2025年07月31日
7月まとめ(21〜31日)
老父の介護保険の等級希望通りに改訂、ドナルド・ペトリ/ジャック・レモン/ウォルター・マッソー、アン=マーグレット『ラブリー・オールドメン』、ハワード・ドイッチ/ウォルター・マッソー/ジャック・レモン/アン=マーグレット/ソフィア・ローレン『ラブリー・オールドメン 釣り大将LOVE LOVE日記』、〈むらさきmusicラボ〉通い復活。
7月21日(月) 朝8時半起床。白湯→スクランブルエッグ和えバタール(粉チーズ)→午前中老父宅訪問。本日より給食つつがなく開始。朝昼夕の薬服用の件が解決すれば、今後は週二回くらいの訪問でなんとかなりそうか→ひさびさに〈GYU GYU BURGER〉でハンバーガー買って帰宅→塩とチーズのバーガー、フライドポテト、ビール中瓶×1→午睡→『御家人斬九郎2』見ながらフライドポテト、スクランブルエッグ和えバタール、冷やし山かけそば(オクラ、うずらの卵×3、刻み葱)、ビール中瓶×1→ちょっと今日はストレス喰いの模様か?→漫才/コントの対決番組『ダブル・インパクト』(かもめんたる、コットン、ニッポンの社長など、まあまあ収穫であった)見ながら金宮酎ハイ×2→夜11時頃就寝。
7月22日(火) 朝4時半起床。炭酸水→シャワー→鶏ささみとニンジンと玉葱のチキンコンソメスープ(ニンニク)、薄切りバケット(4枚)うずらの卵目玉焼き乗せ(3ケ)→そばつゆ仕込み→早めの午睡→冷やし月見そば(刻み葱、揚げ玉)→午後老父宅。まずは洗濯(O形に手伝ってもらって助かった)。そして父に昼を食べさせようとしてたらケアマネ氏登場。介護用品(椅子の交換、キャスター付きテーブルと手すりの導入)、生活介助などについて相談。介護保険は等級が「要介護3」になったとのことで、だいぶ自由度が増した(期待通りかそれ以上の改訂)。ただし洗濯や掃除などの生活介助については計画に則って定期的に依頼せねばならないので、当面は利用せず、引き続き家族で担うこととする→次いで〈杏林〉にて心臓超音波検査。本日はそれのみだった→会計して父を部屋に送り届け、次回訪問までにすることなどを確認しておいとま→帰宅してすぐにトマトピーマンしらすのサラダ、菊水堂ポテトチップス、めかぶときゅうりの酢の物(新生姜)、豚タン塩レモン、鶏もつ煮、ビール中瓶×1、御酒×1。そして『御家人斬九郎2』→夜7時頃いったん就寝→日付変わる前に起床→シャワー→『極道VSまむし』(監督:中島貞夫。若山富三郎、瞳順子、志賀勝、江幡高志、清川虹子、あべ聖、成瀬正孝、初音礼子、関山耕司、小松方正、遠藤太津朗、戸浦六宏、川谷拓三、守田学哉、菅原文太、川地民夫、三島ゆり子、女屋実和子、石山律雄、桜木健一、芥川大地、丹治勤、町田政則、睦五郎、中村錦司。1974、東映)。題名こそ『極道VSまむし』だが、邂逅当初は極道=島村清吉(若山富三郎)とまむしの兄弟=ゴロ政(菅原文太)と不死身の勝(川地民夫)とはいがみ合うし、またまむしの兄弟が北斗会(遠藤太津朗、戸浦六宏、小松方正、関山耕司)の依頼で清吉の命を狙うひと幕もあるが、概ね清吉とまむしの兄弟は気の合う仲間という態で描かれているので、観ている最中は少し疑問を感じる。しかし孤児院の先生である西宮恭子(瞳順子)の仇を討ちに北斗会に殴り込み壊滅させたあと、最後の最後に誰が警察に自首するか≠ナ清吉とまむしの兄弟争う様子が面白いオチ≠ニして不思議に機能しているので、まあ『極道VSまむし』でよいのかなと最終的には思った。「まむしの兄弟」シリーズとの合同作ではあるが、「極道シリーズ」らしくゴチャゴチャした味わいはそのままで(「まむし」もゴチャゴチャしていたかな)、清吉とみね子(清川虹子)の関係性も相変わらずの微妙または絶妙の面白さであった(若作りした若山富三郎が瞳順子を口説いているのを見つけた清川虹子が近づいていく間が最高)→午前3時頃就寝。
7月23日(水) 朝11時起床。水→釜揚げしらすと舞茸のスパゲティ(新生姜、粉チーズ)、バケットラスク→連絡業務、日記まとめなど。老父の訪問診療の日取り決まり、また看護師より買い直しを求められていた医療用テープの銘柄なども判明、早速〈モノタロウ〉にて注文し解決→シャワー→『極道VS不良番長』(監督:山下耕作。若山富三郎、小林勝彦、長谷川弘、友金敏雄、関山耕司、広瀬義宣、志賀勝、大木実、梅宮辰夫、安岡力也、美浦わか、嵐誠、守田学哉、橘麻紀、山城新伍、渡瀬恒彦、内田朝雄、名和宏、森田日記、川谷拓三、ジュディ・オング。1974、東映)。若山富三郎「極道シリーズ」の最終作にして、「不良番長シリーズ」との合作。双方の基本的な登場人物や枠組みは踏襲しているものの、島村清吉(若山富三郎)の妻みね子(清川虹子)は出てこないし、「極道シリーズ」では島村清吉を半分からかいながらもよく支えるジョージ役を勤めた山城新伍も不良番長側のちょい役でのみ出演など、シリーズ最終作なのに何故? というところもあった。また梅宮辰夫は「不良番長シリーズ」主役の神坂弘役として出演するものの、映画冒頭で大怪我をするという設定で、冒頭と中盤に少ししか出てこない。しかしその不足感を、渡瀬恒彦扮する神坂弘の弟分神坂謙次が補って余りある存在感で埋め、結果としては老いた元極道と新進の不良とが不思議と意気投合する、魅力ある物語に仕上がっている。と思ったが、果たして。仮面ライダー∞ムエタイ∞若いジュディ・オングと若山富三郎のホルモン焼きコント≠ネどの小ネタの笑いも効いているし、「極道」たちと「不良番長」たちとが意気投合しホルモン焼きで宴会をする場面での「番長シャロック」の「チャンチキおけさ」的なノリには、なんだか不思議と涙が出てきた。ジュディ・オングの「花嫁の耳かざり」もいい歌だった(1973年発表の楽曲。若いころ−−デビュー直後の60〜70年代初期−−のジュディ・オングには、「さようなら17才」などいい曲があるようなので、ちょっと掘ってみたい)。「不良番長」側−−神坂謙次−−が島村清吉とお互いに認め合いつつ裏切りしかし最後には強く結ばれるという構成は前作『極道VSまむし』と同じだが、本作のほうが全体的にすっと自然に楽しめたし、なんなら「極道シリーズ」の中でも最高傑作と言っていいかもしれない。以下は前回(2017年12月31日)観た際の感想「『全極連ブルース』最高。音楽は全体にかっこいい(八木正生)。若山富三郎が暴走族のことやチャリティーショウのことをいちいち「ボーコーゾク」「チャチャリショー」と間違えるのが可笑しい。全体的にものすごい適当に作った感じだが、それと映画の面白さとは無関係ということがよくわかる。改造屋台軍団と暴走族の戦いからの若山富三郎のムエタイも可笑し過ぎる。『男どアホウ甲子園』みたいな縁ある入院患者への輸血劇や、とうとつなジュディ・オングの歌唱が素敵(『若親分 兇状旅』での都はるみの使い方とは違う)。ステージでの歌唱のアンデス/日本民謡/ファンク調の編曲もかっこいい。しかしなんだろう、この全体を貫く可笑しさ微笑ましさは」→キャベツとオクラと鮭缶のサラダ、もやしナムル、豚タン塩レモン、鶏もつ煮(針生姜)、冷やしきつねそば(葱、椎茸)、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×1、御酒×1→午睡→深夜起床→明日の朝食の支度→『欲望の中の女』(原題『Miele di donna』、原案:ジャンフランコ・アンジェルッチ、リリアーナ・ベッティ、監督:ジャンフランコ・アンジェルッチ。カトリーヌ・スパーク、フェルナンド・レイ、クリオ・ゴールドスミス、ドナティラ・ダミアーニ、アドリアーナ・ルッソ、リュック・メランダ、リノ・トロイージ、Giuseppe Pennese、スーザン・スコット。1981、伊Selecciones Huguet、Vogue Film製作)。イタリア艶笑喜劇の流れを汲む作品だが、「笑」の部分はほぼなし。作家志望の女(カトリーヌ・スパーク)が拳銃を持って出版社に押し入り、老編集者(フェルナンド・レイ)に自分の書いたポルノ小説を読むように強要する。その小説の内容が映像化されて開陳されるわけだが、これが一応ポルノの体をなしてはいるものの、ただ謎めいているだけでまったくエロティックではない。一応「欲望の館」という名のホテルで、セックスを匂わせる女主人やヨガ修行者が登場し、また宿泊客と女主人の妹=ホテルのメイドがセックスしたりもするが、女主人がヨガ修行者にマッサージをする場面のみやや淫靡な趣で、宿泊客とメイドのセックスについては単にセックスを大らかに描くばかりだった。そして終幕には、「作家志望の女が拳銃を持って出版社に押し入り、老編集者に自分の書いたポルノ小説を読むように強要する」というのが倦怠期を迎えた夫婦のプレイ≠セったことが明かされて、映画は終わる。カトリーヌ・スパークとクリオ・ゴールドスミスを起用してるのになんじゃこりゃ、であった(小説の世界を妄想的に映像化、という映画なのだから、もう少し超現実的幻想的な展開を組み込んでみるなどの工夫をしようとは思わなかったのか)。が、イタリアのこの手の映画は必ずといっていいほどのどかな音楽が主題曲に選ばれる、という点の認識を新たにし、その点は研究の余地があるかな、とは思った。ちなみに本作の音楽(主題曲はのどかなレゲエ調の曲)はリズ・オルトラーニという人で、「モンド映画、イタリア製サスペンス映画、マカロニ・ウェスタンといった大衆娯楽映画から芸術映画まで、200以上に及ぶ幅広い分野の映画に楽曲を提供」しており、『世界残酷物語』(1962)の主題曲「モア」の作者だそうだ→もやしナムル、金宮酎ハイ×2→朝5時就寝。老父退院より毎日出勤≠セったので、一週間ぶりにのんびり過ごした(明日も)
7月24日(木) 朝10時起床。白湯→もずくと油揚のおつけ、ご飯、納豆、海苔、青海苔→7/28のタクシー(溝の口行き)を日本交通に予約(8:55三鷹発)→明日の昼のうどんを〈なかじょう〉に予約(冷かけうどん小×2、ちくわ天・いか天・ごぼう天各1。11:20受け取り)→老父服用薬の服用時間別(朝食後、昼食後、夕食後)のリスト制作→酢昆布とこんにゃくと舞茸のピリ辛製作→冷やし月見そば(刻み葱、揚げ玉)→シャワー→菊水堂ポテトチップス、胡麻煎、もやしナムル、こんにゃくと舞茸のピリ辛、ビール中瓶×1、御酒×1→午睡→夜起きて、『御家人斬九郎2』見ながらまた飲酒→『さまよえる脳髄』(原作:逢坂剛、監督:萩庭貞明。大杉漣、光石研、神田正輝、高島礼子、塩屋俊、椎名桔平、嶋田久作、石橋保、田口トモロヲ、でんでん。1993、ヒーロー、シネマパラダイス、エクセレントフィルム製作/ヒーロー配給)。左脳と右脳をつなぐ脳梁の欠損による「分離脳」とよばれる脳の状態をモチーフにした逢坂剛の同名小説の映画化。原作とは物語や設定が異なるようだが、原作は「この小説は医学的にみて指摘しうる誤りはなく、きわめて論理的に組み立てられている」いう評価を得ており(精神医学者で当時上智大学教授の福島章による新潮文庫版の解説)、映画もそこだけは大事にしている≠ニいう印象(ちゃんと検証したわけではないが)。衣装やメイクアップやセットやロケ地も含めた絵造りについては、時代に左右されるものだろうから仕方がないが(むろんいつ撮ったものでも古びないという作品はあるわけだが)、精神神経科対脳神経外科という構図も含め、医学的知識を下敷きにしたミステリーとしては十分楽しめた。主演の高島礼子は1989年に女優となり本作が映画初主演作とのことだが、登場時はあまりパッとした印象を残さないものの、観ているうちにだんだん(今の)高島礼子の顔・印象になっていくという点も(本作の本質とは関係ないが)面白かった→菊水堂ポテトチップス、ソーセージ炙り、目玉焼き、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→午前2時就寝。
7月25日(金) 朝7時半起床。白湯→もずくと油揚のおつけ、卵かけご飯(釜揚げしらす、青海苔)→10時過ぎ出発し、郵便局にて預金引き出し、〈杏林〉の売店で投薬カレンダー″w入、〈なかじょう〉で予約のうどん受け取って老父宅へ。まずは昼の用意をして昼食(冷かけうどん小×2、ちくわ天、いか天、ごぼう天)。あとは投薬カレンダー充填、洗濯物干し、7/28の溝の口通院準備、水と茶の補充など。今日は地味にやること多かった。iPhoneの「リマインダー」アプリでTo-Doリストを作成しておいてよかった→帰宅してソーセージ、トマト、レンコン炒め、ビール中瓶×1→午睡→キャベツとソーセージの炒め、焼きとうもろこし、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→夜10時過ぎ就寝。
7月26日(土) 午前3時起床→『ラブリー・オールドメン』(原題『Grumpy Old Men』、監督:ドナルド・ペトリ。バック・ヘンリー、ジャック・レモン、ウォルター・マッソー、アン=マーグレット、オジー・デイヴィス、バージェス・メレディス、バフィー・セドラチェク、ジョー・ハワード、ダリル・ハンナ、ケヴィン・ポラック、クリストファー・マクドナルド、イザベル・オコナー。1993、米Warner Bros.、Davis Entertainment、Lancaster Gate製作/Warner Bros.配給)。カナダに接するアメリカの田舎町ミネソタ州ワバシャを舞台に、幼馴染同士の老人ふたり−−ジョン・グスタフソン(ジャック・レモン)とマックス・ゴールドマン(ウォルター・マッソー)−−が、互いに罵り合ったり悪戯をし合ったり、町に新たに越してきた英語教授アリエル(アン=マーグレット)を取り合ったり、ときには本気で喧嘩したり…… といったたわいもない日常を描いた作品で、アリエルを取り合う仲でもあった友人チャック(オジー・デイヴィス)の突然死、マックスの息子ジェイコブ(ケヴィン・ポラック)の市長選挙、ジョンの娘メラニー(ダリル・ハンナ)の離婚問題、そしてジョン自身の税金滞納問題なども物語にまぶされるが、なにか大きな展開が誇張して描かれるわけでもないのに、なにか深い感銘を覚える映画だった。罵り合いや悪戯の他愛もない様子と誇張はされないが人生の苦味や悲しみとを織り交ぜる塩梅がとてもよい、という点はすぐにわかるのだが、それだけではないだろう。それ以上は繰り返し観ながら味わっていきたい。ジョンが68歳という設定で、94歳の父親ジョン・グスタフソン・シニア(バージェス・メレディス)をなんとなくしているという設定は、個人的に身につまされた
→胡麻煎、うずらの卵目玉焼き(3ケ)、金宮酎ハイ×2、御酒×1→朝6時就寝→朝10時半起床。白湯→もずくと油揚のおつけ、ご飯、酢昆布、うずらの卵×1→最近観た映画の感想まとめなど→ごま汁せいろ(うずらの卵×2、青海苔)→シャワー→『三百六十五夜』(原作:小島政二郎、監督:渡辺邦男。高倉健、関山耕司、山田五十鈴、朝丘雪路、滝千江子、平幹二朗、美空ひばり、大東良、桜京美、田崎潤、藤井郁子、姿年子、神田隆、柳永二郎、片山滉、高須準之助、鶴田浩二、沢彰謙。1962、東映)。人のよい裕福な母娘−−大江しづ子(山田五十鈴)、照子(朝丘雪路)。だが母親には秘密がある−−が、その人のよさ故にまっすぐな青年建築技師川北小六(高倉健)の真心を射止めて幸せになりそうになるが、しかしの人のよさ故に悪人たち−−川北小六の父親(神田隆)に金を貸している小牧商会の番頭津川厚(平幹二朗)とその一党や、大江しづ子の秘密を知る元夫坂本東吉(田崎潤)−−の毒牙にかかり不幸になる…… といった物語を、物語の運びも脚本も演出もあまり整理できないままに当時のスターを起用して撮った、という印象。話の中心は青年建築技師に扮する高倉健と裕福な家柄ながら薄幸な照子に扮する朝丘雪路であることはわかるのだが、脇のはずの美空ひばり(小牧商会のご令嬢にして川北小六と無理に婚約している小牧蘭子)や悪役津川厚に扮する平幹二朗、輝子の母親に扮する山田五十鈴などなどがあまり整理されていない物語の運びや脚本や演出≠フ中で素晴らしい芝居を繰り広げるので、余計にこの映画の設計の甘さや不首尾なところが際立ってしまい、物語の重心がどこにあるのかよくわからない・心の置きどころがよくわからない、という結果となってしまったように思う。本作の主題歌として美空ひばり歌唱(西条八十、古賀政男)の「三百六十五夜」が使われるのだが、終幕はこの楽曲ではなく、なぜか途中の酒場の場面でも流れる(美空ひばりが歌い踊る)「ツイスト三百六十五夜」(米山正夫)というのも、一度観ただけでは意味がわからなかった。そして画家役の鶴田浩二の登場と引っ込みも唐突に過ぎる。美空ひばりと高倉健は「べらんめえ芸者」シリーズの直後でちょうどよい感じの頃だし、名優を揃えているのに、なんでこんな結果になったのか−− 一重に監督渡辺邦男自らが手がけた脚本の出来の悪さにあるのではないかと思ったのだが、果たして→『極道の妻たち』(原作:家田荘子、監督:五社英雄。岩下志麻、汀夏子、佳那晃子、明日香尚、芹明香、春やすこ、内藤やす子、藤間紫、かたせ梨乃、世良公則、松尾和子、大坂志郎、絵沢萠子、清水宏次朗、成田三樹夫、岩尾正隆、疋田泰盛、小松政夫、円浄順子、佐藤慶。1986、東映)。今さらながらちゃんと観てみた次第だが、面白く鑑賞はしたけれども、今さらではあまり感想はないな(鑑賞中に思い浮かんだことを忘れてしまったかもしれない)。岩下志麻は本作で見事なまでに典型≠作り上げてしまい、今でもその典型≠ノ縛られているのかもしれないな、というくらいか。しかし岩下志麻は見事だった→胡麻煎、じゃがバター、ポーチドエッグ、イベリコ豚ソーセージ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×3→夜11時頃就寝。
7月27日(日) 午前8時起床。白湯→もずくと油揚のおつけ、焼き飯(イベリコ豚ソーセージ、青葱、卵)→食後眠くなり、昼過ぎまで横臥→ベーコンとトマトとピーマンとオクラのペペロンチーノ、金宮酎ハイ×1/2→シャワー→『笑点』→豚レバーのケーゼ、シャンピニオン、オリーブ・ボロナ、全粒粉パンふた切れ→『ラブリー・オールドメン 釣り大将LOVE LOVE日記』(原題『Grumpier Old Men』、監督:ハワード・ドイッチ。ウォルター・マッソー、ジャック・レモン、アン=マーグレット、ケヴィン・ポラック、ダリル・ハンナ、ケイティ・サゴーナ、バージェス・メレディス、アン・モーガン・ギルベール、ソフィア・ローレン、マックス・ライト、ウェイン・A・エヴェンソン、ジェームズ・アンデリン。1995、米Warner Bros.、Lancaster Gate製作/Warner Bros.配給)。一回観て物語もどこが面白いのかも全部頭に入ったので細かいことは書かないが、とにかく傑作。前作『ラブリー・オールドメン』同様「幼馴染同士の老人ふたりが、互いに罵り合ったり悪戯をし合ったり(略)ときには本気で喧嘩したり…… といったたわいもない日常を描いた作品」「なにか大きな展開が誇張して描かれるわけでもないのに(略)人生の苦味や悲しみとを織り交ぜる塩梅がとてもよい」という趣の映画であり、前作を上回る輝き≠も獲得していた。その輝き≠ヘ、主にソフィア・ローレン扮するマリアの存在によるものと思うが−−と言いつつ、ジョン(ジャック・レモン)の父(バージェス・メレディス)とマリアの母(アン・モーガン・ギルベール)の恋模様もかなりの艶≠この映画に与えている−−、それにしてもソフィア・ローレンは世界の大スターなのに地べたで生きている恋多きイタリア女そのものを演じていてすごい。そしてこの内容と出来であれば、ふざけた邦題の「釣り大将LOVE LOVE日記」も納得であった→金宮酎ハイ×2→本日は午前中は調子悪かったが、酒食と『ラブリー・オールドメン 釣り大将LOVE LOVE日記』のおかげで、終わってみればいい一日だった。夜0時就寝。
7月28日(月) 午前5時半起床。白湯→野菜スープ(ベーコン、とうもろこし、キャベツ、トマト、玉葱)、ハムサンドイッチ(オリーブボロナ)→8時少し前に出発し老父宅へ。道がまったく混んでなく、30分かからずに到着してしまい、時間持て余す→タクシーで溝の口。こちらも一時間かからず、10時前に〈総合高津中央病院〉到着→到着早過ぎて、すぐに検査ののちは一時間ほど待機→午後1時近くなってから受診。足先の血行は改善されているとのことで、担当のM本医師も機嫌よさそうだった。次回は二ヶ月空けて9月の時点での状態を診るとの由→日本交通横浜でタクシー見つかりすんなり帰着→今度の〈杏林〉の予定ほか諸々確認し、午前3時前においとま→帰途、ふと思いついて環八沿いの〈紀ノ国屋〉に寄り煎酒と柿の葉寿司購入→シャワー→本日高津総合〜では足の処置が行われなかったが、一応その旨訪問看護師に連絡したところ、訪問看護師は足の処置を依頼していてたのに、病院側の内部で連絡不行届があった模様。本日夜7時に足の処置に行ってくださることとなった。お手数をかけることになったが、連絡してみてよかった→録画消化しながら菊水堂ポテトチップス、枝豆、もやしナムル、目玉焼き(煎り酒)、柿の葉寿司(鯖、鮭、鯛、鯵、海老各1/2)、ビール中瓶×2→午睡→夜10時過ぎ起きてビール一杯→『御家人斬九郎2』『刑事コロンボ』など見ながら、きゅうりぶつ切り(煎酒、胡麻油、酢)、シャンピニオン、オリーブボロナ、豚レバーケーゼ、胡麻煎、鮭缶ときゅうりの和えもの、金宮酎ハイ×2、御酒×1→午前2時頃就寝。
7月29日(火) 朝8時起床。白湯→野菜スープ(ベーコン、とうもろこし、キャベツ、トマト、玉葱)、ハムときゅうりのサンドイッチ(オリーブボロナ)→午後は二ヶ月ぶりの〈むらさきmusicラボ〉。先月お休みした顛末をお伝えしつつ、まずは今後も休んだ際に家でもできるボイス・トレーニングをご紹介いただき、それから8月の紙芝居のあらましを披露。細かいところにご指摘いただいたほかは、全体としてはオッケーだった。自分(たち)としても案外いいものができそうで、今から楽しみになってきた→いろいろ雑談してからおいとま。どこかで何か食べて帰るには時間が早かったので、〈サミット〉で買い物して(老父から頼まれていたものもあった)帰宅→シャワー→きゅうりぶつ切り、しらすおろし、枝豆、もやしナムル、豚タン塩レモン、鶏もも肉の照り焼き、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→早寝。
7月30日(水) 深夜起床→『夜霧よ今夜も有難う』(監督:江崎実生。石原裕次郎、浅丘ルリ子、柳瀬志郎、太田雅子、郷^治、高品格、佐野浅夫、伊藤るり子、松田摩耶、杉山俊夫、弘松三郎、二谷英明、二本柳寛、内田稔、鈴木瑞穂。1967、日活)。改めて観てみたら、石原裕次郎はカッコいい≠ニいう前提があって初めて成り立つ映画と思った。私にはそういう前提がないので、石原裕次郎は青年なんだか中年なんだかわからない中途半端な佇まいだし、ついでに二谷英明もバカボンのパパみたいではなはだカッコ悪く見えてしまう。一応『カサブランカ』を翻案した、ということになっているが、観ている最中は『カサブランカ』を思い出すこともなく、なんでかなと考えてみると、演歌調の主題歌も含み、全体にじめじめとした日本的な湿っぽさが漂っていて、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの世界を思い出すよすががほぼなにもないからだろうと思い至る。そんな中でヒロインを演じた浅丘ルリ子(『カサブランカ』のイルザに相当)はなかなかの存在感ではあるが、やはり湿っぽい人柄を演らされていて、しかも冒頭でとつぜん踊る踊りが下手。石原裕次郎(ハンフリー・ボガートに相当する)が経営するクラブで働くボクサーのビルに扮する郷^治とその恋人ヒロミに扮する太田雅子のちの梶芽衣子はよかったが出番は少なく−−いや出番はそこそこあるし重要な役割ではあるが、印象としては出番が少ない−−、ほかにもコックの高品格とか刑事の佐野浅夫とか、あるいは昔の横浜風景とか、見どころがまったくないわけではないけれども、私を心地よく騙してくれる映画の魔法≠フようなものがほとんど感じられない映画だった。以前はいつ観たか忘れたが、そのときはどう思ったのかなと日記をひっくり返してみたが、日記に記録されているのは2021年1月16日に宍戸錠が案内役の日活映画名場面集『アゲイン』で観ただけであった。ああ、あと、裕次郎の営むクラブでコンガを叩く男≠ニして浜口庫之助が出演しているが、これも今となっては、か。あとどの役でどの場面に出ていたが記憶がないが、配役には深江章喜、長弘、榎木兵衛の名前もある→金宮酎ハイ×2→朝6時就寝→朝8時起床。白湯→チーズパンふた切れ、しらすサンドイッチ、アイス・カフェオレ→午前中老父介護。昨日の買い物届け、部屋の片付け。新しいリクライニング椅子と移動可能テーブルも届いていたので、今日片付けたことによりだいぶすっきりした(タワー型扇風機とラジオを引き取り)→帰途ひさびさに〈松葉茶屋〉。父がご馳走する(買い物用財布から出してよい)というので、十割天せいろ→帰宅後シャワー→『剣鬼』(監督:三隅研次。小村雪子、市川雷蔵、杉山昌三九、戸浦六宏、香川良介、佐藤慶、浜田雄史、木村玄、姿美千子、内田朝雄、五味龍太郎、戸田皓久、伊達三郎。1965、大映)。観終えたあと物語をいったん整理してみたのだが…… 1)信州一万三千石の城主海野式部少輔正信(戸浦六宏)の母親まきの方は狂女で狂死した。正信はその血を継いだのか、奇行が目立つ、2)まきの方の侍女キン(小村雪子)はまきの方の遺言で中老となり、またまきの方の愛犬(牡)を与えられる、3)キンは男子禁制の奥向きにもかかわらず子を孕み産む。心無い向きからその子は牡犬の子と噂され、斑平(市川雷蔵)と名付けられる、4)斑平は長じて無足として藩に召し抱えられ、また園芸に才能を発揮し、園芸の才能とその俊足から無足組頭続いて馬乗下役に取り立てられる、5)ある日斑平は居合の名人醍醐弥一郎(内田朝雄)と偶然出会い、居合い術に魅せられる。醍醐は自分の稽古を見せて何を見たと斑平に問い、その答を聞いて斑平に太刀を授ける、6)斑平を取り立てた城代影村主膳(香川良介)や小姓頭神部菊馬(佐藤慶)は斑平の持って生まれた才能に着目しており、居合い術についても察知して斑平に公儀隠密暗殺を命ずる、7)斑平は命ぜられるままに公儀隠密や藩内の不平分子を斬り捨て、やがて不平分子たちの遺族の仇討ち(ただし私的)の対象となる、8)遺族たちを斬り捨て、斑平は姿を消す。いい仲になっていた百姓の娘お咲(姿美千子)が斑平の名を呼ぶ姿で、映画は完、という次第だが、話の前提となる1〜3)までの描き方がわかりにくく、また本編に入ってから(上記4〜5)も物語の起伏が平坦に近かったり間やテンポが観ていてしっくりこなかったりで、せっかくの雷蔵映画なのにあまり楽しめなかった。無足仲間たちにお咲を助けた斑平がお咲に「走ろう」と提案する場面や、斑平のなんだか虚無的なんだか幸運を掴もうとしているのだかわからない生活態度や、そしてなんといっても終幕の十一人斬りの大立ち回りは素晴らしいのだが、全体的には本作のよさや重心がよくわからず、残念ながらもう一度観ることはないだろうなあ、と思った→もずく酢(茗荷)、レンコン天ぷら、枝豆、ビール中瓶×2→その後も録画消化しながら、豚レバーケーゼ炙り、金宮酎ハイ×2→夜9時頃就寝。
7月31日(木) 朝5時起床。白湯→チーズパン、しらす入り卵サンドイッチ、アイス・カフェオレ→朝9時前老父迎えに行き〈杏林〉受診。経過はよいようで、特に問題なし→会計済ませ薬局に処方箋出してから、〈松本楼〉にてハイカラカレーライス→薬局で薬受け取り父を部屋に送り、いろいろ整理してからおいとま→帰宅後トマト、ビール中瓶×1→大昔にホノルルなどで買った夏のシャツ(半袖)を思い出して収納場所から取り出して洗濯→午睡→『御家人斬九郎2』の最終話見ながら菊水堂ポテトチップス、オリーブ・ボロナ、もやしナムル、ペーコンニンニク炒め、葱ニンニク炒め、しらす入り炒り卵(青海苔)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2、御酒×2→夜11時就寝。
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