2025年10月10日

10月まとめ(1〜10日)


小林旭『暴れん坊』シリーズ、安田弘之/渡邊孝好/遠藤久美子/高島礼子『ショムニ』、父永眠、沢島忠/中村錦之助/月形龍之介/中原ひとみ『江戸の名物男 一心太助』、父を荼毘にふす 於〈臨海斎場〉。

10月1日(水) 朝7時起床。白湯→鶏もも肉のトマトポタージュ、焼きサンドイッチ(ハムきゅうり、卵インゲンベーコンしらす)→食後横臥→冷やしもずくそば(うずらの卵×1、刻み小葱)→午後老父面会。今日は父は、声をかけてもまったく目を覚まさなかった。それで心配になり看護師さんに話を聞いたら、午前中は呼びかけに応じ、少し話もしたとのこと。午後になって少し疲れたか。せっかく看護師と話せたので、退院(できるできない含め)についての見極めをどうしたらよいかの医師の見解を聞く件、来週平日午後で設定できないか打診。父の住まいは10月いっぱいか10月中(日割りが適用される場合)で契約解除≠ェひとつの目安かな、となんとなく心が動く→〈いなげや〉で買い物して帰宅→自家製ラスク、インゲンの炒め、あさり天(キャベツ、葱、生姜、揚げ玉、煎酒)、ビールロング缶×2→午睡→ひじき炒め、ズッキーニとトマトとベーコンの炒め、タラモサラダ、あさり天、ピールロング缶×2、ラム水割り×1→三谷幸喜の新ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』、面白くはあったが物言いをつけたくもなった。それも含めて今後の展開が楽しみではある→午前1時就寝。
10月2日(木) 朝5時起床。白湯→玉葱と油揚げのおつけ、栗ご飯→契約解除について、契約書確認の上、具体的な内容についてメールにて問い合わせ。契約書は入居時の雛形しかこちらの手元にないようだが、まあ基本的な条件は同じだろうから問い合わせ内容は大丈夫か→午睡(早め)→午後は老父面会。本日も昨日同様、話しかけても反応がなかったが、帰り際に「じゃあ帰るよ、明日また来るね」と言ったら「ああ、ああ」と反応はあった。また昨日とは別の看護師に話を聞いたら、やはり午前中はごく簡単だが会話も成り立ったそうだ。ちなみに、本日より輸液ポンプが装着されていた→どこにも寄らず帰宅→『東京の暴れん坊』(原作:松浦健郎、監督:斎藤武市。小林旭、浅丘ルリ子、三島雅夫、小川虎之助、小園蓉子、光沢でんすけ、中原早苗、堺美紀子、原恵子、森川信、田中筆子、河上信夫、近藤宏、十朱久雄、神戸飄介、藤村有弘、千代侑子、小沢昭一、相原巨典、福田トヨ、野呂圭介、弘松三郎。1960、日活)。銀座の洋食屋の息子水次郎(小林旭)と銭湯の娘松田秀子(浅丘ルリ子)が、銀座の仲間たち(チンピラ上がりの千吉=近藤宏やバーのママ・リラ子=中原早苗など)と協力し、ヤクザ(弘松三郎)やヤクザと結託する実業家浅井(三島雅夫)の陰謀−−秀子を自分の息子と添わせて銭湯の土地を安く手に入れ大ソープランドを作る−−を打ち砕く痛快な青春映画−− とまとめてしまえばその通りだが、元総理大臣(小川虎之助)とその秘書が物語にからんできたり、リラ子に三人のパトロン(藤村有弘、小沢昭一、十朱久雄)がいたり、そもそも次郎が学者になりたくてフランスの大学に留学したのにフランス料理の修行をして帰国したばかりだったり、物語を構成する要素は割と多くて構造も複雑だったりする。もっとも「陰謀を打ち砕く」際に、映画冒頭に登場する次郎の大学の後輩たちを持ってこないという点は複雑さをさらに徒に増やさない配慮も感じさせるが(考えすぎか)、その複雑さを小林旭の台詞回しとアクションと甲高い歌声でちっとも感じさせない、という点が、本作の大きな魅力だろうか。「台詞回し」については浅丘ルリ子との掛け合いも楽しく、一種スクリューボールコメディの味わいも感じた。また舞台が浅草ではなく銀座、という点もよいと思う。しかし次郎が秀子たちと山中湖のキャンプ場に出かけてからリラ子の店のホステス・トシ子(千代侑子)の自殺騒ぎを経て浅井の息子隆三(相原巨典)の正体を突き止める間、次郎は店(洋食屋を改装したフランス料理屋)に出ている気配がないが、店はどうやって回していたのだろう?→ひじき炒め、もずく酢(きゅうり、生姜)、あさり天、目玉焼き、和風ポトフ(ソーセージ、じゃがいも、ニンジン、かぼちゃ、キャベツ、どんこ)、ビール中瓶×2→風呂→もやしナムル、金宮酎ハイ×2→夜8時就寝。
10月3日(金) 午前1時起床→『でかんしょ風来坊』(原作:松浦健郎、監督:斎藤武市。殿山泰司、小園蓉子、光沢でんすけ、待田京介、中原早苗、千代侑子、清水千代子、金井克予、浅丘ルリ子、北林谷栄、小林旭、近藤宏、森川信、田中筆子、金子信雄、宮城千賀子、原恵子、土方弘、藤村有弘、雪丘恵介、小泉郁之助、松本染升、島村謙二、加原武門、河上信夫。1961、日活)。シリーズ一作め『東京の暴れん坊』との違いといえば、ズベ公たちの更生と一本槍鬼左衛門の初恋の模様が、物語の中で重要な要素とはいえ全体の中ではスパイス的に用いられたという点くらいか。あとは一本槍鬼左衛門が小川虎之助から殿山泰司に変更となり、バー〈アルマン〉のママが中原早苗から宮城千賀子に変更、中原早苗はズベ公集団「ピンク・アパッチ団」のリーダー春子となったが、銀座の土地買収の陰謀を清水次郎(小林旭)、秀子(浅丘ルリ子)、千吉(近藤宏)が打ち砕くという流れは前作同様。とはいえ土地買収の黒幕がいわくつきの老婆井手タマ子(北林谷栄)だったいう点はまあある種どんでん返しで、そうやって整理していくと同じ土台の上に同じ材料を並べたが実はかなり工夫している、とは思った。でも観ている最中は同じ映画を観ているような気分だったから不思議だ。あと前作より完成度のようなものが上がっているとも思った。それと、適当に撮っているように見える映画でありながら、金子信雄や藤村有弘を贅沢に使った(というのは敢えてかどうかはわからないがほぼそれほど活躍させないということ)抑制の効かせ方なども感じられるところが面白い(前作の小沢昭一も同じ)→しらす天(葱)、金宮酎ハイ×2→朝5時半就寝→朝9時半起床。白湯→本日の面会について病院に確認。午後3時に食事のリハビリの様子を見せてもらうことになった→玉葱と油揚げのおつけ、栗ご飯→映画の感想まとめと連絡業務→冷やし納豆そば(生卵、刻み小葱、刻み海苔)→午後3時前病院着。本日は小さく切った梨を持参し、「食事のリハビリ」担当者立ち会いのもと声をかけたら食べたそうな返事をしたのでひと切れ口に入れてみたがまった噛もうとせず、結局取り出すこととなった。本日も昨日同様、ほぼ眠った状態。看護師によれば、目を開けたり会話が成り立つことも一日のうちに何度かあるそうだが、今後果たして→途中ガソリン補給しまっすぐ帰宅。帰宅してから今年のガソリン代を計算したら、通院や入院付き添い、介護、見舞いの機会が増えた五月以降に毎月のガソリン代が倍ほどになり、一月からの合計は(クルマ故障中の交通費も含め)五万円に上っていた。父の財布から少し補填させてもらうことを検討→『夢がいっぱい暴れん坊』(原作:松浦健郎、監督:松尾昭典。桂小金治、中村是好、青木富夫、小園蓉子、浅丘ルリ子、小林旭、杉山俊夫、山田吾一、郷^治、小川虎之助、榎木兵衛、久里千春、星ナオミ、椎名伸枝、椎名伸枝、野呂圭介、近藤宏、土方弘、若宮忠三郎、田中筆子、高城淳一、内田良平、井上昭文、三樹高雄、原恵子、矢頭健男、エディー・住吉、牧村旬子。1962、日活)。小林旭「暴れん坊」シリーズ第三弾。銀座を荒らすヤクザを次郎長=i小林旭)が懲らしめるという筋は前二作と同様。本作では「銀座若旦那会」に地元のヤクザ「突風クラブ」のアメリカ帰りの息子江戸川忠次(郷^治)が入れてもらおうとするが拒否されるというひと幕、次郎の店のすぐ前によそ者のヤクザ絡み(突風クラブもからんでいる)のフランス料理屋〈銀座貴族〉ができ次郎が料理の腕で戦うというひと幕、そして〈銀座貴族〉に出資するアラフラ国の亡命者チャンドラ首相(井上昭文)の暗殺計画のひと幕、から構成されていて、こう書くとなにやら複雑そうだが、観ている最中はスカッと痛快なアクション喜劇という趣。江戸川忠次に扮する郷^治の「俺は忠次、てめえは次郎長。こいつはケネディvsフルシチョフ、柏戸vs大鳳ってところだな」「癪に触るほど気持ちのいい野郎ですよ」といった台詞が可笑しいし、次郎が高級フランス料理屋に対抗して自分の店をカレー・ショップに変えるのだが、こだわり抜いたカレーを提供するかと思いきや看板に思いっきり「エスビーカレーショップ」と書いてあるのも可笑しい。そして最後はツイスト大会を催している最中の〈銀座貴族〉に次郎や忠次が殴り込みに行って勝ち、小林旭がツイストを歌い踊って終わり。歌はともかくツイストはあまりうまいように見えないのがまた可笑しい。ものすごい奇想というわけではないのだが、お座敷でツイストを踊っていたりなども含めて、なんでそう来るか! という展開が楽しい一作だった。そういえば〈銀座貴族〉のツイスト大会で歌を歌っているのは牧村旬子という歌手なのだが、まったく知らなかったがかなりパンチの効いた歌声だった。知らなかったのは不覚→全粒粉パン薄切り(バター)、ほうれん草おしたし、イカ天、もやしナムル、和風ポトフ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→午睡(夜7時半)→日付変わる前に起床→『ショムニ』(原作:安田弘之、監督:渡邊孝好。遠藤久美子、阿部サダヲ、ザ・キングトーンズ、渡辺いっけい、知絵、石川素子、菅野美寿紀、濱田マリ、河合美智子、小林麻子、小松政夫、上田耕一、高島礼子、佐藤允、優恵、飯島みゆき、袴田吉彦、松重豊、笹野高史、黒沼弘己、木下ほうか、マイケル富岡、夜総会バンド、桜金造、徳井優、矢木沢まり、鈴木一功、小須田康人、田中要次。1998、松竹)。言うまでもなく安田弘之原作の漫画の映画化だが、同時期にフジテレビで放映された連続ドラマの『ショムニ』とは関係なく製作された作品。坪井千夏役こそ江角マキコが予定されたそうだが、製作決定が急だったためスケジュールが合わず、高島礼子扮演となったとのこと。物語もTV版と比べるとより原作の世界に近いもので、原作そのものではないが塚原佐和子(遠藤久美子)がショムニの面々(坪井千夏、徳永佳代子=濱田マリ、宮下カナ=河合美智子、丸橋由美子=小林麻子)に影響されて狂いそして成長していく感じは原作そのものと言ってもよいのかなと思った。要所でザ・キングトーンズがそのまま登場し歌でゆるい狂言回し%Iな役割を担うのは、『メリーに首ったけ』でのジョナサン・リッチマンのようで面白かったし(米国での公開が1998年7月。本作が1998年11月25日公開だから、ひょっとしたら影響があったのかもしれない。ただし『メリーに首ったけ』の日本公開は翌1999年1月30日だから微妙なところ)、小さい笑いと狂気を連ねていく感じの構成も私には面白かった。満帆商事社長役の佐藤允も往年のヤクザ映画からは想像もつかない喜劇役者としての達者ぶりを見せ、遠藤久美子はコメディエンヌの才能の一端を覗かせ、そして高島礼子の坪井千夏は江角マキコには演じきれなかったであろうそこに至る背景まで想像させる人間的な深み≠竍業の深さ≠湛えていて、せっかくの小松政夫(ショムニの課長役)があまり活躍していないように思えたのと(本作で設定した物語の範囲からは仕方がないが)日向知世役がいなかったのが残念だった以外は、意外な拾い物と思った。が、TV版の要素を備えていなかったため(だからこそ原作を読んで笑った私には面白かったのだが)、評判も興行成績もさんざんだったそうだ。今では忘れられた一本なのだろう。私も知らなかった→『突貫小僧<マーヴェルグラフ版>』(原案:野津忠二、監督:小津安二郎。斎藤達雄、青木富夫、坂本武。1929、松竹)。「2019年に全国小津安二郎ネットワーク副会長 築山秀夫氏により新たに発見された現存最長版」とのことだが、手元にある全集℃録のものなどと比較してみないと、どの辺が長くなったのか≠ヘわからないな(調べたら2016年にも当時の「現存最長版」を観ている記録があった)。今のところ、私にとっては宝の持ち腐れということになる。もちろん何度観ても楽しい映画だし、今回も楽しんだ。最近だと<新音声版>というのを2023年10月10日に観ていて、その際に記した感想は「これまた全編38分のうち現存するのは18分のみ。ただし近年より欠落の少ない16mmフィルムなどが発見されているそうだが、今回衛星劇場で放映された<新音声版>は18分版、また現在一般に公開されているものは本来18fpsで映写するものを現代の企画の24fpsで映写されるので、今回も上映時間14〜15分となっている。とはいえ、話自体は人さらいがさらった子供に翻弄されるという軽喜劇なので、作品の本質を捉えられないというほどではないと思う。子供(青木富夫=突貫小僧)にどんな演技指導をしたのかの詳細は想像するしかないが、人さらいを演じる斎藤達雄と坂本武が達者なこともあり(小津の演技指導のおかげ、といった評も見られる)、ただただ気楽に笑って観ていられる喜劇にまとまっている。作品自体になんらかの教育的だったり社会的だったりする主張やメッセージがあるわけではないと思うが、これもまた若き小津の手腕の表れとして、現存しているのが貴重な一作であると思う。なお<新音声版>の声は倍賞千恵子と寺田農。これも不満はないが、背景音楽に「Song Of The Vagabonds」(「蒲田行進曲」の原曲)やエリック・サティ「Le Piccadilly」を用いるのはちょっとおざなりと思う」。<新音声版>に関する記述以外は、同じ感想→酢昆布、ソーセージ、桜エビ天、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→朝5時就寝。
10月4日(土) 朝10時起床。梨→玉葱と油揚げのおつけ、ご飯、納豆、しらす干し、うずらの卵×2→午前中特になにもせず→『夢がいっぱい風来坊』復習→柿ピー、イカ桜エビ天、鮭舞茸ホイル焼き(ニンニク)、全粒粉パン薄切りふた切れ、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×1→飲み終えたところで病院から電話。父の血圧の上が70まで下がったのですぐに来て欲しいということで、姉に電話したりシャワー浴びたり珈琲飲んだりして酔いを覚まして、夜7時前に出発。7時半到着→しばらく様子を見ていたが、血圧少し持ち直したので、いったん帰ることにする→帰途〈はま寿司〉にて夜食購入。小雨よりやや強めの雨降ってきたので駐車場から出す際にワイパーレバーを操作したら、いきなり根本から折れてびっくり。そのまま恐々安全運転で帰る(すぐのちにこれが虫の知らせだったのかと思うことになるのだが、こんな虫の知らせもあるものなのかと憮然)→帰ってすぐ携帯電話確認すると、また病院から電話。また血圧下がったというのだが、雨の中ワイパーなしでは運転できないので、タクシー呼んで病院へ→夜11時半着。小腹が空いたので筋子のおむすび食べたり、父に声をかけたり、息が荒くなっていたのが静まっていくのを眺めたり、計器に表示される数値の意味を調べたり、姉とO形と喋ったりしているうちに、日付変わって10月5日 1:26、父青木貞永眠→医師の死亡確認、葬儀社との諸々確認、見送りを経て、本日は終了。本日午後3時に葬儀社と打ち合わせと設定し解散。タクシーにて帰宅→寿司(マグロ、大葉漬けアカイカ、まだい、とろいわし、はまち、煮あなご)、新生姜おむすび、ビール中瓶×1→朝方5時過ぎ就寝。
10月5日(日) 朝8時起床。白湯→本日葬儀社来訪のため家の駐車場を開けるべく、クルマを近所のコイン・パーキングに移動→一階と二階片付け。どうなるかと思ったが、やり始めればなんとかなるものだ。ひとまず一時間ちょっとで床は空いた→シャワー→ハムきゅうりサンドイッチ、たらこバターパン→遺影データ用意→死亡届用紙をCVSにてコピー→たらこスパゲティ(刻み小葱、刻み海苔)→15時、葬儀社来訪。我が家の玄関からの廊下が狭いので少し難儀したようだか、遺体は問題なく搬入、安置→そのうち姉も到着したので、火葬についての打ち合わせ。そんなに安くはならなかったが、営業の方が親身になってくれて、諸々すんなり決まる。これぞ営業マンの鏡、という方であった→姉交えて簡単な酒宴。タクシー呼んで姉帰ったのち、父を囲んで一杯。それから即席ラーメン半分(生卵)啜って就寝。夜7時頃か。
10月6日(月) 深夜起床→明日夕方から通夜的な集いをすることにしたので、寿司の注文など吟味。〈銀のさら〉を初めて利用しようとしたが、営業時間外は注文受付しておらず憮然。予約できないのは不便だし今どきなんだと思うが、それなりに繁盛しているということか→『満月のくちづけ』(監督:金田龍。深津絵里、松村亜希子、川嶋朋子、山本照美、池内心、三宅裕司、寺脇康文、小倉久寛、三谷悦代、八木橋修、山崎大輔、今村明美、塩ノ谷和康、川添法臣、鶴田史郎。1989、東宝)。仲良し女子高生四人のうちのふたりの恋の鞘当てと、何気なく使った恋を成就させる魔法が裏目に出たことによる恐怖体験とを軸に描く学園ホラー。という趣の映画だったが、ゆったりとしたテンポが功を奏さなかったのか、映画自体は退屈な代物だった。そんな中で深津絵里(製作中は高原里絵)のずば抜けた存在感と芝居の力は強く印象に残る。そして当時16歳だというのに、大人の色香をふっと匂わせる点にも驚いた。16歳の深津絵里(映画初主演)を堪能するというだけでも捨てがたい(録画を消しがたい)映画であった。といつつ、恐怖を煽るような描写のいくつかはうまいなあ≠ニ思った。ちなみに三宅裕司が製作総指揮ということで、スーパー・エキセントリック・シアターから寺脇康文が主役のひとり沢田教諭に扮し、また三宅裕司と小倉久寛がコメディ・リリーフ的に出演しているが(小倉久寛はどうだったかな。記憶が曖昧)、寺脇康文はともかくコメディ・リリーフ≠ヘまったく効いていなかった。なぜ出たのだろうか疑問だった→『姉妹の約束』(原作:山下与志一、監督:山本薩夫。原節子、若原春江、花井蘭子、英百合子、中村彰、小高たかし、小杉義男、馬野都留子、大川平八郎。1940、東宝)。原作者は山下与志一となっているが、実際にはルイーザ・メイ・オルコットの小説『若草物語』の翻案を映画化した作品。心のきれいな人たち−−一家の主人が出征して留守中の妻(英百合子)と三人の娘(花井蘭子、原節子、若原春江)−−が隣人との交流を通じて戦時下の暗い世の中を明るく生きていく、とても清潔な印象の映画だった。女性たちがみな活き活きとしているが、原節子の溌剌とした感じはやはり一種神がかっているなとも思った(大袈裟か)→時々階下の父の顔を見たりしながら酢昆布、煮干し出汁殻酢煮(昆布出汁殻、新生姜)、冷かけそば、金宮酎ハイ×2、ラムソーダ割り×2、御酒×2→父にも酒を供える→朝7時就寝→昼前起床し寿司注文→もずくと油揚げのおつけ、ご飯半膳(納豆、ウズラの卵×1)→午後クルマ修理出し。部品すぐ入るとのことで、明日には修理完了との由。助かった→帰途は工場から〈玉川病院〉まで歩き(近道発見)タクシー→父のご友人おふた方にご連絡。すぐにお返事くださり、おひと方は荼毘にふす際おいでくださることになった→シャワー→ちょいと落ち着いたので、鶏生姜焼き、ビール中瓶×1→夕方5時三鷹組(姉一家)来訪。父に線香あげていただき、通夜−−というか酒宴開始→その後父がお世話になった訪問看護師の方々も来てくださり、父の思い出話。結果的にはとてもよい通夜になった。感謝しかない→寿司、揚げ物、サラダ、ビール中瓶×3、金宮酎ハイ×3(推量)→訪問看護師の方々が先に帰られたのち、夜8時お開き。三鷹組のタクシー呼び、タクシー到着時間になって玄関を出たところで姉転倒。大丈夫か→後片付けしたのち、小一時間飲み直し。O形はまだまだ元気だったが、私は途中で限界を迎え、夜9時過ぎ就寝。
10月7日(火) 深夜起床→『江戸の名物男 一心太助』(監督:沢島忠。中村錦之助、月形龍之介、堺駿二、山形勲、赤木春恵、中原ひとみ、杉狂児、星十郎、伊東亮英、岡島艶子、片岡栄二郎。1958、東映)。有名な一心太助(本作では中村錦之助)の物語を、多少本作ならではの脚色も加えながら、「一心太助の誕生」から「お仲との結婚」までを描いた作品。「多少本作ならではの脚色」は、もともとが架空の人物(とされている)わけだから、気にならない程度。母親の位牌に江戸見物をさせる≠ニいう設定で太助が江戸に出てきたところで大久保彦左衛門(月形龍之介)と出会い、気に入られ、お互い惚れ合ったお仲(中原ひとみ)から照れるように逃げるために魚屋になり、魚河岸で名を上げ、そして現役世代≠ゥら疎んじられるようになってきた彦左衛門を思う太助の気持ちを、感動的にというよりは(架空の人物だが)実際の太助がほんとうにそうしたかのように&`いた一本と見た。現実味のある一心太助像がそのまま胸のすくような娯楽映画になっているという点が、本作の魅力ではないかなと思ったが、果たして。それにしても、魚河岸での喧嘩は名場面と思う。ちなみに本作は中村錦之助主演の「一心太助」シリーズの一作めで、全五作が撮られているが、そういうものだとまったく意識せずに、シリーズの他の作品をバラバラと観ていたように記憶していたが、調べたら観ているのは本作と『家光と彦左と一心太助』(1961)と『一心太助 男一匹道中記』(1963)の三本(しかも三本とも二回ずつ観ているが記憶は薄弱)。『一心太助 天下の一大事』(1958)と『一心太助 男の中の男一匹』(1959)も含め、五本を順番に観てみたい(そうれば一心太助と将軍家光が中村錦之助のひとりふた役である必然性、内容の割には画面が暗い理由なども理解に至るかもしれない)。ちなみに7年前の2018年9月に本作を観た際の感想は、次のとおり「一心太助に一目惚れした中原ひとみが可愛くて泣かせる。そして太助が赤木春恵にまでモテモテなのが可笑しい。ただただ気持ちのいい映画だが、中村錦之助じゃなければこうは行かないだろうと思う」→オードブルセット、ビール中瓶×2→朝5時就寝→朝9時半起床。白湯→食欲なく横臥→葬儀社に会葬御礼手配。名前を入れないものなら無料ということなのでお願いする→木村さんのお兄さんより立派なお花いただく(ただしのちに葬儀社に確認したところ、斎場には運べないとのこと。いわゆる葬儀をしないのだから仕方がないか)→12時半頃、父の斎場への搬送開始。つつがなく終了→〈富士自動車工業〉より修理出来の連絡。明朝取りに行くことにする→冷やしカップヌードル→シャワー→一階の部屋ががらんとして、ちょいと気が抜けたような状態となる→シャワー→『江戸の名物男 一心太助』復習(途中まで)→フラ印ポテトチップス、ほうれん草胡麻汚ししらす和え(煎酒、みりん)、ビール中瓶×2→昨日までの残り物で明朝の粥製作してからしばし横臥→『江戸の名物男 一心太助』復習完了→お金の計算。姉とも相談し、通院付き添いや介護が激化した5月以降の交通費とガソリン代を父の財布からいただくことにして、それを今回のクルマの修理代に使わせてもらうことにした→『笑点特大号』『クイズ!脳ベルSHOW 10周年スペシャル』見ながら、酢昆布、刻みどんこそば(生卵)、金宮酎ハイ×1→午前2時就寝。
10月8日(水) 朝8時半起床。白湯→もずくと油揚げのおつけ、海鮮粥(イカ、しらす、どんこ、生姜)→午前中クルマ引き取り。タクシー呼んだが空きがなく、宇山稲荷から砧公園抜けて無名坂を下り工場まで歩く。暑かったがいい散歩だった→帰宅すると父のお友達より花が届く。ありがたい。早速、メールで失敬ながらお礼→シャワー→金勘定と連絡業務→マルタイ棒ラーメン(生卵、キャベツ、ニンニク、海苔)→喪服の準備。5年は着てないし、シャツは前回着たのが見つからずさらに前(20年前とかにクリーニング出したまま)のものなので虫干し。カフスボタンもニットのものは黄ばんでいたので、一応洗ってみたが、これは使えないかな→O形帰ってきたので晩。ソーセージとピーマンの炒め、オードブル盛り合わせ、きつねスパゲティ(しらす、キャベツ、生姜、煎酒、酒、黒胡椒)、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×2→夜8時半就寝。
10月9日(木) 深夜起床→木村さんが父の写真のスライドショーを作ってくれたのに、即興で作った葬送曲をつけてみたのだがちょいと暗い感じになったので、夏に作った「迷子になっちゃった」と「心細い散歩」の譜面に手を加えてショートバージョンのピアノ曲に仕上げてみる。もっともギター・パートをそのままピアノの音にしただけなので、おそらくピアノでは弾けないが、強弱などに多少工夫はした。スライドショーにくっつけて、スライドショーも少し編集して、3回繰り返してちょうど15分になるよう塩梅→金宮酎ハイ×1→朝8時起床。白湯→もずくと油揚げのおつけ、海鮮卵粥(イカ、しらす、どんこ、生姜)→支度いろいろ→午前11時半発。予習したとおり道はわかりやすく(城山通りから駒留通りに抜け環七、平和島の流通センター駅手前で左折、右折、右折で到着)、小一時間で〈臨海斎場〉到着→斎場の二階の喫茶室で昼。ナポリタン、ビール一杯だけ→珈琲→午後2時になったので一階にて集合。父の会社の後輩だという方が来てくださって、会社勤め時代の父の話をたくさんしてくださる。多少持ち上げてくださったりもされたと思うが、人柄が偲ばれたのは嬉しかった→予定より早めに2時からお別れ。半には火葬開始となった→焼けるまで一時間ほど待機。お茶とおやつ→葬儀関連の会計済ませてから収骨。焼いたのと同じ釜からの骨かどうか確認させられるのは、喪主になるのは初めてなので知らなかった。その後骨壷に骨を収め、参列者全員の収骨が終わったあとの職員の手際に舌を巻き、式はつつがなく終了。ひとまず期日のある予定は完了した。ほっとするやら気が抜けるやら→みなさんにご挨拶しておいとま→帰途も同じ道筋にて小一時間→骨壷祀ってからフラ印ポテトチップス、ソーセージ、イベリコ豚ソーセージ、もずく酢(きゅうり)、ビール中瓶×1.5、金宮酎ハイ×2→『もしもこの世が〜』見てどこがつまらないかなどをO形と語り合い、O形が父のために泣いてくれて、本日終了→深夜起床し残務整理。金勘定とお香典一覧作成。金勘定はすべて気持ちよくバッチリ合った。明日武蔵野徳洲会病院の支払いを済ませたら、金銭関連の私の役割は終わりかな→『銀座の次郎長』(原作:松浦健郎、監督:井田探。江角英明、八代康二、三杉健、二階堂郁夫、根本義幸、藤井昭雄、小林旭、宮川敏彦、榎木兵衛、中村是好、早川由記、桂小金治、杉山俊夫、高田栄子、高品格、加原武門、嵯峨善兵、深江章喜、小園蓉子、笹森礼子、荒井岩衛、藤村有弘、小野武雄、松尾嘉代、小川虎之助、田平敬三、玉村駿太郎、野呂圭介、若水ヤエ子、井田武、新井麗子、由利徹、五月みどり、進千賀子。1963、日活)。小林旭「暴れん坊」シリーズ第四弾。銀座への陰謀に次郎たちが立ち上がる、という筋はシリーズ共通のようだが、本作はなぜかコント(お笑いの)をつないで構成したような作品で、それも低レベルのコント風場面が続くこともあり、観始めはなんだか雑な印象を受けた。が物語が進むに連れ、前作までと同じような感興を得た(銀座のネズミや人手不足や集団就職をモチーフにしたのは、世相を意識してのことだろうか)。笑った箇所を挙げたらきりがないが、次郎の店がカレーハウスのままでしかも厨房ではエスビーのカレーペーストが使われていたり(粉ですらなかった)、一本槍鬼左衛門の「銀座のことは全部次郎長にまかせてある」という台詞だったり、東北の若者たち(実はニセモノ)のデザインだったり、ヤクザを養成するのに忍術の修行をさせたり。藤村有弘扮するニセトルコ人はさすが傑作だったが、その藤村有弘(役名はケマル・コンスタンチン・パシャ)に向けて次郎が放つ「お前トルコ人じゃないな」には笑った→乾き物、目玉焼き、ピーマン焼き、海鮮雑炊、金宮酎ハイ×2→朝食の支度してから、朝9時就寝。
10月10日(金) 午前11時半起床→じゃがいもとニンジンのチキンコンソメスープ、ロースハムペペロンチーノ→各種連絡など。病院への入院費支払いは明日にすることにした→お腹の調子戻らず、午後横臥→夜は焼肉と思ってたがやめにして、月見稲庭うどん(刻み小葱、おろし生姜)→明日姉に引き継ぐものの準備など→『銀座の次郎長 天下の一大事』(原作:松浦健郎、監督:井田探。小林旭、松原智恵子、中村是好、原恵子、杉山俊夫、野呂圭介、小園蓉子、桂小金治、若原初子、宮川敏彦、畠山みどり、高田栄子、坊屋三郎、井田武、藤村有弘、高品格、小川虎之助、進千賀子、市川好郎、武智豊子、井上昭文、星ナオミ、ジョージ・ルイカー、初井言栄。1963、日活)。小林旭「暴れん坊」シリーズ最終作。銀座が丸ごと富士山麓に移転する、という詐欺事件を中心に話が展開する点は荒唐無稽で面白いが、その割にはいつもの銀座を舞台にした騒動≠ニ印象やスケールの大小はあまり変わらなかった。ケチで有名な質屋の親父渋井七造(坊屋三郎)が捨てた息子良夫(市川好郎)が銀座にふらりとやってきてやはりケチを極めているというところは面白かったが、物語にそれほど重要な役割としてからんではこなかったり(人質にはなったが)、せっかくの藤村有弘がしかも「夕立勘九郎」という役名なのにそれほど面白い役回りではなかったり(前作が素晴らしかったので余計に)も残念な印象。秀子が今回は松原智恵子だがあまり活躍しないのも残念なら、畠山みどりが冒頭の盆踊りで歌を歌うだけというのも残念(ただしビルの屋上に盆踊りが追いやられているという導入はのちの展開に効いてはいたと思う)。次郎(小林旭)の父長五郎(中村是好)の元に若い頃に産ませた子≠ニいう触れ込みで敵の身内である太郎(井上昭文)がやってきてやがては次郎に感化されて敵を裏切るという展開はまあよかったかな。その父子再会≠ェ、渋井七造−良夫のそれとうまい具合に呼応していればより深みが出たような気がするが−− しかし全体的にはいつものスカッとする味わいに変わりはないので、求め過ぎかもしれない。しかしこうしてこのシリーズを観終えると、「銀座旋風児」シリーズや「渡り鳥」シリーズも再見したくなってしまうな→乾き物、イベリコ豚ソーセージのポトフ(かぼちゃ、ニンジン、ニンニク)、ビール中瓶×1.5→夜9時半就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記