泉鏡花/野村芳亭/田中絹代『婦系図』、阪本順治/池松壮亮/寛一郎/黒木華『せかいのおきく』、「心細い散歩」整理完了、ビリー・ワイルダー/ジャック・レモン/シャーリー・マクレーン『アパートの鍵貸します』(7年ぶりn回め)、三島由紀夫/藤間勘祖/坂東玉三郎/中村勘三郎『シネマ歌舞伎 鰯賣戀曳網』、『ミロ展』 於東京都美術館、『なかだえり水彩画展』 於北千住〈奈可多”楼〉、ホン・サンス/キム・ミニ『逃げた女』、ホン・サンス/イ・ウンギョン/キム・デファン/パク・チンソン『豚が井戸に落ちた日』、ホン・サンス/シン・ソクホ/パク・ミソ『イントロダクション』。
4月11日(金) 朝5時起床。白湯→キャベツと油揚のおつけ、卵かけ御飯、納豆、海苔→食後早めの午睡→つけカレーうどん(鶏ささみ、玉葱、ニンニク、生姜、粉チーズ、うずらの卵×2)→〈時谷堂〉よりステットソンのMANISH THERMO KNITご届いたので、試着、頭囲調整など→プランク60秒、ねじり腹筋60秒→『婦系図』(原作:泉鏡花、監督:野村芳亭。飯田蝶子、河村黎吉、田中絹代、小林十九二、青木しのぶ、岡譲二、大塚君代、吉川満子、宮島健一、志賀靖郎、三井秀男、坂本武、日守新一、坪内美子、葛城文子、若水絹子、武田春郎、青野清、磯野秋雄、富士竜子、阿部正三郎。1934、松竹キネマ)。泉鏡花『婦系図』の初映画化にして、野村芳太郎の父野村芳亭の監督作品。厳密にいうと小説『婦系図』に戯曲『湯島の境内』を組み合わせた新派の脚本が元かなと思うが(有名な「切れるの別れるのって〜」という台詞は後者のもので、前者には出てこない)、物語はお馴染みだが、台詞やシーンが実にゆったりしていて、かといって間延びしているわけでもなく、登場人物の感情がほどよく伝わってくる−−序盤のお蔦(田中絹代)の朗らかさも、悲しみの深さや激しさが増す様子も−−をいい間で構成されているのが特徴と思った。先生℃井俊蔵(志賀靖郎)が弟子早瀬主税(岡譲二)のことを想って、というより、無責任で横暴で弟子の真心を弄んでいるように見えるのも、本作の特徴か、と思ったが果たして。それにしても、お蔦の田中絹代、早瀬主税に懸想する先生≠フ娘妙子の大塚君代、お蔦のよき友人(先輩)であり妙子の実の母でもある小芳の吉川満子、この三人の芝居は実に見事だった。原作からの省略の仕方にいささか乱暴なところがあったのは(早瀬がクビになるいきさつとか)気になったが、まあ気にならないと言えば気にならない。あと、映画そのものとは何の関係もないが、戦前の日本語の横書きも左から右≠ヘ読み慣れてはいるものの、本作冒頭のクレジットの「ムテスシ ヂンイレイハ スレズイノ」にはあまりにまごついて少しだけパニック状態に陥ってしまった(その上下に書かれた「ンーォフ竹松式端土」「ーキートルーオ」を見てようやくわかった)→柿ピー、酢昆布、うずらの卵目玉焼き(五個)、かぼちゃのヨーグルトサラダ、焼きうどん(油揚、鮭缶、白髪葱、ピーマン、ニンジン)、キャベツと油揚のおつけ、ビール中瓶×1、御酒×3→夕刻、突然の雷雨。春雷というやつか、違う趣もあったように思った→夜8時過ぎ就寝。
4月12日(土) 朝8時起床。白湯→風呂→キャベツと油揚のおつけ、卵かけ御飯(かつ節)→昼頃下高井戸まで歩き、〈Jazz Keirin〉前でO形と待ち合わせ昼。つけ汁うどん(豚肉、油揚、白ネギ、椎茸、竹の子)、ビール小瓶×1。店主は仕事中とつぜん半身が動かなくなり慌てたが、脳梗塞などではなかったとのこと。完治にはまだしばらくかかるとのことだが、大事でなくてよかった→〈三友〉〈いづみや〉などで買い物して帰宅。駅前でO2夫妻にばったり→『天龍下れば』(原作・監督:野村芳亭。竹内良一、江川宇礼雄、大山健二、川崎弘子、新井淳、若水絹子、八雲恵美子、水久保澄子、武田春郎、葛城文子、奈良真養、河村黎吉。1933、松竹キネマ)。大学の休暇に天龍下りを楽しみに(たぶん)天竜峡温泉(長野県飯田市)にやってきた学生三人−−木崎昇(竹内良一)、長田房雄(江川宇礼雄)、野々村剛(大山健二)−−が、宿屋で酒食中に、他の座敷で田舎大尽(新井淳)に絡まれていた藝者照香(川崎弘子)を助ける。聞けば照香は大学まで出た才媛ながら、父藤村三造(奈良真養)の事業の失敗と失踪から、縁のある藝者千代菊(八雲恵美子)の世話で藝者になったのだという。照香の案内で天龍下りを楽しんだ学生たちは東京に戻るが、そのうちのひとり野々村出した手紙を、木崎に心惹かれていた照香が間に受け、東京に出てきてしまう。最初のうちは照香を邪魔に思っていた木崎だが、じきにその真心に心ほだされ、想い合うようになるが、しかし照香は体調を崩す。長田やその妹小夜子(水久保澄子)の世話も虚しく、照香は療養のため飯田に戻ることになるが、病状悪化し、ついに父三造や姉藝者千代菊、そして木崎に看取られ、この世を去る…… という悲恋ものだが、物語はまあよくあるような感じだし、映画としても話の進み方がもたもたしていて、この翌年に撮られた『婦系図』ほどには感心しなかった。感心できなかった理由としては、現存するのが冒頭約4分と、16:30あたりから約2分が欠落≠オたものだということもあるかもしれない(とはいえ冒頭の欠落はほぼクレジットのみのようだし、16:30あたりから〜は、学生たちが天龍下りにでかけるシークエンスだそうだから、それほど大きな影響ではないとも思われる)。そんな中で、照香に扮した川崎弘子の芝居(むろん演出も含めて)のみ−−前半の朗らかさ、後半の病気をしてからの儚さ。病を得てからの「日傘が重いやうではもう駄目ね」「私ひとりが陽氣なのね」という台詞は(字幕だがそのときの表情が)心を打つ−−は、とても印象に残った。ちなみに本作は、中山晋平作の「龍峡小唄」(作詞:白鳥省吾)という新民謡(ご当地ソング)の評判に便乗して即成された映画のようだ(ネットで見つけた『龍峡小唄ものがたり』という書物の梗概より https://iikou-d.jp/【龍峡小唄ものがたり】と天龍峡/ )。本作の評判や動員数はわからないが(『龍峡小唄ものがたり』の梗概では「龍峡小唄の評判に便乗しようという即席凡作」とされている)、市丸が歌った主題歌の「天竜下れば」(作詞:長田幹彦、作曲:中山晋平)は、長野出身(松本市)の市丸の尽力もあり大ヒットした→柿ピー、ビール中瓶×1→プランク60秒、ねじり腹筋60秒→『刑事コロンボ』第12話見ながら、手巻き寿司(初鰹、鯵、鰯、スルメイカ、紫蘇、きゅうり、海苔、おろし生姜)、鰯ワタ焼き、スルメイカワタ焼き、ビール中瓶×1、御酒×1→夜10時過ぎ就寝。
4月13日(日) 朝10時起床。白湯→キャベツと油揚のおつけ、手巻き寿司(初鰹、スルメイカ、ちりめんじゃこ、酢昆布)、御酒×1→今回のJD仕事、ディスコグラフィーの修正確認、Wikipediaの更新準備、Facebookでの告知が済み、こちらでやることは完了したので、最後の伝票送付→『せかいのおきく』(脚本・監督:阪本順治。池松壮亮、杉本晴、寛一郎、黒木華、佐藤浩市、石橋蓮司、峰蘭太郎、山口幸晴、杉山幸晴、本山力、まつむら眞弓、當島未来、大石彩未、野村昌嗣、堀田貴裕、田村征之、岡田尚、眞木蔵人。2023、ACCA、FANTASIA Inc.、YOIHI PROJECT製作/東京テアトル、U-NEXT、リトルモア配給)。幕末の安政5年(1958)から万延元年(1860年)−−井伊直弼の大老就任、安政五カ国条約(不平等条約)、露・仏・英・蘭・米5か国との自由貿易の開始、攘夷運動、安政の大獄、桜田門外の変、咸臨丸の米国への出航、坂下門外の変などの頃−−の江戸と江戸近郊を舞台に、ふたりの若い汚穢屋矢亮と中次(池松壮亮、寛一郎)と、藩を批判したことによって浪人となった侍松村源兵衛(佐藤浩市)およびその娘おきく(黒木華)−−寺子屋で読み書きを教えている−−との交情を描いた作品。左記の事件や社会情勢はほぼまったく描かれないが、江戸の町が不安定になっている様子はなんとなく描かれていて、その中で淡々と、社会の底辺あるいは社会の枠組みから外れた人たちの日常が描かれるのだが、松村源兵衛が昔の藩の傍輩に斬り斃され、おきくも喉元を斬られて声を失うという悲痛な事件ののち、弱いもの同士の優しさ≠フ描き方が深くなっていく。源兵衛は、中次に「惚れた相手には、世界で一番好きだと言え」と「せかい」という言葉を教えたのちに斬られるのだが、その言葉を中次が、言葉を失ったおきくに向けて、言葉ではなく身体の動きで伝えようとする場面がとても感動的。「せかい」という言葉が、本作の舞台である幕末とかかっているのは言うまでもないが、若い三人がその後徐々に「せかい」を理解していく様の描き方にも感心した。おきくに扮した黒木華は、序盤から強気ながら弱さも併せ持つおきくをよく表現していたが、声を失ってからの感情の迸りの表現が見事で、つくづくいい役者だなあと思った。まったく知らない映画で、題名に惹かれて観てみた次第だが、思わぬ拾い物であった(『PERFECT DAYS』も、阪本順治が撮ればよかったのに、という思いすら浮かんできた)→刺身(初鰹、鯵、スルメイカ)、イカワタ焼き、月見そば、御酒×2→午睡→「心細い散歩」、提出しようかと思ったが細かい点が気になり修正作業→サラダ(トマト、春キャベツ、きゅうり)、メヒカリ唐揚げ、鰯唐揚げ、鯵骨煎餅、鰯ワタ焼き、煮干し出汁殻唐揚げ、わかめと油揚のおつけ、ビール中瓶×1、御酒×2→夜11時就寝。
4月14日(月) 朝6時起床。白湯→わかめと油揚のおつけ、小かき卵丼(ちりめんじゃこ)→食後二度寝→B電子関連オールアップ→「心細い散歩」の整理も完了。次のレッスンに乗せるかどうか未定だが、先生に提出→『昭和枯れすすき』(原作:結城昌治『ヤクザな妹』、監督:野村芳太郎。秋吉久美子、高橋英樹、稲葉義男、鈴木瑞穂、下絛アトム、江角英明、山谷初男、池波志乃、伊佐山ひろ子、浜田寅彦、松橋登、ひし美ゆり子、穂積隆信、成瀬昌彦。1975、松竹) 両親を早くに亡くし、世の中にふたりっきりの兄原田(高橋英樹)と妹典子(秋吉久美子)。東北の「開拓部落」で育ったふたりは、母が男と逃げ父が死んでから東京に出てきたのち、兄は刑事になるが、妹は金持ちのボンボン中川(松橋登)に引っかかったのち、ちょっとグレて要塞学校もやめチンピラ吉浦(下絛アトム)と付き合ったりウソをついたりなど、兄から心が離れていく。が、吉浦が殺されたこと(そして妹に嫌疑がかかったこと)をきっかけに、兄妹は東京を離れ生まれ故郷に帰ることを決意する−− 冒頭の、まるで恋人同士のような兄妹の描写が、結末のそののちを暗示するような気もするし、そういう普通以上の仲≠フ兄妹であるような描き方が複雑な余韻を残すし、秋吉久美子の芝居、あるいは登場は少しだけだが原田の恋人民江に扮する池波志乃や吉浦がヒモであるところのソープ嬢トシ子に扮する伊佐山ひろ子、そして原田の面倒を見る頼り甲斐のある先輩でありながら始終愚痴をこぼす鈴木瑞穂などの芝居が心に残る佳作ではあると思うのだが−− しかしなぜこの作品にヒット歌謡「昭和枯れすすき」を乗せる(あるいは「昭和枯れすすき」に本作を乗せる)必要があったのかが不明。歌詞で描く内容もまったく違うのだが、あるいは東京を離れた兄妹の行末を歌詞に暗示させているのだろうか。本作の兄妹は、貧しさに負けたわけでも世間に負けたわけでもないと思うのだが。当時の新宿界隈の風景が見られるのは面白かった→煮干し出汁殻素揚げ、鰯ワタ焼き、メヒカリ唐揚げ、ちりめんじゃこと海苔と紫蘇のかき揚げ(お好み焼き風)、鶏ささみ南蛮(うずらの卵×2)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→晩のひじき煮付けと生揚げの煮物こさえてから午睡→ひじき煮付け(ニンジン、油揚)、生揚げの煮物(菜の花)、鰯ワタ焼き、メヒカリ唐揚げ、わかめと油揚のおつけ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→『せかいのおきく』再見しながらさらに金宮お湯割り×2→午前2時過ぎ就寝。
4月15日(火) 朝10時起床。白湯→わかめと油揚のおつけ、ご飯半膳、かき卵(玉葱)、ちりめんじゃこ→午前中横臥→リンゴあんぱんとゆずあんぱん各1/2、珈琲→午後も横臥して読書くらいで、特に何もせず→風呂→菊水堂ポテトチップス、きつねスパゲティ(ちりめんじゃこ、紫蘇、白髪葱、針生姜、粉チーズ)、ビール中瓶×1→『お待たせ必殺ワイド 仕事人vs秘拳三日殺し軍団 主水、競馬で大穴を狙う!?』(監督:原田雄一。藤田まこと、三波豊和、萬田久子、高田純次、片岡孝夫、赤井英和、綿引勝彦、白木万理、菅井きん、山内としお、村上弘明、鮎川いずみ、森永奈緒美、黒崎輝、土屋嘉男、中田カウス・ボタン。1988、ABC、松竹)。1988年9月30日20:00〜21:48にテレビ朝日系列で放映された必殺シリーズの長編スペシャル¢11弾。神事である競べ馬が賭けの対象になり、八百長が行われる。その過程で罪もない人たちが八百長の黒幕たち−−三日殺しという秘拳を使う−−に殺され、その中に仕事人に縁のある者がいたことから、仕事人たちが立ち上がる…… という話だが、全体的に地味な感じ。やはり必殺スペシャルは野球選手が出たりバカな設定がないと盛り上がらないのかなと思ったが(高田純次−−当時は「5時から男」として人気−−もあまり活かされていなかった)、終盤の仕事≠フ場面での片岡孝夫(現・十五世片岡仁左衛門)の扇を使った殺しが笑っちゃうくらいに鮮やかで、まあそれは満足した。再見はしないと思うが、片岡孝夫のその場面だけ見ておこうかなとは思った→金宮お湯割×2→午前1時就寝。
4月16日(水) 朝6時起床。白湯→きつねスパゲティ(ちりめんじゃこ、紫蘇、白髪葱、針生姜、粉チーズ)→老父買い物代行(サミット)→揚げ玉もらいがてら、〈松葉茶屋〉にておやつ。十割せいろ→帰路買い物等。〈GYUGYU Burger〉、〈ダイエー〉、ガソリン補給、〈サミット希望ヶ丘〉→『アパートの鍵貸します』(原題『The Apartment』、監督:ビリー・ワイルダー。ジャック・レモン、ジョーン・ショウリー、デヴィッド・ルイス、ナオミ・スティーヴンス、ジャック・クルーシェ、レイ・ウォルストン、ジョイス・ジェイムソン、シャーリー・マクレーン、ウィラード・ウォーターマン、デヴィッド・ホワイト、エディ・アダムス、フレッド・マクマレイ、ホープ・ホリデイ、ジョニー・セブン。1960、米The Mirisch Corporation製作/United Artists配給)。テニスラケットでのスパゲティの湯切り≠ヘ、今となってはさすがに狙い過ぎ≠ニ思うが、それ以外は今なお物語の設計や登場人物の造形、台詞、演出、演技の細部に至るまで完璧と言ってよい作品と、改めて思った。前回(2018年12月24日)の鑑賞の際は「独身男性の部屋とベッドを他人が情事に使うというのは、今の感覚でいけば(利用者側にも提供者側にも)ないのではないかと思った」と書いているが、その設定が上司たち≠フ人間としてのくだらなさ≠皮肉に描いているという点と、隣人の医師ドライファス夫妻(ジャック・クルーシェ、ナオミ・スティーヴンス)の厳しい目も含んだ優しさが、とりわけ印象に残った。どうしても物語を中心に、人間を描いている・表現している点に注目してしまう映画なのだが、次に鑑賞する際は撮影、編集など映画製作の技術面にも注意して観てみたい→キューバサンド、塩とチーズのバーガー、フライドポテト、ビール350ml缶×3→今朝ガットギターの1弦が自然に切れていたので、映画鑑賞中に唐突に弦交換。ガットギターの弦交換もなんだか慣れてきた→午睡→晩の支度→昆布と青葱の大豆茹で汁煮、クラムチャウダー(じゃがいも、ニンニク、玉葱、ぶなしめじ、ニンニク、鶏ささみ)、春キャベツとトマトと鮭缶のスパゲティ、金宮酎ハイ(ゆず)×3→『有吉の壁』は万博会場からで、万博をあまり有り難がってない杜撰な感じがよかった→午前1時過ぎ就寝。
4月17日(木) 朝5時半起床。白湯→風呂→クラムチャウダー(じゃがいも、ニンニク、玉葱、ぶなしめじ、ニンニク、鶏ささみ)、春キャベツとトマトと鮭缶のスパゲティ(ちりめんじゃこ追加)→午前中あまり頭が働かず、特になにもせず→『ねずみ小僧怪盗伝』(監督:野村芳太郎。松坂慶子、玉川伊佐男、中村雅俊、小川真由美、中本美鈴、渡瀬恒彦、レオナルド熊、仲谷昇、穂積隆信、中条きよし、加藤嘉、黒崎輝、コント赤信号、灘陽子、菅井きん、小野ヤスシ、丹波哲郎、和由布子、名取裕子。1984、松竹)。明治時代の女流作家与謝野ハル子(松坂慶子)が新聞連載のためにいにしえの鼠小僧に話を聞きにいく、というところから始まり、まだ江戸時代だった頃の回想に移行するという設定だが、まあナンセンス時代劇というしかない作品であった。ねずみ小僧の正体は、元は角兵衛獅子で今は江戸で麦飯屋を営む次郎吉(中村雅俊)だが、次郎吉は実は夢遊病者で、夜眠っている間に盗みを働いてしまう。そうして盗んできた金品を、角兵衛獅子の相棒だった姉お駒(小川真由美)が家に盗品があっては大変と近隣の貧乏人たちに配って歩いた結果、世間ではねずみ小僧=義賊という評判が広がる。その噂をよしとしない幕府の重鎮たちは、遠山金四郎(中条きよし)を通じて老いたむっつり右門(加藤嘉)にねずみ小僧の捕縛を命じるが、その捜査の過程で、唐人お吉(名取裕子)などの外国使節にかしずく女たちをさらっては斡旋していたマウスボーイ(小野ヤスシ)一味を捕らえる…… という筋書きだが、事件を政治的に大きく描くわけでもなく、次郎吉とマウスボーイに囚われた女お花(和由布子)あるいはお駒と金四郎の恋が大きく展開するわけでもなく、物語が進む中で壁に人型の穴が空いたり、映画『ET』やユリ・ゲラーやUFOをネタにした小さい笑いが散りばめられていたりで、映画を観る楽しさ≠ェずっとくすぶったままで進行するような映画であった。ダサくてつまらないのだが、微妙に可笑しくて、却ってイライラするような塩梅で、鈴木清順が撮ったらさぞ面白かっただろうと思ったりもしたのだが、そう思ったりするくらいには面白く、またそれなりにカタルシスもあったりして、観終えてみると面白かったと思うところこは、さすが野村芳太郎の職人藝というべきか。物語を前に進める説明に、「ウエディング・ベル」でお馴染みのSugarのコーラスが使われていたのは、今となっては注目すべき点か(Sugarは1987年に解散)→柿ピー、昆布と青葱の大豆茹で汁煮、菊水堂ポテトチップス、炙り刻みそば(炙り葱、おろし生姜、かつ節、揚げ玉、うずらの卵×2)、金宮酎ハイ×1.5、御酒×1→午睡→風呂→『シネマ歌舞伎 鰯賣戀曳網』(原作:三島由紀夫、演出・振付:二世藤間勘祖、シネマ歌舞伎監督:中谷宏幸、監修:坂東玉三郎(五代目)。インタビュー・パート:坂東玉三郎、加賀美幸子(ナレーション)。本編:市川染五郎(七代目)、坂東彌十郎(初代)、中村勘三郎(十八代目)、坂東玉三郎(五代目)、中村東蔵(六代目)、片岡亀蔵(四代目)。2021、松竹)。2009年1月に行われた『歌舞伎座さよなら公演 壽初春大歌舞伎』夜の部3の模様を収めたシネマ歌舞伎。歌舞伎舞台の映像記録としては、役者のアップが多過ぎるという印象。玉三郎監修というからそれでいいのかもしれないが、舞台全体を映してもらわないと演出意図がわからないところも多かったように思う。本作の価値としては、本編よりもむしろ15分近い(時間は要確認)玉三郎のインタビューにあると思った。とはいえ、勘三郎の芝居へのクローズアップは、動きの軽妙さや動きが含む味わいをたっぷり味わえて、楽しくはあった。以前も同じシネマ歌舞伎を観たかなと思ったが、それは2020年1月の『壽初春大歌舞伎』(於歌舞伎座)、中村勘九郎、中村七之助出演の録画中継だったから(観たのは2020年8月)、本作が録画できたのが(多々文句は言ったが)嬉しいのは言うまでもない→菊水堂ポテトチップス、オイルサーディン(紫蘇、酢、ブラックペッパー)、潰しニンニク胡麻油炒め、海苔、酢昆布、きゅうりちりめんじゃこ鰹梅、そら豆、鶏粥(卵、葱、ぶなしめじ、生姜)、ビール中瓶×3→夜10時就寝。
4月18日(金) 朝8時起床。白湯→鶏粥(卵、葱、ぶなしめじ、生姜)、中華風白髪葱→昼前湯島に出て、まずは〈井泉〉で昼。ロースカツとヒレカツ半分ずつ、ビールコップ一杯、御酒×1→『ミロ展』(於東京都美術館)見物。70年におよぶ画業全体を振り返る大回顧展ということで、立体やポスター含む97点を展示。シュルレアリスム時代から「星座」シリーズ(全23点のうち「明けの明星」「女と鳥」「カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち」−−いずれも1940−−の3点を展示)も見応えがあったものの、今回は初期の「バイベルの森」(1910)、「シウラナの教会」(1917)、「ヤシの木のある家(1918)など(具象と抽象を行き来するような)風景画や、後期の、自分より若い芸術家たちに刺激されたようにも見える、ミロとしては珍しく?生々しい「逃避する少女」(立体。1967)や、キャンバスを燃やしたり切り刻んだりした連作の一点「焼かれたカンヴァス2」(1973)などが印象に残った。
売店にて、ミーハーながら、「女と鳥」(部分)のピンバッジ2点を購入→ビール中瓶×1ののち、常磐線で北千住へ。『なかだえり水彩画展』(於〈奈可多"楼〉)にお邪魔。失敬ながら、なんだかうまくなったなあと思ったが、ご本人も「自分でもうまくなったと思っている」と言っていたので、まあ間違いではなかった。「Wine」という小品が何度か目に止まったので、絵はもう増やさないつもりではあったが、購入。と、モデルがシゲちゃんだとわかり、笑う→平和に電車で帰宅→録画しておいた柳家喬太郎「錦木検校」聴きながらおやつのつもりが、〈井泉〉の焼豚、鰹梅(紫蘇)と海苔、そら豆、胡麻汁せいろ、ビール中瓶×1、御酒×2で晩も終了→夜8時過ぎ就寝。
4月19日(土) 朝9時起床。白湯→鷄粥、中華風白髪葱→宿酔につき午前中特になにもせず(横臥はなし)→胡麻汁せいろ(揚げ玉)→午後も特になにもせず。〈銀座三河屋〉の煎酒を売っている店を探してみたくらい(〈カルディコーヒーファーム〉に置いてあることがあるようだ)→『逃げた女』(原題『도망친 여자』、監督:ホン・サンス。ソ・ヨンファ、キム・ミニ、イ・ユンミ、シン・ソクホ、ソン・ソンミ、ハ・ソングク、キム・セビョク、カン・イセオ、クォン・ヘヒョ。2020、韓Jeonwonsa Film製作/CMC Pictures配給)。夫とは五年間の結婚生活で一度も離れたことがない∞愛する人とは一緒にいるべき≠ニ語る若い女性ガミ(キム・ミニ)が、夫の出張中≠ノ、二人の先輩女性(ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ)を訪ね、他愛もない会話を交わす。他愛もない会話からは、二人の女性の恋愛・結婚事情や現在抱えている(近隣男性との)ちょっとした困難がほの見えてくる。それからガミがミニシアターのあるカルチャーセンターを訪ねると、以前に自分の男チョン(クォン・ヘヒョ)を奪った友人ウジン(キム・セビョク)に偶然再開する。今では作家として成功したチョンが、たまたまその会場でブックコンサート≠開催しており、ガミは特になんでもない海辺の風景が映された映画を観終えたのちチョンとも再会、ぎこちない会話を交わし、別れ、再び特になんでもない海辺の風景が映された映画を眺める。そして映画は終わる。女性たちの会話も、「(近隣男性との)ちょっとした困難」も、特に大したものではなく、しかしなんだか心惹かれる映画であるのが不思議。その辺の秘密がどこにあるのかを考えながら観ていたが、結局わからなかった。ただ、ガミの夫とは五年間の結婚生活で一度も離れたことがない∞愛する人とは一緒にいるべき≠ニいう発言を真と捉えるための材料がまったく提示されないので、ガミの発言はウソで(例えば)夫から逃げている最中であり、ガミの現在の境遇が実は「逃げた女」なのではないかという疑念がずっと付きまとう点が、「その辺の秘密」なのかなとも思ったが、ガミの発言を信じる所以もない代わりに、信じない理由もない。今のところは、やはり不思議な(しかしよくわからないが魅力的な)映画であると言わざるを得ない→菊水堂ポテトチップス、煮干し出汁殻(醤油、胡麻油)、昆布出汁殻(出汁醤油)、豚汁(じゃがいも、ニンジン、玉葱、キャベツ、生姜、胡麻油)、舞茸粥(うずらの卵×2)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→『夢一族 ザ・らいばる』(原作:コーネル・ウールリッチ『睡眠口座』、監督:久世光彦。郷ひろみ、由利徹、森繁久彌、金井太、福山象三、三谷昇、内田裕也、伊東四朗、石田ゆり、岸本加世子、成田三樹夫、結城しのぶ、亜湖、叶和貴子、衣麻遼子、小林亜星、志賀勝。1979、東映)。新聞広告で「睡眠口座」(休眠口座のようなもの)の存在を知った青年(郷ひろみ)が、その口座の持ち主になりすまそうとするも、その口座関係者である老人(森繁久彌)や、かつて親族が老人に騙されたヤクザ者(伊東四朗、内田裕也)に行手を阻まれつつ、最後には大金と人間関係を手に入れる、という喜劇ではあるが、いくらTVドラマで名を馳せたプロデューサー・演出家といえども、映画は勝手が違ったようだ。どこにも心動かされる要素のない、まったくの駄作、としか思わなかった。Wikipediaの記述を信じるならば、「樹木希林によって不倫スキャンダルが暴露され、TBSを退社した久世光彦の芸能界復帰作」で、「「あたら才能を埋もれさせてはいけない」と森繁久彌が岡田に話を持ち掛け」て製作に至ったそうだが、その森繁がまったく精彩を欠いている。演出に関しては見るところなし、芝居では岸本加世子ひとりのみ頑張っていたという印象。残念→夜0時就寝。
4月20日(日) 朝5時半起床。白湯→豚汁(揚げ玉)、卵舞茸粥(塩昆布)→そばつゆ仕込み→O形サイト更新(絵日記)→〈モノタロウ〉に消耗品注文など→「心細い散歩」初合わせ。残念ながらナロ逝去とのことで、Atのために作った曲でもあるから、歌詞の修正を検討してみる→みなまるこアニメーション映画の予約→『豚が井戸に落ちた日』(原作:ク・ヒョソ『見知らぬ夏』、原題『돼지가 우물에 빠진 날』、監督:ホン・サンス。キム・ウィソン、キム・デファン、チョ・ウンスク、イ・ウンギョン、パク・チンソン、ソン・ガンホ、イ・ビョンスル、イ・ヨンスク、パク・キョンホ、パク・チュンソン、クォン・ヒョッキョン、ペ・ジュンシク、ソン・ミンソク、チョン・ヘリョン、パン・ウニ、ソン・ウンジェ、ク・ボソク、ハ・デギョン、イ・ユンピョ、キム・ジョンソク、チェ・ユミン。1996、韓Dong-a Exports Co.製作)。ホン・サンスの初監督作品(監督デビュー作)。箸にも棒にもかからない三流小説家キム・ヒョソプ(キム・ウィソン)、ヒョソプに憧れる少女ソ・ミンジェ(パク・チンソン)、ヒョンプと不倫する人妻ポギョン(イ・ウンギョン)、その夫で潔癖症のハン・ドンウ(パク・チンソン)の四人が織りなす、人間の割り切れない感情を描いた作品、とまとめてしまいたくなるが、実際にはヒョソプの文学仲間?が登場したり、ドンウの潔癖症が描かれたり、ヒョソプの隣人やポギョンの友人なども登場したりと話の筋や要素はかなり複雑で、最終的にはポギョンが死んだのか、ヒョソプ、ドンウ、ミンジェ、そしてミンジェの映画館の同僚ヤン・ミンス(ソン・ミンソク)が無理心中(あるいは殺し合い)をしたのか、狐につままれたような結末を迎える。そのもやもやした感じが、明晰な(と思われる)色彩設計や構図、そして透明感を湛えた絵造りによって描かれるところが面白いと思った。私が観た中で言えば、『よく知りもしないくせに』(2009)以降の作品と比べると要素が多くやや冗長な気もしたが、それを除けばホン・サンスの作風はすでに確立されていた、とも思う。理解するのには時間がかかる(あるいは理解に至らない)作品と思うものの、眼を浸しているだけで妙な心地よさがあり、頭で理解しなくてもよいのではとも思わせられる(という点は、ホン・サンス作品の特徴ではないかと思っているのだが、果たして)。なお出演者については、 http://www.hf.rim.or.jp/~t-sanjin/honsansu_buta.html を頼った。なお原作はあるものの、映画の題名はアメリカの作家ジョン・チーバーの『The Day the Pig Fell into the Well』から採ったとの由(とは言っても、本作の題名に採用した意味はまだよくわからない)。あと、ソン・ガンホがヒョソプの友人役でちょいとだけ登場するが、本作が映画デビューに当たるそうだ
→昆布出汁殻、かつ節出汁殻、菊水堂ポテトチップス、ぶっかけ納豆稲庭うどん(刻み海苔、おろし生姜、うずらの卵×2)、ビール中瓶×2→『奴隷の街』(原作:NHKラジオ連続放送劇『新しい道』、監督:小石栄一。堀雄二、星美千子、小宮山清、田中春男、高品格、植村謙二郎、久我美子、千石規子、新宮信子、沢村貞子、瀧花久子、花布辰男、浦辺粂子、菅原謙二。1951、大映)。戦後闇市のあとに増えた特飲街≠フ私娼窟に材を取った実録もの=Bテーマや素材は今となっては≠ニいう感が否めないが、原作となったNHKラジオの連続放送劇『新しい道』は、放送当時「全国八千万の聴取者を二ケ年に亘って熱狂させた」そうだ(本作を放映した衛星劇場のWebページより)。とはいえ現実味を感じるのはやはり難しいものの、女衒のひとり芝山に扮した植村謙二郎のスピード感のある暴力≠竅A女衒どもの狡賢さは、はなかなかに生々しい。物語は、たまたまた人身売買と思われる現場に遭遇した新聞記者町田洋介(堀雄二)と、潜入取材を試みていた女性記者川部道子(久我美子)が偶然出会い、協力して女性の人身売買の闇を暴き、一味を壊滅させるというもの。先述のスピード感のある暴力≠ノ加え、久我美子の覚悟を決めた女性記者の芝居、先輩格の私娼のお染に扮した千石規子、私娼窟の女将お琴に扮した沢村貞子の芝居も深く印象に残る(特に沢村貞子のやさぐれっぷりはさすがである)。終盤、私娼に囚われた’おとよ(美千子)を弟(小宮山清)の頼みで救い出すところは、よくある脱出劇ながらなんだかドキドキさせられたものの、そのあとが少し冗長に感じられた。が、人身売買の元締め立川太一(田中春男)が追い詰められるところは痛快。フィルム・ノワールの一種としては、佳作と言ってもよいかもしれない→鮭缶とキャベツ千切りとトマトのサラダ(オリーブ油、酢、黒胡椒、粉チーズ)、豚汁、鶏とニンニクの粥、ビール中瓶×1→「心細い散歩」合わせ練習。なんとか形になりそうなので、歌詞の修正などを反映した譜面を作成し提出、次回のレッスン(4月22日)にて披露してみることにする→シャワー→『イントロダクション』(原題『인트로덕션』、監督:ホン・サンス。キム・ヨンホ、シン・ソクホ、パク・ミソ、イェ・ジウォン、キ・ジュボン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、チョ・ユニ、ハ・ソングク。2021、韓国Jeonwonsa Film Co.製作)。何かを祈る老医師(キム・ヨンホ)の独白から物語は始まるが、具体的に何を祈っているのかはわからない。そこに若いカップルのヨンホ(シン・ソクホ)とジュウォン(パク・ミソ)がやってきて、ヨンホのみ老医師の医院を訪ねる。看護婦(イェ・ジウォン)とヨンホが旧知の仲あることが示され、やがてヨンホが老医師の息子ともわかるが、急な来客−−有名な俳優という設定のキ・ジュボン−−が訪れたため父子はなかなか話を始められない。ここまでが第一エピソード、ここで場面はいきなりベルリンに変わり、と言ってもドイツらしい映像はまったく映されないのだが、ベルリンに居を構える画家(キム・ミニ)の元をジュウォンとその母親(ソ・ヨンファ)が訪ね、ジュウォンのこれからについて話し合っているところにヨンホがとつぜん訪ねてきたところで、第二エピソード了。舞台は韓国の冬の海辺に移り、第一エピソードの「有名な俳優」とヨンホの母(チョ・ユニ)が、ヨンホが俳優としてやっていけるかどうかについて語り合っている(第一エピソードで「有名な俳優」がヨンスに俳優に向いていると話したことが示唆される)。そこにヨンホと友人ジョンス(ハ・ソングク)とともにやってくるが、キス・シーンについての考え方の相違から酔って興奮した「有名な俳優」に一喝され、その場を去る。海辺に出るとなぜかジュウォンと再会、ジュウォンはヨンスと別れてから目の病気になってもう治らないというが、しかしそれはヨンスの夢だったらしい。ヨンスは友人ジョンスとふざけて冬の海に入り、出て、遠くホテルのテラスに母親がいるのを見つけて、映画は終わる。何かが始まるような、みっつの「イントロダクション」を連ねたような映画だったが、ヨンスの父の苦悩、ベルリンでの唐突なヨンスとジュウォンの再会、おそらくジョンスの見た夢であろう冬の海辺でのジュウォンとの再会という点、そしてヨンスとジュウォンが交際していると思われるのに深い関係≠示す描写がない点から捉えると、ジュウォンがすでにこの世のものではない≠ニいうところからなにかが始まる/なにかを始めようとしている瞬間を描いた映画だと、本作を読んでもいいのかもしれない。しかし本作ではなにひとつ確かな物語の流れが示されないので(みっつのエピソードの時間的関係も不明)、すべては観る側の想像にしかならない。いつか理解する日はやってくるのだろうか→ ビール中瓶×1→夜11時就寝。