2023年04月30日

4月まとめ(21〜30日)


世田谷区の区長選と区議選の期日前投票(「統一地方選挙」とはいうが、ぜんぜん「統一」ではない)、〈DEL HEIL 89〉初訪問、国領〈仙牛〉、散髪〜佃煮〜時計修理(断られた)〜スパイス類〜とんかつ、清水宏『母のおもかげ』、佐藤訪米『NEVER MIND DA 渋さ知らズ 番外地篇』 於新宿〈K'sシネマ〉、千葉泰樹『がめつい奴』。

4月21日(金) 深夜起床し録画整理など。我煎餅、ホッピー×2→朝方就寝→昼頃起床→蕪と油揚のおつけ、卵かけご飯、海苔→『蜂の巣の子供たち』を半分ほど観たところで眠くなったので午睡→夕方起きて世田谷区の区長選と区議選の期日前投票へ(一応「統一地方選挙」というが、今やぜんぜん「統一」ではない)→経堂駅前地下飲食街の〈せぴあ亭〉にて遅い昼というか早い晩というか(以前は千歳船橋駅近くの店にたまに行ったが、今や店はここしか残っていない模様)。枝豆、ジンギスカン焼き、えのきバター、深川あさり天、豚カレーもんじゃ、ビール中瓶×2.5。ひさしぶりに食べてみたらうまかったし、意外にうまく焼けた。満足→〈スタンド八九〉のあとを継いだ〈DEL HEIL 89〉に寄ってみる。雰囲気は違うが居心地のよさは変わらず。以前ここでもお会いしたマロさんがいらしたのでご一緒し、あとからヤマジュンさんもいらしたのでご挨拶。ビール一本で帰るつもりが、ビール中瓶×2、御酒×1。割と酔っ払ってちょいとはしゃいでしまった→帰宅後即就寝→深夜起床→朝方就寝。
4月22日(土) 朝11時起床。白湯、マヌカハニー→蕪と油揚のおつけ、ご飯、生卵、納豆、海苔→夕方、八幡山までバス、そこから国領。帰りのバス停を確認するなど少し歩き回ってから、何年かぶりに〈仙牛〉。ダーさんと一献。ダー遅れてきたので先に豆もやしナムル、ねぎたっぷり焼肉屋さんの冷奴、韓国のり、4色ナムル、タンすじ焼き、タン塩でまあまあ飲酒。ダー来てからはカルビ、ロース、ハラミ等。じゃん麺で〆。酒はビール中瓶×3ののち、焼酎水割り×3。開店から閉店までの長っ尻で飲んでしまい、しかもほぼご馳走になってしまった。演劇やドラマツルギーに関する話も楽しく、いい夜だった→帰途は八幡山からタクシー。昆布を水に浸けてから、夜0時頃就寝。
4月23日(日) 朝9時起床。白湯、マヌカハニー。腰から右脚にかけて症状悪化のため、起きてすぐコルセット着用。しばらく着用を続けないとダメな様子→昆布出汁取り、最初は味噌湯で誤魔化そうと思ったが結局おみおつけ製作。新玉葱と油揚のおつけ、たけのこご飯(昨晩土産にいただいた)→『蜂の巣の子供たち』(監督:清水宏。久保田晋一郎、千葉義勝、岩本豊、中村貞雄、平良喜代志、硲由夫、三原弘之、川西清、島村修作、御庄正一、夏木雅子、植谷森太郎、矢口渡、田島元、伊本紀洋史。1948、蜂の巣映画)。復員兵(島村修作)を中心にまとわりついたり離れたりしながら子供たちが成長していく様の描き方が、さりげないけれどもとても丁寧という印象。そして子供たちを見つめる視線がとても優しい。悪い大人も出てはくるが(叔父貴=御庄正一くらいだが)、戦後の混乱期の混乱をあまり描かないのは、子供たちの眼で見た戦後の混乱期を描いているからかなとも思ったが、そこのところはよくわからない。しかしあんなひどい混乱期でも、子供というのは希望の塊なのだなと思わせてくれる一作であった→冷やし納豆そば(生卵、刻み海苔)→『その後の蜂の巣の子供たち』(監督:清水宏。田島エイ子、千葉義勝、岩本豊、若林令子、大庭勝、久保田晋一郎、三原弘之、中村貞雄、川西清、硲由夫、平良喜代志、麥田シゲ子、馬場信衞、日守節子、大辻名名、宗秋月、谷紀男、原田三夫、船山源之助、御庄正一。1951、新東宝)。「蜂の巣」での生活が軌道に乗ったところに、自分では恵まれない子供たちにとっての助けになるようなことをしようと集まってくる大人たちの一人よがりの様子を意地悪く描いているのが面白い(子供たちにとっては、戦後の混乱期の苦労よりも切実な問題として描いたのかなと思ったが、果たして)。正公と次郎が関西に逃げてから終幕の解決までの展開が、やや尻すぼみかなという感じはした。清水宏だからなにか意図はあるのだろうが、そこが私には汲めなかった→長らく冷凍放置してあった昆布出汁殻で酢昆布製作→風呂→賄い当番→トマトとピーマンのサラダ(オリーブ油、バルサミコ酢、粉チーズ)、洋風煮物(キャベツ、じゃがいも、ニンジン、潰しニンニク、鶏がらスープの素)、うずらの卵の漬け(ウスターソース、ソフリット)、鮭塩焼き、新生姜粥、酢昆布、ビール中瓶×1→『もぐら横丁』(原作:尾崎一雄『もぐら横丁』/『なめくぢ横丁』/『芳兵衛物語』など、監督:清水宏。島崎雪子、佐野周二、花岡菊子、片桐余四郎、宇野重吉、千秋実、杉寛、和田孝、増田順二、若山セツ子、天知茂、日守新一、森繁久彌、堀越節子、磯野秋雄。1953、新東宝)。貧乏な文士(佐野周二)とそこに嫁いだ若い妻の物語だが、現代よりもいろいろゆるい時代とはいえ、食うに困り家賃もためて質屋通いを余儀なくされる妻(島崎雪子)がひたすら明るく朗らかな、その塩梅が素晴らしく、観ているこちらも自然と笑みを浮かべてしまう。周囲の友人たちや大家、質屋などののん気で優しい様の描き方もよいし、妻が行方不明になったと思ったらラジオののど自慢(劇中では「智恵くらべ歌くらべ」という番組名)で鐘三つ鳴らして賞金を得て急場を凌ぐという展開や、終盤で文士が芥川賞に輝くという展開も、とってつけたようなのにそれが気にならず感動させられてしまう何かがあると思った(実際、感動して涙が出てきた)。本筋とは関係ないが、終幕で仲見世や六区など当時の浅草風景が見られるのも貴重。天知茂はまだ駆け出しだったのか姿を見つけられなかったが(おそらく下宿の学生のひとり)、インチキ薬屋に扮する森繁久弥の藝達者ぶりには舌を巻いた。尾崎士郎、丹羽文雄、檀一雄が特別出演しているそうだが、彼らの姿も見つけられず→菊水堂ポテトチップス、おむすび小×2(梅かつお、コンビーフ)、ビール中瓶×1→『人間の証明』(原作:森村誠一、監督:佐藤純彌。ジョー山中、テレサ・メリット、岡田茉莉子、島崎奈々、松田優作、鶴田浩二、ハナ肇、峰岸徹、地井武男、夏八木勲、范文雀、岩城滉一、高沢順子、小川宏、露木茂、長門裕之、鈴木ヒロミツ、シェリー、三船敏郎、田村順子、菅野忠彦、石井明人、ジョージ・ケネディ、リック・ジェイソン、ロバート・アール・ジョーンズ、坂口良子、大滝秀治、佐藤蛾次郎、伴淳三郎、竹下景子、西川峰子、北林谷栄、ジャネット八田。1977、東映洋画)。改めて、しっかり作られた映画と思うし(原作からの改変も含めて)、著名俳優をちょい役として散らばせる散らばせ方とかカメオ出演とか、後世に残る映画だなあという感慨を得たが、しかしその反面、話の展開はもとより犯人も動機も、主たるミステリーの周囲を飾る様々な要素もすべて承知した上で繰り返し鑑賞に耐える作品かといえばそうでもないかな、とも思った。原作者のカメオ出演はすっかり忘れていて見逃したが、ジャネット八田、深作欣二、今野雄二、角川春樹らは、今回キャスト一覧を眺めて初めて出演しているのを知った→御酒×2、金宮酎ハイ×1、即席ラーメン(海苔)→朝方5時就寝。
4月24日(月) 朝11時起床。白湯、マヌカハニー→新玉葱と油揚のおつけ、粥、梅干し、小玉西瓜奈良漬、木の芽佃煮→予定より二週間遅れで〈中江クリニック〉受診。さすがに二週間クスリ切らしていたら血圧上昇、その旨を伝えるが、クスリの処方が少し変わっただけだった→クスリの処方が変わったことで薬局で何か聞かれるのが面倒で、薬局を変えることにした。そもそも今日利用したほうが近い→〈春日屋〉でコロッケ買おうと思ったら休み。〈大橋とうふ店〉でおからコロッケ買い、その向かいにできた惣菜やでメンチカツと牛すじ煮込みを購入して帰宅→最近観た映画(『ムーン・シャーク』『もぐら横丁』)観ながら飲酒。おからコロッケ、メンチカツ、牛すじ煮込み、刺身(黒鯛、鰆)、焼き鳥(皮、レバー、正肉、軟骨、つくね、ねぎま)、茹でカリフラワー、新玉葱と油揚のおつけ、卵粥、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×5→食後眠くなって就寝→深夜起床、風呂→午前5時半就寝。
4月25日(火) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー→卵粥→木村久邇典『男としての人生 : 山本周五郎のヒーローたち』届く。Amazon、ヤフオク、メルカリなどでは一万〜二万に値がついていたが、長崎の古本屋で500円だった→昼前〈GENT+HONEY〉にて散髪。『男としての〜』を教えてくれたA利さんも本書を購入したそうだが、ウン千円だったとのこと→地下鉄乗り継いで浅草橋。〈小松屋〉で佃煮購入→10番柳橋中央通りにて南めぐりんに乗車。かっぱ橋や鷲神社までぐるりと巡って4番新御徒町と思ったが、時間がもったいないのでやめにして、14番三筋老人福祉館東で降りて春日通りを歩くことにする→〈フジ時計サービス〉に老父の時計を持ち込むも、この手のは扱ってないとのことで残念。また探さなければ→〈大津屋商店〉でスパイス類購入。まだコロナ体制で店内に客を入れないので、やはり家でメモしていくのが正解→〈井泉〉で昼。ロースカツ、ビール中瓶×1→平和に電車で帰宅。経堂からタクシーかなと思ったが、経堂界隈はまだ降っておらず、電車でうとうとしたら元気になったので徒歩にて→土産に買った〈井泉〉のカツサンド肴にビール中瓶×1→午睡→風呂→賄い当番→洋風煮物(ウィンナー、じゃがいも、ニンジン、ニンニク、チキンコンソメ、クミンシード、ブラックペッパー)、鯖水煮缶詰(新玉葱)、酢昆布、ビール中瓶×1、御酒×1。きつねわかめそばの用意もしていたが(汁のみ)、途中でお腹いっぱいになり断念→午前2時就寝。
4月26日(水) 朝7時半起床。白湯→オムライス(コンビーフご飯+ニンジン、新玉葱)→着替えてコルセットも装着したものの急激に眠くなり早い午睡。低気圧の所為か→昼過ぎ起床しきつねわかめそば、御酒×1→『母のおもかげ』(監督:清水宏。毛利充宏、村田知栄子、南左斗子、根上淳、清川玉枝、淡島千景、見明凡太朗、入江洋佑、林家三平、南方伸夫、安本幸代、大山健二、高見貫、中田勉、花布辰男。1959、大映スコープ)。母に先立たれたまだ小さい子供(道夫=毛利充宏。小学校低学年と思われる)に新しい母親が来ることになり、子供が新しい母親を受け入れることへの葛藤、また新しく家族になる面々が抱く家族となることへの葛藤を描く、という点では、今となっては目新しい物語ではないが、そういう状況下での子供の気持ちに焦点を当てようとする監督の意識が強く伝わってくる点が、この映画の大きな特徴であり魅力であると思った。清水宏は基本的に、人々や人々を取り巻く世間への眼差しの優しい映画作家と思うが、本作での、子供が新しい母親をお母さんと呼ぶ練習をしながらそこにはいない新しい母親に甘える素振りを見せるところの微笑ましさは鮮やかだし、そこから急転直下、新しい妹(エミ子=安本幸代)が伝書鳩(本来の母親の形見)を逃してしまったとわかったあとの道夫の狂乱ぶりには、肺腑を抉られる気持ちになるほどの残酷な視線も感じた。周囲の大人たち(道夫の父=根上淳、新しい母=淡島千景、ふたりの再婚を進めた豆腐屋一家=見明凡太朗/村田知栄子/南左斗子など)の、子供たちへの優しさを湛えた演技やそこへの演出も、一人よがりでお節介な様子の表現も含めて素晴らしい。清水宏が小津安二郎ほど注目されないのが不思議、という言説に納得させられる一本と思う→賄い当番→風呂→アボカドと菊水堂ポテトチップス、チッチャロン・バラット、新玉葱のサラダ(煎酒、オリーブ油、わさび)、そら豆、れんこんすり流しのおつけ、舞茸粥、佃煮(生あみ、きゃら蕗、小えび)、酢昆布、ビール中瓶×1、御酒×2(3?)→夜11時頃就寝。
4月27日(木) 朝8時起床。白湯、マヌカハニー→朝ドラ二本見たところで眠くなり、11時まで寝る→れんこんすり流しのおつけ、舞茸粥、佃煮(生あみ、きゃら蕗、小えび)→午後、老父買い物代行(サミット)および病院付き添い。〈所澤クリニック〉が移転し少し遠くなったので、クルマで送迎。交通量が少ないので駐車場に入れるのに難はないが、たまたま鉢合わせしたら面倒くさそうではある→並びの〈ダイエーグルメシティ〉に寄ってから送り届け、帰宅→『何故彼女等はそうなったか』(原作:竹田敏彦、監督:清水宏。三重明子、藤木の実、三ツ矢歌子、池内淳子、井波静子、中村雅子、高橋豊子、香川京子、田原知佐子、国友和歌子、杉寛、平沼徹、宇治みさ子、築地博、桂京子、高橋まゆみ、花岡菊子、扇恵子、浪花千栄子、藤村昌子。1976、新東宝)。題名の「何故」という問いの答えが「社会、世間」である点には賛成するが、映画表現として考えると、学園に収容された少女たちひとりひとりの個性があまり際立っていなかったり、物語構成の切れ味が悪いような印象があったりと、観る者を引き込むような力強さを感じることはなかった(身上書が提示されるのは畑弘子と宮井トミ子だけだが、身上書の提示から物語が始まる=焦点が当てられる少女がもっといたほうが、物語の流れに乗りやすいように思った。が、そもそも観る者が流れに乗りやすい物語を作ろうとしたかどうかはわからない)。とはいえ、少女各々に救いが現れるようで現れない様子を積み重ねていって、最後に学園の先生(香川京子)が女郎屋の女将(浪花千栄子)に敗れ去るという結末は、「社会、世間」という答えを鮮やかに印象付けるため、だろうと思うが、そういう意味では鮮やかかつ強烈であった。と考えると、鑑賞途中に何度も感じた「物語構成の切れ味が悪いような印象」は誤った捉え方であったかもしれない→菊水堂ポテトチップス、チッチャロン・バラット、冷やし天玉そば、ビール中瓶×1→夜8時いったん就寝(多分夜中に起きるだろう)。
4月28日(金) 案の定、0時過ぎ起床。しかし眠気は去らないまま→風呂→『恋に落ちたら…』(原題『Mad Dog and Glory』、監督:ジョン・マクノートン。デレック・アヌンシアティオン、ダグ・ハラ、エバン・ライオネル、アンソニー・カンナータ、ロバート・デ・ニーロ、デイヴィッド・カルーソ、ビル・マーレイ、キャシー・ベイカー、ジャック・ウォレス、マイク・スター、リチャード・バイザー、ユマ・サーマン、トム・トールズ。1992、米Universal Pictures)。おおロバート・デ・ニーロとユマ・サーマンの共演、と思って録画したが、観始めたら一年ほど前に観ていたことを思い出した。その際の感想「それなりの年月勤め上げた鑑識課の刑事とそこそこ地位を築いたマフィアがひとりの女を間に小学生並みのケンカをするというのが可笑しい。マフィア(ビル・マーレイ)が最後に「友達になれると思ったのに」というところが、その芝居も含めて最高であった。デイヴィッド・カルーソとマイク・スター、デ・ニーロとビル・マーレイの決着が結局肉弾戦≠ネのも、緊迫感を醸し出しつつなんだか平和なのがよかった」は、ほぼそのまま。一年前に思ったか思わなかったかは忘れたが、デ・ニーロ扮する写真家志望だった刑事(鑑識官)マッド・ドッグが「自分の写真は、創造せずただ見つけるだけだ」(引用不正確)というところと、ユマ・サーマン扮するギャングのボス(ビル・マーレイ)の愛人と心通じたあと、殺人現場に赴くやジュークボックスでルイ・プリマの『Just A Gigolo』かけて踊りながら鑑識するところが、今回は印象に残った(マッド・ドッグが現場の死体写真を額装して部屋に飾っているのは、もちろん覚えていたが)→佃煮(生あみ、きゃら蕗、小えび)、ベーコンエッグ、磯部焼き、金宮酎ハイ×2→朝方4時半就寝→午前11時起床。白湯、マヌカハニー→れんこんすり流しのおつけ、舞茸粥(コンビーフ)→すぐに昼。冷やし卵かけうどん(刻み葱、白胡麻、おろし生姜、刻み海苔)→夕方新宿に出て、〈K'sシネマ〉にて『NEVER MIND DA 渋さ知らズ 番外地篇』(監督:佐藤訪米。不破大輔、佐々木彩子、渋谷毅、林栄一、大友良英、山本精一、金平茂紀、スズキコージ、加藤崇之、のなか悟空、片山広明、渡部真一、戌井昭人、山下敦弘、高岡大祐、フェダイン、渋さ知らズオーケストラ(順不同)。2023、ブライトホース・フィルム)。渋さ知らズ部外者≠フ私には、渋さ知らズとは結局なんなのか、すっと腑に落ちる説明なり表現なりが少なかったような印象は残るが、そういう七面倒なことを考えずに、渋さ知らズに集まった人たちが音楽に対してどんな考えを持ってどんな風に取り組んでいるのか、という、本作を構成する個々の要素を追っていくだけでも、ただただ楽しかった。それと、1989年結成という渋さ知らズだが、60年代のアングラ文化が背景に色濃くあることを知ることができてのもよかった。聞き手(かつて渋さ知らズに参加していた佐々木彩子)が話し手(渋さ知らズゆかりの音楽家たち)と、話したあとに音楽で共演するというのは、とても面白かったな。続編(渋さ知らズのライブ映像と、合間に会場の外でリアルタイムでライブ配信?を楽しんでいるという芝居をする人たち≠フ場面を挟むという企画らしい)も楽しみである→「音楽で共演」の場面にとても心躍り、演奏の途中で声を出したり踊ったり、演奏終わりで拍手をしたくなったりしたが、場内静かだったので、一応大人しくしていた。が、最終盤の「本田工務店のテーマ」辺りから、客席に自然な感じで手拍子をしたり歌ったりする人が。声の様子から佐々木彩子ご本人とわかり、会場の空気もなんだかほどけて、映画終了と同時に拍手喝采が起きたのがよかった。終映後の監督との会話も面白かった(最後はなぜか松田聖子の歌を歌い始めた)→会場でユーピンにばったり。次(高円寺〈ちんとんしゃん〉)があったがせっかくなのでとお誘いし、しかし当てにしていた〈石の家〉に振られ、どうしようかなとあるいて目の前に現れた〈陶玄房〉に入る。こちらも予約でいっぱいの様子だったが、一二時間なら大丈夫ということで飲み始める。はまぐりと生海苔、そら豆と貝柱、舞茸とチョリソのバジルピザ、ポーク卵、ビール中瓶×1、酎ハイ×2→結局一時間くらいでユーピンには失敬し、丸ノ内線で新高円寺へ。19時着と言っていたが、結局21時着。店内はなんだか渦が渦巻いている様子で、先日の「暗い歌を聴く会」でもご一緒した大学教員Iさんとワイシャツや帽子の話で盛り上がる。途中うとうとしたが、なんだかやけに楽しかった。ここではビール中瓶×2のみ。あと懸案だったちいちゃんへの入学祝いをやっと渡せた→平和に電車で帰宅→カップラーメン(醤油ラーメン)→シャワー→『警察日記 ブタ箱は満員』(原作:伊藤永之介、監督:若杉光夫。宮阪将嘉、常田富士男、島田敬一、嵯峨善兵、田口精一、吉永小百合、沢本忠雄、武藤章生、鶴丸睦彦、赤木蘭子、信欣三、宇野重吉、宮崎準、佐野浅夫、草薙幸二郎、大森義夫、大町文夫、米倉斉加年、斎藤美和、大滝秀治、衣笠力矢、斎藤雄一、黒田郷子、佐々木すみ江、新田昌玄。1961、日活)。どうしちゃったんだろうというくらいの駄作というか失敗作というか。田舎は貧乏で生活がつらい、ということをユーモラスに描く群像喜劇を目指しているような気もするが、しかしユーモアへの意思はなんとなくわかるものの笑いを誘う要素はほぼないし、あっても不発(よくてすべっている£度)。常田富士男も吉永小百合も大滝秀治も米倉斉加年もまだ映画界では出世前?のようだが(常田富士男はこれが映画デビューのようだ)それにしてもまったく精彩を欠いているし、宇野重吉と信欣三はすでに名優、ベテランでいい仕事を多数経ているはずなのに、これまたまったく活かされていない。およそ商業映画でこれほど下手くそなものは初めて観たように思ったが、当時の世評はどうだったのだろう。ネット上には、最近の人が書いた、当時の世相を反映している、という好意的な感想しか見当たらなかった→ビール中瓶×1飲んでから就寝。午前5時頃。
4月29日(土) 昼頃起床→味噌湯(昆布出汁)、梅じゃこおむすび→『若い樹々』(原作:壷井栄、監督:原田治夫。市川好郎、姿美千子、高野通子、青山ミチ、村田知栄子、瀧花久子、町田博子、須藤恒子、倉石功、八潮悠子、三田村元、渚まゆみ、穂高のり子、岸正子、平井岐代子、小山内淳、本郷功次郎、堀川真智子、森矢雄二、竹村洋介。1963、大映)。家庭の経済事情で高校に上がれず、それでも東京に出て働けば夜間高校に行けるのではと期待を胸に状況し、女中の口にありつくも奉公先はことごとく田舎の貧乏人に差別的で旧弊で冷ややかで不親切。という状況の中から若者たちが自分の生き方を見つけて歩み出すという点で明朗篇≠ニいう評価も目にしたが、主人公の立花理々子(姿美千子)がひたすら素直で明るいのと比較すると、奉公先の奥さん、ご隠居、令嬢ら(妾腹の末っ子、蘭子=渚まゆみは除く)の態度のひどさが際立ち過ぎていて、明朗篇≠ニは呼びにくいし、観ていて不快でもある(理々子の友人千鶴子=高野通子が社長令息に騙されるくだりも救いがなさ過ぎる)。そういう描写が続く中で、彼女らの学校の先生(本郷功次郎)が「周囲の大人たちも君たちを心配して厳しくしている面もある。そういう面に気づかないのは、君たちが未熟だからだ」といったような説教を垂れ、それは正論の一面もあるけれども、この映画で出てくる大人たちに関していえばまったく当たっていないし大人たちの弁護にも若者へのエールにもなってないなと思った。よって、終幕(わざわざ蘭子が東京から田舎にやってくる)で救いが訪れ若者たちが未来に向かって歩き出すというのは、なんだかとても取ってつけたように思わせられた。『警察日記 ブタ箱は満員』と共通するテーマがあるという点では本作のほうがまだましだが、やはり駄作、失敗作という印象を得た→菊水堂ポテトチップス、胡麻玉そば、ビール中瓶×1→午睡→風呂→鶏ささみとカリフラワーの洋風煮物、じゃがいもとニンジンのバターソテー(ニンニク)、わかめと葱のおつけ、ご飯半膳、佃煮(生あみ、きゃら蕗、小えび)、ビール中瓶×1→『眼の壁』(原作:松本清張、監督:大庭秀雄。織田政雄、佐田啓二、三津田健、永井智雄、十朱久雄、鳳八千代、西村晃、小林十九二、福岡正剛、三谷幸子、渡辺文雄、多々良純、山路義人、宇佐美淳也、水上令子、朝丘雪路、伊久美愛子、高木信夫、左卜全。1958、松竹)。これまた一年ほど前に観たことを忘れた観た。一年前の感想は「世話になった上司の自殺を巡り、最初は義憤から調査を開始した若い会社員が次第に謎を究明することに憑かれていく、という流れの映像化には成功していると思った。真犯人たちが人里離れた山村の出身ということろこで、映画を観ている最中はピンとこなかったが、原作では被差別部落がモチーフというのが云々されたそうで、そうと知って観ていたらまた印象が違っていたかもしれない。とはいえ、犯人たちの首魁が三国人≠ニ思しき、とされている点で、犯罪ミステリーの影に差別の問題を意識していることを表現する意図もあったと見るのが妥当かもしれない。首魁の過去を知る村の男(左卜全)が、好意的かつ懐かしそうに首魁を追い詰めていくところはこの映画の白眉と思うが、同時に、ぱっと思い出すのは新興旅行の場面にちょっとだけ登場する朝丘雪路(原作には登場しない)で、そういう点が映画の面白さだなあとも思う」だが、「首魁」と「首魁の過去を知る村の男(左卜全)」の集落が肉を扱っている集落=i肉を溶かすために硫酸を扱っている)という設定から、そうかなと気づくべきだったかなと思った。首魁≠ェ身を隠しているのが田舎の精神病院でそこに硫酸のプールがあるという点なども、改めてかなり危ない$ン定を採用したのだなあと思う。もっとも映画を作る側は、売れている小説の映画化がどうしたら実現するか、と考えて作ったのではないかな、という印象はあるが、果たして→1982年と1983年のNHK『YOU』の、坂本龍一(矢野顕子やYMOの面々)が出演した回を見る。番組内容の勘違いは自分のあれとして、今見て懐かしいいい気持ちになるかなと思っていたが、なんだかいやあな気持ちになったのに驚き、またそれが面白かった。今見ると、糸井重里は音楽のことをあまりわかってなかったのではないかなという印象。あと参加者が、それぞれの必然から音楽を演っているのではなく、外側の事情(この場合は坂本龍一やYMOが出る番組への参加)から音楽を演っているように見えたのも、今見るときついなあと思った。まあでも、改めて見ていろいろ面白くはあった。参加者はみな同世代。今はなにをされているのだろうか→金宮酎ハイ×3→午前4時頃就寝。
4月30日(日) 昼頃起床→わかめと葱のおつけ、ご飯、納豆、海苔→『笑点特大号』『新・日本風土記(野毛)』『浅草お茶の間寄席』など横目で見ながら晩の支度。『浅草お茶の間寄席』には当代圓歌が出ていたが、まだ見る気にはなれないな→『がめつい奴』(監督:千葉泰樹。中山千夏、高島忠夫、森雅之、安西郷子、団令子、草笛光子、原知佐子、三益愛子、沢村いき雄、田武謙三、天本英世、藤木悠、森繁久彌、西村晃、山茶花究、多々良純、中村是好、木匠マユリ、加東大介、宮田羊容。1960、東宝)。分類としては娯楽喜劇ということになるのだろうが、大阪・釜ヶ崎の戦後十年経つか経たないかの貧民窟を容赦なく描写したという点では社会派ドラマの趣もあり。いや社会派といえば社会派だが、貧民たちを取り巻く社会を外側から描きそこに内包される問題を炙り出すというよりは、貧民たちの中に潜り込んでその生態を活写した、というのが正確かもしれない。むろん、貧民たちの実際の生活をどの程度写し取ったかは私にはわからないが、各々の生命力や生活力の強さ、同時に弱さ、どんなに近しい人間でも容易に信用しない(暴力を用いるにも時と場合を抜け目なく判断する)態度の描き方などには、真実味を感じさせられた。そういう生態の中で発せられる、お鹿婆さん=三益愛子が木賃ホテルの住民たちの米を盗みながら言う「ほどようせなあかん」やお鹿婆さんをその息子(高島忠夫)が殺そうとしている際にお鹿の娘婿(藤木悠)が放つ「これで殺してしまえ」、あるいは(誰の台詞か失念したが)「あんまり傍迷惑なことをするな」や「なんで悪いことをした人間を殺したのに罪になんねんな」という、社会のルール(法律)を超越したようなその世界の倫理観≠ェ無邪気に吐露されるのはなんだかとても快い。笑いを提供するような台詞、芝居、演出はないように思ったし、えげつない描写も多いが、登場人物それぞれの生命力・生活力の強さにも、妙なる嬉しさを感じさせられた。三益愛子の芝居は、ロングランの舞台で鍛えられただけあってさすがに手応えを感じさせられるが、同じ舞台に立った高島忠夫は役柄に似合わず生まれ持った上品さを隠せないのに妙な説得力を発揮していた。もともと木賃ホテルの土地の所有者一族の子供であった小山田初江(草笛光子)から土地の権利書を騙し取る熊吉(森雅之)とその内縁の妻(安西郷子)の迫力も見ものだし、終盤少しだけしか登場しないのに独特の存在感を放つ西村晃と山茶花究(くだんの権利書をさらに奪い取る土地のやくざ)も印象に残る。先に「笑いを提供するような台詞、芝居、演出はないように思った」と書いたが、お鹿の義理の弟という触れ込みで登場する森繁久弥が、唯一物語の緊張を笑いで緩和する(コメディリリーフ的な)役割だったか。中山千夏も確かに達者だったが、大騒ぎするほどではないように思えた→うずらの卵漬け(ウスターソース、ソフリット、赤唐辛子粉末)、キャベツとベーコンのスパイス炒め(コリアンダー、クミン、パプリカ、バルサミコ酢)、東京カレー(レトルト)+ニンジン・ニンニク・昨夜の洋風煮物、ご飯、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→エコー&ザ・バニーメン、ヘヴン17、レヴェル42などが出ている80年代の洋楽番組(NHK BSプレミアム『MUST BE UKTV』)を見て笑ってから就寝。夜11時頃。
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