2022年10月20日

10月まとめ(11〜20日)


エドウィジュ・フェネシュとアルヴァロ・ヴィタリ、『フジオプロ旧社屋をこわすのだ!!』展、ストラーダ(於吉祥寺・MANDA-LA2)、この秋初灯油購入、慶應病院裏道、オートリヴァース(マダムギター、石渡明廣)(於四谷三丁目・CON TON TON VIVO)、Dead Man's Riquor(於四谷三丁目・CON TON TON VIVO)、記憶のあるうちに〈dress〉。

10月11日(火) 朝10時過ぎ起床→玉葱と油揚のおつけ、ご飯、江戸むらさき、海苔→『ロビンとマリアン』(原題『Robin and Marian』、監督:リチャード・レスター。エズモンド・ナイト、ショーン・コネリー、ニコール・ウィリアムソン、リチャード・ハリス、ビル・メイナード、ロニー・バーカー、デンホルム・エリオット、ロバート・ショウ、ケネス・ヘイ、オードリー・ヘプバーン、イアン・ホルム。1976、米Columbia PIctures)。自分にとっては興味のない題材ではあるが、老いてなお闘うことに悦びを感じる思い人と思い余って殺して自分も死ぬ老修道女という終幕には感動を覚えた。もちろん、それに続いて天空に放たれる矢という演出にも。オードリー・ヘップバーンは本作で映画復帰後(1967年の『暗くなるまで待って』以来)三作に出演しているが、いずれも観ていないな。いずれそのうち→『母ぁちゃん、海が知ってるよ』(原作:山内久、監督:斎藤武市。松尾嘉代、太田博之、宇野重吉、飯田蝶子、高野由美、金子信雄、南田洋子、石井浩、初井言栄、河上信夫、東野英治郎、和泉雅子、山田禅二、藤村有弘、河合健二。1961、日活)。資本の入った漁業者が出入りするようになり、あるいは仕事も次第に制度化され、前近代的なやり方では立ち行かなくなってきた漁村を舞台にした群像劇(と思ったが果たして)。一応、東京から子連れの嫁が来た中年漁師の一家が物語の中心ではあるが、それを取り巻く人々の人間模様を描くことも主眼だろうとは思う。宇野重吉はもちろん南田洋子の芝居がとにかくよくて、さらに子役の太田博之がとてもうまい。物語は救いのない方向に進み、普通に考えたらこのままでは母子三人(宇野重吉扮する夫は船の火事で死んでしまう)路頭に迷うこと必至というところで幕となるが、太田博之が海に向かって「日本一の漁師になる!」と叫び、そこに花を積んだ南田洋子が追いかけてきて母子三人が揃うところに、不思議となんとも言えない希望が感じられてくる。金子信雄が悪人を演じるのかなと思ったが、立場上仕方なく冷酷にもなるだけ、程度だったのも、この物語の中では正しいと思った→→菊水堂ポテトチップス、チッチャロン・バラット、オムそば、たこ焼き、ホッピー×2、ビール中瓶×1→午睡→風呂→『リオの男』(原題『L'Homme de Rio』、監督:フィリップ・ド・ブロカ。ジャン=ポール・ベルモンド、ロジェ・デュマ、ジャン・セルヴェ、フランソワーズ・ドルレアック、ウビラシ・デ・オリヴェイラ、アドルフォ・チェリ。1964、仏Les Productions Artistes Associés)。『カトマンズの男』と比べると(どうしても比べてしまう)、悪役の目的が明確な分、バカさ加減のスカッと具合に不満が残るが、ジャン=ポール・ベルモンドの文字通り身体を張った芝居と、フランソワーズ・ドルレアックの間の抜けた魅力は、やはり何物にも替えがたい。靴磨きの少年もいい味わいで、どこがどうと特筆したくなるわけでもないのにとても楽しく時間を過ごせる映画と思う→ズッキーニと茄子の炒め、いちじく生ハム巻き、スパゲティナポリタン(ロースハム、ピーマン、ニンニク、トマト、トマトケチャップ)、ビールロング缶×1、赤葡萄酒×1/2→午前2時就寝。寝る前にスクワット20回。これはなんの足しにもならないな。
10月12日(水) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー→玉葱と油揚のおつけ、ご飯、温泉卵、錦松梅、海苔→ここのところ、プランク、スクワット、コルセットサボっている(四日間くらい)→老父買い物代行(サミット。および午後の紅茶がなかったのでファミリーマート)。帰途西荻窪に寄ろうと思ったがなんだか草臥れたのでやめにして、帰り道の〈サミット〉でビールだけ買って帰宅→『雲霧仁左衛門』(原作:池波正太郎、監督:五社英雄。山本麟一、成田三樹夫、田中邦衛、あおい輝彦、長門裕之、六代目市川染五郎、八代目松本幸四郎、石橋正次、山城新伍、下川辰平、岩下志麻、丹波哲郎、松野健一、夏八木勲、仲代達矢、隆大介、宍戸錠、倍賞美津子、宮下順子、加藤剛、川谷拓三、松坂慶子、山口崇、梅宮辰夫。1978、松竹)。1978年だと、娯楽映画というのはこの程度(のお色気やスプラッター)でよかったのか、というのが第一の印象。あと尺が長いほうが喜ばれたのかもしれないが、小説で言ったら地の文がつまらないというのか、とにかく160分の間何度も退屈した。半分くらいに刈り込んでも、原作の面白さを損なわない映画を作ることができると思うのだが、果たして。まあでもこの不満は原作を読めば解決するので、まあいいか。個々の役者や場面各々についても、いいなと思ったことがないわけではないが、観ながら取ったメモを見返すと、その辺は何も書いていないので(ということはそれほど感心しなかったということだろう)よくわからない。唯一、途中で二度ほど登場する女性ダンサーは(舞台となっている1722年=享保7年に)いないだろうという可笑しさと、短いながらその踊りは記憶に残った→チッチャロン・バラット、盛香珍蒜香青豆、刻み南蛮卵とじ胡麻そば、ビールロング缶×2、ホッピー×1、御酒×1→午睡→『青い経験 エロチカ大学』(原題『L'insegnante Va In Collegio』(先生は大学に行く)、監督:マリアーノ・ラウレンティ。パオラ・ピエルッチ、レオ・コロンナ、レンツォ・モンタニャーニ、リノ・バンフィ、ディノ・エマニュエッリ、ジャンフランコ・ダンジェロ、カルロ・スポシト、ジミー・イル・フェノメーノ、アルヴァロ・ヴィタリ、エドウィジュ・フェネシュ、ニッキー・ジェンティーレ。1978、伊Filmes Castello Lopes)。バカで平和な世界にちょいとだけエロがある、その塩梅が実に素晴らしい。最も活躍した(という印象)のジミー・イル・フェノメーノのバカ面が実に見事で、出てくるだけでもう可笑しいが(のちにアルヴァロ・ヴィタリと勘違いしていたと判明)、あまり活躍しない会長の愛人ヴェラ役のニッキー・ジェンティーレが、ただエロい美人という佇まいだけなも却って可笑しく、いいアクセントになっていると思う。誘拐されるのを避けるために貧乏人に扮装した会長が最後に誘拐されるというとってつけたようなオチもよい。ところでこの感想を書くまで気づかなかったが、おそらく本作(本シリーズ)は『青い体験』の二匹めの泥鰌を狙ったものだろう。もっともWikipediaには「イタリアで大人気だった『青い体験』に対抗すべく作られた性手ほどきのお色気コメディ」と書かれているが。私は混同して認識していたのだが、『体験』がラウラ・アントネッリなのに対しこちらはエドウィジュ・フェネシュ。別に甲乙つけなくてもよいが、甲乙つけ難い→ワカサギかき揚げ、揚げえびせん、ビールロング缶×2、ホッピー×1→午前2時就寝。
10月13日(木) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー→玉葱と油揚のおつけ、卵かけご飯、江戸むらさき、海苔→風呂→午後、中井と下落合の間にあるフジオプロへ。『フジオプロ旧社屋をこわすのだ!!』展を見物。展示内容というより、建物内部を拝見するのが主眼かな。なのでむしろ、赤塚不二夫の作品の展示はないが、赤塚不二夫が建て増ししたはいいがすぐに飽きてしまった屋上の「瞑想の部屋」が面白かった。会場内はほぼ写真撮影OKだったため、はしたなく写真を撮る人が多くいささか閉口。あれじゃあ記憶に残らないのではないかと思うが、まあお節介か→中井駅のほうに歩いて、たまたま目についた〈田舎そば 須坂〉で休憩、きつねそば、ビール中瓶×1/2→腹ごなしに東中野駅まで歩いて、総武線で高円寺へ。〈トリアノン〉で再び休憩→〈ちんとんしゃん〉にて先日の茅ヶ崎での玉川奈々福の会の、うちうちのお疲れ様会。ただ飲みましょうという話ではあったが、お疲れ様会としてもちゃんと機能してよかった。その他はバカ話と爆笑の数々。お銚子二、三本で止めるつもりが、その倍くらい飲んでしまった。もつ煮込み、おむすび、ビール中瓶×1、御酒×6→タクシーで帰宅。帰宅後即就寝。
10月14日(金) 朝10時半起床。若干宿酔→煮込みうどん(卵、油揚、小松菜)→風呂→夕方クルマで吉祥寺。夕方早い時間だったので環八から五日市街道という安全な道筋にしてみたが、予想外れすでに環八など混んでいて、いつもの富士見台を抜ける道を選ばなかったのを後悔しつつ、甲州街道に折れてから東八道路、人見街道、三鷹台の駅を抜けて五日市街道へ。三鷹台の手前が謎の渋滞だったが、まあだいたいの予定通り、夕方6時過ぎ吉祥寺着→〈洞くつ家〉なるラーメン屋でミニチャーシューメン、ビール350ml缶×1。いわゆる「家系」らしいが、そういえば家系は初めてかもしれない。味、油、麺ともに普通で頼んでみたら、味は塩気が強く、これはカウンターのおろし生姜と胡麻で薄めた。麺は柔らかかった。まあ全体に嫌いではないし、極小サイズがあるのはありがたい→〈MANDA-LA2〉にてストラーダ−中尾勘二(sax, kl)、桜井芳樹(g)、関島岳郎(tuba)、久下惠生(ds)の三年ぶり?というライブを拝聴。CDは全部持っているが、ライブは初めて。感想はたくさんあるがのちほど。久下惠生のドラムに驚く。会場にT岡さんいらしてたのでご挨拶→帰途はスイスイのスイ(環八と東八道路の交差点で工事があって、そこまで少し渋滞したが)→風呂→『悪魔の乾杯』(監督:丸根賛太郎。斎藤達雄、南部章三、英百合子、見明凡太郎、水原洋一、林寛、日高澄子、北條みゆき、小柴幹治。1947、大映)。ミステリー、サスペンスとしてはまあ普通によくできた作品という印象だが(毒殺にまつわるどんでん返しも含めて)、斎藤達雄の存在感は大きい。今となっては得難い個性と思う。それと冒頭の子供の悲鳴の、終幕でのあっけない謎解きが、それまでの緊張感をがらがらと解きほぐすのが面白かった。あのなにか抜けるような展開や間合いは、厳密には違うだろうが、ヒッチコック作品のオチを想起させるものがあった→サラダ(キャベツ、セロリ、ピーマン、うずらの卵)、牡蠣ホワイトシチュー(ニンジン、玉葱、じゃがいも)、バゲット、生ハム、鶏レバーペースト、ビールロング缶×1→午前2時半就寝。
10月15日(土) 朝8時半起床。白湯、マヌカハニー→牡蠣ホワイトシチュー、バゲット、鶏レバーペースト→『As It Is』の構成譜、もらったものがB4で印刷しても小さくて見づらかったので(特に肝心な、くるくる変わる拍子記号)、五線譜で作り直し。ついでに「7/8」のパート(Bridge)を、ここだけ倍テンポで「7/8×4」ではなく、それまでと同じテンポで「7/4×2」と読み直してみた。このほうが以後のテンポもキープしやすいのではないかと思う→『闇の狩人』(原作:池波正太郎、監督:五社英雄。原田芳雄、梅宮辰夫、スマイリー小原、仲代達矢、岸恵子、朝日奈れい花、大滝秀治、松尾嘉代、成田三樹夫、室田日出男、ハナ肇、いしだあゆみ、藤田まこと、丹波哲郎、千葉真一、神崎愛、加藤嘉、東野英治郎、夏木勲。1979、松竹)。あとから物語を確認したり思い出したりするとまあ納得はするのだが、観ている最中は途中でなんというか鑑賞の手がかりを失ったような状態になり、尺が長いだけに難儀する。というのはほかの五社英雄の場合もだいたい同じなので、私の観方が間違っているのかもしれない。本作も、岸恵子が以外な役どころでいい味わいを出しているのをはじめ、斬られて弱る前の原田芳雄も、終盤に向けて迫力を増してくる松尾嘉代も、そして主要な役者はとてもよいのだが、二時間強の中で突出して鮮やかな場面が少ない(私がそれに気づかない)というのが要因かもしれない。じっさい、終幕の千葉真一と仲代達矢の一騎討ちのような場面はあっと驚くような奇想的な見せ方を求めてしまうのだが、淡々とはした撮り方ではないはずなのにどこか淡白な印象を受けてしまう。やはり観方が間違っているのかもしれない。ただ、『雲霧仁左衛門』でも思ったが、池波正太郎の原作を妙に湿らせて膨らませたような印象はある。その辺、『雲霧仁左衛門』で思った「小説で言ったら地の文がつまらない」に通ずる感想かもしれない(Wikipediaでしか確認していないが、「脚本の北沢直人は池上金男(のちの池宮彰一郎)の変名である。前年の五社、池上、仲代トリオによる『雲霧仁左衛門』の出来栄えに原作者が不満で脚本家交代を要求したため、この処置となった」というのも、本当なら大事な話と思う)。ついでにいうと、『雲霧仁左衛門』で「唯一、途中で二度ほど登場する女性ダンサーは(舞台となっている1722年=享保7年に)いないだろうという可笑しさと、短いながらその踊りは記憶に残った」の「その踊り」は、本作でも似たようなものが登場し、意味なく印象に残る外連味として機能している場面(割とそういう要素は映画に重要と思う)はこれくらいかな、とも思った→チッチャロン・バラット、海苔と江戸むらさき、胡麻蕎麦(うずらの卵×3)、ビール中瓶×2→午睡→風呂→『青い体験 誘惑の家庭教師』(原題『L'insegnante Viene A Casa』(先生が家に来る)、監督:ミケーレ・マッシモ・タランティーニ。ジャンフランコ・バッラ、ジミー・イル・フェノメーノ、リノ・バンフィ、ジゼリア・ソフィオ、マルコ・ジェラルディーニ、カリオ・スポシト、ルチオ・モンタナロ、エドウィジュ・フェネシュ、アルヴァロ・ヴィタリ、レンツォ・モンタニャーニ、リア・デ・シモーネ、アレッサンドラ・ヴァッツォレール、クララ・コロシモ。1978、伊Medusa Distribuzione)。前作『青い経験 エロチカ大学』と比較すると、バカとエロのバランスが悪い印象。そこに真剣な恋心が加わってくるから、どう楽しんでほしいのかがいささか不明瞭ではあった。が、一晩寝てから思い返すと、評議員がなかなかエドウィジュ・フェネシュに上がれないくだりや、エドウィジュ・フェネシュの部屋を除く青年三人の行動などはなかなかのバカではあるが、しかし前作でたくさん、という気もする。それが「バカとエロのバランスが悪い印象」につながったのかもしれない。エドウィジュ・フェネシュは相変わらずの魅力だが、もうひとりただエロいだけの女(前作のニッキー・ジェンティーレのような)も欲しかった→キャベツとピーマンの塩昆布和え、バゲットと卵の炒め(ニンニク)、牡蠣ホワイトシチュー、ナポリタン風スパゲティ・ペペロンチーノ、ビール中瓶×1、ホッピー×2→『孫悟空 後編』(原作:山形雄策、監督:山本嘉次郎。三蔵法師、榎本健一、岸井明、金井俊夫、竹久千恵子、中村メイ子、渡邊はま子、高峰秀子、汪洋、金角大王、銀角大王、猿太夫、高勢実乗。1940、東宝)。結局『西遊記』の物語はどこかに行ってしまい、一行があちこちで楽しく不思議な体験をしつつ、呪いをかけられたお姫様を救う、アチャラカなオペレッタであった。しかしそのアチャラカぶりがものすごく、ディズニー・ナンバーを平気な顔で使うは、『オズの魔法使い』や『ポパイ』の適当な引用はあるは、豪華に豪華を重ねたような群舞はあるは歌のシーンは楽しいはで、娯楽作品としてのスケールも出来もかなりのものであった。惜しむらくは引きの画面が多いので、家のTVではなくちゃんと劇場の大きなスクリーンで観ないと魅力半減というところか。後悔当時は「中身のない映画」と酷評されたという話も読んだが、中身がないことこそ素晴らしいとまで思わせられる作品であった。随所に登場する当時のスター(服部富子、渡邊はま子、藤山一郎、三益愛子、李香蘭、高峰秀子らの姿をきちんと確認しながら観直してみたい→『クラッシュ』(原題『Crash』、原作:J・G・バラード、監督:デヴィッド・クローネンバーグ。デボラ・カーラ・アンガー、ジェームズ・スペイダー、ホリー・ハンター、イライアス・コティーズ、ピーター・マクニール、ジョン・ストーンハムJr、ロザンナ・アークエット、シェリル・スウォーツ。1995、米加Fine Line Features)。自動車事故により性的に興奮する人々を描いたわけだが、そういう人たちもいるんだね、くらいの印象しか残らなかった。原作を読んでないのでなんとも言えないが、何故そうなるのか、どうしてそうなるのかという背景の描写が乏しいとは思う。よくよく見ればきちんと説明されているのかもしれないが、なんとなく見ていてもそれが伝わってこなければダメなのではないか。あるいはそんな説明がなくても、自動車事故や自動車自体に性欲を刺激される様が面白く描写されるとか。自動車事故により性的に興奮して死に至る、というのは、まあそこだけ切り取ればアルフレッド・ジャリ『超男性』を思い出すが、『超男性』はただただそういう描写が面白くて読み進めてしまう小説だった。そういう面白さを、本作では見つけることができなかった→金宮酎ハイ×2→午前5時就寝。
10月16日(日) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー→牡蠣ホワイトシチュー、ガーリックトースト→太田光を見たくなくてここのところTBS『サンデージャポン』を見ていなかったが、ひさしぶりに見てみたら、なんだかものすごく寂れた印象だった。シャッター商店街とか寂れたショッピング・モールのような感じ。若いゲストを呼んではいるが、輝きにも乏しい→『青幻記 遠い日の母は美しく』(原作:一色次郎、監督:成島東一郎。賀来敦子、新井庸弘、田村高廣、山岡久乃、伊藤雄之助、戸浦六宏、三戸部スエ、小松方正、殿山泰司、原泉、藤原釜足、田中筆子、浜村純。1973、東和)。子供の頃に死に分かれた母と暮らした沖永良部島を訪ねた中年の男が母の思い出と幻に浸っているうちに、現在とその過去がつながってくる、という次第だが、「母の思い出と幻」の描写にベルトラン・タヴェルニエのような手法(過去に現在の人が、現在に過去の人が境目なしに現れるなど、過去と現実が交差するような描き方)が使われていたのが印象に残る。母が死んだのちの主人公の来し方はほとんど描かれないが、友人(戸浦六宏)の「君は、東京で、あまり幸せでなかったようだな。その年になって、まだ、母親がこれほど忘れられんのじゃからな。いろいろ母親に聞いてもらいたいことがあったんだろ」という台詞で十分だと思う。山岡久乃の継子いじめは前半に二、三度しか出てこないが、その強烈ぶりは映画全体に(島での日々の静かさを際立たせる意味などで)効いていた。そして母親=さわ役の賀来敦子が終盤に見せる「上り口説」の踊りが見事。物語だけでなく、映像も美しい映画だった→パパド×4、目玉焼き、バゲットひと切、ビール中瓶×2→ひさびさにカレー製作→風呂→チッチャロン・バラット、枝豆、土産(ヒレカツ、ハムカツ、アジフライ、ゴボウサラダ)、小松菜入り五種のダール、バスマティ・ジャポニカ・ブレンドご飯、ニンジンのクミンバターソテー(バルサミコ酢)、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2→午睡→深夜起床→『散歩する侵略者』(原作:前川知大、監督:黒沢清。恒松祐里、長澤まさみ、松田龍平、長谷川博己、高杉真宙、前田敦子、光石研、満島真之介、児嶋一哉、笹野高史、東出昌大、小泉今日子。2017、松竹/日活)。侵略者が概念を奪う、という発想は面白い。そして親しい人やその辺にいる人がいつの間にか何かに乗っ取られて侵略の準備を始める(概念を奪い始める)ことのいやあな恐怖を描くことから始まる前半はなかなかに怖さを味わわされるが(統一教会など新興宗教やマルチ商法の恐怖も少し想起させられる)、物語が進むにしたがいその変化≠、劇中の人物も明確な理由なく受け入れ、観る者もまた違和感が薄れていく、というところが却って怖いなと思った。「侵略者」が日本だけの調査でいいのか?(スケールが小さかないか) などなど穴は探せばいくつでもるのだが、自分たちに壊滅的な変化をもたらす状況をなんとなく受け入れてしまう、という点だけで、本作は成功した作品ではないかと考える。ただ黒沢清作品としては「いやあな恐怖」が少ない印象もあって、「愛」の救いとか、松田龍平に愛とはなんですかと訊かれて答えるのが東出昌大というところの可笑しさとか、そういう恐怖以外のところのほうが印象に残った作品ではあった→ホッピー×3→朝方6時就寝。
10月17日(月) 朝9時半起床。白湯、マヌカハニー→小松菜入り五種のダール、バスマティ・ジャポニカ・ブレンドご飯、ポーチドエッグ→午後、八幡山に移転したDUにて木曜日の取材の打ち合わせ。家から歩いて三十分ほどのご近所となった。八幡山郵便局の先を斜め右、突き当たりを左、明大八幡山グランドの途中を右、そして左、右、左という感じ。道程はやや複雑だが一度歩けばOKな感じ。打ち合わせはつつがなく終了。移動一時間、打ち合わせ十分→帰途、老父所望のアフターシェーブローションを購入→帰宅後、一杯やりながら『LOFT』(監督:黒沢清。中谷美紀、西島秀俊、豊川悦司、鈴木砂羽、加藤晴彦、大杉漣、安達祐実。2005、日韓ファントム・フィルム)。監督の狙いはわからないが、中谷美紀が登場時は中谷美紀とはわからなかったものの、自然にしていて綺麗で、その綺麗な様子は書き物を生業にしている人間にはあり得ない美しさだなと思ったとたん、本作と私との距離が生まれてしまった、という感想(あるいは鈴木砂羽など地に足のついた人物を表現できるはずなのに、やはり一般人≠ニしては妙に綺麗な人物を作っていた)。そして物語が進むにつれ中谷美紀は中谷美紀にしか見えなくなってきて、そこに豊川悦司が絡んでくるのだから、もう美人作家と考古学者が郊外の森の中で出会った≠ニいう設定が現実味を帯びることがなくなってしまい、恐怖を誘う描写は相変わらず卓越したものがあるのに、現実味に基づかないものだからせっかくの恐怖感も薄れてしまったような印象を得てしまった(現実の中に非現実が紛れ込んでくるかのような怖さがない)。それでも、どなたかも書いていたが、「湖で、中谷美紀の頭に鉄の塊がぶつかって倒れるところと、豊川悦司が動き出すミイラに向かって、「動けるんだったらはじめから自分でやれよ」みたいなことを言うシーン」( https://furuyatoshihiro.hatenablog.com/entry/20060911 )、あとミイラを抱き抱えたりクルマの後部座席に乗せる場面で身体が生きている人間のように曲がるところなど意外な笑いどころがあって、その点と美男美女(特に美女)を見る目の楽しみと、薄れてはいるが恐怖の描写の巧みさ、その三点でまた何度か観てみたいと思わせられはした→パパド三枚、海苔とまつのはこんぶ、茄子炒め、揚げあびせん、自家製味噌、小松菜入り五種のダールとうずらの卵、バスマティ・ジャポニカ・ブレンドご飯でまつのはこんぶ茶漬け、ビール中瓶×1、ホッピー×3→早々に就寝。
10月18日(火) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー→昨夜そんなに飲んでないはずなのだが、やけにしつこい腹痛と便意。中江クリニックを昼頃に予約していたが断念→茄子と油揚のおつけ、卵粥カレー味→朝食後仮眠→昼過ぎ起床→ヤムヤム・スパイスシュリンプヌードル(つぶしニンニク、うずらの卵×3)→ようやくお腹の調子整ってくる→B電子から仕事いただいたので即やっつける→『昼顔』(原題『Belle de jour』、原作:ジョゼフ・ケッセル、監督:ルイス・ブニュエル。カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン・ソレル、マーシャ・メリル、ミシェル・ピッコリ、ジュヌヴィエーヴ・パージュ、マリア・ラトゥール、フランソワ・ファビアン、フランシス・ブランシュ、アデライド・ブラスク、ミッシェル・シャレル、イスカ・ハン、マルセル・シャーベイ、ジョルジュ・マルシャル、ベルナール・ミュッソン、フランシスコ・ラバル、ピエール・クレマンティ。1967、伊仏Euro International Films/Valoria Films)。遺作となった『欲望のあいまいな対象』に至る十年間の最初の作品に当たるわけだが、『欲望の〜』や『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』で印象的な思わず笑ってしまうような大胆な演出は目立たないものの、冒頭でもいきなり衝撃的に展開される、セヴリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)の妄想を描いた場面にはそこはかとない笑いが漂っているし、セヴリーヌが娼館に努めていることが夫の友人(ユッソン=ミシェル・ピッコリ)にバレてから一気に破局に至ると思わせつつ、ならず者のマルセル(ピエール・クレマンティ)がセヴリーヌの家を訪ねてからの足早な展開でセヴリーヌは救われたのか? と安堵ともサスペンスともつかない感情を観る者に与える辺りは、ブニュエルなりの映画というものの面白さの表現が炸裂しているのではないかなと思う。カトリーヌ・ドヌーヴのこの頃の(というかこの作品での、か?)美しさというのはこの世のものではないとも言えるし、それは非現実的な妄想を思い描くセヴリーヌを表しているとも言えるかもしれないが、それでも地に足の着いた人間に見えるのも、この映画の妙であると思った(昨日たまたま観た黒沢清『LOFT』の中谷美紀との違いを思う)。娼館の女主人アナイス(ジュヌヴィエーヴ・パージュ)はもっぱら地に足を着けた肝っ玉の据わった美しさや娼婦仲間たちの可愛らしさと、ドヌーヴの美しさの比較を味わうのも、本作を観る愉しみではないかと思う→チッチャロン・バラット、肉団子の煮物(生揚げ、ぶなしめじ、大根、ニンジン、生姜)、小松菜おしたし、茄子と油揚のおつけ、ご飯半膳、ビール中瓶×1→夜7時半仮眠→夜10時過ぎ起床→風呂→午前3時就寝。
10月19日(水) 朝7時半起床。白湯、マヌカハニー→汁かけ飯(昨夜の煮物から肉団子、生揚げ、大根。それにキャベツと油揚のおつけ、生卵)→老父買い物代行(サミットのみ)およびPCのサポート→帰途ガソリン入れ、また灯油も購入→昨日のB電子仕事、一応完了→チッチャロン・バラット、おろしちりめんじゃこそば、ビール中瓶×1→〈GENT & HONEY〉にて散髪→ぶらぶら歩いて四谷三丁目→〈CON TON TON VIVO〉にてマダムギターと石渡明廣のデュオ。今回は石渡明廣は、主にベースパートを弾いていたが、これがまたなかなか。バンド名はオートリヴァースとなったそうだ。

01 あっしにはかかわりのねえことでござんす
02 おとうさん、アレどこいった?
03 居酒屋
04(フルーツがたわわに実る〜)

05 加藤さんのテーマ
06 鉄格子のブルース
07 夏に生まれた夏子さん
08 乾杯
09 百姓の娘

enc. ハレルヤ

キューバンサンド、ビール小瓶×1、赤葡萄酒×4→平和に電車で帰宅→夜1時就寝。
10月20日(木) 朝7時起床。白湯、マヌカハニー→汁かけ飯(昨夜の煮物から肉団子、生揚げ、大根。それにキャベツと油揚のおつけ、生卵)→シャワー→10:00より経堂五丁目特別保護区取材。午前中は経堂南地区会館にて定例会。その後経堂五丁目特別保護区を訪れ、午前中作業を取材→フレッシュトマトとアンチョビのバジル風味スパゲティ(すぱげったあた)→午後の作業取材。ベテランも新人も、みな一様に楽しそうなのが印象に残る→いったん帰宅→一休みしてから四谷三丁目へ。まずは〈新記〉で腹ごしらえ。ピータン豆腐、チンゲンサイおひたし、揚げ海老団子、トマト黄金ニラと玉子炒め、アサリのにんにくソース蒸し、空芯菜炒め、醤油焼きそば、ビール中瓶×2→昨日に引き続き〈CON TON TON VIVO〉にて、今夜はDead Man's Riquor見物。ニューオリンズっぽさは残っているもののさらに独自のグルーヴが生成されていて、それと即興が爆発するところの境目がさらになくなって、この晩の演奏のすべてでひとつの音楽をずっしり受け取った、という感想。一曲め『Black & Crazy Blues』と最後の『カンデラ』では一緒に歌い、そして涙が流れた。

01 Balck&crazy
02 Bottle Remain
03 あの山には気を付けろ

04 Nkosi Sikelel'i Africa(God Save Africa)
05 寝言音頭
06 バカリャウ
07 カンデラ

会場で桜井芳樹『live at uplink factory electric guitar solo 2015/01/12』購入。

開演前には、『なれのはて』の粂田監督と話したり、終演後はベースの瀬尾さんと話して御令嬢に絵本を進呈することにしたり、楽しかった。昼の取材の疲れが出て、演奏中うとうとしてしまったりので、ここではビール小瓶×1、赤葡萄酒×一杯のみ→しかしおいとまするころには回復してきたので、〈dress〉に寄ってラムのソーダ割×4。先日の訪問時はすでに記憶がなかったが、本日は記憶があるうちに森谷さんといろいろ話せてよかった→タクシーで帰宅。帰宅後即就寝。
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