2022年05月10日

5月まとめ(1〜10日)


田中脳神経外科病院、安西冬衛全集、高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』、ディジー・ガレスピー版『On The Sunny Side Of The Street』、〈アジャンタ〉、田村正和、腰椎椎間板ヘルニアに因る坐骨神経痛、島耕二『馬賊芸者』。

5月1日(日) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー→蕪と油揚のおつけ、アクアパッツァ炊き込みご飯→午前中特に何もせず→ハム卵バーガー(ピーマン)→夕方、TVドラマの『黒い看護婦』(原作:森功、脚本:神山由美子、演出:平山秀幸。木村多江、寺島進、大竹しのぶ、寺島しのぶ、坂井真紀、眞島秀和、木野花、白川和子、森本レオ、利重剛、綾田俊樹、丸山智己、大方斐紗子、松重豊、吉行和子(順不同)。2015、フジTV)見る。放映時に監督の意図に反した短縮(放映日の変更による)が行われるというすったもんだあった作品とのことだが、それを知らずに見ると、大竹しのぶだけでなく主要な四人も主要な脇役も、みな芝居がよくて安心して見ることのできる作品だった。むしろ大竹しのぶはこの手の役に馴染みがあり過ぎて、寺島しのぶ、坂井真紀、木村多江の三人の芝居のほうが見る側にとっては光っていたという印象→ジャガイモとニンジンとハムのサラダ(クミンシード、バター)、ジンギスカン(マトン400g、ニンジン、ピーマン、もやし)、蕪と油揚のおつけ、アクアパッツァ炊き込みご飯、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×4→風呂→『ザ・スパイダースのゴーゴー向う見ず作戦』(監督:斎藤武市。田辺昭知、井上孝之、井上順、堺正章、大野克夫、かまやつひろし、加藤充、松原智恵子、山内賢、和田浩治、内田朝雄、平凡太郎、イーデス・ハンソン、林家こん平、新井麗子、島村謙三、柳家金語楼、初井言枝。1967、日活)。ザ・スパイダースの七人が横浜から世田谷までただただ一直線に歩き、一直線に遠ざかっていくというそれだけの仕掛けにいろいろな騒動を組み合わせるという、ただそれだけの映画なのに、なぜか面白い(つまらないところも含めて面白い)。笑いの構成もバラバラなのに不思議といえば不思議だが、役者の組み合わせの妙といえばそうともいえるかもしれない。とにかくなんだかよくわからない映画だが、実際にはザ・スパイダースを使ってこんなプロットで一本でっち上げようというもので、時代の勢いがあったからこその一本ということだとも思う→ビール中瓶×1、金宮お湯割×1→夜0時就寝。
5月2日(月) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー→アクアパッツァ、フランスパンふた切れ、バター、牛乳→老父と昼食および買い物付き添い(すし三崎丸〉にて煮穴子×2、あじ、真鯛、はまち、中トロ、いくら、甘海老、あさり汁。サミット)→夢亀らーめんよりご紹介いただいた〈田中脳神経外科病院〉に寄り、ご推奨の医師に受診。本日はレントゲンと問診触診だけだったが、腰椎椎間板ヘルニアに起因する坐骨神経痛ではなかろうか≠ニの見立て。来週MRIを撮ってようやく確定診断となる模様だが、ご紹介いただいた先生、レントゲン写真や問診触診から判明したこと、可能性のあること、わからないことの区別が明確で説明がわかりやすく、症状が軽くなったわけではないがなんだか安心した。よい病院と医師を紹介していただいた→帰途〈よみた屋〉に寄り、「日本の古本屋」を通じて注文してあった『安西冬衛全集』を受け取り。すぐ隣にコインパーキングがあるので助かる→帰宅して、なんだか安心したのでずいぶん飲んではしゃいだ。麻婆豆腐、春雨サラダ(きゅうり)、空豆、チーズとオリーブで、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×4、白葡萄種×1/2→『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(原題『Let's Spend the Night Together』、監督:ハル・アシュビー。ザ・ローリング・ストーンズ、イアン・ステュアート、イアン・マクレガン、アーニー・ワッツ、ボビー・キーズ、ジェリー・ホール。1982、米Embassy Pictures)。音楽的にはほぼ興味がない時代のストーンズだったので、サポート・メンバーの生活などを勝手に想像して楽しんだ。サックスのボビー・キーズはバスでスタジアムにやってきてバスで帰り、いいギャラをもらったので帰宅の前にパブに立ち寄って地元の仲間におごる、とか。しょうもない→『ティファニーで朝食を』(原題『Breakfast at Tiffany's』、原作:トルーマン・カポーティ、監督:ブレイク・エドワーズ。オードリー・ヘプバーン、ミッキー・ルーニー、クロード・ストラウド、ジョージ・ペパード、パトリシア・ニール、ドロシー・ホイットニー、スタンリー・アダムズ、アラン・リード、バディ・イブセン、ジョン・マッギーヴァー、ホセ・ルイス・デ・ヴィラロンガ。1961、米Paramount Pictures)。これは何度観ても駄作と思うのだが、その一番の理由は、ホリー・ゴライトリーの扱いではなく(それもあるが)、笑いを取ろうとする場面がことごとく滑っているように思うからだな。個人的な趣味と言われればその通りだが、しかしそれを覆すような感動なりなんなりがあるわけでもない。監督は『酒とバラの日々』や『ピンクの豹』を撮っている人だから、いいところがないはずがないのだが、なんでこんな映画になったのか(あるいはなんで私にはよさがわからないのか)よくわからない→『ローマの休日』(原題『Roman Holiday』、原案:ダルトン・トランボ(脚本はイアン・マクレラン・ハンター名義にて)、監督:ウィリアム・ワイラー。オードリー・ヘプバーン、ハーコート・ウィリアムズ、トゥリオ・カルミナティ、マーガレット・ローリングス、グレゴリー・ペック、エディ・アルバート、アルフレッド・リゾ、ハートリー・パワー、パオロ・カルリーニ。1953、米Paramount Pictures)。こちらは何度観ても楽しい。話や絵面はほぼすべて頭に入っていて、次にどう展開するかなどもほぼすべてわかるのだが、アン王女とジョーのそのときどきの気持ちや心の動きを想像するとたまらなくなり、何度でも観たくなってしまう。こういうのを名画名作と呼ぶのだと思うが如何→何時就寝か不明。
5月3日(火) 宿酔いで半日横臥。朝(昼近い)は汁かけ飯(もやしのおつけ、納豆、生卵)。昼(夕方近い)は胡麻そば(葱みじん切り、青さ粉、うずらの卵×3)→風呂→蕪酢、トマト(パセリ)、茄子をピーマンの味噌炒め、鰯梅煮、もやしのおつけ、ご飯(鰯の煮汁卵とじ)、ビール中瓶×1→夜10時就寝。
5月4日(水) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー→もやしのおつけ、ご飯(鰯の煮汁卵とじ)→高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』の全ページを撮影→ペヤングソースやきそば(ロースハム、ピーマン、ニンニク、生姜、青さ粉、粗挽きブラックペッパー)、缶ビール350ml×1→午後は高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』のテキストデータ化。これは時間がかかるな→鰯骨せんべい、トマトとピーマンと新玉葱のサラダ、空豆、じゃがいもとニンジンのバター区民シード炒め、ピザ四種(フンギ、マーレ、マルガリータ、ボロネーゼ)計POCOサイズ×3、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2→夜10時頃就寝。
5月5日(木) 朝5時起床。白湯、マヌカハニー→ニンジンスープ(新玉葱、生姜、チキンコンソメ、ソフリット、粗挽きブラックペッパー)、ピザ2スライス(マルガリータ、ボロネーゼ)→本のテキスト化を少し進めたが、なんだか眠くなってしまい、昼まで就寝→きゅうりとトマトのサラダ、菊水堂ポテトチップス、ハムきゅうりサンドイッチ、目玉焼き乗せクスクス、ビール中瓶×1→今度のPFで『On The Sunny Side Of The Street』を演ることになったので、譜面制作。終わりの歌の部分をきっちりディジー・ガレスピー版に合わせた譜面にしようと思ったが、とはいえ譜面通りには歌わないのだし、単純な譜面でいいような気がしてきた→風呂→『ぜったい多数』(原作;曽野綾子、監督:中村登。桑野みゆき、伊藤孝雄、中村晃子、石立鉄男、吉村実子、早川保、北村和夫、田村正和、倍賞千恵子、浜村純、加藤治子、二本柳寛、いしだあゆみ、いずみたく、内藤武敏、河野秋武。1965、松竹)。冒頭、カメラが桑野みゆきを追い、駅、ビヤガーデン、エレベーターの故障と伊藤孝雄(歌声喫茶社長)との出会い、と続く部分が、伊藤孝雄が桑野みゆきの運命を悪いほうに左右するような、なにか不穏な空気を漂わせているのだが、その不穏な空気はすぐに霧散し、学生仲間たち、歌声喫茶の仲間たち、タレント教授の活動、伊藤孝雄と加藤治子と二本柳寛の関係、桑野みゆきと伊藤孝雄の関係、田村正和の病と死などが、それぞれの挿話が中途半端で、それぞれの挿話の組み合わせの意味もなんだかわからない、中途半端な印象を残したまま、映画は終わってしまった。歌声喫茶に集まる(店員も含めた)若者たちと「ぜったい多数」という題名が時代を描いているのかもしれないが、それもなんだか刺さってこない。なにを見せられたのだかよくわからない映画だった(ついでにいうと、桑野みゆきたちが当時は交通の便の悪い保谷に住んでいるという設定の意味もわからなかった)。少し大人っぽい桑野みゆきの魅力と、若い石立鉄男が見られるという以外、価値を感じることができなかった→鶏笹身ときゅうりのサラダ(茗荷)、うずらの卵とベーコンの炒め、豚汁(豚コマ、ニンジン、大根、じゃがいも、しいたけ)、ご飯、納豆、海苔、ビール中瓶×2 1/2→食後早々に就寝。夜11時頃→深夜起床→高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』読了。自分が編集者だったらもう少し細かいところまで気を遣ったのだが、とは思ったが、記録は細かいもののおおらかな著者の人となりが十分に感じられる点は面白かった(自分が編集したらその辺のよい味わいを削いでいたかもしれない)。旅を終えの感慨を読むと、大きくではなく少し変わった、という感じがまたよいし、そこで語られる発見=iあるいは、今まで言葉にする機会がなかっただけかもしれない)のような記述に、いい塩梅の重みがあるのもよい→風呂、ビールで就寝。朝8時頃。
5月6日(金) 朝11時起床→豚汁、卵かけご飯(納豆、青さ粉、海苔)→午後、テューバのT岡さん伴い、竹書房にてO形の漫画連載の打ち合わせ。編集さんの出したアイデアは、正直安易に思ったが、それは私がT岡さんの音楽などを編集さんよりは知っているというだけのことで、読者にとっては最初からいろいろ繰り出しすぎるのもとっつきにくいだろうから、編集さんのアイデアでまあよいかとあとで思い直した。読者の反応を見て掘り下げ方を探っていくというのが正解だろう→T岡さんへのお礼も兼ねて、とてもひさしぶりに〈アジャンタ〉へ。パパド、チキンレバーinマドラス、ヒツジの脳みそのマサラ炒め、ヤリイカのフリッターケララスパイス、カチュンバ、 ビール小×2、白葡萄種×3/2。たまには来たいな。しかしそう飲んでないのに、なんだか酔っぱらった。店を出てからの記憶なし。何時に就寝かも不明。
5月7日(土) 朝11時起床。終日宿酔い→豚汁、卵かけご飯(錦松梅、青さ粉、海苔、胡麻油→風呂→赤いきつね→夕方から少し調子出てきたので、『On THe Sunny SIde Of The Street』の譜面制作続き。結局、いわゆるリードシートと、歌のパートのサックスがからんでくる部分を分けて、それぞれC(アルトサックス 用)とEフラットの譜面を制作→鴨薫製とトマト、豚汁、鶏笹身炊き込みご飯(生姜)、長芋とろろ、ビール中瓶×1→『われら劣等生』(原作:鈴木亮『現代高校生気質・われら劣等生』、監督:佐藤雄三。田村正和、いしだあゆみ、若宮五郎、原裕介、香山ユリ、十朱久雄、高石かつ枝、安達明、進一彦、松村達雄、太田博之、水の也清美、三鈴恵以子、林家三平、寺島信子、阿部進、有沢正子、高橋けい子、市井博子、梶光夫、牧伸二。1965、松竹)。これまた『ぜったい多数』と同じく、誰に焦点を当てたのだかわからない、中途半端な印象。悩める高校生と教師たちの両方に焦点を当てたかったのだろうが、個々の人間像やその関係性の設計に一本芯が通っていないというか方針が曖昧というか、そんな印象だった。おそらく当時の客をつかむべく流行歌(と思われる歌)を何曲か用いるが、それぞれ中途半端に長く物語との関係も希薄な印象で、なぜ歌をそこの配置するのかも不明であった。高校生たちも悩んでいるのかへらへらしているのかわかならいようなあり様で、(その当時の)現代の高校生とその学園生活や私生活をありのままに描こうとしたのかなとは思うけれども、松村達雄のいい教師っぷりくらいしか印象に残らなかった。あとはごく若い頃のいしだあゆみの姿が『ぜったい多数』よりも多く拝めるという点くらいか→夜1時就寝。
5月8日(日) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー→無精汁(味噌とかつぶしに湯をそそいだもの)、鶏笹身炊き込みご飯(生姜)、錦松梅→『この空のある限り』(原案:寺山修司、監督:桜井秀雄。中村晃子、岸久美子、鰐淵晴子、森光子、竹田幸枝、山本多美、田村正和、千秋実、柳沢真一、吉沢誠、曽我廼家一二三、桜京美、水木涼子、中田耕二、高木信夫、秋山ユキ子、三上真一郎、石坂博、田中絹代、高木二朗、志賀真津子、奈良真養、村上記代、国分秋恵。1964、松竹)。寺山修司の原案。寺山修司の母を思う気持ちは、多くはひねくれた形で作品に結実している印象があるが(むろん私の知る範囲が偏っているからではある)、本作はとてもまっすぐ、生き別れた母親に対する思慕が描かれていた。その思慕を具体的に表現するのが森光子で、その思慕に答えるのが田中絹代。それだけでももう名作になろうというものだが(森光子の芝居が臭い、やり過ぎと感じるのは、まあ好みの範疇だろう)、このふたりにまだ若い鰐淵晴子が拮抗している(ように見える)のが、本作の見所とも思う。三人の場面は、はるばる東京を訪ねてきた田中絹代がゆっくりゆっくりと森光子に近づいていき森光子がじっとそれを待つ場面と同じくらい印象に残った。一箇所小津映画を思わせる画面(ふたりの人物が同じ方向を向いて並んでいる)があるのはご愛嬌か→柿ピー、鴨薫製、胡麻そば(刻み海苔)、ビール中瓶×1、350ml缶×1→『旗本愚連隊』(原作:村上元三『大久保彦左衛門』、監督:福田晴一。津川雅彦、桑野みゆき、炎加世子、青山宏、田村高廣、山路義人、名和宏、北上弥太朗、浅茅しのぶ、森美樹、北条喜久、柳永二郎、毛利菊枝、小笠原省吾、由利徹、佐山俊二、南利明、伴淳三郎、国景子、南都雄二、田村正和、須賀不二男、明智十三郎、片岡彦三郎、朝海圭子。1960、松竹)。娯楽時代劇として、あるいは一心太助ものとしては、東映の同種の作品に比べてお行儀がよいような気がするが、とはいえ十分に楽しんだ。映画冒頭の登場場面で比べると、好みとしては田村高廣の切れ味のよさに痺れるが、津川雅彦の滴るような男っぷりもなかなか。大活躍とまではいかないが、桑野みゆきと炎加世子の佇まいも(女性としては後半の主たる役割になる北条喜久や浅茅しのぶと比べても)印象に残る。名喜劇役者をときおり出しつつ、行きすぎない笑いに止めるところも、お行儀はよいが変にふざけ過ぎるよりはいい。物語の焦点は不明確に感じたが、ぼーっと観ている分には十分楽しい→午睡→風呂→大根と油揚のおつけ、鶏笹身炊き込みご飯(生姜)、長芋とろろ、納豆、刻み海苔→『白い波』と『Me, Japanese Boy』の譜面(リードシート)作成→夜1時頃就寝。
5月9日(月) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー→大根と油揚のおつけ、ご飯、梅干し、錦松梅、海苔→もりそば(生卵、納豆)→高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』、ヤフオク!にて落札(総額680円)→午後、〈田中脳神経外科病院〉にてMRI検査。結果は、先週の医者の見立ての通り結局腰椎椎間板ヘルニアに因る坐骨神経痛であった。腰〜腹部にコルセットをして背骨の稼働を押さえ、自然治癒を待つという治療方針。コルセットは明日昼に採寸し、一週間後に出来上がるとのこと→帰宅後一杯やりながら『馬賊芸者』(原作:火野葦平、監督:島耕二。志村喬、春本富士夫、京マチ子、村田知英子、清川虹子、白井玲子、高松英郎、青山杉作、中条静夫、橘喜久子。1954、大映)。馬賊藝者という存在への興味は別にして、京マチ子の魅力を堪能するだけでもう十分心踊る作品だった。そして馬賊藝者という存在は、持てる者(九州の炭鉱成金など)に対抗する持たざる者という意味合いもあると思うが、その残り香だけでも十分に嗅げる作品でもあったと思う。その辺を飲み込んでの、終幕の志村喬と京マチ子の『黒田節』の場面は観終えてからなにか深いところを覗き込んだような気持ちになった→柿ピー、菊水堂ポテトチップス、鴨燻製、うずらの卵味噌漬け、チーズ、水戸ぎつね、即席長崎ラーメン(鶏笹身、小松菜、ニンジン、おろしにんにく)、ビール中瓶×1 1/2、芋焼酎ロック×1→夜9時就寝→日付変わる前に起床しまた就寝。
5月10日(火) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー→大根と油揚のおつけ、卵かけご飯、錦松梅、海苔→昨日に引き続きクルマで〈田中脳神経外科病院〉。本日は医療用コルセットの採寸。業者が採寸するのかと思ったら採寸は医師の仕事で、採寸代取られて驚いた→五日市街道からの帰途は、春日神社前右折し富士見ヶ丘駅へ抜ける往路と逆の行程を進んで甲州街道に出るのを試してみた。雨などで視界が悪くなければ、早めに環八に出るよりはストレスが少なそうだ→クリームあんぱん、塩パン、牛乳→『闇を裂く口笛』(監督:森永健次郎。玉村駿太郎、草薙幸二郎、沢本忠雄、高山秀雄、加原武門、笹森礼子、小泉郁之助、高田敏江、武藤章生、飯田蝶子、伊丹慶治、木島一郎、宮原徳平、高野誠二郎。1960、日活)。二回めだが、やはり終幕の口笛と母の慟哭が白眉。演出と飯田蝶子の名演がこの映画のすべてと言いたくなるが、そこに至るまでの(よくある物語風の)退屈さが終幕を際立たせている、という側面もあるかもしれない。と、今回は思った→
今朝B電子からご用命いただいたJINYA DISCのWikipediaへの追記について、草稿と確認事項、日程案などを作成し送付→夕方〈中江クリニック〉。採血以外はいつもと同じ、クスリも変わらず→〈夢亀らーめん〉に検査結果の報告等しに行こうと思ったが、本日臨時休業。他も候補に挙がった店が予約で一杯だったため、最終的に〈El Sol Dinner〉へ。高岡大『カタツムリ一家(親子3人)のヨーロッパ放浪記』を読んでフィッシュ&チップスのことが頭にあったので、結果的にはよかった。フィッシュ&チップス、生ハムとアンチョビオリーブの盛り合わせ、ピザ(プチトマト、ガーリック、ベーコン、チョリソ)、ギネス×3→帰宅し風呂→夜1時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記