2025年12月10日
12月まとめ(1〜10日)
藤田敏雄/いずみたく/宮崎守/清水まゆみ/中村晃子/いしだあゆみ/佐野周二『若い野ばら』、香典返し発送完了、若杉慧/西河克己/高橋英樹/和泉雅子『エデンの海』、ダニー・デヴィート/キャスリーン・ターナー/マイケル・ダグラス『ローズ家の戦争』、マイケル・リッチー/ゴールディ・ホーン『ワイルドキャッツ』、谷崎潤一郎/市川崑『細雪』、「クライバー商会presents『rakugo-genic』第四回春風亭朝枝独演会」 於神保町〈On a slow boat to…〉、ジェームズ・サーバー/ベン・スティラー/クリステン・ウィグ/ショーン・ペン『LIFE!/ライフ』、井田探/高橋英樹/芦田伸介/滝沢修/和泉雅子『鉄火場仁義』。
12月1日(月) 朝5時起床。白湯→香典返しの宛名書きなど→キャベツともずくのおつけ(揚げ玉)、ねこまんま(たたき梅)→寒くて二度寝。昼は二十度まで上がるらしい→午後起床し、心配な友人について共通の友人に連絡したら電話で返信あり。それぞれの近況など伝え合う→ニンジンじゃがいもニンニクのコンソメスープ、チーズパン薄切り三切れ→クルマで近所のGSに灯油買いに→いくつか連絡→風呂→『若い野ばら』(原案:藤田敏雄/いずみたく、監督:宮崎守。いしだあゆみ、清水まゆみ、中村晃子、佐野周二、早川保、三上真一郎、牧伸二、ドンキーカルテット、キューティ・Q、田中晋二、中村是好、田中邦衛、浅川真、城戸卓、吉沢誠、フランツ・フリーデル、呉恵美子、竹田法一、山本タミ、尾藤イサオ。1965、松竹)。会社を早期退職した父(佐野周二)が大好きなクルマにちなんだ仕事−−ドライブイン経営−−を始めると言って、とつぜん東京から那須高原のドライブインに引っ越し。それに仕方なく着いていった三姉妹(清水まゆみ、中村晃子、いしだあゆみ)がドライブインに集う人々や周囲の人々と巻き起こす騒動を、歌と踊りも交えて綴る、明朗快活な青春ドラマ。全体にテンポがよく、そのテンポが牧伸二とドンキーカルテット、あるいはキューティ・Qの軽い笑い≠際立たせていて、また歌と踊りが入る間もよければ、歌い踊るいしだあゆみと中村晃子の溌剌っぷりも素晴らしい(踊りはヘタだがそれがまた)。物語の構成も適当なようでいてツボを心得ているようにも思えるし、停電時の絵造りを含め画面構成もなかなか考えられているのではなかろうかと思わせる緻密さを感じた。三姉妹の長女(清水まゆみ)の結婚問題もあり、これを小津が撮ったらどうなっていただろうという妄想も催した(佐野周二が出演している所為もあるかな)。拾い物であった→菊水堂ポテトチップス、昆布出汁柄佃煮、キャベツ焼き(揚げ玉、ニンニク、鶏がらスープ顆粒)、佃煮(アミ、きりいか、くるみ甘露煮)、パパド三枚、サモサ1/2、ケバブサラダ、ビール中瓶×2、金宮酎ハイ×4、ビール中瓶×1→『若い野ばら』もう一回観てから、夜11時就寝。
12月2日(火) 朝10時起床(午前3時〜7時眠れず)。白湯→キャベツともずくのおつけ、ねこまんま(たたき梅)→買い物した荷物到着待機。その他特になにもせず→花巻月見たぬきそば→香典返し届いたので梱包の予行演習をしてみたが、用意しておいたゆうパックの袋が閉じなかった。失敗。袋には粘着テープが付属しているので、これをうまく使って閉じ、エアキャップで隙間を埋める、かな→『恋はいつもアマンドピンク』(原作:赤星たみこ、監督:横山博人。樋口可南子、森川美沙緒、川崎敬三、秋本奈緒美、川野太郎、梅宮辰夫、繁田知里、岡本麗、橘ゆかり、布勢真穂、村田雄治、酒井敏也、ケーシー高峰。1988、C・C・J製作/松竹配給)。堅物で不器用で男に縁のない若い女性松本よき子(樋口可南子)の父伸之(川崎敬三)が、よき子より若い女性珠美(秋本奈緒美)と再婚。その結婚式でよき子は珠美の友人関係である広野宮彦(川野太郎)と出会い、逢瀬を重ねていくうちに女として芽生え…… というコメディで、堅くてちょっと変な女≠ノ扮する樋口可南子の芝居は面白くはあるのだが、この種の人物を演じるのがあまりうまくない様子も感じられて、その点いささか興醒めした。あるいは堅物≠ニ目覚めたあと≠フ落差が鮮やかでないという印象もあったが、それは監督の感覚の所為か。それと、これも監督の感覚なのだろうが、テンポがよくないというか、あまり意味はないと思われる間が多いのもせっかく面白い物語に入り込めない要因と思った。これまた今となっては≠フ感想ではあるが、うまい役者と演出家とで作ったらとどうしても考えてしまう。一箇所、松本家の向かいの主婦和枝に扮した岡本麗がほろ酔いで椅子の上にあぐらをかいて九州のどこかの方言?で喋りまくる場面だけはかなり鮮やかに印象に残った→菊水堂ポテトチップス、ビール中瓶×1→風呂→天ぷら(ニンジン、やまぶしたけ、舞茸)、鶏唐揚げ、揚げ春巻き、フライドポテト、キャベツ千切り、ニンジン大根インゲンのサブジ、チキン白カレー、チャパティ、ビール中瓶×1、金宮レモンハイ×6→おそらく日付変わる前に就寝。
12月3日(水) 朝10時起床。白湯→キャベツともずくのおつけ、インド風炒飯→香典返し荷造り→午睡→香典返しの発送に、三鷹北野の郵便局へ。ここは無料駐車場にクルマを停めやすくいつも空いていて便利なのだが、やはり今日が最後かな→〈はま寿司〉で寿司買って帰宅→『グラマラス・ハンターズ』(原題『Hard Hunted』、監督:クリスチャン・ドリュー・シダリス。ジェフリー・ムーア、キャロリン・リュウ、ミカ・クインタード、エヴァ・カデル、シンシア・ブリムホール、ベッキー・マレン、バジー・カーボックス、ドナ・スピア、ロバータ・ヴァスケス、トニー・ペック、アル・レオン、マイケル・J・シェーン、ロドリゴ・オブレゴン、チュ・チュ・マラヴェ、リチャード・カンシーノ。1992、米Malibu Bay Films)。ハワイを拠点とするDEA(麻薬取締局)の女性エージェントたちの活躍で綴る「トリプルB」シリーズ(Bullets, Bombs, and Babesの略。ただし製作側ではなくファンによる命名)の一作で、全12作のうちの第7作。プレイメイトやペントハウス・ペットの起用が特徴で、セックス・アピールを特徴のひとつとするところから、エクスプロイテーション映画の一種として「sexploitation action films」とも呼ばれているようだ。で、本作は、翡翠の仏像に隠された核爆弾の起爆装置を入手した武器商人が中東のテロリストにそれを売却しようとしているのを偶然突き止めた女性エージェントたちが阻止に動くという物語だが、1)女性エージェントたちそれぞれに大きな特徴や個性がなく、キャラクター設定がなってない(歌も歌うイーディ役のシンシア・ブリムホールと、東洋人エージェントのシルクに扮したキャロリン・リウだけ際立っていたか)、2)登場人物や要素が無駄に多くしかも物語がドライヴするのに機能していない(いくらセクシーでも個性に乏しい女性エージェントが7人も出てくるのは却って彼女たちの魅力を削ぐ結果となっていた。名前はわからないがコメディアンふたりが登場する場面のみ面白かった)、の二点で興醒め。「ボス」であるはずの武器商人も、なんでわざわざそうしたのかわからないくらい間抜けな人物に描かれていた。却って12作全部観てみたくなった→昨夜の天ぷらの残り、寿司(大葉漬けイカ、マグロ、ハマチ、〆鯖、いわし、あじ)、豆腐と油揚のおつけ、ビール中瓶×1.5、御酒×1→夜8時頃いったん横臥(午睡2)→風呂→『エデンの海』(原作:若杉慧、監督:西河克己。東野英治郎、高橋英樹、近藤宏、佐野浅夫、高原駿雄、加原武門、牧理恵、小園蓉子、相馬幸子、高島稔、小沢直好、植頭実、有田双美子、大原悦子、加藤洋美、和泉雅子、小沢昭一、井東柳晴、飯田蝶子、三崎千恵子、荒川久美子、清水将夫、小夜福子、嵯峨善兵。1963、日活)。1946年に発表された同名小説の映画化(本作のほかに1950年の中村登監督/鶴田浩二主演版、1976年の西河克己監督/山口百恵主演版がある)。瀬戸内の小さな女子高校に赴任してきた若い新任教師南条(高橋英樹)と、校内随一の問題児−−学校側から素行を疑問視されるだけでなく、クラスでも孤立している−−である清水巴(和泉雅子)とが、ぶつかり合いながらも師弟の情、そして男女の情を募らせていくという物語。本作では和泉雅子の芝居が見事で、十代の女性の成長と心の動きとそれらの持つ危うさを、ひりひりとした感触で伝えてくる。巴が改心を見せ南条に心を寄せる際の巴の心がはずむ様子があまりに鮮やかで、それが却ってそのあとにとても辛い展開が来るのではないかという予想をさせるのだが、実際にはそういうことはなく、そういったような脚本あるいは演出の雑さというか不器用なところも多少目立っていたが、全体的には十代の揺れる心と若い教師との交情を瑞々しく描いた傑作と思った。南条と巴の関係について、女子学生たちだけでなく同僚の教師たちも下衆な色眼鏡で見るという描写は、教師も決して聖職者≠ナはない、という視線が感じられて、なかなか辛辣→パパド、菊水堂ポテトチップス、天玉抜き(舞茸かき揚げ)、ビール中瓶×2、御酒×1→朝5時就寝。
12月4日(木) 午後1時起床。みかん、白湯→豆腐と油揚のおつけ、ねこまんま(しらす干し、アミ佃煮)→『大氷原』(原作:戸川幸夫『流氷に乗ってきた男』、監督:斎藤武市。山田禅二、小高雄二、天坊準、宍戸錠、高品格、沢本忠雄、藤岡重慶、木浦佑三、鴨田喜由、大坂志郎、中原早苗、細川ちか子、和泉雅子、近藤宏、新津邦夫、高山千草、河上信夫、弘松三郎、阪井幸一朗、松尾嘉代。1962、日活)。とっかり船(鮭や鱒を喰い荒らすあざらしを駆除する猟師の船。とっかりとはアイヌ語であざらしのこと)がオホーツク海で操業中、樺太から流氷を渡って北海道に向かう男が救助された−− という導入部が、そこから離れた土地で生まれ育った者にとってはまず荒唐無稽♂゚ぎてその後の話が頭に入ってこないという側面はあるが、その男新井鉄次(宍戸錠)が樺太でギリヤーク人(1917年のロシア革命以前の呼称で、現在はニヴフと呼ばれるそうだ)に育てられた日本人で、北海道に渡ってからもギリヤーク人の末裔という設定の人物たちも登場し、日本の北の果ての生活や歴史、風俗を知るとっかかりとして観るととても興味深い映画ではあった。その一方で、新井鉄次の復讐、新井鉄次を巡る恋のさや当て、ギリヤーク人の末裔たちの苦労、土地のヤクザやその黒幕の暗躍と壊滅などなど、「日本の北の果ての生活や歴史、風俗」と日活アクション的な要素とがいろいろな要素の多いままごちゃ混ぜにされた感があり、一本の映画としてはどこに焦点を当てて観ればよいのかよくわからない作品だった(ギリヤーク人の末裔の少女に和泉雅子が扮しており、それなりに重要な役割で芝居も見事なのだが、ほかの要素に紛れてしまっていた感があり)。再見したら印象は変わるかな。物語のヘソというか肝のようなものが見つかればよいのだが→昆布佃煮、蕪酢、マッシュポテト、椎茸舞茸ソテー(ニンニク)、鶏もも肉ソテー、金宮お湯割り×2→午睡→BS日テレ『昭和名曲歌マネ歌謡祭』。とてもよく特徴を捉えている≠ェことさらにデフォルメするわけではなく(ノブ&フッキーのぴんからラトリオを除く)、ただただモノマネと歌がうまい≠ニいうタイプのモノマネ藝人(一部本職の歌手)を集めたという趣だが、ほぼ全員にただ似ているだけ≠ノはない面白さが感じられて、たいへん楽しんだ。第二回にも期待。あるいはこのまま育てて『紅白歌合戦』の裏にぶつけてほしい→『エデンの海』再見、その他録画消化しながら、柿ピー、マッシュポテト、菊水堂ポテトチップス、金宮お湯割り×5、ビール中瓶×1→今日はほとんどなにもしなかったな。午前3時半就寝。
12月5日(金) 朝10時起床。白湯→豆腐と油揚のおつけ、卵かけご飯(しらす干し、舞茸椎茸ソテー)、海苔→録画整理→風呂→午後、千歳船橋方面へ。まず弔慰金その他の清算分の現金を引き出し(これで香典分共々いつでも清算可能に)→細かい食料購入ののち、〈あずまや〉にてたこ焼き、お好み焼きなど購入して帰宅→『ローズ家の戦争』途中まで(眠くなったので)→かぼちゃの種、たこ焼き(坊主)5ケ、お好み焼き(豚玉)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2→午睡→『ローズ家の戦争』続き。(原題『The War of the Roses』、原作:ウォーレン・アドラー、監督:ダニー・デヴィート。ダニー・デヴィート、ダン・カステラネタ、キャスリーン・ターナー、マイケル・ダグラス、リカ・ホフマン、パトリシア・アリソン、マリアンネ・ゼーゲブレヒト、ピーター・ドナート、ショーン・アスティン、ヘザー・フェアフィールド、G・D・スプラドリン、ジャクリーン・キャセル。1989、米Twentieth Century Fox)。ひと組の夫婦の離婚騒動の激化をモチーフにしたコメディ。その夫婦の夫オリヴァー・ローズ(マイケル・ダグラス)が弁護士で、同僚の弁護士ギャビン(監督のダニー・デヴィートが扮演)が離婚弁護の依頼者(ダン・カステラネタ)によく考えるように≠ニ諭す材料としてオリヴァーとその妻バーバラ(キャスリーン・ターナー)の顛末を語って聞かせるという内容だが、そのオリヴァーとバーバラの闘争がものすごく、これをよくコメディに(苦味は多いものの)仕立て上げたな、と感心。どちらもではあるものの、バーバラが先に法に抵触するようなほぼ犯罪と断定していい行動に出るところは、単に刑事事件として告発すればよいのではとも思うのだが、オリヴァーがそれをしない、というのが(単に愛が残っているという話ではなく夫婦≠ニいうものなのかなと思った。バーバラが元体操選手だという設定も効いているし、オリヴァーの愛犬をパテにして食べさせるといった(実は違うのだが)笑えない(のに笑える)展開もあり、タイトルバックに映される美しい白い布が実はギャビンが鼻をかむためのハンカチだったり、その後すぐに中盤で明かされるバーバラがギャビンを誘惑する¥齧ハから話が始まったりなどなど、なかなか洒落た仕掛けも多くて、個人的にはとても好みのタイプのコメディだった。しかし見方を変えると、意見の違う他人を受け入れるということが絶望的になってきた昨今では、笑いと共に受け入れられることは難しい作品かもしれないとも思った→『ワイルドキャッツ』(原題『Wildcats』、監督:マイケル・リッチー。ゴールディ・ホーン、スージー・カーツ、ジョージ・ワイナー、ブルース・マッギル、ブランディ・ゴールド、ロビン・ライヴリー、ジェームズ・キーチ、ジャン・フックス、トニー・サローム、ニプシー・ラッセル、ミケルティ・ウィリアムソン、M・エメット・ウォルシュ、タブ・サッカー、ロイス・ウォレス。1986、米Warner Bros.)。大筋だけ言えば、荒くれ少年しかいないようなダメなスポーツ・チームに女性美人コーチが就任し、選手たちは新任コーチをバカにしつつも新任コーチの熱意と実力を認めチームがひとつになって、最後には強豪チームに勝つという、まああり勝ちな物語ではあるが、新任コーチが可愛らしいゴールディ・ホーン(といってもこのとき41歳の、ご本人は立派な大人の女≠ナある)、荒くれチームがシカゴのスラム街にある高校、というお膳立てがあると、そのコントラストが俄然鮮やかになり、ありふれたような物語が制裁を放ってくる。逆に言えばそれだけの映画でもあるわけだが、ゴールディ・ホーンはじめうまい役者≠集めて製作陣がきちんと作れば、「ありふれたような物語」でも十分楽しい時間を提供してくれる、というお手本のような映画と思った。それにしても、いかにも80年代アメリカン・カジュアルの格好をしたゴールディ・ホーンが今見てもまったく古臭くなく魅力的に見えるのは、大したものだと思う→『細雪』途中まで→かぼちゃの種、昆布佃煮、オムそば、た抜き(葱)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2、金宮お湯割り×3、御酒×1→朝6時半就寝。
12月6日(土) 午後1時起床。白湯→豆腐と油揚のおつけ、きのこ炒飯→『細雪』続き。(原作:谷崎潤一郎、監督:市川崑。佐久間良子、古手川祐子、吉永小百合、石坂浩二、岸恵子、三條美紀、上原ゆかり、若林味香、角田素子、岸部一徳、桂小米朝、伊丹十三、小林昭二、新橋耐子、小坂一也、常田富士男、横山道代、市川千恵子、根岸明美、細川俊之、仙道敦子、辻萬長、三宅邦子、浜村純、江本孟紀、白石加代子。1983、東宝)。封切り時含め何度目かの鑑賞だが−− ゆったりとした間ときつい言葉の応酬の対比、家屋の中の陰影など、原作の雰囲気を実によく再現したものと思う。シンセサイザーを多用した音楽の軽さは気になるところだが、上流の大阪人の生活を描いた≠ニはいえたかが商人の生活・生態である、という皮肉をこめた軽さ、と捉えるのは考え過ぎだろうな。四姉妹の三女雪子(吉永小百合)の縁談がことごとくうまく進まなかったり、四女妙子(古手川祐子)の素行が乱れていたり、そして長女鶴子(岸恵子)が夫辰雄(伊丹十三)の転勤で東京に引っ越すことになったりなどなど、大したことでもない事件に皆がゆっくりゆっくり、しかし大袈裟に驚いたりあまり戦わずに対応したりする様子は、やがて四姉妹の次女幸子(佐久間良子)の「なんやごたごたしたり、季節も移り変わったけど、結局なんにも変わらへんなあ」という台詞に結びついていくのだと受け取ったが、基調に上流の大阪人の生活が崩壊し滅んでいく様子≠ェあると思って観ていると、なにやらじわじわと響いてくるものがある。幸子の夫である貞之助(石坂浩二)が、鶴子が東京行を決意し、雪子の縁談が整い、妙子の身の振り方も決まったあとにひとり酒を飲みながら涙する、その涙を上流の大阪人の生活が崩壊し滅んでいく様子≠ニ幸子の「結局なんにも変わらへんなあ」との間で受け取ると、なかなかに感慨深いものがあると思った→風呂→『細雪』再見→パパド(クミントマトケチャップソース)、キャベツと鮭缶のサラダ、トマト、ハムソーセージ、青葱のペペロンチーノ(クミンシード)、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×4、金宮お湯割り×2→夜11時就寝。
12月7日(日) 朝9時起床。白湯→野菜スープ(ニンジン、じゃがいも、葱、ニンニク)、チーズパン、ロースハム→昼過ぎ神保町へ(春風亭朝枝の会)。千代田線にて新御茶ノ水で降りれば乗り換え楽なのに今さら気づく。表参道で乗り換えなくて済むのは気が楽→早めに着いたので駅でPASMOチャージ後、お茶の水の谷上を少しぶらぶらし、男坂で谷を下って、〈米沢嘉博記念図書館〉に立ち寄り開催中の『坂口尚と一休』展を見物。画力に圧倒される→〈on the slowboat to ...〉にて「クライバー商会presents『rakugo-genic』第七回春風亭朝枝独演会」を見物。前半はちょいとうとうとしてしまったが、仲入り後の「幾代餅」は登場人物の設計が鮮やかで、聴いていて自然に乗せられた。いい年の瀬を迎えられそうな気持ちにしてくれた「幾代餅」だった。以下本日の演目。
牛ほめ
雛鍔
(仲入り)
トークコーナー
幾代餅
→〈ボンディ〉〈ガヴィアル〉ともに行列だったので、〈&スリランカ〉なる新興のカレー屋で早い晩。シーフードヌードルカレー(パクチー)、ビール小瓶×(&スリランカ)。副菜の類が品書きになかったこともあり、ココナッツミルク使用という点以外はスリランカらしさがどこにあるのか私にはよくわからなかったが(記憶する限りでは、スリランカ料理屋は新宿にあった〈コートロッジ〉を一度訪れたことがあるのみというのもある)、カレーライス屋として考えると悪くはなかった→帰途は女坂を登り、駅前の通りを突っ切ってからニコライ堂の裏を通り、新御茶ノ水駅へ。駅に降りる地下道に〈万世〉の出店があったので万カツサンドなど購入→平和に千代田線直通で帰宅→風呂→『笑点』『THE MANZAI 2025』 見ながら、パパド、菊水堂ポテトチップス、かぼちゃの種、ビール中瓶×1、金宮酎ハイ×2。眠くなって『THE MANZAI 2025』の序盤で諦める→しばし横臥→3時間ほどで起床→『シン・デレラ』(原題『Cinderella’s Curse』、監督:ルイーザ・ウォーレン。サラ・T・コーエン、サム・バーン、エヴィン・ジョージ、グレアム・カリトン、キティー・スドベリー、クリッシー・ウンナ、ダニエル・スコット、ケリー・ライアン・サンソン、ローレン・バッド、サム・バレット、ナターシャ・トシーニ、ヘレン・フラートン、フレデリック・ダラウェイ、ピーター・ワトソン、イヴァン・ウィルキンソン、シャーロット・ジャクソン・コールマン、グレアム・マンサー。2023、米英ChampDog Films製作/ITN Distribution配給)。童話の『シンデレラ』を題材にしたホラー/スプラッターだが、『シンデレラ』から材を取ったのは継母たちからの虐待と舞踏会くらいか。『シン・デレラ』という邦題と(原題は「シンデレラの呪い」)、「シンデレラがガラスの靴を凶器に変えて舞踏会を血に染める!」という惹句からスカッとしたバカ・ホラーを期待したのだが、実際はいじめ/虐待とその復讐をかなり陰惨かつ衝撃的な描写で描いた、身の毛もよだつ∞特に前半はかなり気持ちのよくない<zラー/スプラッターであった(シンデレラが復讐対象の足の指を切り落とす描写などは、気持ちだけでなく身体にも反応が出た)。名作童話をホラーなどに料理するという発想、手法、技術の点では完成度に難ありとは思ったし(シンデレラが復讐を遂げていくに当たり、フェアリー・ゴッド・マザー≠ニその手下の役割は最小限に留めてもっぱらシンデレラが腕を振るように撮ったほうが意外性や恐怖、面白味の点ではよかったのではないか、とか、冒頭のフェアリー・ゴッド・マザー≠フ説明があまり説明になっていないとか)、またシンデレラ役のケリー・ライアン・サンソンが−−舞踏会の場面でさえ−−あまりきれいに撮られていない点などにも疑問を感じつつの鑑賞だったが、ケリー・ライアン・サンソンの芝居は素晴らしく、「あまりきれいに撮られていない」という点も、そういう展開なら却って納得、とは思った。フェアリー・ゴッド・マザー≠ェあっさり殺されてしまう点も観ている最中は拍子抜けしたが、とある感想ブログでの「(フェアリー・ゴッド・マザー≠フ)肉体は仮初のもので、エラに取り憑いたのかもしれません/もっと若い肉体を欲して、その肉体に古い肉体を壊させる/そうすることで、宿主を変えられるのかもしれません」という考察には得心がいった( https://drhawkmovie.com/cinderellas_curse/ )→『LIFE!/ライフ』(原作:ジェームズ・サーバー『ウォルター・ミティの秘密の生活 The Secret Life of Walter Mitty』、監督:ベン・スティラー。ベン・スティラー、クリステン・ウィグ、ジョナサン・C・デイリー、キャスリン・ハーン、テレンス・バーニー・ハインズ、アダム・スコット、ポール・フィッツジェラルド、アレックス・アンファンガー、エイドリアン・マルティネス、ジョーイ・スロトニック、シャーリー・マクレーン、マーカス・アントゥーリ、マアリウ・オルセン、オラフル・ダッリ・オラフソン、マッカ・クライスト、トールハルル・シグルズソン、アリ・マティアソン、グンナー・ヘルガソン、カイ・レノックス、ハルーン・ナワビ、ショーン・ペン、パットン・オズワルト。2013、米Twentieth Century Fox、Samuel Goldwyn Films)。地道に誠実に生きてはきたが冴えない中年男性が、仕事への小さな情熱と好きになった女性への情熱に突き動かされ、生まれて初めて(人生を諦めて初めて、というべきか)の冒険に出て、大切なものは自分のすぐ近くにあるということを悟るという物語(と見たが、果たして)。かの『LIFE』誌の休刊(2007年)を下敷きにしており、発行元であるタイム社のネガフィルムの管理者として16年にわたり勤務してきたウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、少年の頃スケートボードに夢中になり戦績も残したものの、父親の急逝によりその道を断念。ピザ屋を皮切りに働き詰めに働いて母親と妹を養いつつ、ときおり深い空想に落ち込む癖を持つ。ウォルターは想いを寄せている同僚シェリル・メルホフ(クリステン・ウィグ)が出会い系サイトに登録していることを知り自らも登録するが、家族を養うための仕事に追われてろくに旅行ひとつしたことがないウォルターは自己紹介に書くこともなく、そのため出会い系サイトの利用も進まず、退屈な日々は変わらない。そんな折、『LIFE!』誌の休刊(オンライン・マガジン化)が決まり、敬愛する写真家のショーン・オコネルより最終号の表紙に使って欲しい≠ニネガフィルム一式が送られてくるが、肝心のショーンが指定した25番≠ェ一本のフィルムの中に見当たらない。新しく乗り込んできた会社再建の担当者に、ショーンの25番≠求められ、ウォルターはシェリルのあと押し(彼女にはそのつもりはなかったかもしれないが)もあってショーン探しの旅に出る−− そこからの、ウォルターが自分が今まで出会わなかった現実の世界≠ニ格闘してゆく様が素晴らしく、ショーンを見つけ25番≠フ在処を知り、最終的に見つかった25番≠ェ『LIFE』最終号の表紙を飾る場面には大いに感動させられた。主に前半に差し挟まれる、ウォルターの妄想も含んだ笑いと、現実、苦悩、後半の冒険との塩梅もよく、初見では文句の付けどころはまったく見つからなかった(冷静に考えれば非現実的、という部分も観ている最中は気にならなかった)。デイヴィッド・ボウイ『Space Oddity』の使い方も効いている。これは傑作と言っていいのではなかろうか。Wkipedia(英語版)の「批評家の反応」を見ると、点数はそれほど高くなく、またたとえば「(ウォルター)ミティに足りないのは、ミティが象徴する「普通の男」の類にとって、人生が実際にはどのようなものであるのかに関する感覚である」といった、致命的な点を突くような辛辣な評もあったそうだが、そういう不足≠烽ワた、二時間弱という尺でこの物語を描くに当たって考えに考え抜いた結果であると受け取った→白湯のみで飲食はなし。朝6時就寝。備忘:PASMO残\3,773。
12月8日(月) 朝10時半起床。白湯→野菜スープ(ニンジン、じゃがいも、葱、ニンニク)、万世万カツサンド・ハンバーグサンド→先日購入した「作りがいい加減で着てて楽そうな黒のセットアップ・スーツ」の上着の袖が若干長いことが気になっていたので、シャツの袖が1cmほど出るように採寸。明日購入店に持って行く予定だが、ある種安物買いのなんとやらになったかもしれない→むじな月見そば(刻み葱)→『故郷』(原作・監督:山田洋次。倍賞千恵子、井川比佐志、伊藤まゆみ、伊藤千秋、笠智衆、渥美清、阿部百合子、前田吟、田島令子、岩崎徹、矢野宣、松野健一。1972、松竹)。瀬戸内の石船=|−戦国時代から江戸時代にかけては築城に用いる石垣用の石を運び、近代以降は海などの埋め立てに用いる石を運んだ−−というひとつの産業の終焉という現実を、手だれの役者たちによって再構築したドキュメンタリー風味の作品、と見た。舞台となった瀬戸内の島の人々や、主人公の石船船長・石崎精一(井川比佐志)が石船を諦めて勤めることになる造船所の人々は、実際にその場で暮らし働いている人たちを多く起用しており、また手だれの役者たち−−井川比佐志はじめ、その妻民子役の倍賞千恵子、祖父役の笠智衆、精一の弟健次の前田吟、精一の友人の行商人松下の渥美清など−−もほとんどの場面では抑えた芝居を見せている。回想の場面になると、役者たちが思い切り芝居をしたりするのだが、そういうところの落差もよかったと思う。陰影に富んでいるというより大事なところに光が当たっていないような絵造りの点と、精一・民子夫婦のふたりの子供のうち長女の千秋(伊藤千秋)が終幕の別れの場面(一家が島を捨てて尾道に移転する)で祖父にくっついて離れないところは涙を誘うが船が動き出してか一切姿が映らない点の二点が気になったが、前者はまあ好みの問題だし、後者はなにか事情があったのだろう(とはいえ後者は見終わってからなにかすっきりしないものが残る)。なお山田洋次の「民子三部作」の二作めに当たるが、1970年の『家族』と1980年の『遙かなる山の呼び声』は観ていないので、三部作という点についてはなんとも言えない→風呂→もずく酢(葱)、キャベツソーセージ炒め、マルタイラーメン1/2(溶き卵)、炭酸水→『THE MANZAI 2025』。ツートライブ、海原やすよ・ともこ、爆笑問題は自分たちの現状に対する努力≠ェ感じられなくて面白いとは思えなかったが、それ以外は高水準と思った。チュートリアルとかまいたちが際立っていて、博多華丸・大吉とザ・ぼんちは別格の感あり→『LIFE!/ライフ』再見→明朝の朝食の支度して(スープ製作)、午前3時就寝。本日断酒成功。予定は水曜日一杯まで。
12月9日(火) 朝9時半起床。白湯→しらす入りオムレツ(トマトケチャップ)、キャベツじゃがいもロースハムのカレースープ(ニンニク)、万世万カツサンド・ハンバーグサンドひと切れずつ→録画消化・整理など→午後すずらん通りの〈ラクーン〉に洗濯物出してから(セーター×2、シャツ×1)、〈洋服の青山〉に「作りがいい加減で着てて楽そうな黒のセットアップ・スーツ」の上着を袖の丈詰めに出して、赤堤通りをぶらぶら歩いて休憩なしのはずの〈増屋〉でカレー南蛮、という口にすっかりなってたが振られ、〈サミット〉で買い物して帰宅。まあよい散歩ではあった→中華そば(青葱もやし豚ロース炒め+ニンニク生姜、焼豚、葱)→ピラティスポール(ストレッチポール)を使った運動を試みてみるが、お目当ての腹筋への利かせ方がよくわからず、背筋が伸びただけだった。ちゃんと研究してからじゃないとダメだな→風呂→晩の支度→『じゃあ、あんたが作ってみろよ』最終回見ながら、ひじき煮付け(ニンジン、油揚)、煮干し出汁殻と海苔の醤油煮、洋風煮込み(豚ロース薄切り、じゃがいも、玉葱、キャベツ、ニンニク)、炭酸水→明朝の支度→『ぜったい愛して』(監督:加戸敏。池部良、日高澄子、上田吉二郎、岡村文子、星ひかる、杉狂児、高原朝子、近江俊郎、池真理子、近衛敏明、暁テル子、村田宏寿、丸山英子、黒木曜子。1948、大映)。昨年(2024年)二月に観ていたのをすっかり忘れていたが、割とちゃんとした感想も書いていた(末尾)。今回書き加えるとするならば(前回もその場面の流れに触れてはいるが)、クラブを抜け出した売れない作曲家三木三平(池部良)が公園まで走り逃げるとその妻新子(日高澄子)が追いかけてきて、抱擁してキスして、三平の新曲「ぜったい愛して」を歌って、そうしたら公園にいるカップルが全員歌に参加して、それをクルマの中から聞きつけた人気歌手櫻井あつ子(暁テル子)とレコード会社社長(村田宏寿)が新子に請われて三平の新曲発表会を開くことに決め、一曲だけの新曲発表会の当日三平はモーニングを借りに自転車で伯父(杉狂児)宅へ、櫻井あつ子はクルマの故障で遅刻、伯父は三平から買った宝くじが当たりくじを入れておいたモーニングを追いかけて会場へ、櫻井あつ子が間に合わないので新子が新曲を歌い大盛況、三平と新子が自転車の二人乗りで会場をあとにして幕、という、約17分もの理に合わない展開の可笑しさだろうか。改めて観ると、この部分の行き当たりばったりな感じはすごかった。あと杉狂児の娘くみ子に扮した高原朝子のなんとも言えない可愛らしさに気付いたのも、今回の収穫。以下、前回の感想。「売れない若い作曲家とその妻を中心に、作曲家が売れるまでのどたばたを描いた喜劇であるが、役者たちへの演出とその芝居、中でも作曲家(池部良)の妻(日高澄子)や作曲家のおじ(杉狂児)の娘(高原朝子)の芝居が、間も表現の仕方も奇妙で面白い。主題歌「ぜったい愛して」よりも印象に残る「とってもわからない」(共にサトウハチロー/古賀政男)も可笑しくてとてもよい味わいの喜劇になっているが、この味わいはわざとやっても出せないだろうから、今となっては製作できない映画ではないかと思う。終幕の、作曲家夫婦が自分たちの進む道を見出してからの開く花、噴水、つがいの鳥×2が映るという編集も、これまた可笑しい(そこで朗読される歌笑純情詩集みたいにも聞こえる歌詞も含めて)。近江俊郎が「近江トウシロウ」、池真理子が「イケマ・リコ」としてのど自慢に登場するのも可笑しい一方、暁テル子の「スワニー・リヴァー」は見事であった。喜劇としては、終幕直前の作曲家がおじさんにモーニングを借りに行く≠ニころは改良の余地ありという気はした」→『鉄火場仁義』(原案:小山崎公朗、監督:井田探。高橋英樹、杉山俊夫、山田禅二、初井言栄、大町文夫、芦田伸介、藤乃みどり、山本陽子、大谷木洋子、高品格、滝沢修、滝沢修、明石潮、吉田義夫、花ノ本寿、松尾嘉代、和泉雅子、弘松三郎、新井麗子。1966、日活) 不実の父親の犠牲となり炭鉱で働くことになった塩田啓一(高橋英樹)は、父に捨てられた母(初井言栄)の死を知り、炭鉱を脱走して故郷へと向かう。そこで父親代わりの車引き藤五郎(大町文夫)から父親伊之助(芦田伸介)が今は壺振りとして旅をしていることを知る。父を追って、啓一もまた、旅人となる−− という発端ののち、啓一が次第と侠客として一人前になっていき、また炭鉱での仲間だった源次(杉山俊夫)の遊郭に売られた妹千恵(大谷木洋子)の足抜けを手伝ったことから結城組親分(滝沢修)の客分となり、ついには父と対決、また父が客分となっている/かつ結城組と対立している横田組との抗争に巻き込まれていく。全体的な印象としては地味ながら(というのは東映の同種のやくざ映画と比較した場合だが)、地に足のついた感じの演出と芝居がずっしりとした手応えを残す。芦田伸介、滝沢修、明石潮、吉田義夫といった盟友の芝居が効いているし、啓一−伊之助、結城組−横田組というふたつの対立軸に結城組のバカ息子京太郎(花ノ本寿)を挟むという構成の妙も感じた。そして結城組親分の娘(和泉雅子)が啓一を支え、引っ張り、追いかけるという役どころで親分の娘≠ニいう存在を遺憾なく発揮しているのも見どころと思う。前述のとおり全体的な印象としては地味ながら=Aなかなかの名作と思った→本日も断酒成功。午前4時半就寝。
12月10日(水) 午前11時起床。白湯→もずくと葱のおつけ、五分粥(卵、しらすぼし、かつ節、アミ佃煮、くるみ甘露煮、昆布醤油煮)→『本場ぢょしこうマニュアル 初恋微熱編』(原作:有間しのぶ、監督:中田新一。工藤夕貴、江川芳文、白島靖代、佐藤恵美、今井和子、杉本哲太、原田大二郎、上杉祥三、しのざき美知、渡辺千秋、伊藤かずえ、宮川一朗太、藤岡琢也、蜷川有紀、岡本信人、もたいまさこ、伊武雅刀、松岡由利子。1987、東映)。女子校の生態を赤裸々に描いたという点では原作を踏襲しているが、映画化では原作を下敷きにした、思春期の少年少女の恋愛への憧れを含んだ感情の機微を描いた青春ドラマという趣。よって原作とはまったく異なる作品と見たほうがよいと思うが、そういう視点では思春期のいろいろな揺れ動きを誠実に観察して表現した、よくできた作品ではなかろうかと思った。今の自分に必要な作品ではないが−− それでも三人の女子高生、沢木みちこ(工藤夕貴)/落合広実(白島靖代)/加藤良子(佐藤恵美)の悩み憧れはしゃぐ姿は眩しく魅力的だし、この三人を巡る親や兄弟や先生や周囲の人間たち(藤岡琢也、今井和子、岡本信人、原田大二郎、上杉祥三、渡辺千秋、もたいまさこなど)の抑制の効いたうまい芝居も活きている。人気漫画をネタにいい加減に作った映画と勝手に想像していたが、その想像は裏切られた→カレーパン(揚げ、焼き、半分ずつ)、珈琲→Love Handlesの課題曲整理。だいたい把握した。あとはどんな会場でどんな感じのライブを想定しているかだな(それによって打楽器の構成が決まる)。バンドのメールのやり取りにもだいたい落ち着いたので、ひさびさにみなさんに連絡→ピラティスポール(ストレッチポール)を使った適当運動、身体が伸びるだけでも気持ちがいいことに気づいた。続けてみよう→風呂→晩の支度→トマトとしらす干しのサラダ、もやしと薄切り豚ロースのスープ、キャベツとベーコンのペペロンチーノ→本日も断酒成功。三日間断酒すると身体へのいい効果も実感できるようなので、たまにやってみよう。夜10時就寝。
posted by aokiosamublog at 23:00| 小ネタ/思考/日記