2023年05月20日

5月まとめ(11〜20日)


鈴木清太郎(鈴木清順)『勝利をわが手に −港の乾杯−』、千歳船橋〈ホルモン やま〉〈マダムチョウの店〉、フィリップ・ド・ブロカ/ジャン=ポール・ベルモンド『アマゾンの男』、輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』再読、石井さだよし/星野茂樹『解体屋ゲン』50巻まで読了(全100巻中)。

5月11日(木) 朝11時起床→じゃがいもと油揚のおつけ、卵かけご飯、納豆、海苔→『勝利をわが手に −港の乾杯−』(監督:鈴木清太郎。三島耕、菅井一郎、天路圭子、武藤章生、青木富夫、久松晃、高野誠二郎、宮原徳平、花村信輝、衣笠一夫、野口豊、二木草之助、牧真介、南寿美子、芦田伸介、コロムビア・トップ・ライト、佐野浅夫、青木光一、弥島亨、永井柳太郎、山之辺閃、河津清三郎。1956、日活)。鈴木清順(本作では鈴木清太郎名義)の長編デビュー作。兄が弟に注ぐ兄弟愛と、南寿美子扮するヤクザの情婦の実のある美しさと、芦田伸介の悪い感じの底知れなさが印象に残る作品ではあるが、たとえば競馬騎手が八百長をせざるを得なくするのを凌ぎとするヤクザ(芦田伸介)がクラブのカウンターで酒を所望しつつ喋り終わるまでグラスをさりげなく伏せてバーテンに注がせないようにするとか、学生と労働者との酔った上でのどうしようもない会話とか、そういった細かい演出が随所で実に効いている。これが(のちの鈴木清順の)長編デビュー作、しかも歌謡映画として撮られたかと思うと、そら恐ろしい(が、のちの作品の傾向とか完成度とかを考えると当たり前とも思える)。日活映画にありがちなクラブはともかく、(先述した学生と労働者との酔った上でのどうしようもない会話も行われる)船員や地べたの人間御用達の酒場〈かもめ〉の描写も素晴らしい。その〈かもめ〉の女給・杉本早苗(天路圭子)の真心の描写が後半尻すぼみになる(弟・木崎次郎=牧真介の関心がもっぱらヤクザの情婦=南寿美子に傾いてしまう)ような印象がある点だけ、映画全体の均衡を考えると残念といえば残念か→菊水堂ポテトチップス、トルティーヤ、ビール中瓶×1.5、金宮酎ハイ×1→晩の支度→昨日観た『おけさ唄えば』を観ながら晩。キャベツとトマトのサラダ(ドレッシング=胡麻、ニンニク、新玉葱、オリーブ油、胡麻油、酢、煎酒、黒胡椒、粉チーズ)、ズッキーニと小海老の炒め(ニンニク)、鯖煮付け(生姜、葱)、じゃがいもと油揚のおつけ、グリーンピースご飯、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→『秋日和』(原作:里見ク、監督:小津安二郎。北竜二、中村伸郎、司葉子、原節子、笠智衆、佐分利信、高橋とよ、三宅邦子、田代百合子、設楽幸嗣、桑野みゆき、沢村貞子、島津雅彦、南美江、十朱久雄、岡田茉莉子、佐田啓二、渡辺文雄、三上真一郎、桜むつ子、竹田法一、菅原通済、川村耽平。1960、松竹)。 ひとり親の娘が結婚を決意するに当たり、残される親が再婚によって生活を固めるふりをする、あるいはそう考えたがやめにするという点では『晩秋』の女親版ということにはなるが、ひとり残されるのが女親ということで、『晩秋』ほどの重さはないように思う。これらの映画が撮られた時代では、男親は自分の身の回りの世話に苦労するが、女親にはその苦労はないので−−というと身も蓋もなく単純に過ぎるかもしれないが、そういう一面は間違いなくある。しかし「重さはない」といってもそれは作品がというよりは本作で描いた人間関係が自然と紡ぎ出すものであって、そこにしっかり家族とか、家族を取り巻く人間が描かれていて、感動や人間という可笑しな存在への(意地の悪さも含めた)温かい視線を感じることは言うまでもないと、改めて思った。あと、北竜二、中村伸郎、佐分利信らの悪童ならぬ悪親父たち(北竜二と中村伸郎は『秋刀魚の味』にも同様のキャラクターで出ている)のいたずらや悪ふざけが少し過ぎる気もするが、岡田茉莉子扮する下町の寿司屋の娘にやり込められるところは痛快だし、ただ笑わせるだけでなく物語を引き締める効果も発揮していると、今回やはり改めて思った→夜11時就寝。
5月12日(金) 朝8時半起床。白湯→温玉、じゃがいもと油揚のおつけ、グリーンピースご飯、佃煮(生あみ、きゃら蕗、小海老)→『her/世界でひとつの彼女』(原題『Her』、監督:スパイク・ジョーンズ。ホアキン・フェニックス、クリス・プラット、ルーニー・マーラ、スカーレット・ヨハンソン(声)、エイミー・アダムス、マット・レッシャー、オリヴィア・ワイルド、ローラ・カイ・チェン、ポーシャ・ダブルデイ。2013、米Warner Bros.)。AI(本作内では「OS」と呼ばれる)が日常にいる°゚未来を描いた映画だが、センセーショナルだったりショッキングだったりせず、そういう日常を自然に柔らかく描いている点が面白かった。終盤、主人公(ホアキン・フェニックス)が恋人だと思っていたAIから実はxxx人恋人≠ェいると告げられるところなど、AIの危険性や暴走に警鐘を鳴らすわけでもなく、そういうものではなかろうかという自然な発想で描かれているように感じた。あと、AIとのセックスが言葉の別の(本来の?)意味でのOral Sex(口述の/話し言葉によるセックス)というのにもはっとさせられた。ただし「センセーショナルだったりショッキングだったりせず、そういう日常を自然に柔らかく描」こうとした所為かどうかはわからないが、起伏を感じさせない物語なので、やや退屈を覚えはした→菊水堂ポテトチップス、釜揚げたぬきそば(うずらの卵×3)、ビール中瓶×1→風呂→夕方、千歳船橋の〈ホルモン やま〉にてご近所会食(ユーピン・まんちん夫妻、坊流師匠、ガラボ嬢)。ホルモンどれもうまくて、途中で満腹感を覚えたがすぐに復活して〆の焼きおにぎりまで(しかし生焼けのホルモンを二回も口にいれてしまい、噛み切れずに飲み込み、二軒めで戻したのだった。バカだ)。7年ぶりだったが、行ってよかった。ご提案いただいたまんちんに感謝→二軒めは以前からずっと気になっていた〈マダムチョウの店〉へ。いわゆるカラオケスナックだが、店内ゆったりしていて踊れるスペースもあり、リアル〈OLD JACK & ROSE〉という趣(マスターらしき男性は見当たらなかったが)。なんだか自由が横溢していて、ついはしゃいでしまった。小林旭「赤いトラクター」を熱唱し、O形が歌う「夜桜お七」の後ろでシンバルで加勢したら、盛り上げたご褒美か、おひねりをいただいてしまった→結局六時間ほど飲み上げ帰宅。即席ラーメン1/2を啜ってから就寝。
5月13日(土) 宿酔で終日横臥→朝、じゃがいもと油揚のおつけ、グリーンピースご飯、酢昆布、佃煮(木の芽)→昼、釜揚げたぬき月見そば→夜、塩キャベツ、わかめと油揚のおつけ、鰯炊き込みご飯、胡麻→風呂→『東京画』(原題『Tokyo-Ga』、監督:ヴィム・ヴェンダース。笠智衆、厚田雄春、ヴェルナー・ヘルツォーク、クリス・マルケル、ナレーション:ヴィム・ヴェンダース。『東京物語』より笠智衆、東山千栄子、高橋豊子、原節子、香川京子。1985、米Gray City)。2016年に観た際の感想「旅の思い出ビデオ垂れ流しか。笠智衆と厚田雄春への取材はヴィム・ヴェンダースのナレーションなし/無編集でそのまま見たい。小津映画をちゃんと見たくなることだけがこの映画の、私にとっての意義かな」は今回も同様。ヴィム・ヴェンダースが小津映画を観てきて何を考えたか、がわかるというよさはあるし、1983年の東京の映像記録という点では貴重ではあろうが、退屈な絵が連続するという点では感想は変わらない。今回改めて観ての収穫は、50mmのレンズで撮った絵の再確認や厚田雄春が語る技術論の再確認。『ラ・ジュテ』のクルス・マルケル監督の姿が拝めたくらいか(2016年時点では、恥ずかしながら『ラ・ジュテ』も知らなかった)。『東京画』と題し、冒頭で小津映画について「同じような人々の/同じ物語を/同じ街東京を舞台に物語る」と語り、『東京物語』を引用しながら、しかしその引用が本作の冒頭と終幕に『東京物語』の尾道の場面を配するのみ、というのは、ヴィム・ヴェンダース自身が他所から東京にやってきてまた他所に去っていく、ということの投影かと思ったが、果たして→ビール中瓶×1→夜1時就寝。
5月14日(日) 午前11時半起床→わかめと油揚のおつけ、鰯炊き込みご飯、鰯ワタ塩辛→居間の片付け(裏白チラシのメモ化など)とビデオデッキ用のクリーニングカセットの注文など→即席ラーメン1/2(胡麻、小エビとニンニク入り炒り卵)→『時代劇スペシャル 道場破り』(原作:山本周五郎「雨あがる」「雪の上の霜」より、監督:瀬川昌治。由紀さおり、若山富三郎、成瀬正、水谷亜希子、花沢徳衛、三谷昇、三角八朗、飛鳥裕子、鄭𤧞玲、辻シゲル、草野大悟、中谷一郎、伊吹聰太郎、内藤武敏。1982、FNN)。芝居としては由紀さおりと若山富三郎のところ以外はまあよくある時代劇という趣だが(安宿に泊まっている人たちが、ずるさも持ち合わせていながら心がきれいに見える芝居と演出はよい)、妙(由紀さおり)が伊兵衛(若山富三郎)の私利私欲によるものではない道場破りや賭け試合を許す場面は、これでようやく夫婦になった、という安心と感動を感じさせられた。山本周五郎のふたつの原作を組み合わせたそうだが、原作についてはもう忘れてしまったものの、ふたつをうまく工夫して物語を構築したのだなあという感触は得た。仮に山本周五郎原作のドラマを撮ってみたところで、もうこういう味わいはなかなか出せないだろうなとは思うので、これを機にまた読み返してみようかなと思う→晩はピザを取ることにしたので、生野菜の用意のみ→『アマゾンの男』(原題『Amazone』、監督:フィリップ・ド・ブロカ。ジャン=ポール・ベルモンド、ティルダ・バレ、Jackie De la Nuez、ロニー・バンドーモ・カサノヴァ、アリエル・ドンバール、アンドレ・ペンヴルン、パトリック・ブシテー、ダニエル・ヘルナンデス。2000、仏伊Bac Films)。ジャン=ポール・ベルモンドとフィリップ・ド・ブロカが長の歳月を経てまた組んでくれただけでも嬉しい一作。よくぞ撮ってくれた。酔っ払って観てたので細かいところは全くわからないし、さすがにジャン=ポール・ベルモンドもアクションはほとんどなく、映画も不思議系?の物語ではあったが、酔いながらぺちゃくちゃ喋りながらでも話の流れや肝になる場面がすっと入ってくるところはすごいなあと思った。あとで素面でまた観るとして、Blu-Rayボックス買っておいてよかった。主演女優は最初タラ・リードかと思ったらアリエル・ドンバールという、ロマン・ポランスキー『テス』、アラン・ロブ=グリエ『囚われの美女』、エリック・ロメール『聖杯伝説』『美しき結婚』『囚われの美女』『木と市長と文化会館/または七つの偶然』に出ていた役者だった。『東京画』を観て改めてその存在を思い出したクリス・マルケルの『サン・ソレイユ』にも出ていたそうで、びっくり(芝居がずっと70年代風というか、往時の女優さんを彷彿とさせるのは演出ではあろうが、とてもよかった)→キャベツとニンジンのサラダ(小海老、オリーブ油、酢、塩、黒胡椒)、骨付きフライドチキン、チリガーリックポテト、アメリカン(ウルトラクリスピークラスト)、ビール中瓶×2、赤葡萄酒×1/2→夜9時過ぎ就寝。
5月15日(月) 午前0時過ぎ起床→風呂→入浴中、輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』読了(二回め)。細かいところはだいぶ(ほとんど)忘れていたので、刺激的な読書だった。いずれノートを取りながら精読したいが、果たして。一日一時間時間を取るようにしようかな→4月〜5月10日分までの日記を校正してブログに登録→ビール中瓶×1、御酒×1→朝6時就寝→朝10時起床。白湯→キャベツ千切り(酢)、ピザ(ガーリックマスター)2切れ、ポンジュース→昼過ぎ亀戸へ。まずは〈ローズカフェ〉にて昼(インディアンスパゲティ、ビール小瓶×1)。それからO形が高岡さん取材(私は読書)→〈いぐち式〉に移動し、ポークたまご、ヤングコーン丸焼き、アメーラトマト、ローズマリーポテト、赤海老紹興酒漬け、ほろにが×中7換算。ギタリストの石原岳さん、詩画人の人生さんともお初で一献。楽しい昨夜だった→平和に電車で帰宅。駅前でラーメンその他買い、帰宅後〆の醤油ラーメン(もやし、焼豚)→夜0時頃就寝。
5月16日(火) 昼頃起床。軽い宿酔→ピザふた切れ、ポンジュース→石井さだよし/星野茂樹『解体屋ゲン』全巻11円というセールをやっているのは知っていたが、本日ようやく全巻購入→月見胡麻うどん(揚げ玉、おろし生姜)→老父腕時計修理の見積もり届く。バンドの修理(部品交換)以外の本体修理は概算見積もり通り。その旨父に連絡→少し前にFacebookにて友達リクエストをくれた人(面識なし)に丁寧にお断りの返事をしたら、とつぜん変な日本語で怒り始めたので即ブロック。頭がおかしい人に見えるが、Facebook上に同じ名前で同じプロフィール、写真の人が数人いて、どういうことだか謎。近いうちに「友達リクエストは直接お会いしたことのある方のみ」とでもしようかしら→『紫頭巾』(原作:寿々喜多呂九平、監督:大西秀明。片岡栄二郎、山村聡、大河内傳次郎、吉田義夫、尾上華丈、阿部九洲男、矢奈木邦二郎、片岡千恵蔵、原健策、中田ダイマル、中田ラケット、桜町弘子、市丸、市川小太夫、里見浩太朗、千原しのぶ、高松錦之助、丘さとみ、月形龍之介、石井一雄。1958、東映)。ただただ痛快な時代劇だし、片岡千恵蔵の四役も変装したって知恵蔵とわかるので、ものすごい特徴がある作品ではないと思う。が、終盤の群舞から狩田秀麿が出てきて、かと思いきや紫頭巾いや新倉真十郎という流れは、これまたベタではあるが胸がすく。ちょい役ではあるが千原しのぶの粋な色気も見どころと思う→菊水堂ポテトチップス、焼きとうもろこし、焼豚、なめこ汁(油揚)、ご飯、納豆、ビール中瓶×2→『解体屋ゲン』を20巻まで読んでから就寝。なるほど面白い。午前5時頃。
5月17日(水) 朝8時半起床→なめこ汁(油揚)、ご飯、納豆、海苔→老父と昼食および買い物付き添い(〈深水庵〉にて冷やしなめこおろしそば、〈サミット〉〈クリエイト〉〈生協〉)→ガソリン補給し〈サミット〉で買い物してから帰宅→納豆巻き、ネギトロ巻き、ビール中瓶×1.5→午睡→風呂→『ビッグ』(原題『Big』、監督:ペニー・マーシャル。デヴィッド・モスコー、ジャレッド・ラシュトン、キンバリー・M・デイビス、マーセデス・ルール、ジョシュ・クラーク、マーク・バロウ、トム・ハンクス、ロケッツ・レッドグレア、ジョン・ロヴィッツ、ロバート・ロッジア、エリザベス・パーキンス。1988、米Twentieth Century Fox)。13歳の少年ジョッシュがとつぜん大人になったら…… という「もしもシリーズ」のような単純な設定を主にジョッシュ他役のトム・ハンクスとその(大人になってからいい仲になる)スーザン役のエリザベス・パーキンスがとてもよく活かしている、という印象。設定や物語の仕掛けが単純だからこそ、このふたりの芝居(もちろん脇を固める人たちの芝居)が活き、芝居が活かされているといえるかもしれない(主人公の少年が大人になったり戻ったりする際のアーケードゲーム?に何の説明がないのが却ってよいと思う)。大笑いするような要素はほとんどないが、笑いは随所に効いていて、大人ジョシュと社長(ロバート・ロッジア)がおもちゃ屋で足で弾くピアノに興じる場面は記憶に残る→菊水堂ポテトチップス、サラダ(キャベツ、トマト、オクラ、胡麻、干し海老、酢、オリーブ油)、鰯丸干し、焼豚、うずらの卵漬け、なめこ汁(油揚)、ご飯、納豆、ちりめんじゃこ、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×2→夜11時頃就寝。
5月18日(木) 午前11時半起床→なめこ汁、卵かけご飯、納豆、海苔→B電子仕事のやり取りなど→チッチャロン・バラット、青海苔煎餅、ペヤングソース焼きそば、金宮酎ハイ×1、ビールロング缶×1.5→午睡→晩の支度→風呂→本日当代市川猿之助の事件を聞き、地べたの人間にまで夢を届けるお役者様がなに洒落にならなないことやってんだと腹が立ったので、当代中村勘九郎主演の『浮かれ心中』を再見。やはりこうこなくっちゃ。満足→サラダ(キャベツ千切り、ピーマン千切り、オクラ千切り、ニンニクみじん切り胡麻油、胡麻、酢)、うさぎの肉じゃが(ニンジン、新玉葱)、青葱と油揚のおつけ、ご飯七分め、生あみ佃煮、梅干し、酢昆布、ビールロング缶×1.5、金宮酎ハイ×2→午前1時頃就寝。
5月19日(金) 朝8時半起床→青葱と油揚のおつけ、卵かけご飯、海苔、生あみ佃煮、酢昆布→B電子原稿直し。依頼時は最小限の情報のみでOKの旨進言→素うどん(うさぎ肉じゃが出汁、おろし生姜)→今日こそカレーを作ることにして、〈サミット〉に買い出し。運よく土砂降りの合間に出かけることができた(カレーについては先週辺りから、筍も終わりだし八百屋で水煮を買って鶏ももと…… と思っていたのだが、結局スーパーマーケットにて買い出しとなったので、鶏とキノコ類にした)→野菜クズを一掃するために出汁取り→『血槍富士』(原作:井上金太郎、監督:内田吐夢。島田照夫、片岡千恵蔵、加東大介、植木基晴、喜多川千鶴、植木千恵、田代百合子、横山運平、月形龍之介、加賀邦男、進藤英太郎、小川虎之助、杉狂児、渡辺篤、吉田義夫。1955、東映)。冒頭の富士山を大写ししたカットが見事。それに続いて主要な登場人物がほぼ全員一列に並んで登場するというのも面白いというか、人を喰っているような感じもする。その後ずっと事件らしい事件は起きず、せいぜい若様酒匂小十郎(島田照夫)の酒癖が悪かったり、身売りした娘を助けられなかったり違う娘を助けたり(田代百合子、横山運平、月形龍之介)、槍持ち(片岡千恵蔵)が浮浪児(植木基晴)や旅藝人の女(喜多川千鶴)と仲よくなったり、コソ泥(進藤英太郎)がとっ捕まったりと数は多いが山場というほどのものはなく、ゆったりとした時間がずっと流れ続ける。で、ようやく旅も平和に終わろうというところでとつぜん悲惨な事件が起き、槍持ちが勝ちはするが、すべてが虚しいままに終わるという、なんとも言えない味わいを味わわせてくれる。若様の、旅で一緒になった市井の人々を眺めての侍と違って素朴で屈託がなくてうらやましい≠ニいった台詞と(ただしこれはまったく不正確)、家来のひとり(加東大介)を伴って飲んでいるときに狼藉侍に絡まれ放った「下郎も同じ人間だ」という台詞が、そのなんとも言えない味わいの虚しさを強調している。どう捉えてよいのかよくわからない点はあるが、しみじみいい映画だとは思う。どういう関わり方をしているのかはわからないが、企画協力に伊藤大輔、小津安二郎、清水宏、溝口健二が名を連ねている→チッチャロン・バラット、青海苔煎餅、酢昆布、ビール中瓶×2→カレー製作→風呂→『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(原題『Raiders of the Lost Ark』、監督:スティーヴン・スピルバーグ。ハリソン・フォード、ポール・フリーマン、デンホルム・エリオット、カレン・アレン、ロナルド・レイシー、ジョン・リス=デイヴィス、ヴォルフ・カーラー。1981、米Paramount Pictures)。馴染みのある作品だと思っていたし、七年前にも一度観ているのだが、すっかり忘れていたのに驚いた。しかし七年前の感想も「もっと冒険活劇があったように記憶していたが、記憶よりも地味だった」とあるから、楽しく観て忘れてしまうような作品なのかもしれない。知っているつもりで飲み食いしながら観ていて、それでも理解の範囲を超えない物語ではあるのだが、集中して観ていないと見逃すようなディテイルも多い作品だなと、今回は思った。おそらく映画館で観た際もそれほど集中していなかったと思われるので(記憶のあり様から推測すると)、一度ちゃんと観てみなければ→キャベツとオクラと新玉葱のサラダ(胡麻、白ワインビネガー、オリーブ油、塩、黒胡椒)、細切りじゃがいもと小海老のバターソテー、鶏ときのこのカレー(舞茸、ぶなしめじ、ニンジン)、ターメリックレモンライス、トマトとピーマンの即席ピクルス、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ(レモン)×6→午前2時就寝。
5月20日(土) 午前11時起床→青葱と油揚のおつけ、鶏ときのこのカレー(舞茸、ぶなしめじ、ニンジン)、ターメリックレモンライス、トマトとピーマンの即席ピクルス、目玉焼き→数時間置いて即席熊本ラーメン(豚コマもやし炒め、おろしニンニク、胡麻、新玉葱みじん切り)→風呂→キャベツとピーマンとトマトのサラダ(胡麻、粉チーズ、酢、胡麻油)、ポーク&ベジタブルコルマ(ジャガイモ、ニンジン、蓮根)、鶏ときのこのカレー(舞茸、ぶなしめじ、ニンジン)、小海老入りバターターメリックレモンライス、針生姜酢漬け、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ(レモン)×2→『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』を途中まで観たが眠くなったので就寝。夜10時頃→深夜起床→『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(原題『Indiana Jones and the Temple of Doom』、監督:スティーヴン・スピルバーグ。ケイト・キャプショー、ロイ・チャオ、ハリソン・フォード、デヴィッド・ヴィップ、キー・ホイ・クァン、D・R・ナーナヤッカーラ、ロシャン・セス、フィリップ・ストーン、ラジ・シン、アムリーシュ・プリー。1984、米Paramount Pictures)。「ヌルハチ」や「タギー」(劇中では「サギー」)は一応史実(ヌルハチの遺灰が実在するかは知らない)。あとはそこから想像を膨らませた産物と言ってよいと思うが(細いところでは史料を参照しているだろうが)、ひょんなことからの冒険の末、疑惑を感じさせる集団に潜入し目的を果たして脱走するという単純な筋立てを、第一級の娯楽作品に仕上げた、という印象。Wikipediaには「本作はルーカスの強い意向で、前作に比べ暗い作風にをとることとなった」(原文ママ)とあるが、そうかな? と思う。そう言われればそう思えなくもないし、実際に離婚問題などを抱えた時期の作品だそうだが、冒頭のケイト・キャプショーの「Enything Goes」の歌(中国語)と踊りに始まり、ケイト・キャプショーとハリソン・フォードの恋の行方、インドでの食事の場面、迫力ある脱出などなど、随所に笑いや楽しさが満ちていたという印象で、暴力やインド(的な世界)への無理解なども感じつつ、それよりも観ていて楽しいという記憶のほうが強く残る作品だった。とはいいつつ、やはり考古学的要素がほぼ皆無という点は残念に思う→赤葡萄酒×一杯。朝方就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記