2025年07月10日
7月まとめ(1〜10日)
酒井欣也/吉田輝雄/寺島達夫/桑野みゆき『恋と出世に強くなれ!』、なかにし礼/小沼勝『時には娼婦のように』、加藤泰/桜町弘子/久保菜穂子『骨までしゃぶる』、バー・スティアーズ/ザック・エフロン/マシュー・ペリー『セブンティーン・アゲイン』、林芙美子/久松静児/新珠三千代/久我美子/黛ひかる『女家族』、成瀬巳喜男『勝利の日まで』『限りなき鋪道』『腰辨頑張れ』『上海の月』『生さぬ仲』『君と別れて』。
7月1日(火) 朝8時起床。白湯→野菜とベーコンのスープ、ハムサンドイッチ(ロールパン、シャンピニオン)→老父から頼まれた、入院中の出納帳を作成→昼過ぎ出かけ、老父から頼まれた記帳などしつつ、まずは老父宅に寄り、今日渡すものを用意→ごぼう天、いか天、しょうゆうどん小盛り(なかじょう)→14時ちょうどより面会。と思ったが、眠っていて起きないので、とはいえ眠っている病人を起こすわけにもいかないので、メモ置いて帰る→『恋愛自由形』(原作:中野実『恋愛百メートル自由型』、監督:佐伯清。須藤健、三条美紀、美空ひばり、三谷容子、佐山二三子、友野博司、野沢哲男、堺駿二、不忍郷子、江原真二郎、高倉健、沢村貞子、近藤万沙子、中野かほる、原国雄、北川恵一、星美智子、三島雅夫、山本緑、三浦光子、英百合子、岡村文子。1958、東映)。戦後ずいぶん経ったとはいえ、まだ親が子供の結婚に口を出すことが当たり前の時代に、自分たちなりの恋愛、結婚を模索する若者たち(学生や新米会社員など)を描いた青春ドラマ。その背景に藝者への差別的視線があって、それをひとつの軸に恋愛模様が繰り広げられる話の構成の仕方は面白かった(美空ひばり扮する小村登紀が置き屋の娘、高倉健扮する仙波隆也が父親と愛人の藝者の間にできた子という設定)。が、主役の美空ひばりも高倉健も、脇を固める三島雅夫に沢村貞子(高倉健の両親)、堺駿二(美空ひばり一家の町内の寿司屋)など名のある役者たちも、ほぼまったく印象に残る演出が施されないのはなぜか、という点は気になった。高倉健の友人役の江原真二郎など、江原真二郎であることすら気づかなかったし、発明家内山一彦という役で登場する北川恵一は、私にはあまり馴染みのない役者ではあるが、様々な発明、それも少しユーモラスなものを人に見せる場面もあるのに、これまたほぼまったく笑いにつながっていなかった(ちなみに内山一彦は、小村登紀の祖母の推薦を受けて日光から登紀を娶りにくるという設定だが、これも今ひとつ効いていなかった)。美空ひばりはもちろん何曲が歌を聴かせるのだが、それも他のひばり映画と比べると精彩を欠いていたと思う。この地味さ加減は、なにか意図があってのことだろうか→菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×2→午睡→きゅうりと鶏ささみと茗荷のサラダ、シュバインソーセージと小松菜とピーマンとうずらの卵の炒め、もやしナムル、ビアシンケン、シャンピニオン、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→『御家人斬九郎』など見て就寝。夜10時頃。
7月2日(水) 朝8時起床。白湯→野菜とベーコンのスープ、ミニホットドッグ→『恋と出世に強くなれ!』(監督:酒井欣也。吉田輝雄、寺島達夫、十朱久雄、環三千世、牧紀子、高野真二、高峰三枝子、北龍二、花菱アチャコ、由利徹、谷村昌彦、山路義人、福岡正剛、上田吉二郎、ジョニー・ユセフ、山田周平、清川虹子、桑野みゆき、左卜全、関千恵子、千葉信男、古今亭志ん朝、柳家金語。1963、松竹)。大学の体育会出身のスポーツマン宇佐美強(吉田輝雄)と谷口敬六(寺島達夫)が、宇佐美の義兄のコネで入社したベビー用品製造販売の信用堂にて、TV宣伝の仕事に邁進しつつ、恋や会社の常務(上田吉二郎)の不正暴きに奔走する、明朗快活なサラリーマン青春もの。物語や撮影、演出などはまあよくあるタイプ、と言ってしまえそうな印象ではあるし、スター性≠ニいう点でも地味な配役ではあるものの、物語のご都合主義的な展開はともかく、演出についてはどの場面もとても丁寧に組み立てていった印象があり、好感が持てた(たとえば若い二人と交流を持つ専務の北龍二の好人物っぷりや、ジョニー・ユセフ扮するミスター・グッドマンが日本語が喋れない≠ヘずなのに実はペラペラとわかったときの桑野みゆきの表情の変化の細やかさなど)。宇佐美強の義兄役の福岡正剛という役者は初めて観たが(と思ったが、『サラリーマン 目白三平』『三羽烏再会す』『快人黄色い手袋』『恋とのれん』『図々しい奴』『かあちゃん結婚しろよ』『新幹線大爆破』などの出演作は観ていた。ただし印象には残っていない)、なかなかのペーソスを湛えた喜劇役者と見た(喜劇役者という点が見当違いなら失敬)。古今亭志ん朝の寿司屋の若い大将っぷりも小気味よく、折に触れて見返したいと思う映画だった→あんぱん→本日は午後3時に出て老父面会に行ったら、今日は起きていた。O浦医師より、来週末には退院の見込み≠ニ告げられたとのこと。また明日よりリハビリテーション開始との由。下履き三枚頼まれる。昨日は眠っていて話ができず無駄足になったこともあり、ちょいと気が重かったが、今日は普通に会話ができて安堵した→〈はま寿司〉にて寿司買って帰宅→シャワー→寿司14ケ(生さば、そでいか、まぐろ、活〆はまち、活〆まだい、とろいわし、活〆かんぱち以上2ケずつ)、ビール中瓶×1、御酒×1→午睡→『御家人斬九郎』など見ながらビール中瓶×1→『時には娼婦のように』(原案・脚本:なかにし礼、監督:小沼勝。鹿沼えり、なかにし礼、高橋明、宮井えりな、有働智章、藤健次、水島美奈子、関川慎二、中野文吾、大竹省二、越美晴、今井健二、中山大三郎、坂本スミ子、大信田礼子、星野哲郎、絵沢萠子。1978、日活)。黒沢年男(現:黒沢年雄)が歌って大ヒットした(70万枚。オリコン最高位2位)同名曲を基に、作者であるなかにし礼が原案・脚本・主演を担当した映画化作品。ちなみに本作ではなかにし礼歌唱の「時には娼婦のように」が主題歌として使われているが、同曲を収めたアルバム『マッチ箱の火事』の発表はなかにし礼のほうが先で、シングル版は黒沢年男版となかにし礼とが同時発売だそうだ。海外のポルノ小説の翻訳で稼ぐ良介(なかにし礼)は、モデルのマコ(鹿沼えり)と結婚しており、同時にやはりモデルのメグ(宮井えりな)とも交際しているが、かつて恋人の真理子(水島美奈子)をチンピラに犯され(その原因は良介がチンピラの女に手を出したことなのだが)、自殺に追いやったという過去を持つ。その辺りも飲み込みながら、自分の病もあり綱渡的にだが平穏な日々を送っていた良介の前に、真理子を彷彿とさせる狂った少女(越美晴)が現れる。良介は少女を受け入れ、マコも含めた奇妙な共同生活が始まるが−− という展開ののち、過去を捨て切れない良介と未来の幸せな生活を願うマコとの間の溝が深まっていく。という次第で、いわば男と女のすれ違い≠フようなものをなかにし礼なりの感覚で描いたドラマと言ってよいと思うが、日活ロマンポルノの一本として撮られた割には、文学趣味に寄り過ぎ、という印象(いや当時の日活ロマンポルノはそうだったのか?)。それならそれで文学趣味や特異な表現などをもう少し掘り下げてもよかったのではとも思った。それにしても、終幕の仮面舞踏会は絵的な感覚として噴飯物だったな。狂った少女は、シンガーソングライターとしてメジャー・デビュー直後のコシミハル(当時は越美晴)が演じていたのに驚いた(まったくなにも知らずに観たので)。越美晴の(演出に応えたのであろう)芝居は、かなり真に迫っていて、仕事に臨む本気さ≠感じた。チンピラの愛人役で大信田礼子がちょっとだけ登場するのだが、本作の本質にはあまり関係しないものの、チンピラの愛人っぷりは素晴らしかった→菊水堂ポテトチップス、もやしナムル、ビール中瓶×1、御酒×1→朝6時就寝。
7月3日(木) 朝10時起床。白湯→小松菜と油揚のおつけ(揚げ玉)、とうもろこしご飯→午前中特になにもせず→午後、まず経堂の〈ライフ〉にて父から頼まれた下履き購入→続いて〈しらかめ〉にて昼。コンニャク指輪、もりそば、御酒×1→経堂駅前にて食料など買い出しして帰宅→シャワーと水風呂→『骨までしゃぶる』(監督:加藤泰。桜町弘子、菅井きん、三島雅夫、三原葉子、宮園純子、久保菜穂子、桑原幸子、小島恵子、沢淑子、石井富子、島ひろし、砂川捨丸、平参平、横山アウト、穂高稔、遠藤辰雄、リッキー・ダンカン、夏八木勲。1966、東映)。明治末期(明治33年=1900年)に田舎から東京洲崎の遊郭に売られてきた少女お絹(桜町弘子)を主人公に、救世軍の活動をほんの少し絡めながら、遊女たちの権利意識の芽生えや廓からの脱出を描いた作品。「遊女たちの権利意識の芽生えや廓からの脱出」を、時代の大きなうねりとしては描かず、主に遊女側の動きとして描いた点で、スケール≠ニいう点では小ぢんまりした印象ではあるが、それが却ってずっしりとした手応えにつながっていたように思う。桜町弘子をはじめとした遊女たち(宮園純子、久保菜穂子、桑原幸子、小島恵子、沢淑子、石井富子)それぞれを個性を持った人間として描いている点もとても好ましいと思った。そして本作以前は東映時代劇でもっぱらお姫様を演じていた桜町弘子と、婀娜な女すりなどに扮していた久保菜穂子の遊女っぷり−−確かな演技力−−に感心した。テーマとテーマへの視線、役者への演出とそれに応えた役者、という点だけでも、記憶に残すべき映画と思った。ただし『骨までしゃぶる』という題名は、そのまま捉えると遊郭側からの視線で本作の描くところとはずれていると思ったが、また違った意味を考えての題名なのだろうか→トラフグ皮湯引き、きゅうりの酢の物(昆布ちりめんじゃこ)、昆布ちりめんじゃこ、ビール中瓶×1、御酒×2→午睡→深夜起床→『セブンティーン・アゲイン』(原題『17 Again』、監督:バー・スティアーズ。ザック・エフロン、ジム・ガフィガン、ランディ・ゴールドマン、タイラー・スティールマン、アリソン・ミラー、マシュー・ペリー、トーマス・レノン、トミー・デューイ、コレット・ウォルフ、ブライアン・ドイル=マーレイ、ミシェル・トラクテンバーグ、スターリング・ナイト、レスリー・マン、ニコール・サリヴァン、ハンター・パリッシュ、メロラ・ハーディン、ジョジー・ローレン。2009、米New Line Cinema)。仕事にも生活にも行き詰まった中年男マイク・オドネル(マシュー・ペリー)が、バスケット・ボール選手として学園のスターだった17歳の頃の自分(ザック・エフロン)に戻りたい、と願ったらほんとうに17歳の頃に戻ってしまい、17歳の少年として自分の妻や子供たちを見守るようになる、といういわゆるハートウォーミング≠ネコメディ。若い頃の自分に戻ったり自分の若い頃の時代に戻ったりという設定は珍しいものではないと思うが、親友のネッドのオタク丸出しの可笑しさ(特に30代のネッドを演じたトーマス・レノン)を中心とした笑いの塩梅もよく、また30代の男の知恵や見識も持った17歳をよく演じたザック・エフロンの演技力も優れていて、なかなかの名作と思った。私が知らなかっただけで、米国では公開時に初登場1位を記録。興行収入は米加で10億円弱(制作費の約三倍)、全世界で200億円弱とのことだから、ヒット作でもあったようだ→昆布ちりめんじゃこ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→午前4時就寝。
7月4日(金) 朝8時半起床。白湯→小松菜と油揚のおつけ(揚げ玉)、とうもろこしご飯→午前中は昨夜観た『セブンティーン・アゲイン』の感想書いたくらいでほかにはなにもせず→昼過ぎ老父面会。こちらも特につつがなく。リハビリテーションは少々辛かったようだが、やらないと歩けるようにならない旨を伝えた。次回面会は7月7日に設定→帰宅して小ぶりのお稲荷さん×2、ビール中瓶×1→午睡→『セブンティーン・アゲイン』再見しながら、オクラとめかぶの酢の物、枝豆、はまぐりとどんこの酒蒸し、冷奴(昆布ちりめん)、もやしナムル、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→夜10時就寝。
7月5日(土) 朝8時半起床。白湯→鶏ささみととうもろこしのポタージュ(小松菜、ニンジン、じゃがいも)、目玉焼き、ダッチパントースト→『御家人斬九郎』見ながら直し酎ハイ×1→O形サイト更新(絵日記)→『女家族』(原作:林芙美子、監督:久松静児。新珠三千代、三益愛子、久我美子、黛ひかる、浪花千栄子、船戸順、遠藤辰雄、赤木春恵、安井昌二、高島忠夫、内田朝雄、二条宮子、加藤春哉、佐原健二、環三千世、谷百合、川雅恵、結城三千代。1961、東宝)。ニュータウンが造成されつつある大阪・千里の古い家を舞台に、母親(益愛子)と戦後世代の三人姉妹−−長女時子(新珠三千代)、次女るい子(久我美子)、三女秀子(黛ひかる)−−および未亡人である長女の娘で構成される女家族≠舞台に、三人の娘が自分たちの将来の恋愛・結婚に新しい価値観を見出していく(一方で次女は古い価値観を見直しもする)−− という物語。物語の前半では長女は未亡人としての安定した生活、次女は妻子ある男(安井昌二)との不倫関係また古い家を憎み、三女はボーイフレンドはいるものの浮いた話はなし、という状況だが、やがて長女は得意先の男清川圭二(佐原健二)と一度寝たことで娘を母親に預けて男とともに東京に移り住むことを決意、三女は次女の見合い相手(次女がすっぽかす)である銀行員関孝夫(高島忠夫)と近づくも相手の不実なところを目撃して以前から好意を持たれていた会社の同僚竹田洋介(加藤春哉)との結婚と名古屋への移住を決意、そして次女は改めて関孝夫に惹かれるも度を越した不良性≠忌避して母親とふたりで(それまで憎んでいた)古い家で暮らすことを決意する。三人姉妹が落ち着くところに落ち着く展開が、ややとうとつかつ乱暴な描き方になっている気もするが、そこに至る過程は、題名のとおり女家族≠描いたものではあるにせよ、その特殊性よりも普遍的な人間のあり様≠、演出そして各役者の芝居で描いていたように思う。三女役の黛ひかるは1962年に宝塚歌劇団を退団後としては初映画出演ながら(宝塚在籍中に二本の映画に出ている模様)、三女という立場の女性を見事に演じていると思った。映画的表現としては、冒頭の、ニュータウンのほうから女家族≠フ住む古い家に子供たちが駆けていくロングショットや、京都の寺での三女と関孝夫のキスシーンの、寺の室内の陰影と三女の真紅なスーツの鮮やかな取り合わせが印象に残った→直し酎ハイ×1→鶏ささみととうもろこしのポタージュ、薄切りダッチパン→シャワー→晩はとてもひさしぶりで〈ガーデンオブジョイキッチン〉。土曜日だからかマダム忙しそうであまりおしゃべりできなかったが、よい時間を過ごせた。タコのセビーチェ、とうもろこしとアボカドの揚春巻、チリコンカントルティヤチップ、ユズコショウ風味のクリームパスタ、ビール小瓶×1、白葡萄種×1→夜9時就寝。
7月6日(日) 朝8時半起床。白湯→鶏ささみととうもろこしのポタージュ、卵サンドイッチ(ロールパン)→『勝利の日まで』(監督:成瀬巳喜男。市丸、山田五十鈴、徳川夢聲、古川緑波、高峰秀子、横山エンタツ、花菱アチャコ、川田義雄、岸井明。1945、東宝)。冒頭に「海軍省委嘱」「藝能戦線版第二輯」と物々しく表示されるが、ひょうきんな風情の似顔絵を使ったタイトルロールからして呑気な感じだし、本編も(現存する箇所は)市丸が歌い山田五十鈴が舞っているかと思えば、その様子の映像は〈夢聲研究所〉なる施設に送られており(テレビジョンの研究か)、そこで徳川夢聲、古川緑波、高峰秀子がモニターしている。と、画面にはエンタツアチャコが現れ、船に乗ってどこかの島へ向かっている模様。エンタツアチャコが島に着くと、〈夢聲研究所〉からミサイル=慰問爆弾(笑慰弾)が発射され、着弾したかと思えば小人の川田義雄と巨人力士の岸井明が現れ歌って、映画は幕となるという、なんともふざけた戦意高揚映画≠ナあった(しかもエンタツアチャコがしゃべくり漫才を披露する以外は、登場人物全員が歌を歌っている)−− と思ったが、厳密には戦意高揚映画≠ナはなく慰問映画≠ナあった。であればこんな呑気な感じでもよいのだろうが、『東宝特撮映画全史』という書物に所収の小松左京と田中友幸の対談にて、小松左京が公開当時は連日空襲が続いていた時期であったため、本作品を観てかえって敗戦を予感した≠ニいったようなことを言っているとのこと。特撮は当時としてはかなり凝ったものなのだろうが、全体に漂うヤケクソ感は、当時のほうが強く感じられたのかもしれない。ちなみにタイトルロールに名前が示されたうち、エノケン、廣澤寅造、花井蘭子、入江たか子、灰田勝彦、藤原義江、櫻井潔、轟夕起子、山根壽子、原節子、高瀬實乗の出演場面は失われているので、たとえば轟夕起子、山根壽子、原節子の出演場面でシリアスな展開が…… とも想像したが、いやなかったろうな。現存する場面だけでも十分に戦前から続く日本の大衆藝能の面白さを味わえるが、フィルムが失われた部分に関しては、出演者の顔ぶれからして言うまでもなく残念。なおちなみに、脚本はサトウ・ハチロー→『限りなき鋪道』(原作:北村小松、監督:成瀬巳喜男。日守新一、荒木貞子、六郷清子、勝見朗子、三井秀男、笠智衆、忍節子、結城一朗、香取千代子、山内光、仲英之助、葛城文子、若葉信子、井上雪子、突貫小僧、磯野秋雄、坂本武、松園富士子、阿部正三郎、谷麗光。1934、松竹キネマ)。銀座の喫茶店で女給をしている島杉子(忍節子)は、貧しいながらも会社勤めの原田町夫(結城一朗)という恋人にも恵まれ、女給仲間の中根袈裟子(香取千代子)やその恋人の絵描き山村真吉(日守新一)と貧しくても幸せな生活を営んでいたが、ある日原田から求婚されたかと思えば映画女優にスカウトされ、今後の行動に悩んでいたところでブルジョアの御曹司山内弘(山内光)の運転するクルマに轢かれてしまい、それがきっかけで山内に求婚されて運命が大きく動いていく…… という展開の中で、日本の古い家制度とそれに若者たちが翻弄される様を批判的な視点で描いた作品、と言ってよいだろうか。杉子と山内の結婚生活が始まってから山内の母(葛城文子)と姉(若葉信子)の杉子への当たりが強くなってきたところで、「だが現代の/日本に於ては/いまだに封建的な/「家」の観念が/若人達の純情を/打ちひしがうとしてゐる」という字幕が表示されるので、その辺の受け取り方は間違いではないと思う。前半のスピード感のある展開と、後半の「家」についてのじっくりした考察との塩梅もよかったと思うが、欲を言えば、「家」についてのじっくりした考察≠ノもう少し深みがあってもよかったかなとは思う。とはいえ、「家」についての〜のところで忍節子扮する島杉子の表情がそれまでよりも強い人間の顔に変わっていくところは素晴らしかった。あと不満を挙げれば、杉子の前から姿を消した原田町夫の消息が尻切れ蜻蛉な点か。ちなみに映画撮影所のスカウトとして笠智衆がちょっとだけ顔を出すが、タイトルロールにはクレジットされていない→金宮酎ハイ×3→冷やし花巻そば(揚げ玉、うずらの卵×3、万能葱)→『腰辨頑張れ』(監督・原作:成瀬巳喜男。山口勇、浪花友子、加藤精一、明山静江、菅原秀雄、飯島善太郎、葉山正雄、関時男、光川京子、西村青児。1931、松竹キネマ)。ここ最近だと五年ぶり三回め。五年前の「喜劇の基本中の基本といった趣で、今となってはお馴染みの、もっといえば目新しい要素のほとんどないほのぼのとした庶民ドラマだが、それでもこれだけきちんと作れば十分に人の心を動かすというよい証拠のような作品と思う。“腰辨”一家になにかすごくよいことが起こるわけでもなく(保険の契約は取るものの)、列車事故に遭った息子の容態が持ち直して家族一同喜び合って終わるというのも、なんだか暖かく残酷な眼差しを感じて、しみじみよいなと思った」という感想以外に新しく得た感慨はなかったが、腰辨≠ナあるところの岡部(山口勇)がいろいろな局面でいろいろな関係の板挟みになって往生する、という苦労を描き重ねていく点が、今回は心に沁みた。ここ五年の三回はすべて弁士なしでの鑑賞なので、一度弁士付きで観てみたい→〈むらさきmusicラボ〉の大納涼大会の演目の物語についてO形と協議。O形案にちょいとこちらからのアイデアを付け加えた程度で話まとまる→シャワー→きゅうりオクラめかぶのサラダ、枝豆、はまぐりとどんこの酒蒸し、鮭缶、トマト、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→バンド「Love Handles」に活動への不参加申し入れ(老父介護のため)→夜9時就寝。
7月7日(月) 深夜起床→朝食の支度など→そばつゆ仕込み→『上海の月』(原作:松崎啓次、監督:成瀬巳喜男。大川平八郎、里見藍子、大日方伝、佐伯秀男、山田五十鈴、汪洋、佐伯秀男、清川荘司、真木順。1941、東宝、中華電影公司製作/東宝配給)。1937年7月7日に起きた盧溝橋事件に端を発する支那事変〜第二次上海事変を背景に、あくまでも日本側の視点から∞中国側の抵抗をテロとして取り上げた″総映画。物語は日本の諜報員たちが抗日放送の撹乱を目的としたラジオ放送のアナウンサーとして中国人女性を雇い、そこに中国側の女スパイが潜り込んで…… と展開するが、しかし元々114分の作品のうち(後半の?)53分しか残っていないため、一本の映画としてきちんと評価することは不可能なのだが、終幕で中国側の女スパイ(山田五十鈴)が撃たれて倒れたあと、「總力戦下の文化戰は/断じて武器なき戰ひではない/平和の假面のしたに凶暴な/武器を振って破壊を逞しくするテロがある/テロ!/テロは人類文化の敵!/東洋永遠平和の敵!/日支共存共栄の敵である」と字幕で謳われるので、「中国側の抵抗をテロとして取り上げた″総映画」という見方は間違いではないと思う。それはそれとして、山田五十鈴の役者としての力量には、こうした国策映画でも驚かされたのだが、今となっては成瀬巳喜男がどんな気持ちでこれを撮ったのかと想いを馳せるのみである(私が知らないだけでなにかの書物に記録があるかもしれない)。ちなみに本作を(上海ロケで)撮った1941年、成瀬巳喜男は本作の前に兵隊に取られた夫がニュース映画に出ているというので妻やその家族が遠くの街まで見に出かける(結局見られなかった)顛末を描いた戦意高揚映画(といったよいと思うが果たして)『なつかしの顔』、本作の後に高峰秀子がバスの車掌に扮し乗客を増やそうと奮闘するアイドル映画=w秀子の車掌さん』を撮っている
→御酒×3→朝7時就寝→午前11時起床。白湯→緑豆もやしと油揚のおつけ、ご飯、納豆(青海苔)、うずらの卵×3→昼過ぎ出かけ、老父面会。耄碌は日々進行していると思われるものの、まだそれほど心配する段階ではないかなと思う(時間をかけて話せば着地点に辿り着く)。ただ、どうやら下のほうも気遣う必要が出てきたらしい。退院後その辺をどう気遣うか、考える必要がある。今のところはこうこうこうしてという頭の中のシミュレーションを実行すればなんとかなりそうかな→洗濯を頼まれたので老父宅に寄って洗濯など→帰宅して『必殺仕事人III』『御家人斬九郎(第一シリーズ第一話)』見ながら菊水堂ポテトチップス、鶏ささみときゅうりの和えもの(ニンニク)、舞茸とこんにゃくの炒め、鯖塩焼き、ビール中瓶×2、御酒×3→眠くなったので夜8時くらい就寝。
7月8日(火) 深夜起床→『生さぬ仲』(原作:柳川春葉、監督:成瀬巳喜男。阿部正三郎、結城一朗、岡田嘉子、小島壽子、筑波雪子、奈良眞養、葛城文子、宮島健一、河原侃二、突貫小僧、岡譲二、大山健二、富士龍子。1932、松竹キネマ製作/浅草松竹館配給)。自分の生んだ娘滋子(小島寿子)と夫渥美俊策(奈良真養)を日本に置いてアメリカに出奔し、彼の地で女優として大成した清岡珠江(岡田嘉子)が、成功した今娘を引き取ろうと帰国。折しも会社経営が行き詰まっている渥美に融資を持ちかけその代わり…… と交渉するも断られ、渥美が事業の失敗から刑務所に収監されるやヤクザものの弟巻野慶次(結城一朗)とその手下ペリカンの源(阿部正三郎)を使い、また渥美の母で苦労を知らない岸代(葛城文子)を贅沢をさせる≠ニ籠絡し、滋子を掠奪。しかし滋子は育ての母≠ナある真砂子(筑波雪子)を実の母であると慕い、珠江には懐かぬまま、物語は急展開と大団円を迎える。言うまでもなく、生さぬ仲の母娘と実の母との関係を考察した一編であるが、滋子の奪還に奮闘する渥美の友人日下部正也(岡譲二)の台詞として終幕近くに映し出される字幕「母の母たる所以は/子供を生んだ事で/なくて/その子供を/育てた事だと/僕は思ふんです」が示すとおり、それほど深いことを言っているわけではない−− 言ってしまえば当たり前のことを言っているに過ぎないと思った(「急展開と大団円」も、ややご都合主義てきではある)。とはいえ、育ての母$^砂子の真心を表現したような筑波雪子の芝居や母を愛してやまない滋子に扮する小島寿子への演出によって、その当たり前だが深い言葉(やご都合主義的展開)が、けっこう沁みてきた。冒頭での「ヤクザもの」ふたりのかっぱらいの場面や、珠江が初めて滋子に声をかけて連れて行こうとする場面の滋子の台詞「うそつき!」「人さらひ!」「バカ!」のカットバック(と言っていいのかな?)のリズム感などは、映画表現の工夫として印象に残った。そういえば淡谷のり子歌唱による「涙の球」が主題歌のひとつとして流れているはずなのだが、なぜかこれは印象に残らなかった→昆布ちりめん入り炒り卵、金宮酎ハイ×4→朝7時就寝→朝10時起床。白湯→もやしと油揚のおつけ、ご飯、たらこ→シャワー→午後散髪。ビール350ml缶×2と風呂いただく→平和に電車で帰宅。千歳船橋下車し、老父に頼まれた買い物など→シャワー→『御家人斬九郎』『必殺仕事人III』見ながら本日の口開け→菊水堂ポテトチップス、もやし小松菜ソーセージの炒め、冷やしおろしそば(揚げ玉、納豆)、ビール中瓶×2→午睡(夕方7時)→二時間ほどで起床→姉から電話あり。緊急事態かと慌てたものの、命に関わる話ではなかったが、老父が財布がない≠ニ騒ぎ始めたのでこちらで預かってないかの確認だった。こちらで預かっていて、それは父の依頼によるもので、お金の出入りについてはきちんと記録している旨説明し一件落着。しかし一日で耄碌の度合いが進んでしまったか。明日面会の予定なので確認しよう→『君と別れて』(原作・監督:成瀬巳喜男。関口小太郎、若宮満、水久保澄子、飯田蝶子、吉川満子、磯野秋雄、小藤田正、新井淳、突貫小僧、藤田陽子、富士龍子、河村黎吉。1933、松竹キネマ)。もう若くはない藝者菊江(吉川満子)の息子義雄(磯野秋雄)は、母の職業をうとましく思う気持ちから不良少年の仲間に入り学校もさぼって非行に走っている。菊江の後輩藝者の照菊(水久保澄子)はそんな母子のことを心から心配して、両親からやはり藝者に売られようとしている妹(藤田陽子)を守るために自身がより厳しい職場に移ることを決意しつつ、義雄を更生に導こうとする−− という物語だが、照菊に扮する水久保澄子がただこの人にしかないような美貌であるというだけでなく、思いや感情がひしひしと伝わってくる(と観ている側に思わせる)表情の芝居にとても心を打たれた。菊江と義雄が言い争う場面でのそれぞれの顔へのズームアップが多用されたり、照菊と父親(河村黎吉)の喧嘩の場面にとつぜん赤ん坊の顔のアップが差し挟まれたり、あるいは菊江が自分の旦那(新井淳)の不実さに嫌気がさしてカミソリを振り回して自殺しようとする場面と同じ料亭の別室で藝妓たち客たちが踊りに興じる場面とのカットバックなど、映画表現の工夫が見られたのも面白かったし、またいろいろな場面の構図が漫画のひとコマのように見えたのにも興味を惹かれた(漫画が発達する以前の作品だから、直接的間接的に漫画家たちに影響を与えたものと思う)。また、昭和初期の大森〜蒲田あたりの風景が見られる点で貴重な記録映像とも言えるかもしれない。なお、「特別出演」の枠で、藝妓として若水絹子、若水照子、藤田房子、光川京子が、客として竹内良一、小林十九二、日守新一、江川宇礼雄が出演している(藝者屋の女将役の飯田蝶子も、タイトルロールでは「特別出演」枠)→『大喧嘩』(監督:山下耕作。加藤嘉、大川橋蔵、穂高稔、松浦築枝、十朱幸代、丹波哲郎、汐路章、曽根晴美、西村晃、入江若葉、花澤徳衛、河原崎長一郎、加村越夫、金子信雄、遠藤辰雄、霧島八千代。1964、東映)。中山道小田井宿(現在の長野県北佐久郡御代田町)の農民から、勝場一家の盃を受け土地の新米やくざとなった榛名の秀次郎(大川橋蔵)が、出入りの際に偶然相手の笹島一家の親分を刺す。手柄ではあるもののほとぼりが冷めるまで三年の旅に出て、男を磨いて故郷に戻ってくると、勢力図は一変。また懸想していた勝場一家の親分勝場の藤兵衛(加藤嘉)の娘おかよ(十朱幸代)は兄弟分浅井の伊之助(穂高稔)の女房になっていて、さらに伊之助はやくざの足を洗って岡っ引きになっていた。元は勝場一家の身内だった赤岩の亀蔵(遠藤辰雄)が笹島一家に寝返り勝場一家の縄張りを狙う中、藤兵衛の兄弟分である兄弟分上州屋仁右衛門(金子信雄)は勝場一家と笹島一家をぶつけることで漁夫の利を得ようとしており、そこに現れた浪人三鬼剛太郎(丹波哲郎)を暗躍させ、勝場笹島の喧嘩に火を点けさせる−− といった物語で、やくざ同士を戦わせようとする丹波哲郎扮する三鬼剛太郎がどこか悪魔めいている(と同時に自分の命を落とすためにそんな所業に出ているようにも見える)ところはやくざに恋女房を犯された≠ニいう過去を持つ点も含めて面白いのだが、全体的にテンポや間の取り方が観ていて今ひとつすっと乗れない感じで、物語の背景や設定なども私にはわかりにくく(秀次郎と三鬼の出会いも描かれるがその場での顛末が省略されるのもちょいと納得がいかない)、さらに大川橋蔵の(私が考えるところの)魅力が活かされていように思い、あまり楽しめなかった。懐中に収めて連れ歩いている小亀に吉兆を占わせる旅のやくざ松井田の多助(西村晃)をもっと活かせば、また感想も変わってきたと思う→桃雪、焼き海苔、金宮酎ハイ×2→午前4時就寝。
7月9日(水) 朝8時起床。白湯→もやしと油揚のおつけ(揚げ玉)、卵かけご飯(昆布ちりめん、青海苔)→納涼大会の紙芝居にもう一曲追加することにしたのだが、歌詞がO形から提出されたので、早速ざっくり曲をつけてみる。やけに寂しい曲になったが(早川義夫からの浅い影響があるかもしれない)、歌詞や場面には合っていると思うが、果たして→昼過ぎ、老父面会へ。昨日は姉から慌てた電話があって驚いたが、実際に父と相対してみると、自分が間違ったことを言ったのは認識していたのでひと安心(O形にも同行してもらったが、ちゃんと息子の妻であることこれまで通りに認識していた)。退院の目処がなかなか立たないが、看護師さんにも様子がわかったら知らせてもらう旨お願いしておいとま→薬膳カレーライス(松本楼)→ガソリン入れて希望ヶ丘の〈サミット〉で買い物して帰宅→父の洗濯物を洗って干してからシャワー→しらすおろし、枝豆、タン塩レモン、鶏チャーシュー、トマト、ビール中瓶×1.5、金宮酎ハイ×2→早々に就寝。
7月10日(木) 深夜起床→「迷子になっちゃった」(紙芝居用楽曲)手直しなど→映画観ず飲酒もせず、朝6時就寝→朝10時起床。白湯→もやしと油揚のおつけ、ご飯(しらすぼし、たらこ)→昼になにを食べようか考えていただけで午前中終了→結局家で冷やしぶっかけ稲庭うどん(生卵、揚げ玉、大根おろし、刻み葱、すりごま)→午後老父面会。なかなか退院には至らぬよう。人生の終盤に差しかかって辛いことだなあと思う。そう思うだけの余裕がこちらにもできてきたのかもしれない→まっすぐ帰宅→晩は出かけようかと思っていたが、天気予報によれば午後〜夕方豪雨というので、『必殺仕事人 激突!』『御家人斬九郎』にて本日の口開け→もずくときゅうりの酢の物(茗荷)、枝豆、しらすおろし、鶏チャーシュー(刻み葱)、金宮酎ハイ×3、ビール中瓶×1.5→食後眠くなったが、いろいろしてたら眠気去る→その間に数時間豪雨→「迷子になっちゃった」の練習と採譜→『黒田騒動』(原作:北条秀司、監督:内田吐夢。薄田研二、高堂国典、片岡栄二郎、片岡千恵蔵、南原伸二、水野浩、三浦光子、中原ひとみ、高千穂ひづる、荒木忍、仁礼功太郎、大友柳太朗。1956、東映) 江戸時代前期−−概ね寛永元年(1624年)から寛永10年(1633年)2月−−の「黒田騒動」を描いた映画。劇中のキリシタンお秀(高千穂ひづる)が実在したかは私にはわからないが(フィクションと捉えたが果たして)、概ね史実に基づいていると思われる。その史実の中で、主家を救うために知恵を絞り奔走した黒田家城代家老栗山大膳の功績と悲哀を名優片岡千恵蔵の力を借りてずっしりと描くというのが本作の眼目と思うが、いかんせん、私は黒田騒動に興味を持ったことがなかったので、映画鑑賞としてはさほど楽しい時間を過ごすことはできなかった(「黒田騒動」は1911年以来本作までで七回映画化されているので、この頃までの日本人には親しみのある題材だったと思われる)。あるいはいろんな意味に於いてふざけたところがまったくない≠ニいう点、スターが輝く映画ではなかった点も好みではなかったのだが、むろん、そういう感想を抱いたのは本作の出来によるものではなく、私の好みの問題である。とはいえ、大友柳太朗扮する竹中妥女正という人物については、長崎奉行時代に手ひどいキリシタン弾圧を行った狂人≠ナあり、またのちに密貿易の疑いで切腹させられているそうで、その辺りは本作ではまったく描かれていないものの、そういう興味をそそる要素が本作にはあった。それと、「映画鑑賞としてはさほど楽しい時間を過ごすことはできなかった」と書いたが、小杉太一郎という人が担当した音楽は、クラシックの素養にジャズの感覚を独特な感じで織り交ぜたという印象で、これはなかなか感心した。あと祭の場面もよかった。その辺を踏まえてもう一度観たら、一度めよりも楽しい映画鑑賞の時間が過ごせるかもしれない→戻し乾燥椎茸と油揚の煮物、オニオンスライス(煎酒、酢)、御酒×3→午前3時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記