2025年09月20日

9月まとめ(11〜20日)


J・リー・トンプソン/チャールズ・ブロンソン/ジーン・デイヴィス『殺人鬼』、木下恵介/佐野周二/佐田啓二/原節子『お嬢さん乾杯』、ジョセフ・ゴードン=レヴィット/スカーレット・ヨハンソン/ジュリアン・ムーア『ドン・ジョン ポルノ依存症の男』、『御家人斬九郎』シリーズ最終作、沢島忠/松方弘樹/北大路欣也/月形龍之介/渡辺マリ『水戸黄門 助さん格さん大暴れ』、老父緊急入院(武蔵野徳洲会病院。急性硬膜下血腫、また急性白血病疑い)、ブレイク・エドワーズ/トニー・カーティス/ジャック・レモン/ピーター・フォーク/ナタリー・ウッド『グレートレース』、チン・シウトン/ジョニー・トー/アニタ・ムイ/ミシェール・ヨー/マギー・チャン『ワンダー・ガールズ 東方三侠』、ひさびさの〈カルパシ〉。

9月11日(木) 朝7時半起床。白湯→鶏舞茸粥(しらす干し、胡麻油、醤油)→なんだかふらふらするので横臥。ここのところ降圧剤をサボっていて、しかし血圧がぜんぜん上がらなかったのだが、今朝上下とも10くらい上昇。それで服用再開したら急激に下がり、その所為かと思うが、果たして→チキンコンソメスープ(具なし)、チーズパン3切れ→少しだけギター練習。主に右手薬指。これ大きな弱点→ブロンソン出演の『殺人鬼』を途中まで→菊水堂ポテトチップス、もやしナムル、わさび芋(刻み海苔)、茄子のソテー(ベーコン、ニンニク、赤唐辛子、酢、全粒粉、粉チーズ)、トマト(塩、煎酒)、ポトフもどき(豚こま、じゃがいも、ニンジン、玉葱、キャベツ、ニンニク、生姜、ローリエ、クミンシード、カルダモン、固形チキンコンソメ、バターなど)、ダッチパン薄切りバタートースト3切れ、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×2(途中で風呂)→夜10時就寝。
9月12日(金) 午前2時起床→『殺人鬼』(原題『10 to Midnight』、監督:J・リー・トンプソン。シェイ・デュフィン、チャールズ・ブロンソン、ジューン・ギルバート、ジーナ・キーオ、ジーン・デイヴィス、リネット・ハリソン、カトリーナ・パリッシュ、ウィルフォード・ブリムリー、アンドリュー・スティーヴンス、バーバラ・ピラヴィン、バート・ウィリアムズ、シンダ・スコット、リサ・アイルバッハー、ロバート・F・ライオンズ、アイバ・レーン、オーラ・レイ、ケリー・プレストン、ポール・マッカラム、ジェフリー・ルイス。1983、米Cannon Films(製作・配給)、City Films(製作))。チャールズ・ブロンソン扮する中年(老?)刑事レオ・ケスラーがサイコ・キラー、ウォーレン・ステイシー(ジーン・デイヴィス)と対峙し追い詰めていくサイコ・スリラー。ジーン・デイヴィス扮するサイコ・キラーが実に気持ち悪く、不快なのに目が離せないような感じで感情を掻き回される映画ではあるが、冷静に観察すると、物語も演出も撮影も、実に緻密に組み立てられていることに気づく(レオ・ケスラーが証拠をでっち上げたが都合が悪くなり裁判中に自分からあっさりでっち上げを認めるところも、行き当たりばったりのようでいて意外に深い意味を持っていたりする)。サイコ・キラーを追うレオ・ケスラー=ブロンソンが、法について「ウジ虫を保護している」という考えを漏らしながら、法を超越した形で決着をつけるところはいかにもブロンソン映画≠ニいう感じで、よくできたサイコ・スリラーをブロンソン風味に仕上げているところなども、私は面白かった(観る人よっては、どちらもティピカル過ぎると感じるかもしれないが)。若い刑事ポール・マッカーン(アンドリュー・スティーヴンス)とレオ・ケスラーの娘ローリー(リサ・アイルバッハー)そしてローリーの寮でのルームメイトたちの看護師グループとの笑い≠フひと幕も面白く、またその笑い≠ェ終盤の寮での恐怖の一夜≠ノ効いているとも思った(が、果たして)。隠れた名作、ではないかなと思う→薄切りチーズパン3切れ、もやしナムル、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→午前4時就寝→7時半起床。白湯→ロールパン、アイスコーヒー→午前中老父買い物代行。〈サミット〉、〈くだわら薬局〉→本日も買い物届け、ちょっと話したくらい。再来週までの通院(溝の口含む)が終わったら、本格的に不要物の整理を開始しようなど話す→本日も深大寺に寄るの面倒になり、まっすぐ帰宅。途中〈コーナンPro〉にて荷締めベルト購入(miniに車椅子積載のため)→ベーコンとキャベツのペペロンチーノ、金宮酎ハイ×1→連絡業務(今週の買い物代行会計、老父の受診予定追加など)→『必殺からくり人 血風編』と『御家人斬九郎5』で本日の口開け。焼き海苔、もやしナムル、新生姜酢漬け、もずく酢(きゅうり、新生姜、しらす干し)、秋刀魚塩焼き(大根おろし、おろし生姜)、金宮酎ハイ×2、御酒×2。『御家人斬九郎5』は美保純が岡場所の女役で出演、蔦吉の若村麻由美との場面が涙が出るほど残酷で美しかった→夜10時就寝。
9月13日(土) 午前1時起床→『ウルトラヴァイオレット』(原題『Ultraviolet』、監督:カート・ウィマー。ニック・チンランド、ミラ・ジョヴォヴィッチ、セバスチャン・アンドリュー、キャメロン・ブライト、ドゥク・リュウ、ウィリアム・フィクナー。2006、米Screen Gems)。ミラ・ジョボヴィッチの立ち回りは面白かったが、全体的に仰々しい割に絵空事に過ぎて中身がない、という感じ。十年前(2015年5月5日)に観ていたがすっかり忘れていて、そのときの感想は「ミラ・ジョヴォヴィッチが意外に華奢なところが、この手の映画としては残念。むしろ人情ものとして面白かったかもしれぬ」だったが、「華奢」は今回はそう思わなかった。「人情ものとして面白かったかも」という点は今回もそう感じ、近未来を舞台にするにしてもアニメ%Iな仰々しさを廃して実写の分量をもっと多くして汗臭さなどもにじませながら、ひょんなことから子供を拾って逃げ回るうちに情がわく、というところを丁寧に描けばよかったのかなとも思った。といいつつ、冒頭の敵の本丸?にものすごい方法で侵入するのに刀で戦うとか、「ものすごい方法」で破壊されたビルは大丈なのかとか、高度なテクノロジー社会が舞台なのに肉弾戦が多いとか、ミラ・ジョヴォヴィッチ扮するバイオレットがへそ出しなのはどういう意味なのかとか、笑いどころは多かった→薄切りチーズパン、目玉焼き、ビール中瓶×1、御酒×1→朝5時就寝→朝10時起床。白湯→野菜スパイス煮込み(牛豚合挽肉、キャベツ、玉葱、じゃがいも、ニンジン、ぶなしめじ、ニンニク、生姜)、ダッチパントースト、チーズパントースト→『お嬢さん乾杯』(監督:木下恵介。加藤清一、長尾寛、坂本武、佐野周二、佐田啓二、村瀬幸子、泉啓子、原節子、高松栄子、山本多美、勅使河原幸子、向山和子、宮崎義子、東山千栄子、森川まさみ、増田順二、青山杉作、藤間房子、町田旬子、楠田薫、石田淑子、永田靖、佐藤成子。1949、松竹)。2019年11月以来の鑑賞。話はほぼ忘れていたが、得た感想はほぼ同じだったので、六年前のものを引いておく。「大きな犬と子犬のちょっとしたじゃれ合いとか、佐野周二の弾く狂ったギター、佐田啓二のギター弾き語りなどくすっと笑わせる軽い場面も多く、しかしその中で没落した金持(特にその老人の哀しさ)を残酷に描き、田舎出の成り上がり者の哀しさも冷酷に描きつつ、両者の交わりの妙味を見事に描いている。佐野周二の手袋が象徴的」。「没落した金持(特にその老人の哀しさ)」という点では、没落した家の娘泰子(原節子)の祖父と祖母に扮した青山杉作と藤間房子の芝居に、今回は深く感じ入った。細かいところではいきなり縁談を持ち込まれた石津圭三(佐野周二)が憤然としてギターを弾くと調律が狂っているのに、恋人に会ってきた五郎(佐田啓二。このふたりは義兄弟の設定)がそのギターを奪って主題歌の「お嬢さん乾杯」をそのまま弾き語ると調律が合っているところの可笑しさ、泰子が自分の所為ではない様々な齟齬に悩みながらも圭三を好きになろうと努力する様のいじらしさに気づき、また圭三が「空いたクルマを持ってこい」といって持ってこられたのがバスだったり、圭三がはしゃいでたら靴が飛んでしまったり、圭三にが泰子が出してくれた酒をひと口飲んで「ああ焼酎」とまずそうにつぶやいたり、そんな細かいところの木下恵介のサービス≠ノ感心したりした。あるいは泰子の家族をひとりひとり順に登場させることでのわかりやすさ、とか。田舎出の圭三に扮した佐野周二の、成り上がり者らしいがさつさ無神経さと人のよさを混然とさせた人物を表現する芝居も印象に残る。物語としては今となってはよくある話、とも捉えられるし、それほど独自の工夫を凝らしているようには見えないながら、実は細かいところにまで気を配っている作品であることを、今回は再確認した→『黄色いロールス・ロイス』(原題『The Yellow Rolls-Royce』、監督:アンソニー・アスクィス。第一話:レックス・ハリソン、ランス・パーシヴァル、マイケル・ホーダーン、ハロルド・スコット、エドマンド・パードム、ジャンヌ・モロー、イザ・ミランダ、グレゴワール・アスラン、モイラ・リスター、リチャード・ピアソン。第二話:ジョージ・C・スコット、アート・カーニー、シャーリー・マクレーン、リッカルド・ガッローネ、アラン・ドロン。第三話:ジョイス・グレンフェル、イングリッド・バーグマン、ウォリー・コックス、オマル・シャリーフ、カルロ・クロッコロ。1964、英De Grunwald Productions製作/MGM配給)。第二次大戦前のヨーロッパを舞台に、みっつの成就しない恋≠一台の黄色いロールスロイス≠ェ見守っていた、という三分構成のオムニバス映画(ただし三話ともアンソニー・アスクィスが監督)。第一話は、イングランド東部フリントンのチャールズ侯爵(レックス・ハリソン)がフランス人妻エロイーズ(ジャンヌ・モロー)との結婚十周年の記念に黄色いロールスロイス≠贈るが、エロイーズはチャールズの部下フェーン(エドマンド・バードム)と浮気しており、チャールズもそれに気づく。世間体を憚り離婚はしないものの、ロールス・ロイスは返品される運命となる。物語の背景には、その時代のアルバニア共和国の危機が、アルバニア大使(グレゴワール・アスラン)から語られる。第二話は、イタリア・ジェノヴァが舞台。フリントンより22,300マイルを旅した黄色いロールスロイス≠、イタリア旅行中のパオロ−−アル・カポネの子分−−の婚約者メイ(シャーリー・マクレーン)が見初め、イタリア旅行中の足として購入。道中観光客相手のカメラマン、ステファーノ(アラン・ドロン)が一行に加わり、パオロが米国に戻っている間にメイとステファーノが恋に落ちるが、お目付け役のジョーイ(アート・カーニー)は観て見ぬふり。やがてパオロがイタリアに戻り、ふたりの仲は破局を迎える。第三話は、1941年、ユーゴスラビア国境のトリエステにて、米国大富豪の未亡人ゲルダ(イングリッド・バーグマン)が黄色いロールスロイス≠見つけ購入。お付きのオルタンス(ジョイス・グレンフェル)とこのクルマでユーゴスラビアの新しい国王に謁見する云々と話しているのを、ユーゴスラビア人のダヴィッチ(オマル・シャリーフ)が聞きつけ、同行することになる。しかしダヴィッチの正体は反王制主義者のパルチザン。クルマのトランクに隠れて国境を越えるのに、ゲルダも協力。危険の中パルチザンキャンプに着いたあとも、ゲルダは村人たちを安全な場所に運ぶ協力をする。その間にゲルダとダヴィッチは心を通わせるが、ダヴィッチはこの場で危険な戦いの手助けをしてくれるよりも安全な米国で目撃したことを広めてほしいと言い、ゲルダも黄色いロールスロイス≠ニ共に帰米の途に着くことになる。と、話をまとめてみると壮大なスケールの中でのみっつの成就しない恋≠ェドラマティックに描かれているような気にもなってくるが、実際にはどの話もこぢんまりとしたタッチで描かれていて、製作者が(物語としてだけでなく映画的感動という意味でも)なにを伝えたいのだかよくわからなかった。公開当時はヒットしたらしいが(Wikipediaには「1965年の興行収入上位10作品の中に入っている」とあった)、せっかくのジャンヌ・モロー、シャーリー・マクレーン、イングリッド・バーグマンの魅力も活かせておらず、恋の相手たちもパッとせず、唯一アラン・ドロンの人たらしぶりだけが印象に残った。あと、みっつの成就しない恋≠フ物語それぞれに、なにか共通項のようなものを設けたほうが(オムニバスとはいえひとりの監督が撮っているなりの)一体感を伴ったテーマ設定ができ、よりわかりやすく受け入れやすい映画になったのではなかろうか。とはいえ、あまりの感想なので、自分の見方が間違っているような気もしている→ハムときゅうりのサンドイッチ、ソーセージ、しらす乗せ葱焼き、新生姜酢漬け、ビール中瓶×1、金宮水割り×2→シャワー→午睡→『殺人鬼』再見しながら晩。豆腐と茄子の甘辛炒め、もずく酢、新生姜酢漬け、ハム類、レバーケーゼ、ビール中瓶×1.5、金宮酎ハイ×1、ラムソーダ割り×1→『ドン・ジョン ポルノ依存症の男』(原題『Don Jon』、監督:ジョセフ・ゴードン=レヴィット。ジョセフ・ゴードン=レヴィット、トニー・ダンザ、グレン・ヘドリー、ブリー・ラーソン、ジェレミー・ルーク、ロブ・ブラウン、スカーレット・ヨハンソン、ロアン・ビショップ、ジュリアン・ムーア。2013、米Voltage Pictures製作/Relativity Media配給)。現実の女性とのセックスに喜びを見出せないイタリア系アメリカ人の青年ジョン・マテーロ・Jr−−通称ドン・ジョン(監督のジョセフ・ゴードン=レヴィットが扮演)−−は、ネット上のポルノ写真や動画を見ながら自慰行為にふけることに性的な喜びを見出す。見た目もきちっと整え会話にもそつがないドン・ジョンは、バーなどでも女性にモテるし女性に不自由はしていないが、いざセックスすると満足できず、すぐにポルノに戻ってしまう。ある日、ドン・ジョンはバーバラという裕福な娘(スカーレット・ヨハンソン)に出会い、彼としては珍しく愛を育むが、やはりセックスのあとは満足できずポルノに逃げる。と、その様子をバーバラに見つけられてなじられ、その場はごまかすもののバーバラの目をごまかして、自室外でスマートフォンでポルノを見るようになる。そんなとき、バーテンの仕事から事務職に転職するために受けていた講習で出会った中年女性エスター(ジュリアン・ムーア)と親交を持つようになり、なにかと要求の多いバーバラとかなり年上だが優しいエスターとを比較しているうちに、再びバーバラにポルノ閲覧を見つけられ、ふたりは破局。ドン・ジョンはエスターとの真の男と女、人と人との関係≠ノ目覚めてゆく−− といった物語だったが、真の〜≠ニいうところはなかなかよい展開ではあるものの、そうはいっても年上で包容力のある女に甘えることを覚えただけで、それこそ真の£jとしての成長を見ないまま物語が終わるところは、監督が意図したものかはわからないが、残酷さも持った作品かなと思った(バーバラの要求に正面から対峙し共に生きてこそ、ドン・ジョンがひとつ大人になった、という未来が描けるのではなかろうか)。そしてそんなところと関係があるのかどうか、ドン・ジョンが自分勝手な理屈を強固に組み上げていく様子は、なんだか面白かった。クルマの運転時にヘタな運転を許すことができない様子(いわゆるキレる=jも含めて考えると、現在SNSの閲覧やSNSでのやり取りを通じて自己形成している子供たちや若者たちを冷酷な目で見つめた上での製作なのかもしれない。そう考えると(それが当たっているかはわからないが)、「残酷さも持った作品」という見方もあながちハズレではないのかなと思ったが、果たして→しらすおろし、ラムソーダ割り×2→午前3時過ぎ就寝。
9月14日(日) 朝10時起床。白湯→キャベツと油揚のおつけ、ご飯、納豆、しらす干し、うずらの卵×2、海苔→昨日観た映画四本分の感想まとめなど→月見そば(刻み葱)。温かいそばはひさしぶり→『刑事コロンボ』(第24話 白鳥の歌)。ジョニー・キャッシュ出演回→晩の支度。もやしナムル、ポテトサラダ→シャワー→『ETV特集 Pop¢蜻皷r一 幸せな結末』。大滝詠一の活動や人物像が(初学者にも)よくわかるドキュメンタリー。以前別の大滝詠一関連番組に出てたいとうせいこうのような、思い入れだけで語る人物が登場しないのがよかった(その番組でいとうせいこうは「スタンダード」と言うべきところで興奮気味に「トラディショナル」と言っていて、それなりの意図はあったのかもしれないが、思い入れが滑っているような印象があって残念に思った記憶がある)→菊水堂ポテトチップス、もやしナムル、ポテトサラダ(ロースハム、ニンジン、新生姜みじん切り、青紫蘇、酢、オリーブ油、塩、黒胡椒、バター)、豚バラ肉ミルフィーユカツ、秋刀魚骨煎餅、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→食後(夜8時頃)横臥→深夜起床→『ひばりの三役 競艶雪之丞変化』(原作:三上於菟吉、監督:渡辺邦男。美空ひばり、中村彰、坊屋三郎、宇治みさ子、阿部九洲男、北沢典子、花岡菊子、岬洋二、芝田新、市川門三郎、沼田曜一、二木てるみ、若杉嘉津子、松本朝夫、大谷友彦、丹波哲郎、高田稔、広瀬恒美。1957、新東宝)→『ひばりの三役 続競艶雪之丞変化』(原作:三上於菟吉、監督:渡辺邦男。北沢典子、美空ひばり、宇治みさ子、阿部九洲男、丹波哲郎、松本朝夫、大谷友彦、芝田新、花岡菊子、岬洋二、中村彰、鮎川浩、林寛、坊屋三郎、山村邦子、高田稔、市川門三郎、広瀬恒美。1957、新東宝)。今年の4月に、前後編のうち前編だけをたまたま観て(後編の放映予定がわからなかったので)もやもやしていたのだが、ようやく全編観ることができた。4月に前編だけを観た感想として、「長崎の大店の主人の子お雪(二木てるみ。原作では雪太郎という男の子)は、両親を長崎奉行土部三斎(阿部九洲男)と御用商人の長崎屋(岬洋二)、広海屋(芝田新)に殺され孤児となり、やがて役者中村菊之丞(市川門三郎)に拾われ、長じて歌舞伎役者=中村雪之丞(美空ひばり)となる。と、雪之丞の舞台を父母の仇が観劇に来、そこから雪之丞の仇討ちが始まる−− という筋書きだが、(略)美空ひばり扮する中村雪之丞は、実際は女性であるが女型≠ニいう触れ込み、のちに雪之丞に惚れるお初(宇治みさ子)が雪之丞の胸を触り女だね≠ニいう場面があるのだが、冒頭の場面からどう見ても女性にしか見えない、という感想しか、今のところはない。美空ひばりのもう一役、闇太郎は、男性に見えないこともないのだが。それと、「ひばりの三役」と謳いながら、もう一役がお雪の母親というのは、重要な役であるとはいえ前編を観た段階ではちょいと拍子抜けであった」と書いていたが、後編も観ての感想もほぼ同じ。話は一応知っているし、そうすると「ひばりの三役」という点が新味であり本作ならではの魅力ということになるがそれも不発な感じで−−雪之丞がだんだん母お園に似てくるという設定は面白いが、それをいったら最初から似ている(同一人物が演じているのだから)−− 元の物語は別にしてこの映画に於いて特筆すべき点はないかな、と思った。腕はそこそこ立つが考えの捻じ曲がった武藝者(雪之丞と同門)が、丹波哲郎が扮しているのにいざというとき意外に弱いという点は面白かった、とか、そういう感じであった→梅干し、金宮酎ハイ×2→午前4時就寝。
9月15日(月) 朝9時起床。白湯→キャベツと油揚のおつけ、卵かけご飯(納豆、しらす干し)、海苔→昨晩観た『ひばりの三役〜』の感想まとめ→なんだか眠くて横臥→ベーコンと葱のクリームソーススパゲティレバーケーゼ乗せ(ニンニク)、ダッチパンふた切れ→クルマの助手席外し(明後日老父を高津総合〜に連れて行く際、車椅子も自分のクルマで運搬することにしたため)→シャワー→『怒れ毒蛇 目撃者を消せ』(監督:井上梅次。田宮二郎、司美智子、奈良富士子、加島潤、山本幸栄、渡辺文雄、中田耕二、森次晃嗣、汪萍、江幡高志、中丸忠雄、水木涼子、山本陽子、穂積隆信、カオチャン。1974、松竹)。「コブラ」と呼ばれる非情な刑事小村諒平(田宮二郎)が、痴情のもつれから起きたファッション・モデル殺人事件の真犯人を追いつつ、目撃者のマリ子(奈良富士子)を守る過程で過去に起きた自分の恩人の殺人事件の真相にも近づいていく、というアクションもの。それに小村が女の恋情を利用して別の事件を解決したことを恨みに思う女スナイパー李萍(汪萍)もからみ、みっつの事件が複雑な様相を呈していく中でかつての恋人で今は検事の赤木(中丸忠雄)の妻となった美代子(殺された恩人の娘。山本陽子)との再会の物語などもからめつつの展開となるわけだが、そこまでの話が複雑なのに複雑さ故の妙味があまり感じられず、「ファッション・モデル殺人事件」が解決に向かう中「自分の恩人の殺人事件」の犯人と疑う唐手の名手北一平(カオチャン)が出てくるやカオチャンと田宮二郎の唐手対決にフォーカスしていくという(ふたりは子供のころ唐手道場の仲間だった)、どこに感情移入してよいのかよくわからない映画だった。終幕は小村に惚れたマリ子が実家の財力にものを言わせ小村に外車をあげるわと口説きに入るが、小村はそれを断り自分の中古のクルマで去ってゆく、というあたりはハードボイルドっぽいが、なんだか焦点の定まらない一本であった。井上梅次っぽいのかなとも思ったが、往年のパワーはあまり感じられなかったかな→『撃たれる前に撃て!』(監督:井上梅次。蟹江敬三、玉川伊佐男、田宮二郎、小池朝雄、山本陽子、母、中丸忠雄、速水亮、内田良平、東八郎、渥美國泰、金子信雄、安部徹、田口久美、松坂慶子、磯野洋子、染野行雄、日高ゆり、ジャネット八田、加島潤、岡田英次。1976、松竹)。前作『怒れ毒蛇 目撃者を消せ』から二年を経て製作された田宮二郎「刑事コブラ」シリーズ第二作。このシリーズがこのあと続いたのかどうかはよくわからないが(ネット検索の限りでは)、前作よりもなにか輝きが増したという印象はあった。俳優陣に手だれが増え派手になったからということもあろうが、しかし小村(田宮二郎)を目の敵にする(それが仕事のタネでもある)新聞記者役の小池朝雄や、冒頭で殺されてしまう立てこもり犯役の蟹江敬三は異彩を放っていたものの、せっかくの内田良平(蟹江敬三が所属する組の組長篠山)、安部徹(内田良平が通じる政界の黒幕郷田)、金子信雄(政府からの融資を前ふたりと組んで不正使用している南太平洋観光社長田島)らが元々持っている存在感だけ、という感じなのは残念に思った。「派手になった」という印象も、よくよく考えると前作と同じく美代子に扮した山本陽子の魅力が増していたり、事件や物語全体の中で重要な役割を果たす田口久美(ダンサーのナンシー丘役)とジャネット八田(バーの女射撃藝人李珮。前作の汪萍の妹という設定)がやはり魅力的だった、からのような気もしないでもない。まあとはいえ、前作よりも濃厚な感じも含め、見応えはあったかな(意外な人物が複数の殺人や殺人未遂を裏で操っていたという展開は面白かった)。小村の上司である友田警部が前作の山本幸栄から玉川伊佐男に代わり、しかし山本幸栄も赤木検事(前作と同じ中丸忠雄)と行動を共にするちょい役で出ていたのは、なんでそういう配役にしたのかはよくわからなかった→菊水堂ポテトチップス、もやしナムル、ニンニク生姜焼き(全粒粉、うずらの卵×2)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→午睡→風呂→『秋刀魚の味』(監督:小津安二郎。笠智衆、中村伸郎、高橋とよ、北竜二、環三千世、岩下志麻、三上真一郎、佐田啓二、岡田茉莉子、菅原通済、東野英治郎、杉村春子、加東大介、岸田今日子、吉田輝雄、三宅邦子、牧紀子。1962、松竹)。自分にとってもの完璧な出来栄えの映画≠ェ観たくなったので、何度め(何十度め?)かの鑑賞。もはや新しい発見はないし、同じところで笑い同じところで泣くわけだが(酔っ払った瓢箪=東野英治郎が同窓会から送られて帰宅して間もなく、杉村春子扮するその娘伴子が泣き出すところは、言葉にできない感情を表現した場面として、いつでも肺腑を抉られる気持ちになる)、今回はみんななんとか戦争体験を自分の中でしょうかしなくてはならない/しようとしている≠ニいう様子を丁寧に描いているのだなあ、と思った(主にバーの場面)。折に触れて繰り返し観たいという気持ちを新たにした→『晩春』(原作:広津和郎『父と娘』、監督:小津安二郎。原節子、杉村春子、三宅邦子、笠智衆、宇佐美淳、三島雅夫、清水一郎、青木放屁、高橋豊子、谷崎純、坪内美子、桂木洋子。1949、松竹)。自分にとってもの完璧な出来栄えの映画≠ェ観たくなったのと、終盤の笠智衆扮する大学教授の曾宮周吉が娘紀子(原節子)に語る「お父さんはもう56だ。お父さんの人生は、もう、終わりに近いんだよ」という台詞を確認したくて何度め(何十度め?)かの鑑賞。もはや新しい発見はないし、同じところで笑い同じところで泣くわけだが(父周吉の再婚が決まった−−実は嘘−−と聞いてからの紀子の行動や表情が切ない)、三島雅夫、杉村春子、月丘夢路らの芝居の心地よさを堪能した。折に触れて繰り返し観たいという気持ちを新たにした→枝豆、茄子ベーコンニンニク炒め、秋刀魚骨煎餅、大根サラダ(煎酒、胡麻油)、なめこ佃煮(煎酒使用)、梅干し、黒胡麻煎、金宮酎ハイ×5→午前4時就寝。
9月16日(火) 朝10時起床。白湯→ぶなしめじと油揚のおつけ、ご飯(なめこ佃煮、うずらの卵×1)→『晩春』の後半、酔っ払っててどんな気持ちになったのかよく覚えていなかったので復習→サンドイッチふた切れ(ハムときゅうり、卵ときゅうり)→来週〈むらさきmusicラボ〉にて紙芝居『おかしな迷子』の映像記録を撮影することにしたので、居間にエレキギター一式を設置→風呂→晩の支度→枝豆、じゃがいもとニンジンの茹でサラダ、レバーケーゼ炙り、新生姜酢漬け、ロースハムとトマトのペペロンチーノ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1、金宮珈琲割×1→本日はほぼ食事の用意その他家事くらいしかしてなかったが、なんだか充実した気分だ。いや『御家人斬九郎』のシリーズ最終作を見たか。午前1時就寝。
9月17日(水) 朝6時起床。白湯→ぶなしめじと油揚のおつけ、新生姜炊き込みご飯、なめこ佃煮、生卵→シャワー→朝8時に家を出たが、iPhone忘れて取りに帰る。それでも老父宅には予定通り着→老父車椅子に座る際着地を誤り転倒。焦ったが大事はなかったようだ→溝の口〈総合高津中央病院〉まではまったく迷わず。しかし老父クルマの後部座席から降りられず。脚の筋力の衰えに加え、身体をどう動かしていいのかわからない模様。看護師さんの手を借りでなんとか降りることができたが、miniでの送迎は難しそうだ→帰途はタクシー呼び父のみタクシー、老父宅の駐車場にて合流→父を部屋に送り届けておいとま→ひさびさに〈松葉茶屋〉にて昼。十割天せいろ→帰途ドラッグストア四軒回ったが訪問看護師指定の品がなかったので諦める→希望ヶ丘の〈サミット〉で父の買い物して帰宅→クルマの助手席復元→シャワー→ビール中瓶×1、金宮珈琲割×1→午睡→もずく酢(きゅうり、しらす干し)、ひと口餃子12ケ、もやしナムル、トマト卵炒め、金宮酎ハイ×2→『水戸黄門 助さん格さん大暴れ』(監督:沢島忠。松方弘樹、北大路欣也、菅貫太郎、田中春男、清川虹子、岡田英次、星十郎、花澤徳衛、月形龍之介、渡辺マリ、明石潮、夏川静江、北条喜久、花房錦一、小沢栄太郎、小柴幹治。1961、東映)。ご存知「水戸黄門」の助さん格さん−−佐々木助三郎(松方弘樹)、渥美格之進(北大路欣也)−−の、水戸黄門(月形龍之介)と出会ったばかりの青春時代の一日を描いた痛快娯楽時代劇。曲がったことが大嫌いで正義感に溢れたふたりが、父親の地位を頼って好き放題に振る舞う次席家老藤井紋太夫(岡田英次)のドラ息子辰馬(菅貫太郎)とその取り巻き連中を蹴散らかし、果ては藤井紋太夫と柳沢吉保(小沢栄太郎)の専横ぶりに義憤を感じて斬り捨てる−− という様をまさに痛快≠ノ描きながら、実は…… という大胆な?夢オチに笑う。助さん格さんが正義感から暴力を振るう様の躍動感も心地よいし、黄門との人間関係の理想的な感じ≠煬ゥていて気持ちがいい。若き日の黄門が恋心を燃やした武家の女萩乃(夏川静江)とその娘志乃(北条喜久)のくだりはややしっとりし過ぎていて全体の中での印象としては弱いように感じたが、その一方で居酒屋の娘お小夜(「東京ドドンパ娘」の渡辺マリ)の爆発ぶりは、助さん格さんの躍動感といいバランスだったと思う。「痛快娯楽時代劇」としてはかなりの出来栄えと思った。助さんの母親登志(清川虹子)と格さんの父親源太兵衛(田中春男)のもたらす笑いもよかった→『ジョーズ・ザ・モンスター』(原題『血鲨/Horror Shark』、監督:ワン・リーアン。アレックス・フォン、チョウ・ウェイトン、ウェン・ドンジュン。2020、中Youku)。サメを使った遺伝子実験を行う大企業?の慢心が制御不能なサメを生み出してしまい、良心的な海洋学者を中心に脱出と解決を図る、という、『ディープ・ブルー』(1999)の焼き直し−−それも杜撰な−−という印象のサメ映画。2020年にもなってなにやってんだ? という感想しかなかった。まだサメ映画好きの少ない中国国内に向けての急ぎ仕事か、という邪推もした。主役の海洋学者ミンに扮するアレックス・フォンは、香港の人気歌手らしい→金宮酎ハイ×2→午前2時就寝。
9月18日(木) 朝6時半起床。白湯→ぶなしめじと油揚のおつけ(揚げ玉)、ご飯、梅干し、しらす干し→本日は老父杏林受診なので迎えに行ったら、具合が悪いとまだ寝ていた。老父宅の職員の方が状況把握して対応してくれていたので、ひとまず本日の受診予約はキャンセルし、職員の方が手配してくれた訪問看護師の到着を待つ。昨日買えなかった「訪問看護師指定の品」(白十字社製ガーゼ)は杏林の売店にあることがわかったので、O形に買いに行ってもらう。助かるな→その後職員の方がお手洗いへの介護の際右手がまったく動かないことに気づき、救急車を呼ぶことに。杏林に受け入れてもらえず、武蔵境と田無の間にある〈武蔵野徳洲会病院〉に搬送→待合室にてハムサンドイッチ、および姉が持ってきてくれた明太子おむすび→検査の結果、脳内に出血あり、ただし脳卒中の類ではなく、外傷性と症状は似ていると→それから二回めの検査にて、脳内の出血が悪化してはいないので、全体の症状(発熱、白血球の増加など)から考えると血液の疾患である可能性が高く、万一の場合を覚悟しておいたほうがよい、ということになった。目安二週間の入院なり→集中治療室に運ばれたのを確認し、本日はおいとま。タクシーにて姉と老父宅に戻り、職員の方に状況を伝え、老父の部屋の冷蔵庫を片付け、明日病院に持参するものを確認して帰宅→レンコンチップス、鰯フライ、ゆで卵、鰯ワタ焼き、大根と油揚のおつけ、ビール中瓶×2→さすがに草臥れたので、夜10時過ぎ就寝。
9月19日(金) 深夜起床→連絡業務など→『東京の女性』(原作:丹羽文雄、監督:伏水修。如月寛多、柳谷寛、鐡一郎、原節子、深見泰三、水上怜子、立松晃、外松良一、江波和子、藤輪欣司、水町庸子、鳥羽陽之助、龍崎一郎、生方賢一郎、星ヘルタ。1939、東宝)。公開は1939年10月。この年の7月1日には日本軍がノモンハン攻撃を開始しており、9月には第二次世界大戦が勃発。日本は第二次世界大戦への不介入を表明したものの(9月4日)、そこを遡る7月8日には国民徴用令を公布しており、今から眺めると大規模な戦争開始のきざしが色濃くなった年だが、本作ではまだまだ呑気な都会の人間たちの暮らしぶりが描かれている。が、その実際は男尊女卑が当たり前の世の中で、自動車会社の文書課で働く君塚節子(原節子)の一家の女たちは、事業家を気取るあまり資金調達が実現するまで働かずに家の中で横暴に振る舞う父榮治郎(藤輪欣司)に脅かされ、会社の男たちは汚い手口で得をすることしか考えておらず、父の怪我で資金が必要になった節子がセールスマンに転身するや小馬鹿にし、節子がセールスマンとして成功するや嫉妬の目を向ける。そんな中で節子にセールスマンとしての手解きをした木幡好之(立松晃)も、節子がセールスマンとして一人前≠ノなるにつれ嫉妬心からか節子から離れ、節子の妹−−男に頼る可愛らしい女−−水代(江波和子)に心奪われるようになり、節子は密かに慕っていた木幡を水代に譲り、ひとりのセールスマンとして成長し生きていくことを決意する−− といった物語で、序盤の木幡と同じくセールスマンの高山(深見泰三)の仕事を取った取らないの喧嘩沙汰、節子の父の専横ぶりと母お幾(水町庸子)への暴力、男社会に乗り込もうとする節子への男たちからの侮蔑の視線、成功し始める節子への嫉妬の表明などは、娯楽映画≠フ枠を超えた生々しさをもって描かれている(本作が娯楽映画≠企図されての製作かどうかは知らないが)。その「生々しさ」と、節子が静かに決意を表明するかのような終幕との強弱の塩梅がうまく設計されていないように思え、相当な苦味−−心地よくない苦味−−の印象が強く残った作品だった(終幕、節子がクルマを運転しているところにトラックのものと思われるクラクションの音が連発されるが、この音が不穏で、静かな決意表明≠ノ暗雲が差すことを暗示しているような点も気持ちのよくない印象を与えられるが、これは意図的な演出なのだろうか?)。もっとも、この時代に世の中の男と女の立場をこれほど酷薄に描いたことは画期的だったのかもしれない。そういう意味では映画史に残るべき作品とも思う。そして「その「生々しさ」と、節子が静かに決意を表明するかのような終幕との強弱の塩梅がうまく設計されていない」という感想は、原節子の(言葉は軽くなってしまうが)超絶的な#しさはもちろん、江波和子や水上怜子の可愛らしさ、大人の女の魅力などがとても際立っている点が「生々しさ」と相容れないような印象であることにも依るのではないかなとも考えた→ペヤングソース焼きそば(生卵)、金宮酎ハイ×1→朝5時就寝→朝10時起床。白湯→ハム卵サンドイッチ、アイスカフェオレ→午前中はなんだかグズグズしていてシャワーも浴びず→昼過ぎ出発。まずは郵便局に寄って「万一のときの資金」をおろす(限度額があるのであと三回の予定)→老父宅に寄って足の患部の処置に必要な薬剤を集め、また眼鏡と携帯電話を持って〈武蔵野徳洲会病院〉へ。道はわかりやすいが、途中の右折(東八道路から武蔵境通り)が混むので工夫が必要か→HCU(集中治療室)にて老父と面会。状態はほぼ昨日同じで、話しかければこちらが誰かはわかり、また返事をするけれども、自分が喋ろうとすると言葉が出てこないことが多い、という感じ。担当の看護師さんには特に慌てた様子はなく、「意識はどうですか?」と聞いたら「話しかけるとちゃんと反応してくれますよ」ということだった。あと今日の昼から食事の提供が始まったが、まだ喉を通らないようだ(水分のみ口から取っているとのこと)。「入院診療計画書」などの書類をもらいおいとま→途中〈いなげや〉に寄って、駐車場より〈総合高津中央病院〉に次の受診のキャンセルの連絡。昨日訪問看護師が師長に連絡しといてくれたようだ→帰宅し連絡および会計業務→老父宅の冷蔵庫を整理した品々で本日の口開け。黒豆、もずく酢、切り分け済みのゆで卵、ロールパン(オリーブ油、塩)、たぬきそば(刻み葱、うずらの卵×2、ビール中瓶×1、金宮水割り×1→午睡→『グレート・レース』(原題『The Great Race』、原案:ブレイク・エドワーズ/アーサー・A・ロス、監督:ブレイク・エドワーズ。キーナン・ウィン、トニー・カーティス、ジャック・レモン、ピーター・フォーク、アーサー・オコンネル、マーヴィン・カプラン、ナタリー・ウッド、ドロシー・プロヴァイン、ハル・スミス、デンヴァー・パイル、ヴィヴィアン・ヴァンス、ジョージ・マクレディ、ロス・マーティン。1965、米Warner Bros.)。とにかくくだらないギャグの応酬と、トニー・カーティス、ジャック・レモン、ナタリー・ウッド、そして若きピーター・フォーク(映画デビュー7年め。37歳)のコメディアン/コメディエンヌっぷりが素晴らしい。ニューヨークからパリへの自動車レースというのは荒唐無稽だが、しかし実際に1908年に行われたレース(1908 New York to Paris Race)がモチーフとの由。本作も1908年という設定で、そこに女性参政権を求めるデモなどがからんでくるのは一応時代的なリアリティを醸し出そういう方策かなと思ったが、それはともかく、本作ではそのレースの途中、中欧のカルパニア王国(イタリアにはカルパニアという州があるそうだが、本作のカルパニア王国はおそらく架空)での政治的陰謀のくだり−−ジャック・レモンが二役でカルパニア皇太子に扮する−−はちょいと冗長な気がした。また物語や場面の整合性などにもつっこみどころは少なくないが、しかしそんなところも含めて笑いになっているし、愛すべき作品と思った。大げさに言えば、現在では撮れない類の映画と思う→『ワンダーガールズ 東方三侠』(原題『東方三俠』(The Heroic Trio)、監督:チン・シウトン/ジョニー・トー。アニタ・ムイ、ダミアン・ラウ、チョン・プイ、パメラ・フランクリン、ミシェール・ヨー、アンソニー・ウォン、イェン・シークワン、ジェームズ・パックス、リー・シュウケイ、マギー・チャン。1993、香China Entertainment Films、Paka Hill Productions製作/Golden Harvest Company配給)。清朝復活を企む魔の組織が復活後の皇帝となる運命を持っていると思われる赤ん坊を誘拐。その陰謀をワンダー・ガールズたち−−トントン(アニタ・ムイ)、チンチン(ミシェール・ヨー)、チャット(マギー・チャン)−−が打ち砕くという話だが、とにかくワンダー・ガールズの三人が魅力的。三人の(笑いも含んだ)アクションの素晴らしさに加え、シリーズ第一作(第二作で打ち切られたようだが)ということで、ワンダー・ガールズたちのバックグランドや三人が出会う(再会する)様子も描かれ、その辺も含めて面白かった。映画版の『チャーリーズ・エンジェル』に遡ること7年、こんな面白いガールズ・アクションもの≠ェあったとは迂闊にも知らなかったし、世の中にもあまり知られていないようだ(日本では未公開)。たまたま最近観た中では、『ウルトラヴァイオレット』(2006)などよりよほどよく出来ている→鰯フライ、もやしナムル、ちくわ炒め、柿ピー、焼き生姜、金宮酎ハイなど×4→『ワンダーガールズ 東方三侠2』(原題『現代豪俠傳』(Executioners)、監督:チン・シウトン/ジョニー・トー。アンソニー・ウォン、ミシェール・ヨー、マギー・チャン、ラウ・チンワン、アニタ・ムイ、ダミアン・ラウ、金城武、チョン・プイ、エディ・コー、クワン・サン。1993、香China Entertainment Films、Paka Hill Productions製作/China Entertainment Films配給)。核兵器の爆発によって水が汚染された世界で、水を支配したキム(アンソニー・ウォン)が新興宗教の教祖ホン(金城武)を利用して世界征服を企む。その企みを、ワンダー・ガールズの三人−−トントン(アニタ・ムイ)、チンチン(ミシェール・ヨー)、チャット(マギー・チャン)−−が再集結し打ち砕く、という内容だが、それぞ大人になったワンダー・ガールズが、大人になった故の魅力をそれほど発揮していない(発揮しているように描かれない)のがちょいと残念。単純に面白さ∞笑いを企図したものではないが何かが過剰で思わず笑ってしまう可笑しさ≠ェなかったように思った。トントンの夫ロー刑事(ダミアン・ラウ)が謀略に乗せられたり、政府の要人であるはずの将軍(チョン・プイ)が実はキムと通じていたりなどの設定が真面目な陰謀譚%Iに描かれているのも、「単純に〜」の所以と思う。明確な記述は見つけられなかったが、どうもシリーズは本作で打ち切りとなったようだ→スライスゆで卵(塩、オリーブ油)、金宮酎ハイ×1→そばつゆ仕込み用にかえしに昆布漬けてから、午前4時就寝。
9月20日(土) 朝9時起床。白湯→そばつゆ仕込みしてたら〈武蔵野徳洲会病院〉より電話。老父痙攣を頻繁に起こしており、医師より説明したいので来てほしいとのこと。牛乳でロールパンを流し込み、、そばつゆは置いておいて急いで向かう→途中郵便局寄ってから11:30病院着。医師の説明によれば、・搬送時に見られた脳の出血は止まっている ・今朝から痙攣を頻発 ・痙攣で苦しまないようにするには薬で眠らせるという方法があるが、そうすると呼吸ができなくなる可能性が高い。そうなると呼吸管理をして延命を図るしかないが、家族はそれを望むか ・輸血したが貧血に改善なし(いったん改善を見てもまた搬送時の数値に戻る) ・役に立たない血球≠ェ身体を巡っている状態で、自分で治る@ヘはもうないように思える とのこと。まもなく姉も到着したので、延命は望まない旨最終確認→血液内科の専門家(辻野医師)が月曜日に登院予定とのことで、血液の状態の詳細を聞くことができるかもしれないということで、月曜日10時に一応内科を訪ねてみることにしておいとま→姉とともにそんぽの家を訪ね、状況を説明。改めて、もうここへは戻ってこれないかもしれないなと思う→まっすぐ帰宅。さすがに腹が減ったので、『ワンダーガールズ 東方三侠2』復習しつつそばつゆを仕込みながら、菊水堂ポテトチップス、柿ピー、ちくわ(かえし)、卵かけご飯(しらす干し、揚げ玉)、ビール中瓶×2→午睡→シャワー→さて夜の口開け、と思っていたところにO形より電話。うっかり本日〈カルパシ〉を予約していたのを忘れていた。慌てて支度して出かける→〈カルパシ〉にてジャパニーズ・ターリ(秋刀魚とシークワーサーのカレー、納豆マトンキーマカレー、大根と厚揚げと春菊の豆カレー、梅海苔しらすラッサム、人参とひじきのサブジ、長芋のアチャール、卵黄マサラ醤油漬け、黒米とインディカ米のミックスライス、ミルクと芋焼酎のジェラート(ノンアルコール)、ビール小瓶×1、カルダモン焼酎ソーダ割り×1。まんぞくまんぞく→帰宅し風呂→ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→午前1時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記