2022年12月31日

12月まとめ(21〜31日)


芝居関連忘年会、聾唖の坊やと楽しく会話、映画館・菊川〈Stranger〉、『American Epic』、初整体体験、〈いぐち式〉に裏を返す、今年の高円寺〈ちんとんしゃん〉仕舞い、発熱のため餅つき会を失敬、年越し準備。

12月21日(水) 朝10時頃起床。白湯→ぶなしめじのおつけ、卵焼き、鰻重の残り→午後1時、〈GENT+HONEY〉にて本年最後の散髪→〈HIGASHIYA〉で土産購入(マコロン)→午後3時より、〈行辺〉にてだー、真里嬢とO形とで忘年会(まあ言ってみれば芝居関係)。一軒めでかなり飲んでしまい、途中から二軒め(代一元)までの記憶ほとんどなし。何故か隣に座ったご家族の小さな坊やが手話で私にしきりに話しかけてきて(恐らく耳が不自由と思われる)、こちらは手話などできないのに延々話をしたのは覚えている。なんだか楽しかった→就寝時間不明。
12月22日(木) 終日宿酔にて横臥→夕方なんとか起きて食事(ぶなしめじおおつけ、卵かけご飯、海苔)、風呂、録画消化→晩はO形が拵えた水炊き(鶏、大根、豆腐)を拝借して麺汁加えた蕎麦、プラス生卵→本日は飲まず。少し熱っぽいので(最高で37.4℃)、夜10時就寝。
12月23日(金) 朝7時起床。白湯→粕汁(昨夜の水炊き改造)、卵かけご飯、海苔→老父買い物代行(サミット)、買い物届けてから老父と昼食(〈なかじょう〉にてかけうどん小盛り、揚げ玉、おろし生姜)。北海道の鮭の切り身をお裾分けいただく→郵便局寄って老父の年賀状出してから帰宅→老父に頼まれた諸々を整理→『ニューヨーク東8番街の奇跡』(原題『*batteries not included』、監督:マシュー・ロビンス。ジェシカ・タンディ、ジェーン・ホフマン、ヒューム・クローニン、トム・アルドリッジ、ジョン・ディサンティ、エリザベス・ペーニャ、マイケル・カーマイン、フランク・マクレー、ジョン・パンコウ、デニス・ボウトシカリス、マイケル・グリーン、マッキンタイア・ディクソン。1987、米Universal Pictures)。ものすごく救いのないところから始まって、これはもうダメだろうというところでとんでもない反則技を繰り出してくるのになんだか妙に納得させられ、問題が解決に向かう途中でじわじわと切なさが押し寄せてくる、という印象。気持ちを鷲掴みにされぐらぐら揺さぶられたような心持ちになった。むろん、十分な満足を得て感動した、という意味だが、全体的には喜劇であってしかし複雑な味わいを味わされた。制作の経緯はまったくわからないが、制作総指揮にスティーヴン・スピルバーグが名前を連ね、制作会社としてはユニヴァーサル・ピクチャーズと並んでスピルバーグが設立したアンブリン・エンターテインメントの名前がある。原案のミック・ギャリスはスティーヴン・キング原作作品の監督が多い人のようで、監督のマシュー・ロビンスは脚本や制作スタッフとして『続・激突!』『ジョーズ』『未知との遭遇』などに関わり、ギレルモ・デル・トロとも多く仕事をしている人だそうだ(知識がなさすぎて、だからなんだと言えるわけではないが、一応メモ)→おやつにパリパリチーズ、菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×1→『ニューヨークの恋人』(原題『Kate & Leopold』、監督:ジェームズ・マンゴールド。ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュレイバー、パクストン・ホワイトヘッド、フィリップ・ボスコ、クリステン・シャール、メグ・ライアン、ナターシャ・リオン、ブラッドリー・ウィットフォード、コール・ホーキンス、ブレッキン・メイヤー、シャーロット・アヤナ、スポルディング・グレイ、ナイユアン・フー胡乃元、ステファニー・サンディッツ。2001、米Miramax)。ヒュー・ジャックマンの18世紀の貴族(公爵)っぷりが光る一本だが、メグ・ライアンはまあ期待通りとして、他の脇を固める役者への気の配り方がどうかといえば、もう少し光を当ててもよかったのではないかと思う。特にミス・ツリー(クリステン・シャール)はちょっとしか出ないとはいえあそこまで蔑ろにしなくてもいいと思ったが(とりわけ終幕)、話の組み立て方とかディテイルの描き方がうまいので、登場人物の扱いが映画全体にとってひどくマイナスになるかといえばそうでもない。無邪気に楽しめる映画ではあるが、考え始めると物語のあそこの部分をもっと描きこんでほしいなどの思いも出てくるので、評価が難しい作品とも思う風呂→太鼓とトマトとピーマンと柿のサラダ、塩鮭、コンビーフ、粕汁、ご飯、納豆、ビール中瓶×1→深夜もう一度『ニューヨーク東8番街の奇跡』を観てから、午前3時頃就寝。
12月24日(土) 朝10時起床。白湯→玉葱と油揚のおつけ、卵かけご飯、納豆、海苔→『コックと泥棒、その妻と愛人』(原題『The Cook, the Thief, His Wife & Her Lover』、監督:ピーター・グリーナウェイ。マイケル・ガンボン、ウィリー・ロス、ティム・ロス、ヘレン・ミレン、ポール・ラッセル、リシャール・ボーランジェ、アラン・ハワード、リズ・スミス、イアン・デュリー、ダイアン・ラングトン、プルーデンス・オリヴァー、キアラン・ハインズ、エマー・ギレスピー、ロジャー・ロイド・パック。1989、英仏Palace Pictures)。封切り時に観て以来、新しい発見は今までないのだが、それでも封切り時の新鮮な驚きが今でも甦る。絵画や演劇の要素も採り入れながら映画でしかできない形で表現していくという方法も、今でも感心する。衣装や音楽も含め、80年代(最終期だが)という時代の雰囲気を色濃く味わせながら古びていないという点にも驚く(これがまあ今観た上での新発見か)。なんであのバカで洗練から程遠い暴君から妻や料理人がさっさと離れないのか等、冷静に考えると物語や設定に穴はあるし、観ている最中気にならないこともないが、まあいいかと観て行ってしまうのも、左記のような魅力を感じるからだろうと思う→正月の予行演習?で鶏ガラ出汁取り→鮭缶とぶなしめじのスパゲティ(ソフリット、ニンニク、トマトケチャップ、クミンシード、コリアンダー、パプリカ、チリ)、ビール中瓶×1/2→鶏ガラ出汁の仕上げと始末、そして晩の支度→風呂→昨日観た『ニューヨークの恋人』を再見しながら、菊水堂ポテトチップス、パリパリチーズ、鶏ガラ出汁殻(肉と昆布)と蓮根の炒め煮、じゃがいもとニンジンとニンニクの鶏白湯煮、豚ロース酒粕漬けソテー、鮭缶とぶなしめじのスパゲティ(トマトとピーマン追加)、ビール中瓶×1.5、ホッピー×2→食後即就寝→深夜起床→『疾風!鞍馬天狗』(原作:大佛次郎、監督:並木鏡太郎。嵐寛寿郎、寺島雄作、松島トモ子、富田仲次郎、石田守衛、芝田総二、大河内傳次郎、杉山昌三九、北川町子、上田吉二郎、扇千景、伏見一郎。1956、東宝)。特にどうということもない子供向け時代劇に見えつつ、杉作に扮する松島トモ子の達者さとか、嵐寛寿郎と大河内傳次郎の味わいと立ち回りの見事さとか、上田吉二郎の怪演(ってほどでもないが、眼力で相手を思うままに操る際の表情)とか、あるいはそれを鞍馬天狗が「睨めっこが好きだな」といなすところとか身代金が届けられたと思って千両箱を開けたら「粗品 鞍馬天狗」としたためてあるところとか、見どころはけっこう多い。終幕で嵐寛寿郎と大河内傳次郎が立ち会うがすぐに勝負がつき、嵐寛=鞍馬天狗があっさり負けを認めるところもいい味わい。この一本で大満足というわけではないが、嵐寛の鞍馬天狗は39本あるようだから、この際何本かまとめて観たいと、この一本を観て思った。ということを調べていてわかったが、本作は嵐寛鞍馬天狗の最終作であった→『アデルの恋の物語』(原作:フランセス・ヴァーノア・ギール『アデル・ユーゴーの日記』、原題『L'Histoire d'Adèle H.』、監督:フランソワ・トリュフォー。イザベル・アジャーニ、エドワード・J・ジャクソン、シルヴィア・マリオット、セシル・デ・ソーマレズ、ブルース・ロビンソン、ジョゼフ・ブラッチリー、ルーベン・ドレー、イヴリー・ギトリス、マダム・ルイーズ、Jean-Pierre Leursse。1975、仏Les Artistes Associés)。映画表現としてものすごく特異な要素があるわけではないが、カット割とか絵造りなどからああトリュフォーという味わいを感じる。そしてイザベル・アジャーニが物語が始まる前から発している狂気。これも大きく爆発するわけではないが、ハリファクスで居場所がなくなってからバルバドスで姿を表すまでの押さえた表現が、演技演出共によく効いていると思った。そもそもアデル・ユゴーがなぜこんな恋に一生を棒に振ったのか、映画の中ではアデルが日記に書いたという「若い娘が古い世界を捨て、海を渡って新しい世界に行くのだ 恋人に会うために」という台詞と、終幕でのその台詞に添えたアデルの真っ直ぐな視線にその理由を担わせているが、それを飲み込んだ上でまた最初からハリファクスそしてバルバドスでのアデルの姿を眺めることが、本作の味わい方ではないかと思った。それにしてもヴィクトル・ユゴーの心中を描いたアンサー映画的な作品も観てみたいものだ→午前7時就寝。
12月25日(日) 昼起床。白湯→玉葱と油揚のおつけ、鮭缶とぶなしめじのスパゲティ、ポーチドエッグ→ちんとん女将の依頼でWikipediaページ編集→『スイッチの男』脚本を読んでの感想を送付→風呂サボって飲酒開始。トマトとアボカドと柿のサラダ、鮭塩焼き、豚ロース粕漬けソテー、玉葱と油揚のおつけ、ご飯、江戸むらさき、海苔、ビール中瓶×1、赤葡萄酒×1/2、ホッピー×1→夜8時頃就寝→深夜目が覚めるが、なるべく寝床から出ないようにして、うとうとしたり目覚めたり。
12月26日(月) 朝6時起床。白湯→風呂→じゃがいもと油揚のおつけ(鶏ガラ出汁)、卵かけご飯、海苔→9時半に出かけ、菊川に新しくできた映画館〈Stranger〉を初訪問。『American Epic』全エピソードを観るため(本日はエピソード3まで)。まずは『アメリカン・エピック エピソード1 ザ・ビックバン 元祖ルーツ・ミュージックの誕生』(原題『American Epic Episode 1 "The Big Bang"』、監督:バーナード・マクマホン。カーター・ファミリー、メンフィス・ジャグ・バンドほか。2017、米BBC/PBS)。ラジオ放送が開始されレコード(SP盤)も大衆化していった1920年以降、大衆音楽≠ェどのように発見≠ウれ米国全土に広まって行ったか、という話を、具体的な音楽家や楽曲の紹介により見ていくというシリーズ。エピソード1はカントリー(主にカーター・ファミリー)とジャグ・バンドを採り上げているが、発見とその背景、そして拡散・敷衍についての例証や説明は刺激的であるものの、それらの音楽がどのようにして生まれていったかについての説明はあまり濃くはない。もっともそれを目的としてないからだろうし、まったくないわけでもないし、もっと知りたければ適当な参考書を探せばよいのだろうが、エピソード3まで観てそんなことも思ったので、一応記しておく。しかしこういうドキュメンタリーは繰り返し観たいものだが、権利関係が複雑なためパッケージ化は難しい、という話もどこかで目にした。一応、期待はしておきたい→続いて『アメリカン・エピック エピソード2 過酷な労働から生まれたブラック・ミュージック』(原題『American Epic Episode 2 "Blood and Soil"』、監督:バーナード・マクマホン。エルダー・J・E・バーチ、ウィリアムソン・ブラザーズ、チャーリー・パットンほか。2017、米BBC/PBS)。エピソード2は、教会からゴスペル、炭鉱から労働に根ざした歌(『ジョン・ヘンリー』など)、そしてブルース。ブルースについては、チャーリー・パットンを中心に話が進むのが素晴らしい→さらに『アメリカン・エピック エピソード3 多民族音楽国家アメリカ』(原題『American Epic Episode 3 "Out of the Many, the One"』、監督:バーナード・マクマホン。ホピ・インディアン・チャンターズ、ジョセフ・ケクク、リディア・メンドーサ、ミシシッピ・ジョン・ハートほか。2017、米BBC/PBS)。エピソード3は、のちにアメリカ音楽の中心的存在になったカントリー、ゴスベル、ブルースの文脈からは外れる音楽−−たとえばネイティブ・アメリカンの音楽と踊り(ここではホピ族を採り上げている)とか、ハワイ、メキシコ系、ケイジャンといった周辺国からの音楽を採り上げているのに加え、様々なジャンルに広く影響を与えたミシシッピ・ジョン・ハートもフィーチャー。1928年のレコード・デビューといったんの音楽廃業、そして1960年代の復活と、その軌跡を追っている。それももちろん素晴らしいが、ジョセフ・ケククによるスチールギター(奏法)の発明がいろんなジャンルの音楽に取り入れられていったという話も、とてもスリリングであった→エピソード2と3の間に映画館のカフェでチキンサンドイッチ、ビール小×1→都営新宿線小川町駅から千代田線新御茶ノ水駅に乗り換える際、ちょいと寄り道して〈まつや〉で一杯と思ったのに、なんと臨時休業→経堂に着いてから年越しそば代支払いがてら〈しらかめ〉と思ったらこちらも蕎麦売り切れ。仕方なく〈箱根そば〉でかき揚げ蕎麦啜って帰宅→風呂→菊水堂ポテトチップス、菜の花おしたし、ポトフ(ウィンナーソーセージ、白菜、ニンジン、じゃがいも、蓮根、ニンニク)、じゃがいもと油揚のおつけ、ご飯半膳、江戸むらさき、ビール中瓶×1、ホッピー×1→夜9時就寝→深夜起床し『エルピス −希望、あるいは災い−』観る→午前3時就寝。
12月27日(火) 朝8時起床。白湯→じゃがいもと油揚のおつけ(鶏ガラ出汁)、卵かけご飯、海苔→昨日に続き菊川〈Stranger〉にて、『アメリカン・エピック エピソード4 セッションズ』鑑賞。(原題『American Epic Episode "The American Epic Sessionsw"』、監督:バーナード・マクマホン。ジャック・ホワイト、ナズ、アラバマ・シェイクス、ロス・ロボス、エルトン・ジョン、タージ・マハール、ベティ・ラヴェット、アヴェット・ブラザーズ、リアノン・ギデンズ、ウィリー・ネルソン、マール・ハガードほか。2017、米BBC/PBS)。1925年の機材を復活させての現代の音楽家によるレコーディング・セッションの模様のドキュメンタリーで、そういう意味ではエピソード3まで(歴史を掘り起こす)とは趣が異なるが、演奏するのは基本的に、このシリーズで採り上げてきた時代のもの。それが現代の演奏者によって新たな命を吹き込まれ、さらに当時の機材で録音されるという捻れたような設定に興奮を覚える。そして映画中流れる演奏は、恐らく当時の機材で録音されたものと思われるが(ただしちゃんと確認してはいない)、古い機材を通してもなお音に今の命が感じられる点に驚く。録音開始の直前に装置を動かす錘の紐が切れて床に落ちたり、演奏中に謎のノイズが発生したり、あるいはBECK『Fourteen Ricers Forteen Floods』でコーラス帯の音量が大きすぎ何度もやり直しをしたりなど、その時代の機材ならではのトラブルとその対処や撮り方も含め、最高であった。また観たい→バスで亀戸へ。バスを待っていたら、杖をついて白髪を伸ばしっぱなしの作業服のお爺さんが「バスあと何分で来るの」と話しかけてきたので当たり障りのない話しをしてたら、最初はにこやかだったがふと気づいたらなんだか険しい表情になっていて、お爺さんの住むアパートの住人から二万円借りて馬券買ったら当たり、色をつけて返したのに、そのあとでお金貸してくれた人がそのアパートの大家にまるで告げ口するように「あいつに金貸した」などごちゃごちゃ言ったと知り、ふざけるなとケンカになって負けそうになったがなんとか勝った、という話をしてくれた。面白かったので、バスに乗る順序を譲ってあげた→亀戸着いてからしばらく町をぶらぶらし、〈くろさわ整体院〉の近くまで来たら偶然整体師と出くわし声をかけてくれて、迷わず到着。小一時間施術を受ける。左の五十肩の痛みは簡単には消えないが、腕が後ろに回るようになり、身体全体も嘘のように軽くなった。初回は一万円で60分の施術を受けられるのも嬉しい。本日のお勘定であと二回受けられるし、少し通ってみよう→先日高岡さんに教えてもらった〈いぐち式〉で一杯。ムーンライダーズの貴重映像を教えてもらう。パパド、ほたるいか、春雨山椒、ビール中瓶×1、酎ハイ中×3→総武線で高円寺へ。座って少し眠ろうと思ったが、総武線が妙に混んでいて、最後まで立ったまま→〈ちんとんしゃん〉に年末のご挨拶。ちょいと一杯のつもりがたいそう飲んだ。いろいろ話して大いに笑ったが、途中から記憶なし→経堂に着いてから小腹が空いたと、〈夢亀らーめん〉にて水餃子、子供ラーメン、ビール中瓶×1/2→就寝時間不明。
12月28日(水) 昼前起床。白湯→風呂→カップヌードルカレー、生卵→本日はF式氏宅にて餅つきと宴会。ちょっと遅れて参加かなと思っていたら、また発熱。高くても37.4℃程度と大したことはないが、外出も多かったし、時節柄やはり大勢が集まるところに顔を出すのは控えようと、本日は失敬することにした。申し訳ない→レトルトのホワイトシチュー改造スパゲティ→晩まで横臥→『寺内貫太郎一家』見ながら安田道代27歳の色気に舌を巻きつつ、ポトフ(ウィンナーソーセージ、大根、さつまいも、蓮根、ニンジン)、牛肉と牛蒡の醤油炒め、白菜と油揚のおつけ、黒豆ご飯、金宮お湯割×2→まだ熱っぽいので、夜11時就寝。
12月29日(木) 朝7時半起床。白湯→白菜と油揚のおつけ、黒豆ご飯→老父の用事(通帳記帳、〈サミット〉にて買い物、郵便局にて年金手続き等、PC指南等)。牛乳買い忘れる→大晦日の天ぷらの材料など購入し帰宅→マグロ寿司五種盛り、鯖の押し寿司、ビール中瓶×1→『修道女』(原作:ドゥニ・ディドロ、原題『La Religieuse』、監督:ジャック・リヴェット。アンナ・カリーナ、クリスチアーヌ・レニエ、シャルル・ミロ、ミシュリーヌ・プレスル、フランシーヌ・ベルジェ、ジレット・バルビエ、フランシーヌ・ベルジェ、ピエール・メラン、カトリーヌ・ディアマン、ヨリ・ベルダン、マルク・エロー、ユベール・ビュティオン、ヴォルフガング・ライヒマン、フランシスコ・ラバル。1967、仏Les Films Impéria)。まずこの映画が描く世界の前提条件を学ぶのに忙しく、そのためただただ長く感じてしまい(実際には135分程度)、途中から入り込めなくなってしまった。描きたいことがなにか、表面的には理解したものの、これは再挑戦が必要→菊水堂ポテトチップス、チッチャロン・バラット、昨夜のポトフ、豚ロース酒粕漬けソテー、ビール中瓶×1、御酒×4→雑煮の鶏ガラ出汁を取り、出汁殻の始末まではしたものの、それ以外は何もせず早々に就寝。ひさしぶりにギターはちょいと弾いたが、左手の指先が柔になっていたし、曲も忘れていた。
12月30日(金) 朝7時半起床。白湯→白菜と油揚のおつけ、黒豆ご飯(薄焼き卵乗せ)→風呂→のし餅切り分け→即席ラーメン(鶏ガラ出汁、燻製卵、葱、刻み葱、おろしニンニク)→〈しらかめ〉にて年越し蕎麦受け取り→その足で昨日買い忘れた老父の牛乳を買い(オオゼキ)、それから正月の酒を試飲してから買おうと〈つきのや〉へ。なんとなく山廃の組み合わせをもらって(山廃にしてみた理由は特にない)、ああこれかないやこっちかなと考えていたところ、カンターで隣り合った先輩(イケノさんという方)がいろいろ教えてくれた。いろいろ教えてもらった結果、燗酒の味見も二種類ほどして、ああこれの燗はうまいなと、最初に決めたのと合わせて四合瓶を二本買うこととなった(それぞれの酒での最もうまい燗の温度は酒屋が教えてくれた)。二本買ったので、家内から酒代を預かって出かけたのだが、角打ちで飲んだ分も含むと足が出たものの、なんだかふわふわと楽しい時間となった→『カルメン故郷に帰る』(監督:木下惠介。坂本武、望月美惠子、佐田啓二、磯野秋雄、小池清、城澤勇夫、佐野周二、笠智衆、井川邦子、小沢栄、三井弘次、高峰秀子、小林トシ子、山路義人。1951、松竹)。前回観た際に改めて思った「人間と田舎というものをとても残酷に見て描いた映画」という感想は今回も一緒。そして「田舎者をかなり容赦なく描いていると感じたのだが、それでもなお温かい目線」という感想も一緒だが、補足しておくと、前半では田舎の人間の物のわかってなさも都会に出ていった人間の思い上がりの滑稽さも冷徹に描き、その中から終盤に向けて人間のどこかに隠れている温かさを徐々に引き出し描いていく、その塩梅に感心した。そしてやはり前回感じた「日本初の総天然色映画の題材としてこれを考えた監督と、それを許した会社や製作陣がほんとうは何を考えていたのかを知りたい」という感想も、また同様→牛肉牛蒡巻き、なます、田作り、鶏ガラ出汁殻始末、鮭粕漬けソテー、雑煮×2、ビール中瓶×1、ホッピー×3→夜10時就寝。
12月31日(土) 朝7時半起床。白湯→雑煮→おとつい老父の買い物で忘れてしまった牛乳と、雑煮用のほうれん草と出汁を配達。ガソリン補給して帰宅→『226』(監督:五社英雄。村中孝次、三浦友和、佐野史郎、勝野洋、萩原健一、本木雅弘、石橋保、竹中直人、加藤昌也、宅麻伸、奈月ひろ子、小田部通麿、高部知子、もたいまさこ、有川正治、田中浩、高峰三枝子、高桐真、増田順司、久我美子、早川雄三、芦田伸介、川谷拓三、八千草薫、丹波哲郎、加藤武、高松英郎、日下武史、長門裕之、藤谷美和子、渡瀬恒彦、根津甚八、梅宮辰夫、賀来千香子、名取裕子、南果歩、有森也実。1989、松竹富士)。天皇に会ったことも話をしたこともないのに、勝手に自分たちは天皇の代弁者と思い込み蛮行に及ぶ、という風に226事件を描いた、と受け取ったが果たして。しかしその初手の勘違いが日本男児、侍、維新といった言葉と結びついて勝手に転がっていき(もっとも映画では日本男児という言葉は使われてなかったと思うが)、転がっていく背景には雰囲気や気分に弱い日本人(日本人男性)の性質(身も蓋もなく言えば子供っぽい)が描かれていたように思う。で、そうした雰囲気や気分で動く類の男たちが起こす騒ぎは大きいが鎮圧も容易い、という話に思え、そういう見方をするならば226事件をかなり冷徹に捉えているのだなとも思うが、そう思う一方、皇道派≠フ面々をある種のヒロイシズムの上に描いているように思えないこともないので、油断がならない。それにしても皇道派≠フ面々が、自分たちの企てが失敗に終わったと思い知らされたのち、次々にそれぞれの妻の姿を思い起こすという演出は、彼らが哀れでならない。それにしても、知っているはずの顔が多数出ているのに、うじきつよし、鶴見辰吾、今井雅之、三上寛、三遊亭小遊三、坂田明、安田成美、仲代達矢、金子信雄、松方弘樹、大和田伸也、小野寺昭、田村高廣にはまったく気づかなかった(ほかにも宅麻伸、賀来千香子、名取裕子、芦田伸介、高峰三枝子など、あとで配役と合致させてわかったが鑑賞中は判別できなかった人多数)。しかしそれを再確認するためにもう一度観ようとは思わないな→柿ピー、チッチャロン・バラット、磯部焼き、釜玉そば(海苔)、ビール中瓶×2→午睡→風呂→紅白見ながら天ぷら(海老、南瓜、ニンジンかき揚げ、舞茸、ぶなしめじ)、マグロ刺身、年越し蕎麦、ビール中瓶×1、御酒×4。紅白ますます低調なり→日付変わった頃に就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記