして→菊水堂ポテトチップス、カップヌードル(胡麻、青さ粉)、ビール中瓶×2→午睡→春菊と新玉葱のサラダ、生揚げとニンジンと大根と椎茸の煮物、うずら卵(味噌漬け、醤油漬け)イナゴ甘露煮、舞茸と油揚のおつけ、ご飯、納豆→夜10時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記